11親株と腐る
スレインと共に警察署に戻ると、何やら人だかりができていた。
しかもドラゴンピープルがメインだ。緑、青、黒、白、黄色、さまざまな鱗が生えた巨体が壁のように警察署の入り口を覆い隠していた。
「ロットン・スカッシュとは何者なんです? ドラゴンハーフが参加しているというのは本当なのですか!?」
「情報を開示してくれ! 自衛軍は交渉に全く応じないのだ」
順に、イェリサと恐らくイェリサの連絡を受けたであろうドラゴンピープルの議員代表、ドーリグ。取り巻きは同じくドラゴンピープルの議員たちだろう。
壁の向こう、玄関の前、山羊の角がわずかに覗く。
ドラゴンピープルの巨体に対抗するためか、山羊顔の悪魔の姿になったギニョルだった。
「落ち着かぬか! 一体どうしたというのじゃ、順番に喋れ、順番に!」
瘴気と共に声を張り上げているが、全く連中の耳に入っていない。
長い首の合間に、クレールやガドゥ、ユエの姿がちらちらと見えた。
ユエが居て収まらないんじゃ、空砲や威嚇射撃くらいは試したのだろう。
「ど、どうしたんでしょう」
「分からねえよ。ただ、ドラゴンハーフが暴れてることが漏れたらしいな。テレビも電話もネットも新聞もねえのに」
まあ仕方のないことではある。マスメディアが存在しなくても、事件の目撃者の口は塞げない。島の人口五万人全てに、いずれ情報は伝わる。
スレインが火炎のため息をついた。
戦斧、”灰喰らい”を振り上げると、石突でどすんと地面を突く。
「いい加減にしろ! 慌てふためき、天秤を揺るがせにして、なんのつもりだ!」
びしびし、と空気が震えた。さっきの突き、気のせいか止めてあった車が浮いた気がする。
尻餅をついたフリスベルの手を取って助け起こす。小学生のころだったら、漏らしたかも知れない。これが赤鱗をもつ唯一のドラゴンピープル、スレインの力か。
ドロテアや珠里とのことを見てると、優しい父親にさえ見えたのだが。そもそも、こいつはバンギアで最も苛烈な武人なのだ。
巨体を誇るドラゴンピープルが、あっさりと片膝を付き、しゃがみこんで首を垂れてしまった。最も震えているのが、議員代表のドーリグだ。
「ス、スレイン殿、こ、これは、まことに申し訳ございません。見苦しい所をお見せしてしまい……」
「ドーリグ。議員代表のお前が、なぜそのように浮足立っている。若い者達が不安に思っているぞ。お前は我々の行動を監督する立場にあるのだ。断罪者の活動に疑義が生じたのなら、議員として穏便に問い合わせてくれ。このような動き方をすれば、島の治安にも悪い影響が出る」
まさにその通りで、普段ははれ物に触るような調子で警察署の前を歩いている島の連中が、興味深げに俺達を見守っていた。
ドラゴンピープルと断罪者の関係が悪くなるようなら、その隙にできることをやろうという腹積もりだろう。
決めつけることはできないが、良い影響が出るかといえば絶対に違う。
「言葉もございません。この上は、我が首を取り、牙を抜き、マロホシの奴にでもお捧げ下さい。私ほどの背格好の献体が欲しいと言っていました。良い金になります。断罪者の皆様のために、予算となって、精一杯のご奉公を」
なぜそんな剣呑な方向に持っていくのか。俺達が突っ込む前に、女のドラゴンピープル、見た目は白竜のイェリサが言った。
「申し訳ありません、スレイン様、私が悪いのです。先日、自衛軍の掲示板に張り出してあった、この用紙を目にして、居ても立っても居られず、ドーリグ様を頼ってしまいました」
手渡された紙を受け取ったスレインは、俺達にも見えるように足元に置いてくれた。警察署前のギニョル達もこちらへ来て、断罪者全員で覗き込む。
模造紙サイズのでかい紙には、よりにもよって自衛軍の連中が持ってきた資料が張られていた。
すなわち、燃やされる武器庫、殺害された自衛軍の人間、そして無数の銃火器の鮮明なコピー写真だ。
写真はそれ以外にもある。この間警察署の前で起きた襲撃事件、喉を食いちぎられ火で焼かれた警務隊長の高原の死体だ。これは断罪者とテーブルズの議員にしか出回っていないはずだ。
写真の下、書き殴りでこう書かれている。
「『全ての腐ったカボチャは、親株と腐る。ロットン・スカッシュ』……どういう意味だ?」
思わず読み上げた俺に、全員の厳しい目が集中する。
分かっていないのは俺だけなのか。ロットン・スカッシュとは、事件を起こしてるハーフ達のことだろう。腐ったカボチャというのは、恐らくハーフ達のことを表している、要するに自虐。
待てよ、その腐ったカボチャが親株と腐る。それは――。
「おい、まさか親殺しをやるのが狙いだってのか。じゃあ、俺が撃った奴の最後の言葉は」
つながっていく。あの少年は、自衛軍の高原という兵士のことを気にしていた。ギニョルによってその高原が苦しみ抜いて死んだことを聞いて、安らかに息絶えた。
あれは、目的が果たされたからだったのだ。
イェリサが目を伏せる。
「あの高原というアグロス人が、リドゥンの父親だったのです。母親は、私と共に生活していましたが、バンギアの大陸で困窮してしまって、そのまま……リドゥンは父親を訪ねたのですが、自衛軍に追い返されてしまい、それから、島で行方知れずになりました」
ザベルの所で面倒が見られるカジモドは、ほんの一部だ。多くは反社会的な勢力に取り込まれてしまう。
「リドゥンとは、わしらが断罪したあの少年のことじゃな」
「そうです。この写真と紙を見たとき、不安で仕方なくなって、居ても立っても居られなくなりまして、本当にドラゴンハーフ達が死者の出た襲撃事件に関わっているのか確かめたかったのですが。スレイン様は眠っておられるし、断罪者の方々に連絡を取る術もなく」
それで、二つ返事で応じてくれるであろうドーリグを頼ったってわけか。
ドーリグはイェリサにいい所を見せたいところ半分、親殺しなんて無茶をやる同族の存在にショックを受けたこと半分で、議員団と共に乗り込んできたのだ。
そうして、この騒ぎか。しかし、俺達が聞きまわって分からなかったあのドラゴンハーフの少年の身元が、こうも簡単に割れるとは。
「とりあえず、話を聞かせてもらうぞ。お主の知っていることは有益じゃ」
「イェリサ様を拘束するのか」
ドーリグがにらみつけるが、ギニョルはため息で応じる。
「話してもらうだけじゃ。ハーフ達の境遇については、別に考えねばならぬが、親殺しなどという無体な真似をやらせてたまるか。そうは思わぬか?」
「ぬぐぅ……もし、スレイン殿でも応じきれぬ数のハーフが暴れているというなら、私達を呼べ。天秤の誤りは我々で正すことにする」
「考えておこう。では散れ。必要な報告は後でする」
ギニョルに言われ、スレインとイェリサに礼をすると、ドーリグ達は各々の仕事場と思しき方角へ飛び去っていく。
壁が退いたことにより、警察署前の群衆も興味を捨てて消え失せた。
イェリサは俺達と詳しい話を行うべく、三階の止まり木へと飛び移る。警察署は俺と流煌が戦った後に修繕と改修工事が行われた。三階には、3メートルに及ぶ巨体を誇るドラゴンピープル用の取調室がある。
外から見ると、建物の一部に巨大な建物がへばりついた様でへんてこりんだが。
とりあえずの騒動は防いだが、事件はかなり陰惨になってきた。
隣を歩くクレールがつぶやく。
「エフェメラとカルシドのことを思い出してしまうな。産んだ子や産ませた子を捨てた親を責めるのも一つの道だけど……殺してどうなるものでもないのに」
「私は、父さまを殺そうとは思わないけど……」
ユエもまた、複雑な表情で続く。
親、か。
俺の親は、日ノ本政府によって俺を残して救出され、今はアグロスで別の人間として人生を歩んでいるはずだ。それ以外を政府が許さないし、その政府を普通の人間が出し抜くことは難しい。
苦労していた頃はそれを恨んだ気もするが。ザベルと出会って協力したり、断罪者になって戦ったり、ユエとよろしくやったりしてるうちに、何となくぼやけてしまった。
俺が撃ち殺した、リドゥンという少年にも、そういう未来はあって良かった。
ロットン・スカッシュは、それをまとめて潰そうというのだ。
断罪者として、レストランの子供たちを知る人間として。
必ず、ぶっ潰してやらなきゃならない。
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