12鬼の子供たち

 イェリサとドーリグが警察署に押しかけてきてから三日が経った。


 その間、イェリサの証言から、ドラゴンハーフが二人、ローエルフのハーフが二人、アグロスとバンギアのハーフが一人、悪魔のハーフが二人、吸血鬼のハーフが二人、そしてハイエルフとダークエルフのハーフが一人ずつ、合計十一人が、大陸で行方不明になっていることが分かった。


 その誰も、生い立ちが幸福とはいえなかった。母か父のどちらか、あるいはどちらもが彼らを捨てて去っていた。しかも、行き先はことごとくがこのポート・ノゾミなのだ。ハーフ達はイェリサ達と共に暮らしていたが、あのラゴゥの呼びかけによって、出て行ってしまったそうだ。


 恐らく、彼らこそがロットン・スカッシュのメンバーなのだろう。無論、その中心は猛毒の牙の剣であのスレインを脅かしたラゴゥに違いない。こいつについては、イェリサも正体が分からないという。


 ちなみにイェリサが来た理由は、出て行った彼らを追ってだった。ゼイラムもついてきたというわけだ。


 ところで、連中の身元以上に大事なのが、本当に親殺しを目指しているかどうかだ。果たして『腐ったカボチャが親株と腐る』という文だけで断定していいのか。


 俺が鈍いのは認めるが、早計に過ぎるのではないか。


 そう思ったのだが、連中の目的は自衛軍への襲撃の翌日には確定した。


 島内各所の掲示板に、イェリサが持ってきたのとまったく同じ資料がべたべたと貼り付けられたのだ。しかも今度は、『出来損ないの主は、検診を受けても出来損ないの死骸』という脅迫文つきで。


 これは明らかに、ハーフを作った両親について向けられている。


 そして検診というのは、文字通りハーフを妊娠した女性や異世界人と交わった男性向けに、3か月に一度マロホシがノイキンドゥの病院で施している検査のことだ。


 決して生まれるはずがなかった人間とその他の種族の子供たち。彼らの誕生は何を意味するのか。魔法や科学的にはどんな原理が働いて、体にどういう変化があるのか。


 それを調べるため、日ノ本政府は妊娠した者、産ませたものの両方について、所在を把握してリストアップ。医学と魔法に優れたマロホシの元に送っている。いまいましいことだが、現状、両世界合わせても、医学と魔法の両方に秀でているのは、マロホシぐらいであり、検診が行えるのもあいつだけだ。


 二日後に迫ったその検診が、ロットン・スカッシュに狙われるのは分かり切っている。


 十分な警備を行い、襲ってくる連中を一網打尽にすれば話は終わり。


 の、はずなのだが。


 公会を行うポート・ノゾミ記念ホール。収容キャパ最大八千人の大ホールはがらんとしている。中央にある円卓は、ほとんどが日ノ本の人間で一杯だった。


 片側に俺とギニョルの断罪者二人が座っている。取り囲むようにして着席し、俺達をにらみつけるのは、山本を筆頭としたポート・ノゾミ復興委員会の奴らと、復興委員を管轄するという、日ノ本政府の国家公務員たちだ。


「どうあっても、我ら断罪者の警護を許さぬというのじゃな」


 ギニョルがため息と共に尋ねる。国家公務員、つまり復興委員を統括する、ポート・ノゾミ復興庁の大臣政務官が、机を叩いた。


「当たり前だ! そもそも特別検診は、我が内閣総理大臣、山本善兵衛首相のご訪問と同じく、報道機関への公開が行われる! 貴様ら得体の知れん異世界人どもが関わっていいことではない!」


 そんなに俺達の存在を見せたくないなら、バンギアの残酷さ代表のようなマロホシに国民を預けるなという話だ。居丈高な主張は、島の現実を分かっていないにもほどがある。


 まあ、確かに、わざわざ警護させろと言わなかったのは事実だ。守ったからって予算も降りなきゃ、ノイキンドゥが内偵できるわけでもないし。


 元坂もとざかと名乗った、四十絡みの男の政務官は、冷たい目で俺達全員を見下ろす。


「いいか。昨日今日現代の官僚制の猿真似を始めたお前達と違って、我々の組織は正確なのだ。復興庁及び復興委員会では、各員の懸命な努力により、分単位のスケジュールが組まれ、遂行されている。前近代に毛の生えた程度のお前達とは違う」


 そいつは結構なことだ。こっちは断罪事件が起これば、満足に休みも取れない。おまけに禍神との戦いのような緊急出張も盛りだくさん。計画なんぞ立つ方がおかしい。


 元坂は自分の言葉に激高して、さらに続ける。


「それがだ! なおこの上、報道規制を敷き、しつこいマスコミを追い払う手間を我々に負えというのか。騒動は首相の支持率にも響く。現れるかも分からない、出来損ないの汚いガキどもなど、自衛軍が掃除してしまえばいい。それを邪魔しているのがお前達だ! なにが断罪だ、この日ノ本において防衛活動を行なう兵士と戦うとは!」


 よくもまあここまで言えるものだ。確かに、武器の強奪でメンツをつぶされ、襲撃まで食らった自衛軍は、かんかんになってハーフの連中を追い回している。


 いや、正確には捜査に慣れず、魔法も使えない連中は、因縁をふっかけるような捜査でハーフたちを傷つけようとしては断罪法に引っかかり、次々と断罪されている。


 実を言うと、ハーフたちの警護や断罪で俺とギニョル以外は出ずっぱりなのだ。これでは自衛軍と断罪者の足の引っ張り合いだ。


「……山本、テーブルズの議員としての意見は?」


 珍しく真剣な目でギニョルに見つめられ、山本が立ち上がろうとするが、元坂が手で制した。


「よせ。たかが復興委員の下っ端に何が分かる。首相や復興大臣が多忙だから、この私がわざわざ赴いて答えてやろうというのだぞ。お前達さえ断罪をやめれば、我が国の自衛軍が出来損ないをすべて葬り去る。邪魔なのは断罪者の存在だ!」


 いい加減にうっせえな。


「うっせえなあ」


 あ、口に出しちまった。

 ギニョルが俺をにらみつけて来る。元坂が目を剥いて俺を見つめた。


 怒号が飛び出す前に、ため息と共にギニョルが手元の資料を読み上げ始めた。


「……元坂もとざか設楽したら。四十七歳。復興庁大臣政務官、前職は厚生労働省課長。同省の局長の娘と結婚し、一男二女を設けた。ここまではよいか?」


 ずばり当たっていたのだろう。まあクレールが側近の一人を蝕心魔法で探って得た情報だから当たり前だ。バンギア人を侮って、魔法の使える種族を護衛に着けなかったこの連中は格好の餌だった。


 一瞬気勢をそがれたらしいが、改めて背中を伸ばす元坂。


「だからどうしたというのだ。まさか汚い悪魔らしく私の家族を盾にして」


「四年前、四十三歳のとき、初めて検診の同行をした折、ホープ・ストリートでローエルフの女性と性交渉を持ったな」


「馬鹿な、そんな真似は!」


「認否など聞いておらぬ。その女性が妊娠し、認知を求められた際、お前は準備をすると偽って日ノ本に帰り一年姿をくらました。そのとき生まれたのが、ロットン・スカッシュの主要メンバーの一人と思われる、タリファという少女じゃ」


 みるみる顔色が変わっていく。山本を含めた全員が信じられないものを見る目で笠元を見上げた。日ノ本の高官の間では大スキャンダルなんだろうが、島じゃ珍しくない。


 ギニョルがちらりと目配せをする。もうひと押ししてやるか。

 持ってきたかばんを開くと、ギニョルに写真のコピーを渡した。


「……すまぬな、騎士。ちなみにこれが、連中の一員、ドラゴンハーフの父親と思われる自衛軍の兵士の死体じゃ。見ての通り、全身を炎で焼かれ、壮絶な苦しみの中でさらに喉を食い破られてこと切れている。相当憎まれておったようじゃな」


 権力を背景にした過剰な自信が、みるみる怯えに変わっていく。押し黙った元坂にギニョルは微笑んだ。


「ところで、ハイエルフやローエルフは全般に正義と美を愛する平和な種族じゃが、例外的に悪事に走った場合は残酷な手段で相手を殺すことが多い。たとえば、骨になるまで血を吸い尽くす吸血苔を植え付けたり、傷口から全身に根を張って脳や心臓を破裂させる処刑樹という特別な植物を植え付けたり」


 両方食らって、死にかけたことのある俺は、思わず吹き出しそうになる。

 元坂が机を叩いた。


「もういい、もう分かった! 私に何をしろと言うんだ! できることなら応えてやるぞ!」


 怒号と悲鳴をないまぜにしたような叫びが、公開の会場を揺らす。日ノ本国会の全会一致で作られた復興庁大臣政務官も、こうなっては形無しだった


「殊勝なことじゃな。なにも、報道規制までしろとは言わぬ。検診日時を変更せい。ロットン・スカッシュの連中を引っかけてやる」


 ロットン・スカッシュにはエフェメラのような吸血鬼とのハーフが居る。蝕心魔法で検診の日程は知られていると考えていい。


 ギニョルはそこを逆手に取るつもりだ。事務方の負担は無視して、今このタイミングで日程を変えてロットン・スカッシュの襲撃を待ち構えるのだ。


 問題は優秀な官僚機構が分単位で調整したスケジュールをほいほい変えられるかどうかだが。元坂は二つ返事だった。


「いいだろう。だが、必ず出来損ないから私を守ることだ! いいな、分かったな。私の命はバンギア人や、替えの利く兵士の命などより重たい」


「お前の娘を殺してでもか?」


「復讐に走る悪人をわが子などと呼べるか。断罪者はどこまでも苛烈に法を守り、悪と戦う。検診を襲撃するハーフ達は悪。ゆえにお前達は連中と戦う。それだけのことだろうが」


 言いやがるな。これくらいでないと、官僚なんぞ務まらないのだろうか。


「お前は、わしら悪魔と似た人間のようじゃな。わしらと戦い続けてきたバンギアの人間ならともかく、アグロスにもお前のような人間がおるのか」


「悪魔から悪魔と呼ばれるとは。何を言われようと生き残る覚悟無ければ、官僚など務まらん。ギニョル、山本、来い。工作は徹底してやらなければならない」


「……はい」


 いつも威張っている山本も頭が上がらないらしい。元坂は子供をほったらかすだけの男じゃないのか。


 ともあれ、今も暴れ回る自衛軍と対峙しているスレイン達に、いい報告ができそうだ。

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