13音のない集団
その日のうちに話し合いは済んだ。
元坂は、三日後に迫った検診の日取りを、四日後にずらしてくれた。
ノイキンドゥの方でも、後は怖いが、マロホシがスケジュールを開けて、検診の受け入れをするフリをしてくれる。
当初の予定であった三日後の検診の日は、午前十時より、ダミーのバスを二台、三呂市から出す。そいつを俺達断罪者と、橋の境界より先はドラゴンピープルの議員団が加わって警護し、襲撃を待ち構える。バスは三呂大橋上の境界を越えてポート・ノゾミの島、ノイキンドゥまで走る。
自衛軍との抗争もあり、いまだ全容が明らかになっていない、ロットン・スカッシュの連中。やつらが不審がって襲撃をキャンセルしないよう、バスにはちゃんと中身を用意しておく。
無論、乗り込むのは本物のハーフの親連中ではない。9ミリ弾をばら撒くMP5A5や、ハンドガンのグロック17などで完全武装した、日ノ本警察特殊急襲部隊員。対魔法に順応した、バンギアの人間の議員団。彼らが二台に分乗するのだ。
前者を率いる紅村はギニョルのつて、後者は先日の禍神の件での断罪者の貸しを使って動かした。
自衛軍にも協力を持ちかけたが、相変わらずこちらのいうことに耳を貸してくれないため、作戦に参加してもらうことはできなかった。
邪魔をされる可能性もあるが、すでに兵士が殺されている以上、最悪でも連中がロットン・スカッシュになびくことだけはない。
そう踏んで、問題なしとした。
果たして、俺達の取り決めから、ぴったりと自衛軍の動きは止んだ。
理由は知らんが、もはやハーフを襲うことがなくなり、橋頭保に引っ込んで大人しくしていた。
おかげで俺達断罪者は、元坂の協力もあり、三呂からポート・ノゾミまでの検診に使うルートを入念にチェックし、当日の警護態勢を整えることができた。
検診を襲うと予告した以上、ハーフの連中は捨て鉢の覚悟で、俺達の網に飛び込んでくるほかは無い。断罪者全員やドラゴンピープル達を相手にするのは骨が折れることだろう。おまけに、苦労してバスにたどりついても、待っているのは仇と憎む親ではなく、特殊急襲部隊とバンギア人の魔術師や騎士達だ。
連中がいかに危険でも、やはりハーフは生まれて六年にも満たぬ子供。
ただ純粋に、両親に対して憎悪をぶつけたいだけであって。
報国の防人の事件のときのように、関係ない者を殺してなりふり構わず目的を遂行しようとするほどの恐ろしい発想は無いのだろう。
島の法を守るためとはいえ、そんな奴らを騙して断罪にかけるのは、やはり、どことなく気が引ける気もする。
消化試合の終わりを待つような、いたたまれない気持ちで、襲撃の日までを過ごした。
さて、ダミーの検診当日の早朝だ。
コンテナハウスのベッドで、俺は目を覚ました。
枕元の時計を確認すると、午前五時半。いつもより少々早いが、頭はすっきりしている。久しぶりに夕刻からよく寝たおかげだ。自衛軍とハーフの抗争が終わり、島はすっかり落ち着いており、昼間はクレールとギニョルが、夜は残りの断罪者全員が、検診の日に向けてゆっくりと休めた。
顔を洗って軽く身だしなみを整え、ユエに声をかけようかと思い、ドアの前に立ったところでふと気づく。
「まだ、早えな……」
ダミーのバスの出発は午前十時。警察署に集合するのは午前八時半だ。
ユエはもう少し眠るのだろう。それが正解だと思う。そわそわして無駄に早く起きてしまった俺と違って、休める時間を最大限に活かすつもりなのだ。
所在がなくなった俺は、なんとなく煙草とライターを取り出し、家を出た。
コンテナハウスを一周するように歩いて、正面にあるザベルのレストランを見つめる。
夜明け前の薄明りの中、琥珀色の明かりを灯した美しい洋館。アグロス側の三呂市に建っていた異人館のひとつを移築したものが、紛争のごたごたを経てザベル達の店舗兼孤児院となった。
ユエと一緒に住み始めてからも、結構食事に行く馴染みの店だ。
正午過ぎのオープンから、夜明け前の終了まで、昼の種族と夜の種族全てを相手にして忙しく過ごしている。
ちょうど今は夜の時間帯が終わり、ザベルや祐樹先輩がようやく眠りに着ける頃だろう。孤児院の子供たちは全員がハーフだから、この数日自衛軍にも絡まれ、反撃しようとするザベルを制したりと大変だった。
「これが終わったら、ちょっとは落ち着くかなあ……」
親から捨てられ、悪事に走る者が多いハーフは、バンギア人から、カジモドなどと呼ばれ、肩身が狭い。おまけに親への復讐のために結成されたロットン・スカッシュの存在でますます恐れられる様になった。
連中を断罪し、事件が一段落したら、そんな状況も少しは良くなるだろうか。
煙草をくわえライターで火をつける。煙を吸い込み、ぷかりと吐き出す。
よく遊んでやる子供たち、クレールと助けたエフェメラの顔も思い浮かぶ。きっと平和に眠っているだろう。
「全員まとめて、うまくいくといいんだがなあ」
子供たちのこの先を考えると、どうしても楽観的になれない。
教育は、仕事は、将来への希望は。難しいところだ。
俺にできるのは、断罪者として精一杯活動し、法の秩序を整えてやることぐらいか。大切なことには違いないんだがな。
ぼんやりと見つめていると、ふと洋館の明かりが少しかげったのに気づいた。
電灯がゆらめくように点滅し、建物を包む朝霧が、歪んで渦を巻く。
「ねえ、騎士くん、どうしたのかな?」
「おわっ」
「しっ、声大きいよ」
口をふさがれる。気づかぬ間に起きてきたユエが、俺を抱きすくめるように立っていた。ジーンズにガンベルトと白のポロシャツ、脇のホルスターにはSAAがしっかりと入っている。
起きてきたのに気づかなかった。確かにこいつは、凄腕の元軍人みたいなものだが、俺は本当に断罪者でいいのだろうか。
「聞きに行ってみるか」
「だめだよ。この感じ、似てるんだ。紛争で、一緒に戦ったハイエルフの人達が、自衛軍の拠点に入り込んだときに」
「何のためにだ」
「全員生かしたままさらってきて、拷問するため。村を焼かれて、たくさん殺されて、すごく怒ってたときだよ」
剣呑なことだ。だが、いくら寝込みとはいえ、俺に格闘術を教えたザベルが守っている建物だ。エフェメラをはじめ、子供たちだって、戦う力がある。
悪魔、吸血鬼、エルフ、バンギアの人間など、あらゆる種族のハーフが居る。魔法の気配だって感じられるのだ。そう簡単に忍び込めるものだろうか。
まして危害を加えるなど。
そう思っていたとき、静かな音を立てて一台のハイエースが洋館の前の道路に入ってきた。俺達はあわててコンテナハウスの影に身を潜めた。
洋館のドアが音もなく開き、中からハーフの子供たちをかついだ、ハイエルフとダークエルフが現れた。全部で五人、子供たちも同数だ。
どう見ても拉致。助けなければ。飛び出していこうとする俺の肩をユエがつかむ。息がかかるほど顔を寄せてささやく。
「今はだめ。車も合わせて六人以上いる。銃は六連発ひとつだけ」
「でもよ」
「中の様子も気になる。騎士くんは車を付けて。私は中を確かめてギニョル達を呼ぶ」
バイクで追えるのは俺だけ。ユエが倒せるのは同時に六人だけ。俺達が負けたら子供は連れ去られるうえに、断罪者が減らされる。
ユエの選択がベストだ。もどかしいが仕方ない。
身を潜めて様子をうかがっていると、子供たちとエルフ達を積んだハイエースが発進する。頃合いを見計らい、俺はバイクにまたがると、エンジンを始動させた。
ユエは無言で洋館へと入っていく。ザベルや祐樹先輩は無事だろうか。罠もあるかも知れないが、ユエなら何とかすると信じるしかない。
なぜ、エルフの集団がハーフ達をさらうのか。皆目見当もつかん。しかもタイミングは、ロットン・スカッシュを迎えるほんの数時間前という最悪なものだった。
子供たちは助けられるのか。ザベル達は無事なのか。
そして、予測されたロットン・スカッシュの襲撃は。
頭をめぐる様々なことを追い出しながら、俺はクラッチをつないでアクセルを吹かした。朝霧の中を進む、ハイエースの背中に目を凝らしながら。
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