14不可解な要求

 霧は俺の姿を隠すが、こちらの視界も妨げる。


 図体がでかく、マジックミラーで色んなことにも使えるハイエースは引く手あまたで、マーケットに向けても結構走っている。ともすれば間違えそうになる。


 もっと近づきたいが、相手はザベルを出し抜いて、戦闘能力のあるハーフをさらう連中だ。気づかれてはまずい。

 子供たちの救出に失敗するとか以前に、ユエが言ったように、丸腰の俺一人では返り討ちになる恐れもある。


 アグロス、日ノ本と違ってメットがなくても減点はないが、ひやりとするような運転になる。


 四車線道路を左折したハイエースは、港湾施設へ向かっている。バンギアの大陸との貿易用のくじら船が行き来するふ頭だ。


 ポート・ノゾミ人工島は元々、日ノ本がメリゴンのような外国との輸出入を行うために整備した港湾施設だった。いくつかは倒れたが、生きているクレーンもあり、大量の荷物をいっぺんにやり取りできるおかげで、島の人口、約六万は飢え凍えを逃れている。


 ハイエースはその中へと分け入っていく。倉庫と廃墟の境界みたいな建物の並ぶ通りだ。時刻は夜明け前、夜が本番の吸血鬼や悪魔も、昼が本番の人間やエルフもおらず、最も人けが遠のく。


「おっ……とまった」


 港の一角に、廃墟みたいに浮かんでいる、なんそうもの古い船の脇に、ハイエースが停車する。


 俺は倉庫の影にバイクを停め、様子をうかがう。


 後部ドアが開き、ハーフ達をかついだ連中が降りてくる。


 あの尖った耳、やはり全員エルフだ。


 金髪に白い肌のハイエルフ、褐色の肌に白い髪のダークエルフ、金髪に白い肌で見た目は子供のローエルフ。


 三種そろい踏みときたか。ここまで来て姿を変えないってことは、操身魔法で化けてるわけでもないのだろう。


 木製のボートでは、粗末な小屋のむしろが開き、その下から、やはりエルフ達が現れて同胞を迎えた。


 組織的に動いているのか。そして、人さらいをやるような、エルフの組織といったら――。


「良く戻った、同胞たちよ。これで雌伏のときも最後だ」


 堂々とした口調で仲間を迎えたハイエルフの男。

 あの冷たい切れ長の目、美しいがどこか酷薄な印象の顔立ち。


 間違いない、『生真面目な枝』こと、フェイロンドだ。


 あいつは、最近頭角を現したエルフのカルト集団、隠れ潜む刃ことシクル・クナイブの首領。


 本来エルフが嫌悪するはずの操身魔法も使えば、苦手とするはずの銃火器の使用さえためらわない。暗殺や拷問のための多様な植物も操る。


 危険な連中だ。俺とガドゥとフリスベルは、奴らに殺されかけたこともある。


 奴らがロットン・スカッシュに手を貸しているのは確実だ。スレインに重症を負わせた竜喰いという植物の入手先もはっきりした。


 残るのは、なぜやつらがロットン・スカッシュに手を貸しているかだ。


 フェイロンドは何かしゃべっているが、俺には聞き取れない。薄暗く、霧も出てるせいで唇の動きを読むこともできない。まあ、俺には読唇術など操れないのだが。


 どうするか。こいつら相手に俺一人、丸腰では敵うはずがない。といって、子供たちを見捨てることはできない。こんな奴らに捕まったら、それこそ何をされるか分かったものではない。


「心配するな、共に来てもらうのだ」


 振り返った俺の目の前、革鎧にマント姿のハイエルフ。


 俺はバイクのボディから特殊警棒を引き抜き、そいつの顔面目掛けて振り抜く。


 一撃は空を切る。飛びのいた男の手に、スズランのような白い花が咲く。

 男は花に向かって息を吹きかける。霧が一瞬黄色く染まって、ぷんと甘い匂いが漂った。


「うっ……?」


 身体の感覚が遠くなる。まずいぞ、あの花粉、毒か何かだった。


「心配するな、穢れた魔力の下僕半。しばらくは生かしておいてやる」


 魔力を辿られていたのか。そういやガドゥのシールを張ってなかった。

 声が遠い。気合を入れようにも、体の力は抜けていく。まだ味方に連絡もしていない。ここで気絶するわけにはいかない――。


「良い夢を、断罪者よ」


 穏やかなささやきと共に、俺は完全に意識を失った。



 目を覚ますと、足首と手首に鋭い痛みを感じた。


 どうやら横向けに転がされているらしい。支える感触は固く、少し傾いで微妙に揺らいでいる。恐らくは船の中だろう。


 薄目を開けると、手首と足首が、いばらで縛られている。血が流れてやがる、痛いわけだ。スレインに対する竜喰いのような恐ろしい毒物が仕込まれてなければいいのだが。


 できるだけ顔を動かさず、周囲を盗み見る。壁も床も飾り気のない茶色い木でできた四角い部屋。


 俺の脇には、こちらはツタで手足を縛られたハーフの子供たち。ザベルの所の奴らだ。身を寄せ合っておびえている。


 声をかけてやりたいが、俺達の反対側には、シクル・クナイブのメンバーが四人もいる。


 三人が片膝を付いて控える側で、一人だけ立ち上がっているのは間違いなくフェイロンドだ。何やら得意げな口調で話している。


「……聞こえるだろう。断罪者を一人と、カジモドを六人預かっている。誰のことかは分かっているだろうな」


 俺が目を覚ましたのに気づいてないのか。らしくないとは思ったが、気が付く。

 目が、紫色に輝いている。この魔力は、操身魔法のもの。


 姿を変えているわけじゃない。恐らく、これは、悪魔であるギニョルのように使い魔を介して会話をしている。


「私が誰かだと。それはどうでもいい。大体、誰であろうと、哀れな下僕半の断罪者と醜いカジモドを苦しめて殺せることだけは確実だ。それが全てじゃないか」


 好き放題言ってやがる。


「信用できんか。では少し聞かせてやろうか」


 フェイロンドがこちらを振り向く。俺は慌てて目を閉じた。

 足音が近づいてくる。残虐な行為には不釣り合いなほど滑らかな指が、縛られた俺の手から指を床の上に引き出して――。


 ぼぎゃ、という音と共に、指先に激痛が走った。


「うぐぁああああっ!」


 たまらず悲鳴を上げ、目を開ける。フェイロンドは俺の人差し指に向かって、骨の棍棒を振り下ろしやがったのだ。


 言いようもないレベルだと思ったら、粉砕骨折の痛みだったのか。昔指を締め付けて砕く拷問があったらしいが、乱暴なことをしやがる。


「ふははははっ、聞こえただろう。お前達に馴染みの深い声が。おい、何とか言ってみろ、汚れた下僕半め」


 勝ち誇ったような調子で、俺の胸倉を蹴り付けるフェイロンド。転がってぶつかった俺を、子供たちが受け止めた。


「お兄ちゃん、大丈夫!」


「やめて、やめてよ、こんなの……」


 見てしまった子供たちの悲鳴も響く。目を背けて震えている。恐がらせちまった。


 フェイロンドはにやつきながらこちらを見下ろす。ハイエルフ共通の端正な顔に、冷たい敵意が、生き生きとみなぎっている。


「大切な断罪者の仲間の命と、無辜の子供たちの命。我々は二つとも預かっているんだぞ。さっきは指を潰してやったが、切り落とすことも何とも思わんぞ。もちろん両手足を落としても構わん。下僕半は頑丈だから、血止めすれば生き延びるしな。胴体と頭だけにしたものを、アグロスの言葉でダルマというんだったかな?」


 得意げに話すフェイロンド。俺よりも子供たちが恐怖して必死に体にしがみついていた。クソ野郎が、怖がらせてくれやがって。


「だが、お前達の行動によっては、この穢れた命をしばらく生かしてやろうというのだ。簡単なことだ。今日、この日、お前達はお前達の計画に違うことなく動けばいいのだよ。それだけだ、それだけでいい」


 どういう意味だ。


「……意味だと? 分かるだろう。予定通りにすればいいんだ。断罪者も日ノ本も、予定通りに今日の活動を遂行しろ。それで、日没にはこいつらを解放してやろうというんだ。きちんと、生かしてな」


 予定というと、検診のバスの中身を入れ替え、ロットン・スカッシュを迎え撃てばいいのか。


 俺一人欠けても、断罪者の戦力ダウンはそれほど起きないはずだ。それに特殊急襲部隊や、バンギア人の議員団だって準備は万端なのに。

 

 ロットン・スカッシュのサポートにしてはあまりに拍子抜けだ。


「ただし、必ず予定通りだ。私達は見ているぞ。必ずバスと共に検診を行え。アグロスの避難区を離れて、このポート・ノゾミへ、ノイキンドゥへ向かうのだ。それ以外に」


 フェイロンドが潰した俺の指を踏む。


「ぐっ……」


 声をこらえた俺の胸を、つま先で蹴り上げる。

 子供たちの悲鳴と、派手な物音が響いた。


 痛みが大きくなっていく。鉄の塊で打たれたみたいだ、あばらに、ひびが入っちまったな。


「こういう事態を避ける方法はない。もうすぐ出発時刻だろう。日ノ本にも余計なことは言うな。見ているぞ、早く警察署を出ろ」


 一方的にそう言って、フェイロンドは使い魔との通信を切った。


 控えていたメンバーが、俺の両腕を抱えて立たせる。


「さあ甲板へ出るぞ、散々我らの邪魔をした断罪者よ」


 まさか。ギニョル達とは約束を違えるつもりか。


 フェイロンドはにっこりと微笑みながら、俺の顎をつかんだ。寒気のする青い目が俺の命を撫でまわすように見つめる。


「使い魔を切れば、奴らにお前の生死を知る術は無い。断罪者を、生かしておく利点もない。早く始末してしまうに限るだろう」


 くそったれ。こいつ本気だ。


 俺は部屋を引きずり出された。

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