10ゼイラムについて




 

 一夜が明けて、襲撃犯はことごとく取り逃がしてしまった。


 唯一確保できそうだったドラゴンハーフも俺のM97に倒れている。


 自衛軍の被害としては、警務隊長の高原と三人の兵士が殺害され、軽装甲機動車が一台破壊されたのが全てだった。


 ハーフの連中が打ち捨てたホープ・ストリートのマンションの一室からは、弾薬をほぼ撃ち尽くしたてき弾銃やM2重機関銃が発見、押収された。いずれも、将軍、侠志が言っていた武器庫より強奪されたものに違いなかった。


 銃器は事件の証拠品として断罪者が押収したかったが、将軍は強硬な態度で全てを取り戻すと、橋頭保に戻って交渉にも一切応じない。山本を通じてやってみてもだめだった。


 あのハーフが死に際に名乗った、『ロットン・スカッシュ』という組織名だけが不気味に後を引く。こんなことで済ませる気が無いのは明白に分かる。


 断罪者はギニョルの命令により、襲撃を企てたハーフの身柄を徹底的に洗うこととなった。


 良い知らせもある。スレインがようやく療養を終えて、復帰することになったのだ。


 空振りだったポート・キャンプでの聞き込みの帰り、俺とフリスベルはバイクでガンショップ、パールへと寄った。


 スレインの妻で、ガンスミスの珠里と、その娘で同じくガンスミスのドラゴンハーフ、ドロテアが経営する店だ。


 完全に治癒したのか、スレインは灰喰らいを携えて俺達を待っているところだった。


「おお、来たか。先日は本当に済まなかった。もう不覚は取らぬぞ」


「竜喰いにやられていたときは、本当に驚きました」


「うむ。フリスベル、お前が居たおかげで本当に助かった。まさかそれがし達を、あれほどに苦しめる植物があろうとは」


 竜喰いという植物は、ドラゴンピープルの傷や粘膜から胞子を侵入させ、冬虫夏草のように体を食い尽くして殺し、死体の場所に繁茂する。9ミリ弾では傷つかない鱗と、ナパームのような火炎を使うドラゴンピープルを倒すため、エルフ達が何千年もかけて品種改良して作り上げたらしい。


 胞子はトカゲの仲間にしか効かないが、侵入されたら、菌糸が回り切る前に、傷口ごと組織を壊死させて体外に出すしかない。フリスベルが育てたほおずきのような植物は、そのために使っていたのだ。


 元はエルフ達の正義と美が、ドラゴンピープルのいう天秤と対立したときのためだそうだが。


「お前の鱗に傷をつけた、あの剣みたいなのも異常だったな」


 てき弾の爆発やライフル弾を食らってもはじき返し、M2の12.7ミリは数十発食らっても生存する。そんなスレインがただの剣で斬られるなんて信じられなかった。


「恐らく、それがしたちの牙を使ったのだろう。同族との小競り合いで、この鱗に傷をつけられたことがある。それがし達に認められるか、殺してこの首を斬り落とさねば顎から外せんはずなのだがな」


 ラゴウはそのどちらかを、ドラゴンピープル相手に実行したのだろう。

 恐らくは後者に違いない。

 自衛軍を襲って武器を奪ったり、将軍を襲撃したりするくらいどうとも思わない奴なのだろう。相当に危険だ。


「私は竜喰いの方が気になります。あれはエルフの森の奥深くでわずかだけ栽培されていたはずなんです。悪魔のマロホシが治せないと言ったのは、そういう意味でした」


 そうだったのか。


「となると、フェイロンドの奴が関わってるのか。シクル・クナイブは組織を温存してるはずだぜ。もしかしたら、ハーフの連中は奴らとつるんでるのかも知れない」


 フェイロンドはありとあらゆるものを目的のために利用する。そういえば俺が撃ったハーフも、最初操身魔法でハイエルフとのハーフに姿を変え、こちらの油断を誘ってきた。


「正義と美からいえば、ごめんなさい、カジモドと呼ばれるようなハーフたちとは決して付き合わないはずなのですなのが」


 確かにそうだろう。しかしだ。スレインが小さな炎を吐く。


「……フェイロンドは違うはずだ。ギーマの事件のときも、ダークエルフに化けてまで目的を達成しようとした。こと、奴らに関しては、ハイエルフにルールがあると考えること事体危険だろう」


 大陸のイスマで会ったときは、勧誘を断ったフリスベルと俺を殺すべく、ドラゴンピープルの姿になって、炎で攻撃してきた。本来バンギアにうまれてはいけないはずのハーフとだって、協調して不思議じゃない。


「ただなあ。何するつもりなんだろうな。もしロットン・スカッシュを支援してるとして、連中に一体何の得があるんだ」


 自衛軍の武器を奪うにしても、警務隊長を殺したことにしても、確かにシクル・クナイブを利することにはなるが、動機としてはいまいち弱いんじゃないか。


「分かりません。ギニョルさんも考えてると思いますけれど、今の時点ではまだ何とも」


 聞き込みも空振りだったし、捜査の相談なら警察署に戻ってやった方がいい。


 俺達が出発しようとしたとき、倉庫の方から、がらがらとけたたましい音がした。


 振り向くと、青い髪の少年が、慌てた様子で銃のパーツを拾い集めている。転がってるのは、マガジンにバレル。転んだ木箱には自由都市イスマ行きの文字が書かれている。


「わわ、やっちゃった……ああもう」


 ジャケットから覗いた手は、髪の毛と同じ青い鱗が覆っている。尻尾もあるし、靴も履き物もない足は大きく、鋭い爪が生えそろっていた。


 ドラゴンハーフか。見覚えがあるな。確か、スレインがやられたとき、ドロテアと一緒に自衛軍に絡まれてた奴だ。ゼイラムとかいったか。


「……大丈夫か、ゼイラム」


「あ、スレインさん、は、はい……すいません、僕、足を引っ張ってばかりで」


 スレインの知り合いなんだろうか。


 申し訳なさそうにパーツを拾うゼイラム、全て詰め直したのを見定め、スレインは木箱を荷車に戻した。


「しっかりと紐で締めておいてくれ。マーケットへ行くのか」


「はい。船に納品に行くんです。イスマの自由政府から銃の買い付けがあって」


 ついこの間禍神の事件があったはあずだが、本当にたくましいことだ。ガンショップ、パールは一応のこと日ノ本からも認可を受けている。ここを通した取引ということは、密輸にならないのだ。


「おいゼイラム、どうしたんだよ!」


 ドロテアが工房から飛び出してきた。作業中だったのか、分厚い革のエプロンに、ゴーグルをひたいにかけている。


「何でもないよ、ドロテアさん」


 ゼイラムがパーツを拾って、スレインが転がった木箱を積み直したから確かに何でもないことになってる。


「本当かあ。やっぱりあたしが一緒に納品に行った方がいいんじゃねえのか。ないとは思うけど、変な奴に絡まれたら」


「大丈夫だよ。僕だってドラゴンハーフだし。それに、せめてこれくらいはしないと。母さんと大陸から出てきて、せっかくここに置いてもらってるんだ」


 強い口調だが、穏やかな顔立ちのせいか、いまいち迫力は出ない。ドロテアが頭をかいた。


「そういうことなら……親父に護衛してもらえりゃ心強いが、断罪者の仕事もあるだろう」


「ああ。すぐに出なければならん。すまないが、彼の護衛は」


 できないな。どうするかと思ったが、ドロテアはしばらく思案して、顔を上げた。


「……よし、分かった。あんたを信用する。しっかり頼むぜ」


「ありがとう! いってきます」


 ゼイラムは意気揚々と荷車を引いていく。頼りなく見えてもドラゴンハーフ。数百キロはあろうかという荷物をゆうゆうと動かしている。


「本当に、しっかりして欲しいんだけどなあ……あ、親父、治ってよかったな。いってらっしゃい」


「うむ……」


 スレインの奥歯にものが挟まったような態度は、珍しいものだった。


 ガンショップを出てしばらく行った後、気になった俺はスレインに話しかけた。


「なあスレイン、今のゼイラムってのは?」


「うむ……家族、という考えで言えば、私の、義理の甥ということになる」


 となると、血縁上はスレインの兄弟か姉妹の息子か。


 現状でそう呼べるのは、この間警察署に来た、白いドラゴンピープルのイェリサという女性だろう。


「ではあのイェリサさんの息子さんなのですね」


「そうだ……ただ、な」


「どうしたんだ?」


「……すまないが、察して欲しい。ハーフたちは、まっとうな経緯で生まれていない者が多かろう」


 それ以上は追及できない。おぞましいことだが、どうやら俺と同じアグロス人の中に、あのイェリサを慰み者にした奴が居たらしい。恐らくは自衛軍か。


 しばらく黙って歩いていたが、やはり話さなければならないと思ったのか、スレインは口を開いた。


「まだ、それがしが珠里と出会う前だ。イェリサはアグロスの者達に連れ去られてしまい、数日して傷だらけで戻ってきた。その後、あのゼイラムを産んだのだ。たとえ経緯がどうあろうと、腹に宿った者をむげにしないことが天秤に従うことだと」


 堕胎を選ばなかったのか。だが、ドラゴンピープルの女らしいとも思える。


「しかし、やはり皆と同じようには過ごせないと、幼かったあの子を連れて里を出ていた。同じ目に遭わされた女たちと共にな」


 フリスベルが言葉を失っている。俺も何も言えなかった。


「幸いというか、あの通りゼイラムは頼りないが、素直に育ったようだ。イェリサも元気そうでそれがしは安心した。ただ、今回の事件でそれがし達の前に現れたのもまた、ドラゴンハーフだった」


 次元がつながらなければ、決して出会わなかったはずのバンギアとアグロス。立ち止まったスレインが、灰喰らいの石突を見つめる。


「それがしが珠里と作ったドロテアのこともあるし、あの黒い鱗の少年と対峙したとき、一瞬迷ってしまった。もう油断はせんがな」


「スレインさん……」


 フリスベルが、そっと赤い鱗をなでる。微笑むように、スレインが口を開いた。


「よせ。今必要なのは、連中の狙いを探り、断罪することだ。ドロテアや、ゼイラム達がしっかりと生きていくためにも、ハーフによる凶行を止めねばならん」


「まあ、そりゃそうか。頼りにしてるぜ」


 見上げる巨体は、銃弾や爆風から何度も俺達を守ってくれたことか。

 やっぱりこ、いつがいなけりゃ断罪者は始まらない。


「……仕切り直そう。それがしは、天秤を揺るがせにはせぬ」


 バンギアにおける正義の象徴。赤い鱗のスレインがやっと戻ってきてくれた。


 知ってしまった苦い秘密に蓋をするように、俺は自分に言い聞かせた。


 


 

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