9ロットン・スカッシュ


 相手が居るとおぼしき部屋は十一階。

 俺とガドゥが階段を駆け上がった。到着すると、廊下にはさっきユエに撃たれたハーフがうずくまっている。


 金色の髪の毛に尖った耳は、ハイエルフとアグロス人の混血だ。


 両肩はべっとり血で染まり、備え付けたM2や、腰の9ミリ拳銃を抜くこともできない。ガドゥがそばにしゃがみこみ、その両腕に魔錠を施す。俺はコートのポケットから包帯と薬草を取り出し、消毒と血止めをしてやった。幸運なことに、鉛の弾頭は傷を貫通していた。これなら毒にもやられない。


「くそ……断罪法の犬め、自衛軍なんて、どうなったっていいじゃないか」


「そういうことじゃねえんだよ。お前らまた紛争やりたいのか」


「……嫌だ」


「なら大人しくしてろ。監獄でな」


 銃を奪い、弾薬を抜き取ってやる。

 ここまでの事態を起こしておいて、俺の言葉に改めて事態を噛み締めたのか、おびえた表情を見せる。


 見た目はザベルの所の子供達と変わりないが、何が目的でこんなことをやっちまったのか。


 手当てと武装解除の間、ガドゥは銃声の響く部屋の方を警戒していた。こちらを舐めきっているのか、表の戦場がよほどせっぱつまっているのか、ドアが開く気配がない。


 俺はガドゥと視線を交わした。こっちは接近戦に強いショットガンM97と、フルオートでライフル弾を連射するAK。相手の武器も強力だが、突入して不意をつけば制圧も可能だろう。


 俺はM97のスライドを引き、バックショットを銃身に送り込んだ。


「おい騎士、そいつ連れて離れてろ、持ってきといて良かったぜ」


 ガドゥがベストから取り出したのは、両側が口になったコーラ瓶のような魔道具だ。赤い魔力が渦を巻いている。


「こんなドアくらいなら……」


『よせ、近づくな!』


 しゃがもうとしたガドゥの背後から声がかかる。振り向くと手すりにとまった烏。ギニョルの使い魔だ。


 それだけで十分だった


 俺もガドゥもドアの前から離れる。瞬間、ドアが裂けて中から先の尖ったものが突き出してきた。


 丸太だ。スレインの胸元でも貫くほどの太さと勢い。ちょうつがいとドアノブが吹っ飛び、裂け目を押し広げて勢いよく出でてきやがった。魔力をまとっているから現象魔法だろう。


 こっちの魔力を探知されたのだろうか、いや、シールは張っている。俺達が部屋に攻撃に来ると踏んで、ドア前で現象魔法を使いやがった。


「くそっ……」


 俺は顔をしかめた。ハーフの少年は、丸太の間で血まみれになって事切れている。


 かわすので精一杯だった、というのは言い訳だ。


 抵抗を封じた奴を死なせていい理由などない。


 こいつを外に置いたまま、魔法を発動したということは、一種の捨て駒にしたということだろうが。それにしたって、俺のミスだ。守れなかった。


「すまない……」


「騎士!」


 ガドゥに言われ、亡骸をつかもうとした手を引っ込める。丸太の表面を緑の苔が取り巻いている。獰猛に広がった苔は、あっという間にハーフの体を覆い尽くした。


 これは吸血苔だ。ハイエルフの暗殺者連中、シクル・クナイブが使う。骨になるまで血を吸い尽くす恐ろしい苔。


「吸血苔じゃ、こっちからは入れねえか。ギニョル、どうする?」


『一旦降りろ。こちらの状況は収拾がついておる。連中、兵士を殺したらすぐ退きおった。わしらは無事じゃ。お前達もユエの下に戻れ』


 そう言われて、置いてきたユエの方を見やる。てき弾で足を負傷したから、置いてきたのだが。よく考えたら、裏の奴らから散々恨みを買ってる断罪者が、ホープレス・ストリートの路上にうずくまっている状態なのだ。いくら早撃ちに優れるといっても、危険に違いない。


 部屋の方はというと、丸太が壁になって侵入は不可能。もちろん、中からこちらへ出てくることもだ。


 不完全燃焼だが、事態の収拾にかかるか。


「ユエは……今のところ無事だな」


 自分で足の傷に包帯を巻いて、ビルの影にうずくまっている。


 ちょうどSAAのリロードをやってる所だが、その方法が何とも独創的だ。

 てき弾で吹っ飛ばされたとき、右手をぶつけて使えない。


 なんと銃身を胸元に突っ込み、豊かな胸で固定してやがる。無事な左手で撃鉄をハーフコックにしておいて、ロングコルト弾を取り出し、リボルバーに入れていく。


 一つ、二つ、三つ、四つ、五つ。

 完了した。左手で銃を取り出し、ホルスターに突っ込む。


「ああいう使い方もあるのかよ……」


「おれ、初めて銃がうらやましくなったぜ……なんだありゃ?」


 ガドゥの意外とノーマルな性癖が明らかになったが、視線を追うと、ユエの背後で黒い何かが動いている。


「騎士、見えるか。クレールなら分かるかな」


「多分そうだけど……」


 右に左に、蛇のようにくねくねと動きながら、ゆっくりとだが確実にユエに近寄っている。


『あれは、ドラゴンハーフではないのか』


「危ねえぞユエ!」


 俺の叫びに、ユエが気付いた。影の中に伸びあがってきたのは、あの黒い鱗の奴。ギニョルの側からこっちに来てたのか。


 早撃ちは間に合うだろうが、果たして鱗の隙間を捉えられるか――。


「騎士!」


 ガドゥの声に振り向くと、丸太に絡まったハーフの死骸が動き出す所だった。


 金色の髪はそのままだが、ジャケットがはち切れ、その下に小柄ながら筋骨隆々の体が現れる。吸血苔は枯死して落ちていた。表面を覆うのは、真っ青な鱗と後頭部から背中にかけて真っすぐに伸びあがっていく棘。


 髪の毛も生え変わっていく。鱗と同じ真っ青に。


 こいつ、エルフとの混血じゃなかった。紫色の魔力は操身魔法のもの。ハイエルフのハーフに姿を変えて俺達を待ち受けていた、ドラゴンハーフだった。


 ドラゴンハーフが、ガドゥに向かい、炎を吐きかける。身長ほどもある火球が炸裂し、廊下を埋めた。


「ガドゥ!」


 爆弾に引火したらそのまま吹っ飛ぶ。


『来るぞ! 騎士』


 ギニョルが使い魔を通じて呼びかける。廊下を炎で埋めたドラゴンハーフは、丸太の隙間を抜け、俺の方に飛びかかってきた。


 鋭い爪に、並んだ牙。格闘訓練を受けた自衛軍の兵士を圧倒し、喉元を食い破って殺す威力がある。


 スレインに移した得体の知れない胞子も持っているかも知れん。

 まず距離を取りたい。振り下ろされた爪をよけながら、後ろに下がる。


『尾に気を付けろ』


 ギニョルの指摘で思い当たる。つい先ほど、俺はそれで殺されかけた。


 軽くジャンプすると、案の定、骨を砕きそうな尾の薙ぎ払いが足元を通り抜けた。


 かわされるとは思ってなかったか。ひねった胴体の側面、脇腹に鱗の隙間が露出する。


 距離1メートル、着地と同時に、装填済みのバックショットを撃ち込む。

 

 火薬の炸裂。

 数え切れぬ12ゲージの散弾が、人と変わらぬ柔らかい肉に殺到。獰猛に食い込んで内臓までずたずたに破壊する。


 勝負はついた。横転したドラゴンハーフはせき込みながら血を吐いている。尾も、もう動かせないらしい。失血と激痛のショック、鉛の散弾が刻んだ無数の腹の中の傷。マロホシでも治せないだろう。


 それでも、念のためを忘れない自分が嫌になる。


 次弾を装填したM97の銃身を、鱗のない胸元に突き付けた。


「言い残すことがあれば聞くぜ」


「……たか、はら、どうな、った……」


 高原、か。警務隊長になった高原一尉のことだろう。将軍と共に襲撃されていた。


『死んだ。喉を裂かれ、生きながらお主らの炎に焼かれてな』


 ギニョルが答えた。恐らく嘘ではないのだろう。


 血をこぼしながら、ドラゴンハーフが口を開く。


「へ、ぇ……へへ。くさった、かぼちゃ、おや、かぶと、くさ、る。おれ、たちは、ロット、ん、す、か、シュ……」


 ことり、と首が傾く。けいれんが止んだ。死んだのだ。散弾で腹の中をずたずたにされ、苦痛と失血にまみれて。


 使い魔が死骸に留まる。妙に似合うのは、悪魔が死を扱うからか。


『腐ったかぼちゃは、親株と腐る、か。ロットン・スカッシュ、メリゴンの言葉でそのものずばり、「腐ったかぼちゃ」じゃな』


 それが、こいつらを束ねる組織の名だろうか。


 恐らくはハーフ、つまり、カジモドのみで構成された過激な連中だ。


「ふいー、あぶねえあぶねえ、吹っ飛ぶところだったぜ……無事だな、騎士」


 ガドゥが突き当たりの階段からひょいと顔を出した。やられてなかったのは幸いだ。


「助かったんだな。ユエの方は」


『うむ。安心せい』


 烏は鳥目だが、悪魔であるギニョルが使い魔としている。疑いは無いだろう。


 俺はため息交じりに、殺してしまったハーフを見下ろす。


 竜の顔と体は強面だが、ハーフである以上、ザベルの所の子供たちとそう変わらない年齢に違いなかった。


「……馬鹿野郎が」


 M97を支える右手。トリガーにかかった指が、棒のように硬直していた。


 ユエのようになどと、もう考えないようにしよう。

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