8銃火をくぐって

 会見には丸腰で望んでいたのが悔やまれる。ガンセーフで装備を整える間に、どうしても二分ほどかかった。こういうとき身一つで動けるスレインが居ないのは最大の手落ちだ。 

 

 準備の間も、銃声は聞こえ続けている。男の悲鳴が重なった。


 何者か知らんが、相手は小銃小隊二つ分に、将軍までそろった自衛軍を正面から攻撃して、さらに圧倒してやがる。


 ようやく俺達が警察署を出ていくと、事態が分かった。


 警察署の前から続く、かつてのポート・ノゾミに整備された四車線道路。その中央で、軽装甲機動車が一台、黒煙を上げて燃えていた。焼け焦げた迷彩のヘルメットが転がっており、搭乗者ごとやられたらしい。


 もう一台は停車し、警務隊らしき自衛軍の兵士が車体を盾にして銃撃を行っている。目指す先はホープレス・ストリートのマンション、確かに向こう側にも銃火が見える。


 一方、82式指揮通信車の方では、備え付けのM2重機関銃を警務隊の高原が握り、こちらもマンションに向かって反撃していた。それより目を引いたのは、操縦席の後方のハッチが開いて、将軍が上半身を出していたことだ。


 よく見れば、車両に向かって、黒い影のようなものが突き進んでいる。

 あれは、スレインを気絶させたドラゴンピープルのハーフか。後ろでは、車両から降りた自衛軍の兵士が、もう二人のドラゴンハーフと格闘戦をやってるが、どうも旗色が悪い。踏みつけられ、蹴り倒され、尾で喉元を締めあげられてる。


 将軍は黒い奴を車両に近づけさせず、味方も攻撃されないように、銃撃して引きつけているらしい。


 両手でしっかりと握った拳銃は、メリゴン製の大口径のものだろう。M2の銃声と交じっても、聞き取れるほどに炸裂音が響く。狙いは悪くないが、素早く動いてかわせるらしい。


 襲ってる敵はハーフの連中だろう。果敢にも車両に突っ込んでいるのが、ドラゴンハーフで、よく見ればホープレス・ストリートのマンションにはエルフや吸血鬼と交じったらしい連中が居やがる。使っているのは、襲撃している自衛軍と似た軽機関銃の類らしい。


 明確な断罪法違反。


 とはいえ、将軍は正直倒れて欲しい相手ではある。どうするか。俺は一緒にでてきたギニョルを見た。クレールやユエの目も集中している。


 駆け出そうとするフリスベルを制して、ギニョルは言った。


「襲っている連中を断罪する。ユエ、騎士、ガドゥはビルの連中に向かえ。わしとクレールとフリスベルは、侠志の……将軍達を守って、黒い鱗の奴に当たる」


 侠志ってのは、将軍の本名だったかな。なぜ一瞬だけ呼んだのだろう。


 まさか、あの将軍に恐怖以外の思い入れがあるってのか。


 言ってる場合じゃないか。ほかのみんなも気にならなかったらしいし。


 クレールは持って出たM1を背中に回すと、腰のレイピアを抜いた。


「いいだろう。僕の剣で奴らを切り伏せる」


 人ならざる身体能力に、銃弾を弾く鱗。あんな化け物と接近戦をやれるのは、スレインを除けば、剣を修めたクレールくらいだ。高所を取った敵に対して、スナイパーが消えるのは正直痛いのだが。


「牙の剣に用心してください。毒が塗ってあります」


 フリスベルがベスト・ポケットを腰のホルスターに納め、杖を取り出した。接近戦サポートをやる気だ。


「そのための君だろう。騎士、ユエ、ガドゥ、邪魔をさせないでくれよ」


「任せといて。銃弾が効く奴なら負けない。騎士くん、ガドゥ」


「おう」


「行くか」


 普通に応じてユエについて走ったが、不吉な感覚は消えない。

 スレインがやられたときの様子を思い出す。正直、俺も生きた心地がしなかった。


 止められるのだろうか。とはいえ、クレールの腕を信じるしかない。


 

 ホープレス・ストリートは眼前に迫っている。幸いなことに、自衛軍が銃撃を続けてくれるおかげで、連中は俺達にあまり攻撃を仕掛けてこない。


 自衛軍と断罪者とハーフの戦いとあって、すでに普通の連中は逃げ出してしまっている。人けのない通りや倉庫前を駆け抜け、マンションの前まで来ると、俺達への銃撃が始まった。


 マンションは大体二十階建て。自衛軍を攻撃してたのは、十一階の中央の部屋のベランダだったが、俺達には踊り場のあたりから、銃弾が降り注いでいる。


 高所を取ったのは向こうだ。俺とユエとガドゥは、ビルの影に身を隠して銃弾をやりすごす。距離約60メートル、ショットガンじゃまだまだ厳しいな。


「数は五、みんなハーフか。悪魔に吸血鬼に、バンギア人だね」


 ユエ、走りながらチェックしてたのか。俺は逃げるだけで精いっぱいだったが。

 ガドゥがAKのセイフティを外して、尖った耳をぴこぴこやっている。


「音からすると、獲物は89式だな。ライフル弾は厄介だぜ」


 そっちは俺でも分かった。自衛軍の兵士とやり合うと思えば、やりようはいくらでもある。


 そう思った俺達の耳に、それよりさらにでかい銃声。


 ユエとガドゥと俺、全員が壁際からさらに深く踏み込んだ瞬間、大口径の弾丸がコンクリを打ち砕き、撒き散らした。鉄筋が露出するほどの損傷だ。


「ちくしょう、M2まであるってのか」


 間一髪だった。装甲のない車両なら、蜂の巣にできる威力だ。喰らってたらまとめてミンチになっていただろう。


「正面はだめだよ。あのマンション裏口とかは」


 ユエが言いかけたまさにそのとき、パシュ、パシュ、と連続して発射音。

 顔を見合わせる間もない。全員ばらばらに飛びのき、伏せた瞬間、俺達の間に転がってきたのは、てき弾、すなわち炸裂するグレネード弾だ。


 轟音と共に空気が膨張、頭上を爆風が通り抜ける。裂けた空き缶が俺の首を断ち切りそうな勢いで、頬のすぐ横を飛んでいった。


 俺、ユエ、ガドゥ、三人ばらばらに吹っ飛ばされた。

 しかもユエはビルの影から出てしまった。


 M2が回頭する、ユエは腹這いでSAAを握ろうとしたが、顔をしかめる。

 吹っ飛ばされたとき、利き手をやられた。


 そう認識したのと、俺とガドゥが銃を構えたのは同時だった。


 俺はM2、ガドゥは89式めがけて、ショットガンとAKを乱暴にぶっ放す。


 距離60メートル、特に散弾は威力が低いが、踊り場の壁面に当たって破片を散らす。音に驚いたか、俺達の銃撃の間、相手は頭を引っ込めてくれた。


 再び反撃しようと身体を出した瞬間、両肩が血を噴き出す。


 SAAが白煙を吐き出している。片膝を付いた姿勢、利き手ではに左手で、リボルバーを構えたユエ。


 距離六十メートル、ファニングショットを成功させやがった。


「外した……頭と胸を狙ったのに。騎士くん、ガドゥも後を頼む。私足手まといになりそう」


「何言ってんだよ、ぜんぜんいけるじゃねえか」


 俺が褒めようとしたら、ユエは唇をゆがめた。ジーンズの太股が裂け、真っ黒い血がにじんでいる。


「足やられたの。フリスベルも向こうでしょ。せいぜいここから援護するくらい」


 てき弾の破片か。同じように反応した俺とガドゥが無事なのに、嫌な偶然もあったもんだ。


「とりあえず血だけ止めとくわ。結構くらくらするから……」


「大丈夫かよ……」


 俺とガドゥが心配そうにしていると、新たな銃声が聞こえた。俺達とは逆向き、マンションの部屋の方だ。ユエにやられたせいか、こっちは一旦置いて、将軍やクレール達の方に集中することにしたらしい。


 悠長に手当てをやってる場合じゃない。ガドゥが俺の肩を叩いた。


「騎士くん、行って。私は大丈夫だから」


 血を失って蒼白な顔に、必死の笑みを浮かべるユエ。


 俺は断罪者だ。結ばれた恋人より、優先するものがある。


 ユエに背を向け、マンションへと駆ける。ガドゥが俺を鼓舞するように、手の甲に魔力を封じるシールを張ってくれた。


 将軍がどうとかはもういい。

 連中を、気の毒なガキとは思わない。


 断罪してやる。ユエがやるように。

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