7取り合えない手

 警察署の会議室。スレインを除いた断罪者のフルメンバーに対して、対峙するのは橋頭保を拠点とする自衛軍の連中だ。


 かの”将軍”のほかには、真壁に代わって警務部隊を率いているらしい男と、兵士が二人。


 俺達は将軍から配られた資料ファイルをめくった。俺が見たのと同じ、喉元を食い破られた死体と現場の写真が8枚。それに、どこかの倉庫らしい場所の内部の写真が2枚。これはどうも同じ場所らしいが、片方は一面に積んであった木箱が、もう片方では綺麗に空っぽになっている。


 その後ろには、資料及び事実関係とまとめられた、5枚のレポートが付いていた。


 5分ほどで読み終わり、顔を上げる。ギニョルやユエやフリスベル、ガドゥにクレールというほかのメンバーも、読み終わっていた。


 警務隊長が立ち上がる。最近日ノ本から派遣されたのだろうか。自衛軍にしてはまともそうな目をしていた。


「ご理解いただけましたか。断罪者の方々。これは我々自衛軍Bー1連隊に対する明確な敵対行為なんです。あなたがたが島を留守にして大陸に介入している間に、こんな馬鹿な行為がなされた。よりにもよって我々の武器に手を出すなんて!」


 レポートに書いてある。奪われたのは、倉庫から、89式小銃本体が30丁分。マガジンが200。同銃用の5.56×45ミリNATO弾が3000発。

 96式40ミリてき弾銃が5丁及び、同弾薬の40ミリ対人対装甲てき弾が280発。

 M2重機関銃が3丁、同弾薬12.7×99ミリNATO弾が660発。


 ほかに、9ミリ拳銃ことシグザウアーP220が10丁、マガジンが20、同弾薬の9ミリルガーが190発。


 小銃小隊が最低四つは運用できそうなまとまった火器だった。


「あのハーフは、警護の兵士を8人も惨殺し、10人に重傷を負わせた。本来なら再び日ノ本とバンギアとの戦端となってもおかしくない出来事だ。おい、監視カメラの映像を写せ」


 命令を受けた兵士が、プロジェクタにノートパソコンをつなぐ。パソコンを操作して投影されたのは、こちらをにらみつけ、牙をむき出す竜の顔をした男だった。


 間違いない。俺の目の前で兵士を殺し、スレインに重傷を負わせたあいつだ。


 警務隊長の目に、敵意と怒りが宿る。丁寧な口調を放り出し、今にも銃を抜かんばかりに、叩き付けるような言葉を吐き出す。


「お前達が現場で拾った黒い鱗、これが我々の武器庫にも落ちていた。こんな奇怪な見た目の種族は、バンギアにも元々いないはずだ。あるとすれば、我々とドラゴンピープルにできたカジモドだろう。だからカジモドのつてを探したまでだ。ことは急を要する。早急に犯人を探し出し、処刑せねば、島の治安は維持できん。それゆえの勇み足、貴様らが普段やっていることと変わらん。処罰するなど言語道断だ!」


 ユエに銃を吹っ飛ばされ、ドロテアにのされて、地下の独房でしょぼくれている小銃小隊の連中のことだろう。


 言うだけ言ってしまうと、警務隊長は気が済んだらしい。

 失礼します、と言って、自分の席へ戻った。将軍が立ち上がる。


「……ありがとう、高原たかはら一尉。僕の言いたい事と全く一緒かな。で、どうするギニョル。これはこの島の倉庫で起こった、明確な断罪法違反なんだけど、また協力してもらえるかな?」


「回答する前に、少し聞きたいことがある」


「なにかな」


 にこやかな目でギニョルを見つめる将軍。なんとまあ機嫌のよさそうな。橋頭保で見せた執着は変わっていないらしい。


「この倉庫の場所についてじゃが、橋頭保ではないのか。もしそこを襲撃して持ち去ったと言うのなら、犠牲者が少なすぎはせんか」


 以前、俺達がスレイン達を助けにいったときは、蜂の巣をつついた騒ぎになった。橋頭保から報告書の武器を奪ったとしたら、8人殺し、10人負傷させたくらいですむはずがないのだ。


「場所がそんなに重要かい」


「ああ。この島でないというのなら、断罪法は適用されぬ。断罪事件をわしらに代わって勝手に追うことも違法ではあるが、勇み足も認められよう」


 ギニョルの目が鋭くなった。大量の武器から何かをかぎつけたのだろう。


 防衛活動の名のもとに、自衛軍が大陸で行ってきた行為は、つい先日、嫌というほど見て来た。イスマを捨てるヤスハラは、日ノ本によるバンギア大陸の平定を匂わせていたのだ。兵站の一環として、大量の武器をバンギア側に運び込んでいても不思議はない。


「まいったなあ。僕達は被害者なのに。話にならないじゃないか、断罪者は動いてくれないのかい」


「はぐらかすな。武器庫はどこじゃ」


「もういいよ。僕達は僕達で動く。ちょっと事情も変わって来たから、うかうかしてられないんだ。邪魔するというなら、防衛活動の対象にするからね」


 将軍が席を蹴った。はぐらかしたのはそっちだ。


 クレールが立ち上がる。


「待て。お前達のいう防衛活動の意味は分かっている。ドロテア達は何も知らなかったんだ。まさかハーフの連中を片っ端から痛めつけるっていうんじゃないだろうな」


「人の心を覗き見るくせに、ずいぶん暴力的な考えをしているね」


「なんだと……!」


 今にもレイピアに手を触れようとするクレール。俺はその肩をつかんだ。


「よせよ、クレール」


「騎士、止めるな。こいつらを野放しにはしておけないだろう。今、断罪法を犯すと宣言したんだ。今ここで、断罪してやるんだ」


「防衛活動とは、作戦目標の妨げを排除することだ。僕達は作戦目標を知らせない以上、何が妨げになって、その妨げをどうやって排除するのか、君達には分からないだろう。もちろん、防衛活動が断罪法のどの条項にどう違反するかも、想像でしかないわけだ。君達が捉えた小銃小隊は、独自の判断で勇み足をしただけのことだよ」


 将軍が眼鏡越しにクレールの顔を覗き込む。


「そんな不確定な段階で、君は僕達に蝕心魔法を使うのかい。やるがいいさ。ただこのやりとりは録音されているからね」


 将軍が取り出したのは、ICレコーダーだった。俺とギニョル以外の奴らはどういうものか分からないらしい。


「そんなものがどうしたというんだ……!」


 クレールの目に灰色の魔力が集中していく。やばい。


「よさぬかクレール! 絶対にならぬぞ!」


 ギニョルの言う通りだった。恐らく無線LANか何かで、外の部下たちのもとに転送されるのだろう。そして外の部下たちは他のコンピューターやサーバーにデータを記録してしまうわけだ。全員が部屋に居る以上、どうしようもない。


 クレールの耳元で、小声でささやく。


「本当にやばいんだよ。あれは外に転送されてる。今ここで将軍に何かしたら、その中身は全部日ノ本にもれちまう。いくらでも複製されるぜ」


 クレールが唇を噛んで、魔力を霧散させた。ガドゥが腕組みをしてうなった。


「アグロスにはまだ、そんな便利なもんまであんのかよ……」


 型落ちの電化製品や家電はともかく、ああいった最新式の製品はマーケット・ノゾミにも出回らない。自衛軍もGSUMも、恐らく日ノ本ととつながって供給を受けているのだろう。


 将軍は得意げに、口元を釣り上げた。


「保険だよ。あくまで我が国固有の領土であるこのポート・ノゾミで、勝手な法をでっち上げ、あつかましくも力をもってその番人をきどる、危険な断罪者へのね」


「待てよ、まだ話は」


 俺をさえぎって、将軍はとうとうと語る。


「言ったはずだ、丹沢騎士。僕達は防衛活動を進める。捕らえた小銃小隊に関しては、好きに断罪するといい。もっとも、硝煙の末姫さまが止めてくれたから、一発も撃たずに済んだね。かすり傷ひとつも付けられなかったし、禁固は数か月ってところかな。それ以上は不当な断罪だろう」


 山本や、日ノ本を使って、俺達に圧力をかけるということか。ギニョルがにらみつけるが、意に介してもいない。


「これで失礼しよう。高原一尉、作戦を決定するよ」


「はっ!」


 部下と共に敬礼を行なうと、警務隊は将軍に付き従って部屋を出て行った。


 全員、警察署に乗り付けた指揮通信車と軽装甲機動車に乗り込む。


 ドアが閉じる音がして、出発した矢先だった。


 けたたましいブレーキ音がして、銃声が重なる。


 襲ったのか、よりにもって、自衛軍の、将軍を。


 俺達は無言で駆け出した。スレインが毒でダウンしているのが不安だが、ほかにやりようがなかった。


 


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