24台地を包む風

 台地の最奥部にある、アキノ12世の居るクリフトップ城。それを囲むように、配下の諸侯の屋敷が四つ。さらには兵士の訓練用の宿舎と運動場、武器庫、ヘリポートに機動兵器の格納庫と整備場。それがクリフトップの台地にある施設の全てだ。


 屋敷や城の規模から考えると、予想される兵員はかなりの数になる。俺とフリスベルとニノとクオンとたった三人の魔術師では、暴風雨の中の木の葉にも等しい。


 だが今、ユエとザルアの討伐のための出兵で、人数が大きく減っているのは確かなのだ。平時と比べれば、七人でも仕掛ける方法が見いだせるだろう。


 種々議論した結果、さらに戦力を分けることになった。ニノが破壊工作と陽動を行い、その隙にアキノ王とヤスハラを捕らえるのが、断罪者である俺とフリスベル、それにクオンの役割となった。


 まだリスクもある。仮にアキノ王を断罪できたとして、果たして民衆がそれで納得するのか。あの大戦力を引き付けるユエ達は無事で済むのか。ヤスハラがやぶれかぶれにならないかなど。色々懸念材料はあるが、ここまで来た以上は引けないということで一致した。


 断罪は、実行する。



 夜明け前。薄明りと霧の中、俺とフリスベル、それにクオンと部下の魔術師達は裏町側の崖下に集まっていた。


 こちらには入口がなく、黒い壁のようなクリフトップの絶壁が目の前を覆い尽くしている。霧のせいで頂上が見えないため、文字通り天を突いているかのように錯覚する絶壁だ。


 表の城下町へと続く側は、大きな入り口があり、検問所も設置されているが、絶壁が続く裏側には、見張り塔も少ない。侵入するならこちらからがいいだろう。


 クオンが腕時計を見つめる。アグロスから輸入したスカした高級品だが、黒と銀の無機質なデザインは、金髪と碧眼になかなか似合っている。


「開始時刻二分前だ。準備はいいか」


「おう」


 俺は断罪者のコートにいつものショットガンM1897と、ガンベルトにはバックショットとスラッグ弾。いつでもやれる。


 足元にしゃがみ込み、石畳の間の土に種をまいていたフリスベルが顔を上げる。


「埋めました。いつでもいけます。この杖、いつもより調子がいいくらいですよ」


 立ち上がると金色の髪がさらりと流れる。断罪者のマントに、ララが作った樫の杖。腰にはベスト・ポケットと、マントの裏に替えのマガジン四つ。俺もだが、これは持ってきた弾薬全部だ。


 こちらの準備はできた。クオンが再び時計に目を落とす。


「一分前か。皆に一言、言っておきたい」


 部下の魔術師三人が顔を上げる。


 皆とは言ったが、ささやかなものだ。いくら複雑な政治状況とはいえ、仮にも一国の王子の一人に、付き従う者がたった三人とは。二人の若い赤髪の男に、中年にさしかかった緑の髪の男、いずれもバンギア人たちだ。中年の男は頬に傷がある。撃たれたことがあるらしい。


「ただアキノの家の血を引いているというだけで、名ばかりのこのおれを支え、ここまでよくついて来てくれた。だがここからは騎士たちの指揮下に入れ。断罪は必ず成功させろ。それがおれの意志だ。いいな、これは命令だぞ」


「クオン様……」


「あのユエや、マヤ姉さまや、伯爵ですらない一介の貴族の息子が必死に戦っているというのに。おれはずいぶんと回り道をした。それも今日で終わりだ。生き残ろうが死のうが、すべてを清算する。もはやアキノの名は捨てよう。お前達ともここで別れだ」


 魔術師たちが何か言う前に、遠くから爆発音がした。


 ニノが集めていた爆薬を使ったのだ。あいつは娼婦をやって溜まった金で、今このときのためにと爆薬や銃器を大量に買い集めていた。それを使ってたった一人で戦いを挑んでいるのだ。


「作戦時刻だ。やってくれ、ローエルフよ」


「頼むぜフリスベル」


 俺達の視線を小さな背中に受けながら、フリスベルは杖を両手で持ち、真っすぐにかかげた。緑色の魔力が杖全体に宿っている。


『イ・コーム・イディ・グロウズ!』


 呪文とともに突き立てた先端、宿った魔力が石畳の隙間、埋めた種に注ぎこまれていく。

 俺もクオンも魔術師たちも、タイミングを計る。


 絶壁の崖だろうと、植物には這い登る力がある。フリスベルが撒いたのは、バンギア産のツタの種だ。


 ただし、そこには断罪者でも最高の現象魔法使いであるフリスベルの魔力が全力でこめられている。


 ぼこぼこと音がして、地面の石畳が裂けていく。次の瞬間、暗褐色の葉をしたツタが、爆発的に成長し始めた。


 アグロスで建物を覆っているあの細いやつじゃない。茎だけで大人の腕ほどもある強靭なやつが、次々と成長していくのだ。


 ツタの先端はクリフトップの断崖に辿り着くと、岩を伝って次々と上昇していく。

 フリスベルが杖を地面から離しても、成長は止まらない。


「みなさん、つかまってください! 成長しきったら枯れてしまいます!」


 杖をしまって、茎のひとつにぶら下がったフリスベル。小さな体は霧の中を急速に上昇していく。


 俺もクオンも、三人の魔術師も伸びるツタに腕を絡めた。葉の形や色は確かにツタのそれだが、高く伸びるためか異様に太い茎をしている。葉も大きく、踏んでみると板のようにしっかりしている。


 植物につかまるというより、人の腕に引っ張られるかのような感覚だった。


 地上がぐんぐん離れていく。もう数十メートルは登っただろうか。成長の終わる気配がない。


「フリスベル、どこまで伸びるんだこれ」


「分かりません。この種類のツタは、百メートルほどの樹木も覆いますから。私もありったけの魔力を注ぎ込んだんです」


「じゃあクリフトップが見えたら飛び降りないと、天まで連れて行かれちまうな」


「そこまではどうか分かりませんが、狙い通りには止まってくれないと思ってください、皆さんも気を付けて!」


 登っていくと、いよいよ裏町が見下ろせるようになってきた。尖塔状の建物あり、わら屋根の建物あり、華美な装飾のやつは娼館だろうか。城門内にもあるらしい。


 今頃、ベッドで寝てる連中はこの国についてどう思っているのだろう。

 首尾よくアキノ王を断罪できたとして、果たしてそのまま味方してくれるものなのか。


 迷いを断ち切るように、崖の裏側で再び爆音。銃声が響き始めた。ニノが見つかってとうとう銃撃戦になったらしい。すでに引き返せないところに来ている。


「断罪者よ。おれはお前達に賭けた。切り札らしく全力を尽くしてくれ」


「分かってるよ、そろそろだな」


 霧の中に、崖の終わりが見えてきた。凄まじい成長速度だ。約3分足らずで200メートルを上った計算になる。


 崖の縁が足元に来た瞬間、俺達は一斉に飛び降りた。



 太陽が昇る中、降り立ったのたは草の刈りこまれた芝生のような場所。赤く色づいた木々が周囲を彩っている。


 クリフトップは全体が人工的な庭園のようになっている。木々や草花はそこらへんのものではなく、エルフの森にしかない珍しいものが揃っている。挨拶や会合に集まった各地の諸侯は穏やかな植物に心を和ませ、エルフの森の環境を作り上げて維持できるアキノ家の威光に敬意を払うのだろう。


 俺達のたどりついたのは、その庭園の端っこ、裏側に立つ見張塔との距離が最も遠い場所だった。


 遠くの銃声はまだ途切れていない。決死の覚悟で挑んだニノは交戦を続けている。ここからの段取りは、もう散々に打ち合わせ済みだ。


 銃声。今度は近い、一人の魔術師の足元で土が弾ける。


 見つかったな。だが巨大なツタを魔力で大きくして侵入した時点で、魔力を感知できるアグロス人に見つかることは想定済みだ。


「急げ! 噴水広場へ! そこを曲がれば王の居る城だ!」


 クオンが言ったのは、イスマの正面からクリフトップ城へと続く道にある噴水のこと。森の小路を広い方にたどれば、全部そこに続いている。王宮への最短距離だ。


 俺とフリスベル、それに三人の魔術師はその言葉に従い、森の中の小路を駆けはじめた。


 だがクオン本人は続かない。アキノ家の第三王子にして、人間でありながらローエルフのフリスベルに匹敵する魔力を持つクオン・アキノには、俺達と王をつなぐ最後の道を作り出す役割がある。


 霧と木々の向こう側で、せわしなくはしごを駆け下りる足音がする。庭園の中に入り込んだら、見張塔からの銃撃は困難だ。王を狙う俺達を確実に止めるつもりなのだろう。


 けたたましい警報が鳴り響いた。マイクがあったことからも分かるが、やはり台地全体に敵の侵入を警戒する機構があるか。


「100人は残ってるだろうぜ、まともに戦ったら終わりだな。本当にうまくいくのかよ」


「……若をみくびるな。殺しをしくじったのはお前達が初めてだ、断罪者」


 中年の男ににらまれ、思わず背筋が冷たくなる。ここまでクオンに付き合うってことは、裏の仕事も共にやってたのか。GSUMの上の方の奴らみたいな雰囲気があるな。


「とにかく信じましょう、騎士さん。クオンさんは、ユエさんのお兄さんなんですから」


 フリスベルがそう言ったときだった。

 鼓膜をつんざく轟音と共に、目が眩むほど周囲が光った。


 思わず足を止めそうになったが、若い魔術師が俺の背中を叩く。


「若は稲妻が得意だ。炎と風も言うまでもない。お前達はお前達の断罪に集中しろ」


 自慢げな微笑は、今のが追手を打ちのめしたクオンの魔法であることを証明している。そういやユエが気づかなかったら、俺は今頃悪魔の下僕らしく稲妻に焼かれていたことだろう。無事に見張塔に辿り着きそうだ。


「分かってるよ」


「ならば急げ。すぐに若の魔法が始まる」


 悪態をつくと、もう一人の若い魔術師が走りながら言った。俺も全力で走ってるが、魔術師たちは誰も息が乱れてないうえに足取りも軽い。ザルアといい、アグロス人は鍛えてやがる。


 警報はまだ鳴り響いている。小路を進み、とうとう噴水広場をとらえた俺達の前に嫌なものが現れた。


 小路をえぐる真っ黒なタイヤ、周囲のみずみずしい植物から浮く剣呑な暗緑色の迷彩塗装。俺達に立ちはだかるように姿を現した絶望的な車体。


 96式走輪装甲車だ。出撃していない機動兵器があったのか。

 無論、てき弾銃も搭載済みだ。


「散開しろ!」


 叫んだ俺が最も遅い。フリスベルも魔術師も、小路からそばの茂みへ飛び込んでいる。俺も続いて脇に飛びのき、頭をかがめて対ショックの姿勢を取った。


 距離30メートル。グレネード弾が降り注ぎ、小路にはえぐり取ったかのような穴が開く。木の枝が吹っ飛び、高温で発火した葉はオレンジ色の火をまとっている。


 俺は負傷していない。すでにフリスベルの銃声が響くが、上部ハッチが開いて、迷彩服にボディアーマー、ヘルメットまで身に着けたアグロス、バンギア両方の兵士が次々と顔を出して銃撃してくる。


 相手の銃は89式やAK。俺達が身を隠す木々の幹はエルフの森のものとあって太く、89式の5.56ミリやAKの7.92ミリはどうにか防げている。


 だが動きを止められてしまった。もたついている間に囲まれればこのまま終わりだ。


「ちくしょうがっ!」


 俺は木々から身をさらして、スラムファイアで見える範囲の兵士を撃ちまくる。

 だがボディアーマーの前に散弾は力不足。顔や腕を抑えて2人ほど車内に下がったが、それよりも身をさらした俺にてき弾の銃口が向きやがった。


「うおおっ」


 飛び下がって爆風と破片から逃げたが、頭上にへしおれた木の幹が倒れてくる。


 身体を起こしてどうにか逃げるが、また噴水から、王宮から遠ざけられてしまった。


 AKと89式に交じって貧弱な銃声。魔術師たちも持ってきたSAAで反撃しているが、ロングコルト弾では装甲車の装甲は貫けない。魔法は詠唱の間に蜂の巣にされる。


 俺達だけじゃこいつは抜けない。万事休すか。


 そのときだった。


『イ・コーム・ドリィ・ヴィドン・レリィ!』


 遠くで、朗々と響いた呪文。情けない命乞いから一線を画した、凛々しくも力強いアキノ家の王子の言葉だった。


 銃声と砲火を貫いた呪文は、すぐに効果を表し始める。


 乾いた、熱い風が周囲に吹き始めた。上空、周囲から霧が吹き飛んでいく。銃撃の中、確かに木々の枝が曲がり、葉が揺さぶられる。


 まるで砂漠の中に入ったかのように、不気味な強い干からびた風が、クリフトップ全体を包み始めていた。

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