23鳥の尾羽で

 数える気が失せる大戦力だった。戦闘車両は四十両あまり、ヘリ二十機超、馬は百匹を越える。兵の数は一人一人数えていると気が狂いそうだが、恐らく一千人は軽いだろう。


 銃火器、弾薬はどれほどだろうか。悪い冗談なのか、赤十字をでかでかと書いた軽装甲機動車には、アグロスとバンギアの医療兵まで乗っている。手術機構を備えたトレーラーもついている。現代医学と、操身魔法による回復で、負傷しても安心だ。


「騎士さん、これは……」


「……ああ」


 いくらユエと特務騎士団であろうと、ここまでの数に勝てるわけがない。


 作戦室で見たのは、あくまで自衛軍が把握する兵員に過ぎなかった。バンギア人である王国騎士団の連中を合わせると、これほどに兵力が膨れ上がるのだ。


 機動車の運転席や銃座には、アグロスの自衛軍だけでなく、髪色の様々なバンギア人達も多く居た。紛争集結から二年。バンギア人であるクオンの奴が汽車の運転を覚えているのだ。同じバンギア人が訓練を施され、自衛軍の兵器に習熟していてもおかしくはない。


 二年前の紛争終結時点か、あるいはそのさらに前、ユエ達を追い出した前後だろうか。この軍容は恐らく安原と和睦したときから準備をしていたのだろう。フェンディ伯やエルフロック伯の陰に隠れて、崖の上の王国の王たるアキノ12世は、強力な戦力を整えていた。


 作戦の予定が大幅に狂っちまった。こんな大戦力、橋頭保の自衛軍を同時に相手にするよりも多い。断罪者全員が出てきても不可能だ。ましてユエと特務騎士団、それにこき使われてやせ衰えた労働者達と旧式の武器では、とても相手にできない。


 数日全滅を引き延ばすことはできるかも知れない。だが蜂起した者たちは、最終的にまとめて粉砕されてしまうだろう。


 ここで進軍を遅れさせることはできないか。考えてみたがそれは不可能だ。こいつらにやられる前に、クリフトップの銃架から狙撃されて終わりだ。


 軍勢が通りを過ぎ、空を行く。振りまく花びらもとうとう尽きた。いつ果てるともない兵士たちの行列が最後尾となり、彼らの姿が城門を超えると、再び王の声が響いた。


『はなむけ御苦労だった。結婚式までに、必ずや戦勝の使者が来るであろう。お前達臣民の営む生活が、余の足元を支えているのだ! 崖の上の王国を誇れ、余の下に生きることを誇れ、安心してそれぞれの夜へと戻るがいい、我が臣民たちよ!』


 見張塔や崖の壁面の銃が下がる。集まった者たちはひと際大きな歓声を上げ、一斉に動き出した。


 動かなければ怪しまれる。


「宿に戻りましょう。とにかくクオンさんやニノさんに会うんです」


「そうだな」


 フリスベルの手を取り、歩き出そうとすると、不意に肩を叩かれた。

 振り向くと、紫のヴェールに、胸元の開いたドレスを着た、いかにも娼婦という外見の女が居た。


「……貝殻亭は攻撃されます。鳥の尾羽へ向かってください」


 一言を残して、女は群衆に消えてしまった。


「騎士さん?」


 立ち止まった俺に、フリスベルが尋ねる。

 質問に質問で返して悪いが。


「鳥の尾羽って、分かるか?」


「え……」


 戸惑ったフリスベル。俺も内心同じ思いだった。状況にばかり流されている。



 貝殻亭とは俺達が取っている宿のことだ。攻撃されるとは一体どういうことか、すぐに分かった。


 俺達がたどりついて銃と弾薬を取り、逃げるように部屋を出ると、入れ違いに上空にUH-1Jヘリが現れ、迷彩服の兵士がラペリング降下してきたのだ。


 フリスベルが現象魔法を使って石壁を操り、俺達はうまいこと隠れたが、馬車でほかの兵士もやってきて、金切り声を上げる女将やおびえ切った客をつかみだし、建物中をめちゃくちゃに捜索していた。


 兵士達はしつこくうろついていたが、夜が更けると城の方へ戻っていった。


 命がいくつあっても足りない。ユエ達を助けるどころじゃない。

 フリスベルの魔法で周囲と似せた石壁の裏。身を寄せ合っていると、コンコン、と壁を叩く音がした。


 一応、誰にも見られていないタイミングで壁を作ったはずななのだが。


「クオンだ。迎えに来た。拠点を移そう」


「私も居ますよ~」


 クオンとニノか。しかしこうなってくると、罠の可能性すら考えられる。


「魔力は感じません。鉄の怖い気配もです。信用しましょう」


 フリスベルはそう言うなり、石壁を引っ込める。


 目の前に現れたのは、クオンと味方らしき五人の男たち。

 それに。


「忠告聞いてくれたみたいですね~」


 ヴェールにきわどいドレスとハイヒール。扇で口元を隠すように微笑んでいる。あの娼婦っぽいのはニノだったのか。


 クオンに促され、俺達は裏町を歩いた。


 兵士が来たせいで、俺達以外の奴らは逃げ去ってしまっている。今移動すれば見つからないだろうが、安全な場所などあるのだろうか。


 これでは断罪どころじゃない。逃げ回るだけで精一杯だ。


「なあどこに行くんだ。鳥の尾羽ってのはなんなんだよ」


「すぐに着くが、覚悟しろ。アグロス人には少々辛いぞ」


「ローエルフのフリスベルさんには、あんまり見せたくない場所です~」


 苦笑するニノ。フリスベルは何かを察したらしい。貝殻亭もお世辞にも綺麗な場所とはいえなかったが、なんだというのだろうか。


 俺達は無事、鳥の尾羽という娼館に着いた。


 娼館。そう、安全な場所とは娼館のことだったのだ。

 しかも、まだ城に近かった裏町ではなく、さらに外れの集落。


 本来なら、外へと続く城門をくぐらなければならないが、結婚式までは祝賀期間ということで、開けっぱなしだ。


 娼館とはいうが、安い酒が出て、個室に女を連れ込むことができるホテルみたいなものなのだ。


 酒と、アグロスから輸入した煙草の臭いがぷんぷんする。

 俺とフリスベル、それにニノとクオンと味方の魔術師二人は、狭い部屋で車座になった。


 ベッドにはフリスベルとニノ。王子であるクオンも含めて、男連中は全員床だ。


 下の階や他の部屋でよろしくやっている声が、思いっきり聞こえて来る。本当にかんべんしてほしい。


 アグロス製のシーツが整えられたベッドに座り、ニノが微笑む。


「ここは大丈夫ですよ~。自衛軍の人も見かけますからね~。行きつけに無粋な真似はできません~」


「来るとき、髪の黒いお客さんが居ましたね。銃も預けてたみたいです」


 フリスベルがげんなりした様子でため息を吐く。あんな荘厳な閲兵式、俺達への襲撃の傍らで、こういう場所でうつつを抜かす連中も居る。やはり集団となるとピンキリだ。


 クオンが軽く咳ばらいをする。


「……こほん。では、情報を出し合おう。まずはおれから、悪い知らせが多いが聞いてくれ」


 盗賊ギルドを中心に情報を集めたところによると、もはやこの街の裏もアキノ王の牛耳るところらしい。

 そもそもクオンはジンやリカと共に生き残るために裏の稼業に手を染めたことがあったという。その縁で探ったがほとんどの者が王国によって戦後の地位を保障され、この反乱で儲けようとする者は居ないという。


「意外と寛容でな。国のごたごたが済むまで、仕事を抑えるだけでいいらしい。向こうから一線を示して、自衛軍とやっていることに一枚も二枚も噛ませてくれるという条件が出たんだ。はっきり言って王国の味方と言ってよかった。恐らく我々の宿を知らせたのもおれを知る誰かだろう。おれは何の役にも立てそうにない……」


 クオンなりに築いた人脈、紛争この方、生き抜いてきた年月というものが崩れ去ったのだろう。


 ニノがクオンのそばにしゃがんで、その背中に手を回し、下から覗き込む。衣擦れの音が聞こえてきそうだ。

 なんかいい雰囲気になっていないか。というか、この部屋でそういうことをされると、どうしても想像する。ベッドの上のフリスベルといい。


 俺やほかの魔術師の視線が集中したのに気づいたのか、ニノはため息を吐いた。不満そうに振り向く。状況が分かっているのだろうか。


「……私の方は、そこそこの収穫かも知れません~」


 さすがというべきか、あの閲兵式を見てなお、次善の策は全て実行していた。


 まず記憶に従い出撃した王国騎士団の戦力を全てメモして、その内容を伝書鳩で製錬所まで送ったという。この娼館の二階には鳥小屋があり、そこに件の製錬所行きの個体が居たという。本来はクリフトップのお偉いさんとの連絡に使われるそうだが製錬所に出張するときのために使われたらしい。見張塔には無線があったから、連中との遭遇より先に伝われば、ユエの方も対策が取れるかも知れない。


 そしてより大きいものが。ニノはベッドの下から箱を引き出した。つづらみたいな素朴なものだが、その中から出てきたのはアグロスの方眼紙だ。


「ど~ん。クリフトップの見取り図ですよ~」


 広げた地図には、あのいまいましいでかい崖と台地の詳細図が事細かく書き込まれていた。入り口や侵入経路、屋敷の配置、城の大まかな構造まで書き込まれている。


「これは……ニノ、君はこんなものをたったこれだけの間に?」


「まさか。いくら私でも無理ですよ~。2年前に形だけ紛争が終わって、ヤスハラがクリフトップに来てから、何回も行って、少しずつ調べてたんです~」


 こんなこともあろうかとってやつか。ユエの命令か、いや、ニノは勝手にやってたのだろう。フリスベルが驚いたらしい。思わず口を突いて出たか。


「でも平民はクリフトップに入れないんじゃ……ニノさん、調べたってもしかして、ここの仕事で」


 うつむいたニノ。微笑みがかげっている。フリスベルも耳をふせ、うつむいてしまった。


「ごめんなさい……私、こんな」


 誰もが気づいている。ニノは娼婦になって自らの体を使うことで、情報を集めたのだ。


「いいんですよ~。一人でもいつか復讐するつもりでやってましたから~。あいつらは弟と妹を殺して、お父さんの目の前で私を嬲ったんです~。そいつらは殺してやったけど、命令した奴らは貴族になってます~」


 間延びした口調は変わらない。だがその向こうにどうしようもないほどの苦痛がある。フリスベルが口元を覆う。見つめる目に涙がにじんでいる。


 ニノは淡々と話す。言葉で自分の心をえぐり、ふさがりかけた傷をまたかきむしるように続ける。


「ディレ団長や、ユエ副団長は忘れて普通に生きていいって言ってくれたけど~。私は従えませんでした~。どうせ私の残りの人生全部、あいつらと戦うことに使うつもりできゃっ!?」


 辛すぎる独白を、クオンの体が遮った。

 見上げたニノの頬に、涙が落ちる。


「……もういい。もう話すな。おれは自分が恥ずかしい。おれに流れる血が恥ずかしい。君を苦しめるものと平然と手を携えようとするのがおれの父だ」


「同情なんかいりませんよ」


「そうだろうな。だが、おれは、おれはこれ以外に方法が分からない。命を賭してでも、この国を変えてやる。君の苦しみの根元は必ず取り除く。おれたちが、負けるわけにはいかない……」


 もはや自分自身に入り込むような調子だったが、ニノはかすかに口元をゆるめた。


 苦しいのはニノの方なのだろうが。クオンはその辛さを想像で受け止めている。ゆるく広がる金髪に、悲しみを湛えた青い瞳、アキノ家はみんな、なかなか端正な顔立ちをしている。特にクオンはザルアより線が細く、ともすればクレールに近い性別を超えた色気がある。そんな男が涙を流すと、少女に寄り添う美しい神のようにすら見えるのだ。


 ニノが手を伸ばし、その目元の涙をそっとぬぐった。肩を支えて立ち上がらせる。


「ほら、王子様が泣かないでくださいよ~。ユエさん達はしばらく大丈夫です~。私達は私達のことに集中しましょ~」


 こうまで言われては、それ以外にない。


 全員が図面に没入した。

 もう周囲の嬌声など、雑音に過ぎない。


 あれほどの大軍勢が首都を離れたのだ。

 当初の予定と多少違うが、アキノ王とヤスハラを守る駒が大きく減ったのは確実。


 これはチャンスだ。断罪は、成功させなければならない。


 



 

 


 

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