22アキノ王と反乱
ユエ達はもっと後の段階、少なくとも結婚式の直前までは、大っぴらな動きをしないことになっていたはずだ。そうでなければ、ただでさえ少ないこちらの戦力は全く整わない。
いくらディレとニノを除いたかつての特務騎士団が全員揃っているとしても、そのほか100名足らずでは、あっという間に殲滅されてしまう。
スピーカーから声が響く。
『先の紛争の折り、アグロスの軍勢に対して背を向けて逃げようとして死んだ、臆病なノウゼン伯を覚えているだろう。あやつの長兄、ザルア・ノウゼンが曲者だった。ノウゼン家で唯一生き残って、我が娘マヤに取り入り、おぞましいアグロスの島で悪知恵を付けたのだ。奴は余の娘であるマヤを得て、王国をわがものとせんとする野望のために、我が臣民と硝煙の末姫を惑わした』
俺は歯を食いしばった。ザルアは王のために、この崖の上の王国のために、苦渋の決断をしたのだ。嘘つき野郎とののしりたいが、立ち上がったらどうなるか。
視力はそれほど悪くない。距離400メートルほど、クリフトップの断崖の途中や崖の際にある見張塔には、銃を構える兵士らしき人影がある。
89式か、ライフル銃か、はたまたウィンチェスターライフルか、74式機銃。種類までは分からないのだが、恐らくはこの王の言葉の間中、城下町でひざまずく臣民達のうち好きな奴を好きなように処刑できる用意が整っているに違いない。
紛争を知る者にとって、銃がどれだけ恐ろしいか。多分、分かっていてこの手段を取っているのだ。声は流ちょうに語る。
『奴は製錬所のひとつを攻撃し、守備を担った王国騎士団を殺戮した。余の臣民を威力で従わせ、一派に引き入れている。南ではほかにも製錬所と農場が襲撃されたという報せがある。だが恐れることはない。顔を上げ、立ち上がることを許そう』
周囲で一斉に国民たちが立ち上がる。従うしかない。今度は立ち上がらない者が狙われるに違いない。
果たして、俺達全員が立ち上がったとみるや、クリフトップの方角で、鎖の動く大きな金属音がした。台地につくられた森の中では、ヘリのローターの回転音が響いている。
『諸君らの愛した、栄誉ある我が王国の魔法騎士団! その魂を受け継ぎ、とうとう新たなる王国騎士団が誕生した。見よ。鉄と火で成る余の新たなる剣が、野望の反逆者を誅するべく、今まさに首都を発つのだ!』
めきめきと巨大な音がした。倒れ込む振動がこちらまで響いてきそうだ。クリフトップの優雅な森の木が切り倒されたのだ。その狭間から、午後の青空に飛び上がるのは、四台のUHー1Jヘリコプターだった。二台はレグリムの隠れ家を焼いたときのように、ナパームの射出機を備えている。もう二台は、ロケット弾と機銃を備え付けていた。明らかな戦闘用に改修されている。いずれも白い塗装が成されている。
ヘリはそれだけじゃない。先端と後部に合計二つの大きなローターを備えた機体がUH-1Jに続いて巨体を空に浮かせる。
あれはCH-47J。”チヌーク”という愛称をもつメリゴンのヘリコプターの自衛軍用モデルだ。操縦用の搭乗人員に加えて、50名もの兵員を運ぶことができる。航続距離もかなり長く、小さい装甲戦闘車両なら、吊り下げて輸送することすら可能な、とんでもない剛力ヘリだ。陸戦、空戦を問わず、日ノ本の自衛軍全てで保有している数を合わせても、100機程度だったはず。橋頭保の周辺でも、滅多に飛行しているのを見かけない。
UH-1Jと同じく、真っ白に塗られたチヌークは3台。こんな貴重な機体まで、連中は持っているというのか。俺達も戦った経験がない。
息を着く間もなく、断崖に刻まれた道には、真っ白に塗り直された車体が現れる。こちらは島でも戦ったことのある、89式走輪装甲車に、軽装甲機動車、輸送用のトラック。いずれも真っ白に塗りたくられた儀礼用と思しきものだった。悪趣味にも思えるが、十数台もの純白の車両が連なる光景は、白馬の騎士の行進を思わせる。
車両の向こうには、白馬に騎乗し、ブーツやブレストプレートをまとった白づくめの騎士と魔術師が連なる。騎士は剣以外にウィンチェスターライフル、魔術師たちは杖にくわえて、腰のホルスターにSAAを備えていた。製錬所で見かけた兵士らしいのも居る。弾薬や糧食などが入ったザックを背負い、89式小銃を肩に掲げていた。
分かってきた。この行進は、王国騎士団の閲兵式も兼ねているのだ。クリフトップの城、バルコニーに現れたのは、冠をかぶり深紅のマントを羽織り、堂々たる白いひげを蓄えた男。手元にはマイクを持っている。
「騎士さん」
「分かってる。あれがアキノ12世だな」
19歳になるユエが、一番下の子供とあって、結構年齢を重ねている。60過ぎくらいに見えるが、どうせレグリムのように、元気が有り余っているに違いない。
アキノ王は右手を天に向かってかかげた。首都イスマで最も高いクリフトップに、そびえ立つ城のバルコニーから、朗々と呼びかける。
『さあ臣民たちよ、足元の花を取れ! ここに生まれた勇壮な戦士たちを祝福してくれ! お前達に降り注いだ鉄と火が、次は頼もしき最高の剣となろう。この戦いは国内の安定を招く礎となる。諸君が欲した平和、輝かしきこの人間の国は、バンギアとアグロスの協調によって、このアキノ十二世のもとに、再び取り戻されるのだ!』
見張塔の銃口は変わらない。祝福しろということなのだ。
裏町に居る奴らも、表に居る奴らも、訪れた観光客さえも誰もが通りに置かれた花を手に取った。不思議なことに、マヤとヤアスハラの結婚のために用意されたはずの花々が、集まった群衆に丁度よく行き渡った。
仕方ないから俺もフリスベルも通りを過ぎる真っ白な自衛軍に向かって花びらを振りまく。何が楽しくてこんなことをやるのか分からないが、アキノ王の言葉には有無を言わさぬ響きがあった。マイクという新しい技術を得て、そのカリスマはより一層高まっているらしい。
騎士、魔術師、輸送車両の中の兵士、近くで見るとその装備には本来自衛軍にないはずの銃も交じっている。すなわちガドゥのAK、俺のショットガンM1897、クレールのM1ガーランドなど。馬に積み込まれているのは、M2重機関銃や、迫撃砲のパーツと砲弾、グレネード弾と書かれた木箱もある。
恐らくブロズウェルとニヴィアノが乗っていたくじら船の中身だ。崖の上の王国が接収した、何百丁もの銃火器が、このグロテスクな騎士団に使われている。
『逆賊を倒し、すべてを取り戻す! マヤとヤスハラ候の婚姻は、戦勝の宴と併せて盛大に行う。予定通りだ。砲火の下で耐えがたきを耐え、生き残った余の臣民には、必ずや地上の幸福を味わわせよう』
反乱を先読みし、先に仕掛けて叩き潰した後、結婚式を行う。単純だがそれが、アキノ12世の対抗策だった。
くやしいが正解だ。まともな戦力で正面から戦えば、こちらに勝ち目がないことを読み切ってやがる。
しかも特務騎士団に勝てば、名実ともに王国騎士団の強さは疑いようがなくなるのだ。製錬所や農場の所業も国民には知らされぬままだろうし、硝煙の末姫を慕った国民達も、諦めるに違いない。ついでに反逆者から国を守ったヤスハラ率いるアグロス人の自衛軍は、新たな騎士として王国民から歓迎され、バンギアでの足掛かりを得るというわけだ。
撃ち殺される寸前に、ジンの奴が言っていた通りだ。アキノ王もヤスハラも反乱を鎮圧した救国の英雄として、身ぎれいなままこの国をわが物とする。
無理矢理か、やけくそか、それとも本気の熱狂か。商人、農民、職工、あらゆる階級の臣民たちが、こぶしを突き上げ、大通りを進む戦士たちに花の祝福を投げかけ口々に叫ぶ。
『勝利を! 王国に勝利を!』
一キロ近い沿道を埋め尽くした数は、ざっと数千人。建物の二階に居る者達も合わせたら、一万人を軽く超えるだろう。怒涛のような歓声が、出撃する王国騎士団に降り注いでいた。
『吉報を待て! このアキノ12世の元、崖の上の王国は800年の歴史において最も輝かしい時代を迎えるのだ!』
得意げに両腕を広げたアキノ王の頭上を、UHー1Jが飛んでいく。戦闘車両と兵員の群れはいつ終わるとも知れない。
一国の軍隊としての威容を備えた集団は、ユエとザルアを討つべく、隊伍を組んで大通りを進んでいく。ものものしい軍団の行く先は首都イスマの南方。
心ある反乱者達めがけて、アキノ王が高々と振りかぶった剣が今まさに振り下ろされようとしていた。
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