12紅村家の捜査会議


 車が入ってきてしばらくして、俺とクレールはギニョルに呼ばれて、地下室に通された。地下には捜査会議が開けそうな、スクリーンとプロジェクタがあり、長椅子や長机も整っていた。

 しかも俺達断罪者が警察署で使っているのと同じ、魔道具まである。


 驚いていると、部屋のドアがノックされた。ギニョルが入れと伝えると、扉がゆっくりと開かれる。


 姿を見せたのは、グレイのスーツを着た、身長の高い男だった。少し面長で、穏やかな顔つきだが、クレールの剣の切っ先みたいに、よく切れそうな印象だ。

 年齢的には、30前半くらいだろうか。さっきの梨亜の実の父ならば、かなり若くに子供を作ったことになる。


 紅村は俺達の視線にも驚いた様子を見せない。角のあるギニョルや、真っ赤な瞳のクレールを見ても、なんでもないことのように振る舞う。


「……これは、みなさんおそろいで。初めまして、県警巡査部長の紅村こうむら月雄つきおです」


 丁寧に頭を下げられ、俺も思わず会釈を返した。

 クレールが歩み出て手を差し出す。


「話が早くて助かるよ。僕は吸血鬼の……」


「存じ上げています。クレール・ビー・ボルン・フォン・ヘイトリッドさんですね。そちらは丹沢騎士さん」


 クレールと握手をかわしながら、俺に向かってにこやかにほほ笑む。刃が鞘に包まれたようだ。柔和で安心できる。


「君は僕達を知っているのかい?」


「ええ。ポート・ノゾミで暮らす方々と同じ程度には」


 ということは、断罪者についても把握しているな。

こんな家に住んでいることもだが、確実にただの巡査部長ではないのだろう。


「月雄よ、久し振りじゃな。梨亜は大きゅうなったのう」


「ははは、あの子も私も人間ですからね。ギニョルさんこそ、本当にお変わりなく美しいままですよ。あのとき島に居た私達みんなが、憧れたままだ」


「世辞はよいわ。資料は持ってきたか?」


「ここに。お二人とも、どうぞ」


 紅村がかばんから取り出した資料は、なんと三呂警察が捜査員向けにまとめたものだった。二十一人の犠牲者が、八つの事件に分けられ、詳細が書かれている。


 スライド画面に映し出されたのは、赤黒い血をまき散らした、女性と男性の惨殺体だった。

 場所はどこかの空き地か路地裏。時間は昼らしい。顔がないから分からないが、女の方はゴミ箱の近くで仰向けに倒れている。

 傷、というか、頭から胴体にかけてごぼっと大穴が空いていて、皮膚や耳を残して顔面が全て失われていた。肩口から足の付け根までも空っぽだった。手足は胴体にひっついていたが、こちらも空気の抜けた風船のようにぺらぺらになっている。まるで中身を吸われたシュークリームだ。脱皮の終わった蛹といってもいいかも知れない。


 一方男の方はというと、女性と比べるとまだましで、普通に胴体の胸の部分が真っ赤に染まっており、両手足と首が離れているという状況だった。切り落とされた腕と脚は無造作に転がっているが、一部は血が流れた形跡がない。抜き取られているのかも知れない。


「これが最初の事件です。以降、深夜から明け方までを死亡推定時刻に、主に三呂市の都市部を中心にして、毎晩数件起こっています。八人の女性が、この事件と同様に顔や胴体の中身を失い、五人の男性が両手足を切り離されて血を抜かれていました」


 クレールが眉をひそめている。


「……山本のやつが吐くのも分かるな。おおよそただの人間の仕業ではない」


「俺はもう、酸っぱいのがあがってきてるぜ」


 とても、正常な人間がやることには見えない。2年も断罪者をやれば、気の毒な被害者は見慣れるが、それでもシクル・クナイブの殺人植物にやられたやつか、爆風をもろにくらった爆発事件の被害者がせいぜいだ。


 この事件は、そのどれでもない。本当に、得体の知れない人食いの怪物でも現れたかのようだ。


 あんまり画面を見続けたくないので、俺は手元の捜査資料に逃げた。聞き込みや証拠品の収集状況、その鑑定結果や事件の見通しなどが書かれている。


 ただ、それも不可解だった。合計十件の事件のうち、三件では不審な男性が目撃され、四件では女性、もう三件では中学生くらいの少女だったという。

 それに、写真のような事件のほかに、強盗殺人事件も起こっている。俺は紅村に質問した。


「別の毛色の事件もあるのか?」


「ええ。三呂のレイブンビルで、強盗目的とみられる、隣り合うブティックと化粧品店の襲撃があります。このときはかけつけた警備員が殺され、売上金と化粧品と女性用の衣服や下着が奪われました。二十一人のうち、四人はこの事件の被害者ですね」


 金と女性用の衣服。どういうことだろうか。クレールが首をひねる。


「なぜ同一犯だと分かるんだい?」


「犯行の態様です。殺された警備員は、胸を貫かれ、手足をもがれていました。一部からは血液が抜かれています」


 わざわざそんな面倒をやるってことは、恐らく同じやつなのだろう。

 しかし、やりたい放題にもほどがある。犠牲者の数だけなら、マロホシにかかった断罪事件、四十件の合計くらいに上ってしまう。


「……とんでもねえ事件だな」


 嫌になって資料を置いた。気が滅入るなんてもんじゃない。


「断罪者になら、何か分かるかと思ったのですが。心当たりはありませんか?」


「心当たりも何も、さすがにこんな恐ろしい事件、俺は見たことねえよ。理由が分からない」


「僕もさ。吸血鬼や、悪魔は、確かに人間からすればひどい風習を持つけれど。こんなものは見たことも聞いたこともない」


 クレールまで知らないのか。まあそれも分かる気がする。吸血鬼で最もやばいキズアトだって、この事件と比べると女の記憶を奪って弄ぶ程度だからな。


「ギニョルさん、何か……ギニョルさん?」


 蒼白な顔でぼんやりと死体を見つめているギニョル。紅村の声に、のろのろと顔を上げる。


「これは、もしかしたら、『成り損ない』やも知れぬ」


 初めて聞く。ギニョルが知ってるってことは、悪魔が関係するのだろうか。


「僕は聞いたことがない。成り損ないとはなんだ?」


 ギニョルは重々しくうなずくと、胸元からネズミの使い魔を取り出した。

 掌に載せると、背中をなでた。まるで自分を落ち着けるようだ。


「……我々悪魔は、この使い魔のように、操身魔法で既存の生物の身体を作り変える。じゃが、そのとき操身魔法に失敗したり、無理な重ねがけをしたりした場合、魔力の分布が崩れて、不安定な生き物ができてしまう。それを“成り損ない”と呼ぶのじゃ」


「それが、この事件の犯人だというのですか?」


「成り損ないは、放っておくと体が崩れて死んでしまう。けっして安定せぬ魔力の分布をしておるからじゃ。それを本能的に知っておるから、かつての自分と同じものの肉やはらわた、骨や血を求めて食らう。一時的じゃが、それで自らの魔力を安定させられる。この食らいようは、成り損ないの仕業としか思えぬわ」


「待ってくれギニョル。そんなおぞましい存在、僕は知らないぞ」


「成り損ないを作ることは、わしら悪魔の中では最低の不名誉じゃからな。わざわざ作ってしまったことを言う者はおらぬ。それに、わしもお前もダークランドに住んでおったとはいえ、島に来るまで、お互いの種族を深くは知らんかったじゃろう」


「それはそうだが……」


 クレールが口ごもった。吸血鬼でさえ引っかかりのある、操身魔法による所業。悪魔の使う操身魔法は、ここまで危険なものを生むのか。ギニョルは、断罪者になるまで、こんなことを研究してきたというのだろうか。


 その悪魔であるギニョルが、俺達を率いて断罪者を名乗っているとは、複雑な気分になる。

 俺もクレールも黙った。ギニョルに感じた違和感は、これだったのだろう。悪魔が種族として持つ残虐性、それはあのマロホシと根本的に変わらないのかも知れない。


 雰囲気の悪化を感じ取ったか、紅村が助け船を出す。


「……ギニョルさん。もし、事件を起こしたのが成り損ないだとすると、犯人は、人間を狙う人間の成り損ないだということになるのでしょうか?」


 ギニョルが俺達から視線を外した。


「そう、じゃな。そうして、成り損ないが生きるには、体を安定させるために、取り込んだ魔力を定着させる操身魔法が必要じゃ。恐らくは成り損ないを作ってしまった悪魔が協力しているに違いあるまい」


 俺とクレールは目を合わせた。お互いに複雑なものはあるが、今は事件のことに集中するべきだ。

 ギニョルの言う通りだとすると、この正体不明の事件は、いきなり核心に近づいたことになる。クレールが立ち上がった。


「ギニョル。僕が思うに、一緒に居る悪魔は操身魔法で人間に化けている可能性が高いんじゃないか。長くこちらに居て、戸籍に類するものも持っているのかも知れない。もしそうなら、人間としての姿からたどれる」


「その可能性はあるかも知れん」


「成り損ないってのも、人間の姿をしてるのかも知れないぜ」


 俺の言葉に、ギニョルが顔を上げた。


「確かに、操身魔法で一時的に安定するのは、元の魔力分布じゃ。人間から作ったなら元の人間の姿となるに違いあるまい」


 なら、人間のフリをして三呂に紛れ込み、獲物を探すことは難しくない。ついでに言うなら、同行する悪魔が人間の姿をして共犯となれば、やれることはかなり増える。目撃されている少女や女、男のどれかが成り損ないかも知れないのだ。


 仮説には過ぎないが、方向性が固まってきた。


「……しかし、そうまでして、その成り損ないを生かそうとするということは、その悪魔は元の人間と特別な関係を持っているのかも知れませんね。もっとも、特別に思っているなら、そもそも成り損ないにしてしまったことと矛盾するのですが」


 紅村の指摘は鋭い。次の犯行に備えた警備と、悪魔と成り損ないの正体、どちらから動こうか。


 俺とクレールはギニョルを見たが、いつもならこういうとき鋭い指示を飛ばすはずの俺達のお嬢さんは、どうも反応が鈍かった。


 自分が悪魔であることを、気にしているのかも知れない。

 しびれを切らしたのか、クレールが言った。


「紅村。僕とギニョルを事件現場に案内してくれ。僕達には魔力が分かる。成り損ないの仕業か確かめたい。その後僕らは今夜中、犯行が起きそうな場所を見て回るよ。ギニョルの使い魔も警戒の役に立つだろう」


「車を出しましょう。ギニョルさん、いいですね?」


「ああ……」


 紅村が立ち上がる。もう俺達で動くか。俺も席を立った。


「なら俺は、成り損ないとその悪魔の正体を探ってみるぜ。紅村さん、行方不明者とか、最近起こった変わった事件なんかの資料はあるか?」


「二階の書斎にまとめています。部屋に行って、梨亜に声をかけてみてください」


「分かったよ」


 俺は部屋を後にした。ギニョルがふらふらしているのだけが、心配だった。

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