11一軒家の少女
三呂についてしばらく走った後、山本はギニョルだけを自分の持つマンションに連れ込み、俺達に宿を手配しようとしやがった。無論、全力で阻止した。
外見年齢16歳の俺と、少年に見えるクレールのせいで、二人でホテルを取ると無駄に目立ってしまう。
銃器と断罪者を表すマントやコートだって持っておく必要がある。それにはある程度隠せる場所が必要だ。滞在予定の三日間、宿泊場所は決まっていた。
三呂駅を北に過ぎ、トンネルに入って背後にそびえる山々を貫き数キロ。三呂市北区と呼ばれる、山向こうの住宅地。
とりあえず三日間、滞在することになる家は、そのはずれにあった。
開発された現代っぽい住宅から、取り残されたような木造瓦屋根の一軒家。敷地内に灰色の倉庫を持った、典型的な農家のような門構えだ。
日ノ本の田舎ではよくあるのだろうが、ポート・ノゾミに居た俺に言わせれば、テレビでしか見た事のない形をしている。
「……着いたぞ。後の事は住人に聞いてくれ」
俺達を降ろした後、ぶぜんとした様子の山本。ギニョルが連れ込めなかったのがそんなに残念なのだろうか。というか、自分の首をつなげたくて、俺達断罪者を連れて来たんだろうに、その捜査を自分の欲望で邪魔してどうする。
「その指は好きにしろ。今のところその被害者は行方不明扱いだからな、書類上は、解剖死体も存在しないことになっているんだ」
渡された被害者の指は、魔封布に包まれてプラスチックケースの中だ。
「三呂の警察の具合は、
「とっととゆけ。協力が欲しければ知らせる」
にべもなく言われて、山本はすごすごとレクサスを発進させた。道が細いので動きにくそうだ。
車が去ると、クレールがいらだたしげにドレスの裾を引っぱる。
「……とりあえず、荷物が置きたいな。早く着替えなくては」
心の底から同意する。もう二度と、こいつの女装は見たくない。
ギニョルもまた、スリットの深いローブをつまんだ。
「この格好では目立つからのう」
山本じゃないが、スリットの深さが凄まじいと思う。腰から下がまだゆったりしているからいいが、上はわりとボディラインが出ている。紫色の生地も、不思議な光沢があって、中身のギニョルの美人さも相まって、相当に覚えられそうだ。
「お前ら、操身魔法もいるだろ。顔が違うと不便だよな」
「いや、とりあえずこの家では普通に過ごせよう。なぜなら紅村というのは」
ギニョルが言いかけたところで、玄関に明かりが着いた。かちりと音がして引き戸が空き、出て来たのはチェックのスカートに、ローファーをはき、白いブラウスの上から火竜のエプロンを身に着けた少女だった。
少女は俺達にわき目もふらず、ギニョルに向かって疾走。その胸元へと飛びついた。
「ギニョル、本当にギニョルだ、ひさしぶりだ~!」
「おお、
激突の拍子にぐるぐる回って、梨亜という少女を地面に下ろしたギニョル。
梨亜はツインテールの黒髪を揺らして、ぴょんぴょんとギニョルにとびつく。
「あれから五年だもん。わたしも十六歳になったし、当然だよ! ギニョルは全然変わんないんだね、相変わらず立派な角とおっぱいだ!」
いとも簡単に角にしがみつき、左胸をもみしだく梨亜。細い指が紫の布を押し上げるふくらみに、柔らかく沈み込み、持ち上げる。俺とクレールは思わず色めきたつ。
「こらよせ。男どもが見る」
「えっ、あ、居たんだ。え、おと、こ……?」
俺と、今は少女にしか見えないクレールを見比べ、首をかしげる梨亜。
この子も、16歳にしちゃ少々幼く見えるというか、なんとも天真爛漫だ。ユエと来たとき知り合った奴らと比べると、どうにも。制服を着ているから、学校には通っているに違いないのだろう。
梨亜はしばらくギニョルのローブの裾をつかんでまごついていたが、やがて俺達にぺこりと頭を下げた。
「は、初めまして、
初耳にも、ほどがある。育てたってどういうことだ。山本と会う前に、ギニョルの机で写真を見たが、ギニョルは断罪者になる前に、何をしていたんだろう。
俺は色々聞きたかったが、クレールが丁寧にお辞儀をして手を差し出す。
「こちらこそ初めまして、元気なお嬢さん。僕はクレール・ビー・ボルン・フォン・ヘイトリッド。略してクレールでいい。ギニョルの下で断罪者をしている吸血鬼だよ。この格好は、たまたまだから気にしないでくれ」
「あ、よ、よろしくおねがいします……」
おずおずと手を取った梨亜だが、近くで見るクレールの妖しい魅力に、すっかり絡めとられているらしい。香水の匂いに鼻をひくつかせながら、ぼんやりと見つめている。
「丹沢騎士。人間だ。俺も断罪者でギニョルの部下。よろしくな」
そう言って笑顔を作ったつもりだったが、梨亜はさっとぶっきらぼうに差し出した手から逃げた。ギニョルの裏に回り込み、ローブをつかんでこっちをうかがっている。
用心深い小動物のようだ。結構ショックだな。
「梨亜、その男はそこそこ阿呆じゃが、悪い奴ではないぞ。万一何かしたら言え、わしがどうにでもする」
「よろしく、お願いします」
ギニョルの言葉に安心したのか、隠れながら出してきた手。俺がそっと握ると、梨亜はすぐに引っ込めてはにかんだ。
「梨亜、部屋を使えるようにしておいてくれるか」
「分かった」
ぱたぱたと家に引っ込んだ梨亜。それを見届けると、ギニョルは俺達をうながして荷物を運び込ませた。
家の内装は、外から見るのと全く違っていた。畳に板張りかと思ったら、タイル張りで、壁や柱は、白い壁紙を張ったコンクリートだ。棚や調度品に至るまで、どちらかというとメリゴンのアパートを思わせる作りだった。
土間もなく、靴のまま家中を歩き回ることができる。
間取りは不思議な構造で、玄関の右脇にテーブルを置いた食堂スペースがあり、奥にキッチンとバス、左側には三つに分かれた客間だった。中にはベッドちょっとした収納、ハンガーと、警察署にあるガンセーフまでが用意されている。家というよりはホテルのイメージで、ユエの借りていたアパートよりも、よほど滞在に向いていそうだ。
ギニョルは俺とクレールをベッドのある一室に案内し、自分は別の部屋へと引っ込んだ。
荷物をまとめ、銃と弾薬をガンセーフにしまうと、俺はベッドに座った。
「やれやれ。随分と、俺達におあつらえ向きだな」
「そうだね……気味が悪いくらいだよ。泊まる所があるって言ったのは、こういうことだったのか」
クレールがかがみこんでブーツを脱ぎ、次いでソックスにかかる。ヘッドドレスを外し、ドレスのボタンに入ったあたりで、俺は背を向けた。衣擦れの音を生々しく感じる自分が嫌だ。
「……どうしたんだ? まあ、いい。このベッドの布、血吸綿でできている。ダークランドのものだよ。僕みたいな吸血鬼や、悪魔は喜ぶと思う」
やけに真っ赤なベッドだと思ったら、バンギア製の布地だったか。
振り向くと、クレールは黒いズボンと長袖のシャツに袖を通すところだった。こうなるとそのへんの中学生くらいに見える。ようやく、普通に接することができる。
「あの子は何者だろうな」
「そのへんも含めて、帰ってきた奴が話してくれそうだぜ」
カーテンの向こうに、車の明かりが見えた。
この家の持ち主が到着したらしい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます