5追跡
車内は無言だった。スレインを除いた全員は、一度も口を開くことなく、橋頭保から警察署に向かった。
ザルア達もマヤを置いて、馬車や車に戻ると、ポートキャンプの船着き場を目指した。本拠地である、無人島に建てた屋敷へ戻るらしい。
警察署に着くと、全員ハイエースから降り、持っていった装備をロッカーへ戻してしまった。弾薬の代金が浮いたのはいいが、撃ちまくるはずだった気概はまったく報われない。
諦めるしかないのか。今後の連絡事項のために、ギニョルと俺達は会議室に逆戻りした。
まだ誰も口を利かない。俺は机に両足を上げ、腕を組んで黙っているし、クレールも唇を一文字に結んでいる。関係ないが、外見年齢が俺より年下なので、不機嫌なツラをすると、かんしゃくを起こした子供に見える。
ユエも何も言わないが、ときどき立ち上がっては、窓から橋頭保の方を見ている。まだ午前中だから、船が出れば見える。マヤの行方を気にしているのだろう。フリスベルに至っては、ユエと違って席についていることもできず、ずっと窓に張り付いている。
ガドゥもそわそわとそちらをうかがっているが、立ち上がることはできない。
スレインはギニョルを見つめている。
そのギニョルは、状況の説明とこれからの動きひとつ指示しない。ユエの弾痕があるホワイトボードの前に立って、俺達の背後の壁を見つめていた。
もう何分こうしているんだろうか。ギニョルの推理したように、自衛軍が崖の上の王国を傀儡にする算段があるのだとしたら、何をもってしても俺達で阻止しなきゃらならない。連中は俺達が邪魔だからこそ、わざわざユエの兄姉たちに暗殺を命令したに違いないのだ。指揮権が発動されたとはいえ、多少の無茶覚悟で動いてきたのが今までだったんじゃないのか。
俺は机をぶっ叩いて立ち上がる。
「おい、ギニョル! いい加減にしろよ! このままでいいわけないだろ、いつもみたいになんか策があるんじゃないのか!」
自分で言ってても、頭が悪いとは思うが今は俺達のお嬢さんを頼るしかない。
赤い髪を揺らし、俺を見つめるギニョル。300歳近い年齢を感じさせない美しさはさすが悪魔だが、今はこいつの姿がどうだろうが関係ない。
というか、涼し気な様子が気取っているように見える。三呂市で見せた、断罪者としての矜持が感じられない。本格的に頭に来た俺は、すぐ近くまで詰め寄った。
「今少し待て、騎士よ」
「待て待てって、これ以上待ってもマヤが……」
言いかけた俺を遮って、会議室の扉が開かれた。
つい数時間前に見た光景、つまり、えらい剣幕で突っ込んできたザルアの姿があった。
「……来たか」
その姿を見た途端、ギニョルが確かにそう呟いた。詰め寄っていた俺にしか聞こえないほどの、本当に小さい声だったが。
今度は何だというのだろうか。マヤの命令には納得してない様子だったし、まさか奪還に協力しろとでもいうのか。
しかし、それは不可能だ。テーブルズの議員ですらないザルアには、俺達を動かす何の権限もない。ギニョルは来るのを予測していた様だが、こいつがどうしようが状況は変わらない。
ザルアは唇を一文字に結んで、厳しい目で俺達を見回している。目は鋭く、鼻も高く、ユエやマヤと同じ金色の髪と端正な顔立ちは、あのバカな兄姉たちよりよほど王族に相応しく思える。
「おい、どうしたんだ。俺達にグチでもいいに来たか」
かなり前に会議室で殴られそうになったときの調子で言ったが、ザルアは俺をちらりとも見ない。ただ、自分に言い聞かせるように、こう言った。
「我らを追って来い、断罪者」
どういう意味か問う前に、胸元の束帯を引っ張る。背中からずるりと出てきたのは橋頭保で見せた黒い銃身のショットガン、SPAS12だ。
まさかと思ったが、ザルアは銃を構え、あろうことか引き金を引きやがった。
銃口から身をかわしたギニョルと俺の脇で、ホワイトボードが盛大な音を立てる。距離5メートル。よけてなかったらミンチだ。
SPASの装弾数は俺のM97と同じ6発か、チューブの長いもので7発。続いてザルアは他のメンバーにも銃口を向ける。
机の下に逃げたガドゥの頭上で、ペンケースと書類が吹っ飛ぶ。反撃しようとしたユエを抑え込むように、その周囲に次々と着弾する。
最後の一発は、スレインの頭を狙った。無論弾かれたが、まぶたを閉じさせ、一呼吸置かせる。
唯一P220を持っていたユエが、机の下を飛び出した瞬間、ザルアはポケットから部屋の中に黒く丸い弾を放り込んだ。
フラッシュグレネード。そう気づいたときには、大音響と激しい光が俺達を襲った。
ユエと俺が、とっさに耳と目をかばってなんとか逃れた。
だがガドゥにギニョル、クレール、フリスベル、それにスレインもかなりやられたらしい。うずくまって呻いている。
ザルアの姿は入口にない。遠く感じるが、足音がする、逃げている。
ギニョルが目をこすりながら叫んだ。
「だれ、誰、でもいい、無事な者は追え。使い魔を、連れていけ!」
ローブの袖から出てきたネズミを拾うと、俺とユエはザルアの後を追った。
一階まで下り、玄関を出ようとしたところで、発進態勢のジープが目の前に止まっている。右側の窓が中から割られて、AK47の細い銃身が覗いた。
「騎士くん!」
言われるまでもない。俺はユエと逆側の柱のくぼみに隠れる。
7.62ミリのライフル弾が、玄関のガラスを蹂躙し、署内の壁面にも容赦なく降り注ぐ。
掃射が収まって、ユエが柱を飛び出すころには、すでにジープはアスファルトを切り付けながら、南の方角へ走り出している。
ユエがp220を撃ったが、タイヤは防弾らしく、受け付けない。
「ショットガン取ってくる」
「いや、ここだ」
2階から、スレインが降り立った。ありがたいことに、右手の平の木箱には、俺のM97と、バックショット、スラッグ弾入りのケースが入っている。ガンベルトまである。上の奴らが装備を整えてくれたのか。
ユエは左手の平の木箱から、シングル・アクション・アーミーにロングコルト弾を確認している。
「持てるだけ持ったら、それがしに乗れ」
言われるまでもない。なぜか木箱の底に入っていた断罪者のコート、ガンベルトもひっつかむと、スレインの背中に飛び乗った。ユエもテンガロンハットとポンチョを持って俺の隣につかまる。
スレインが地面を離れる。あっという間に、午後のポート・ノゾミの空が眼前に近づいた。
真南に向かうかと思ったジープは、意外なことに途中で東にそれた。そしてマーケット・ノゾミのど真ん中を突っ切ると、クレーンのある、荷さばき場のほうに向かっていく。
木箱をはね砕き、麻袋を引き裂き、それでもジープは止まらない。人の一人もひいてはいない、なんという運転技能だろうか。
「ユエ、ザルアのやつイカれちまったのか」
「分かんないよそんなの。なんとか止めないと」
距離50メートル、上空からのユエの早撃ちがジープのタイヤと屋根をとらえるが、中の奴らがダメージを受けた気配はない。装甲板でも内側に張り付けてやがるのだろう。豪奢な鎧に、飾り立てた拳銃を振り回すだけだと思ってたら、しっかりとアグロスの戦い方を身に着けてやがる。
「それがしがやろう。あんなジープひっくり返してやる」
スレインの判断でいいだろう。いくら丈夫なジープでも、4メートルの巨体を誇るドラゴンピープルのパワーにはひとたまりもないはずだ。
地面が近づき、飛び降りて制圧にかかろうかと思ったまさにそのとき。
『ヴィ・コーム・ノウストルム・レリィ!』
現象魔法の詠唱とともに、空気が急激に冷やされる。俺達を中心とした一帯には、目を開けるのも苦しいほどの猛吹雪が吹き荒れ始めた。
視界が悪い。ふらふらと下がっていく高度の中、ジープはふとうに停泊するくじら船の側面めがけて進んでいく。停車して、中の奴らが船に入っていく。
船に乗られたらまずいが、スレイン達の弱点は低温だ。
何とか翼を動かして、落下そのものを防ぎながらも、スレインの巨体は港の地面に膝を付いてしまった。
「す、すまん、二人で行ってくれ……」
「任しとけ! 行くぞ、ユエ」
「うん!」
幸いなこと、俺達を凍死させられるほどの威力ではない。恐らくエルフ達でなく、人間の仕業なのだろう。ザルアをかばったってことは、崖の上の王国の魔術師が怪しい。だが、今はそれより警察署で暴れてくれた奴の確保が先だ。
コートとポンチョで雪を防ぎながら、俺とユエは吹雪を抜けた。
だがくじら船は既に岩壁を離れていた。飛び移ろうにも、甲板が高く、側板につかまれるような場所がない。
どうするか迷っていたら、ユエは側にあった中くらいのパイロットシップに目を付けた。
「早く。騎士くん、こっちだよ。ねえ、お兄さん早く出してよ」
「え、あ、断罪者」
お兄さんと呼ばれた、気の毒な男のローエルフは、俺とユエを見比べている。
くじら船は動いている。スレインは、相変わらず吹雪に囚われてしまっている。今は俺達が追うしかない。
ユエがSAAの撃鉄を起こした。
「いいから協力してよ! 今断罪の途中だよ」
目の前で実包の入ったリボルバーを回されては、ローエルフは黙ったままうなずくしかなかったらしい。
エンジンが始動し、ポート・ノゾミに元々あった水先案内船が動き出すころには、こちらとあちらの距離は100メートル近くになってしまっていた。
それでも贅沢は言えない。何が目的か分からんが、警察署を襲ったザルア達には、断罪を受けてもらわねば。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます