4苛立つ銃弾
火柱は、車列の進んでいく方角から上がっていた。
断罪者がドラゴンピープル達と共に近づくと、銃声の応酬が起こっている。
「待て。様子を確認する。それに、この場所はポート・ノゾミの管轄ではない。断罪者が狙われたわけでもない。下手に動けない」
烏の使い魔を先に飛ばしたギニョルに止められ、俺達は急停止した。自分でも複雑な表情になっているのが分かった。
ここは、クリフトップ連合国の領地であり、戦ってるのは日ノ本の自衛軍、それをララ・アキノの軍勢が守っている。くちばしを入れるには、ややこし過ぎる。
「でもギニョル、目の前だよ。何が起こってるかも分からないなんて」
すでにSAAを抜き放ったユエが、ドラゴンピープルの手綱を握り締めて抗議する。ギニョルは使い魔の視界に同期しているらしい。右目が操身魔法の紫色に光る。
「……行くなとは言うておらぬ。機会を待て。うむ、迷彩服の者同士が戦っておるのか」
本当に仕掛けてきたのか。仮にも同じ、日ノ本の軍隊相手に。
クレールが眉をひそめる。ドラゴンピープルの背に伏せると、M1ガーランドを構えてすでに狙撃の姿勢だ。
「確認しているよ。将軍の奴は、投降が嫌で、先制攻撃を仕掛けてきたらしい」
素直に見ればそうだろうが。フリスベルが言った。
「でも、少し、ほんの少しですけど、鉄と火の中に魔力が混じっている様な気がします」
「ってことは、操身魔法で誰かがばけてやがるのか。でもなんでだ」
ガドゥの疑問に、この場で答えを出せる奴が居ない。やはり行って、参戦するべきだろうか。
「急くでないわ。どうせそろそろ……」
足元の建物の間、石畳の中に、ジャケットとズボン、ブーツに羽帽子姿の男が走り出た。銃撃戦から撤退してきたらしい。右肩から血を流し、顔色も蒼白だ。
俺達を見上げると、ありったけの声で叫んだ。
「申し上げる! ポート・ノゾミの断罪者よ。敵の数が多く、武装は強力だ。我らエルフロック銃士団は、恥を忍んで、あなた方に救援をお頼みしたい!」
持っているのは、俺のショットガンM1897よりさらに古い、レバーアクション式のウィンチェスター・ライフル。これで、フルオート射撃が可能な、89式自動小銃を持った自衛軍とやり合えなんてのは、無茶が過ぎる。
ギニョルはこの機会をはかっていたのだ。悪魔らしい、含みのある笑いを一瞬見せ、自身の操身魔法を解除した。通りを見下ろす三階建ての建物の屋根に降り立つ。
太もものスリットに手を入れ、愛用の黒いリボルバー、S&WM37エアウェイトを取り出し、エルフの騎士を見下ろした。
「要請を受けよう。貴殿が証人となられよ。ポート・ノゾミの断罪者は、そなたらの要請に基づいて、断罪法を介さぬ戦闘行為を行う。良いな」
騎士が唇を噛む。ギニョルはしっかりとドンパチを許可する言質を取った。
「フリスベル、降下してその騎士を治療、保護するのじゃ。クレール、そなたは狙撃を開始せい。攻撃目標は、ララの軍勢を狙う者から。スレインはドラゴンピープル達を率いて、迫撃砲の陣地を探し、しかる後攻撃してきた者を囲め。M2とRPGには用心しろ」
的確な指示に、フリスベル、クレール、スレインがそれぞれ動き出す。俺もスレインの背を飛び降りた。
「騎士、ユエ、ガドゥは、わしと共に来い! 救援に向かうぞ!」
「ああ!」
「まかせてよ!」
「まあ……そうだよなあ」
ガドゥのみが、乗り気なくAKの安全装置を外しているが、威勢良く答えた俺も、気持ちは分かる。
不確定な所もあるが、相手は実戦慣れした自衛軍、れっきとした軍人なのだ。この二カ月、ポート・ノゾミの片付けで断罪した、銃を持った素人とはわけが違う。
「どうしたの騎士くん、早く行くよ!」
「ああ……」
ユエにうながされ、屋根の上を走りだす。
感じたことのない寒気がする。
お互い、決して軽くない様々なことを乗り越えてめぐり合い、愛し合えた。
そして、幸運にも、もうすぐ子供まで生まれるはずの、俺とユエ。
そのどちらかが、命を落とす確率は、それほど低くない。
生き残ったら生き残ったで、相手の命を奪うか、軽くない傷を与える。
ショットシェルを銃身に送り込むスライドの感触が、初めてのときのように重たく、鈍かった。
銃撃戦は街の中央の通りで展開していた。
通りの両側のコンクリートづくりの建物八棟から、銃弾が通りに降り注いでいる。
ターゲットは自衛軍と、ララの送った騎士団らしい。
襲撃者は、あらかじめ車両の進入する通りを特定し、地中に爆発性の魔道具か、そのもの爆弾を仕掛けていたのだろう。通りの石畳が大きく破壊され、走輪装甲車が一台と、軽装甲機動車が三台ひっくり返って炎を上げている。
乗っていた奴らと、警護についていた騎士がやられたらしく、走りながら確認できる限り、三人ほどの遺体が炎に包まれていた。
他方で、無事な奴の方が多い。車列の前後のほかの車両は、襲われた四台の両側をバリケードのように塞ぎ、兵士や騎士がそれらを即席の障害物として、応戦している。
俺達は、通りの左側の建物伝いに、四人固まって進んできたが、現場の手前二百メートルあたりで、煙突の影にひとかたまりになってうずくまった。
「さて、どう攻めるか。あちらは、まだわしらに気づいておらぬ様じゃな」
「ギニョル、下の奴らに勘違いされて撃たれることはねえかな」
ガドゥの視点は大事なことだった。屋根から攻撃を仕掛けた俺達が、下の奴らには敵に見えることもありうる。
「ララ姉様の軍勢と、自衛軍だからね。ないとはいえないかも。どうするの、ギニョル?」
「案ずるな。使い魔を送ってある……来たな」
かさこそと屋根の上に這いだしたヤスデが、目を紫色に光らせる。下の奴らには騎士団、すなわちバンギア人か、エルフが混じっているのだろう。ザベルも飼っていたが、もはや使い魔を使役するのは、悪魔だけでもないのだろう。
ギニョルが魔力による通信を行う。
「……このまま、屋根から攻撃をかけろということじゃ。すでに、四つの小隊を建物の裏に回り込ませた。わしらが現れれば、火力が分散し、敵の制圧が容易になる」
「それ、信用するしかねえってことだよな」
「そりゃそうでしょ。行くよ、騎士くん、ガドゥ」
「おう」
「……ああ」
俺の返事が鈍いことに、ユエは気付いているらしい。だが今このとき、話し合う暇もあるわけじゃなかった。
ターゲットは向かいの建物の四階。窓辺から89式と74式軽機関銃、それにてき弾銃で通りへの攻撃を続けている小隊だ。距離は百メートルをきって、俺の目でも銃火器を操る迷彩服の兵士達の姿が見えた。
戦闘中の軍人らしく、どいつも淡々と射撃と給弾を続けている。かつての同僚を撃つことに、ためらう様子は見えない。この分だと、確実に死傷者が出るであろう、大通りの起爆でさえ、作業的にこなしたに違いない。
日ノ本は、もう紛争を終わらせるつもりなのだ。
あの山本首相が、痛みを受け入れることを覚悟で、ポート・ノゾミの独立さえ呑み込もうというのだ。
紛争の惨禍は分かるし、戦士として引き下がれぬということや、戦争犯罪人になることの恐怖だって想像はできる。
だが、もう戦いは必要ないのだ。
俺はショットシェルをスラッグ弾に入れ替えた。膝射の姿勢で、てき弾の銃座の兵士の胸元に狙いを定める。
「悪いが……俺達は先に進むぜ!」
があん、と火を吹くM97。
スラッグ弾の重たい弾頭は、けたたましい音と共にガラスを砕き、兵士の胸元を撃ち抜いて、部屋の床を貫通した。
怒りが冷静なトリガーになった。この町の港で、ブロズウェルに導かれて、ゴブリンを撃ったときよりも、幾分うまく撃てたらしい。
部屋では兵士達が色めき立ち、俺達を見つけて射撃を開始する。足元から頭上へ、削られたコンクリートの破片と銃弾がはね上がる。
「やるじゃん、騎士くん!」
ユエのSAAが、獰猛なうなりと共に、鉛の弾頭を吐き出している。また一人兵士が倒れた。
「おい、気合い入ってるじゃねえか、ええっ!」
ガドゥのAKはフルオートで弾幕を張り、相手の反撃を防ぐ。
「しかし、無茶は慎むことじゃな」
俺と同じ膝射で、六発。うち二発で、部屋の奥に居た兵士の背中を撃ち抜いたギニョル。リボルバーをスイングアウトさせ、銃口を上向ける。
中身を使い果たした38スペシャル弾の空薬きょうが、屋根を転がり落ちていく。屋根の端まで転がり終えると、そのまま十数メートル下まで。
この先に、子供に誇れる何かは待っているのだろうか。
頭によぎる虚無を振り切るように。俺はショットガンを兵士に向かって構え、容赦なく吠えさせた。
苛立ちが散弾になって、雨のように降り注ぐ。
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