3騒乱の気配


 風は柔らかく、空は青く、雲の流れはゆるい。


 ポート・ノゾミよりバンギア大陸へ近づいた海上、約百メートル。


 スレインは俺を乗せ、他の断罪者を協力者のドラゴンピープルが乗せている。ギニョルだけは、使い魔の大ガラスに乗り、くちばしに結んだ手綱を取っていた。


 出発は早朝、監視任務は順調だった。水平線近くに、うすぼんやりと見えるのは、領海の境界線である、バンギア大陸のゲーツタウンだ。すなわち、足元に見える自衛軍の船団をあそこまで送れば、俺達断罪者のお役は御免ということになる。


 スレインの肩越しに見下ろせば、紺碧という言葉が似合う、凪いだ海を、三隻のくじら船が並んで進む。


 右の船は、甲板に自衛軍の誇るジープ、軽装甲機動車が三台と、96式走輪装甲車を二台積んでいる。


 左の船には、一見、地味なこげ茶のトレーラーが三台。ただこちらは、コンテナの中身が自衛軍仕様に改修されている。発電機やボイラーを備えており、それぞれ、医療用の手術車両、大人数の調理が行えるキッチン、それに処理層がついた風呂と洗面所だ。


 そして、中央の船。どてんと描かれた着陸マークの上に、チヌークが三台乗っかっている。

 その後ろには、小型のブルドーザーと、パワーショベルまで搭載されていた。


 いずれの船にも、操舵室や廊下、甲板のスペースには、迷彩服姿の自衛軍兵士がひしめいている。こいつらは、東の首都近くで、高度の訓練を積んだ中央即応集団と呼ばれる連中を含む。紛争で臨時に派遣された、三呂付近の基地のやつらとは違う。東の首都で、緊急時に備えて日ノ本が温存してきたエリート部隊だ。


 各船のブリッジには、白の詰襟をまとった、将官級の連中もいる。中央の船のブリッジに居るのは、統合幕僚長の御厨だった。


 号令一過、自己完結能力を発揮し、基地の一つや二つ、つまり国の一つや二つは造り上げられるほどの戦力に違いない。


 ものものしい陣容。紛争の再燃だって可能だろう。


「もう着くな。……本当に、これだけの、戦力が必要だったのかね」


 俺のつぶやきに、足元のスレインが首を曲げる。


「分からぬ。だが、かの将軍は日ノ本の防衛を旗印に、ここまでの軍事行動を行ってきた」


「今さら止めて帰れと言われて、従うはずもない、破れかぶれで、かかってきたら、ってことだよな。理屈は、通るじゃねえか」


 このバンギアに残った兵員だけで、三千人弱を数える、将軍こと、剣侠志の戦力。


 橋頭保を追い出されたとはいえ、武装解除を受け入れるかどうか。

 簡単には行かないだろう。万が一のため、自衛用の戦力は必要不可欠なのだ。


「まあ、仲直りして、力を合わせて暴れられたら、バンギアは今度こそ大変なことになっちまうだろうけどな」


 皮肉で投げやりな言葉。俺とユエの子供もできたっていうのに、まだ殺伐とした空気が続くか。


 こうしてみていると、自衛軍の兵士達自身の顔つきも相応だ。先のポート・ノゾミの戦いでは、公式な戦死者が二百人以上出ている。


 主に魔法の危険性についても、相当言い聞かされているのだろう。


一様に厳しい顔つきで、89式や74式小銃を構え、それぞれ持ち場を離れない。巨体で空を飛ぶドラゴンピープルや、くじら船の船員のダークエルフ、色とりどりの髪の毛のバンギアの人間など、異世界らしい全てに興味も示さない。


「……なにも、起きねばいいのだがな」


 スレインに心から同意する。


 ギニョルが烏を寄せて来た。


「騎士よ、装備についてどうこういう手も始まらぬ。我らテーブルズが島の通過を許した以上、四の五の言えぬぞ」


 その通りだけど、つい言葉が出る。


「まあそうだけど、ああいう武器やら何やらが、こっちの連中にとってどれくらい怖いか、気を回してほしいぜ。俺たちが言えた義理じゃねえかも知れないけどさ」


 89式自動小銃、M2重機関銃、76式機銃、てき弾銃、120ミリ迫撃砲RT。


 くじら船の三台全ては、船倉にそれらの銃火器を格納している。無論弾薬付き、紛争中も、その終結後も、バンギア人とアグロス人の殺し合いに使われた武器だ。


「難儀なものじゃ、軍人などというのは。銃なしでは、人とも向き合えぬ。硝煙と銃声がなければ眠れぬ人種は、この世にいくらでもおる」


「あの将軍とかか?」


 俺の言葉に、ギニョルはふと、遠くの海を見つめた。


「侠志のやつか。あやつもそうじゃが、喜銃も、そうじゃったな」


 剣侠志は、将軍の本名。そしてギニョルと因縁があるのも知ってる。


 だがキジュウってのは、誰だ。


 いぶかしげに見つめる俺に、ギニョルはかぶりを振った。


「……すまぬな。ただの死人じゃ、関係もあるまい。入港する様じゃぞ」


「そうだな。降りるか」


「ああ。スレイン、皆、気を引き締めろ、上陸じゃ!」


 ギニョルの号令に、ドラゴンピープル達が高度を下げる。


 クレール、ユエ、フリスベル、ガドゥ。


 自衛軍と種類が違うとはいえ、全員が、実弾を込めた銃を持つ。

 断罪者が、ゲーツタウンの上空へと侵入した。


 くじら船もまた、波止場への入港作業に入る。


 ドラゴンピープル達が作った、木製の巨大な船体を、岸壁に接岸。いかりを下ろし、とも綱を港と結ぶと、左舷の船べりのちょうつがいを開き、門のように押し開ける。隙間には港の側からタラップが渡され、トラックが発進、船から港へ上陸していく。


 コンテナを運べるほどに大きな車体だが、ゲーツタウン側も改良が進んでおり、道は確保できている。


 もう一隻は後部から接岸し、船倉内に駐車していた、兵員輸送車を八台送り出した。もちろん、兵士が満載されているのだろう。


 空っぽの胴体から次々車両が出る様は、まるでフェリーだ。まだ、崖の上の王国だったころに来たときも、島から手に入れたらしいトラックや車をみかけたが、この方法でおろしたのだろうか。


 チヌークのローターも駆動を始め、巨体が上空へと浮き上がる。御厨達はあちらだろうか。


 一連の作業中は、崖の上の王国の紋章を彫りこんだ軍服の一団が付き従っている。ただ、こいつらは本当の王国騎士ではない。というか、ユエの父ガラム・アキノこと、アキノ十二世が断罪されて王国は終わった。


 こいつらは、ユエの姉で、エルフロック伯の未亡人である、ララ・アキノの配下だ。ララはエルフロック伯爵領と隣のエルフの森で、かつての崖の上の王国の旧領から、分離独立している。


 王国から変わったクリフトップ連合国では、まだ公式の軍隊が整っておらず、監視と警護を、北隣のララ達に任せるしかないのだ。


 断罪者は、連中への顔合わせと引き継ぎにかかるかと思ったが、ギニョルが烏を降下させる気配がない。


「騎士、不思議そうな顔をしているな。どうしたんだ」


「俺達と、引き継ぎしないのかと思ってな」


 振り向いたスレイン。ユエが他のドラゴンピープルを横づけにする。


「打診したけど、断られたんだってさ。ララ姉様、がんこだもん。あと、旦那さんめちゃくちゃ好きだったらしいし、代わりに旧領を繁栄させたいって力入れてたよ」


 だから、わざわざ自分の騎士団まで出して、監視役を買って出るのか。


 ララ・アキノは指導者らしい狡猾さと、高い魔力を誇る、一筋縄ではいかない女だ。唯一、貴族として踏みとどまったアキノ家の一員でもある。


 もしかしたら、再びの王政復古さえ狙っているのかもしれない。


 バンギア側もまた、ただ、黙って侵略させるに任せるわけではないということか。


 トラックと車両が街の雑踏をかきわけていく。目指すのは、首都イスマへと続くコンクリート整備された街道。イスマの手前で、北北東に折れて、旧ゴドー領、ダークランドの隣の、自衛軍の新たな橋頭保に向かう。


 撤退交渉はうまくいくのか。自衛軍と自衛軍で戦うことになるのか。


 遠ざかるヘリと、消えていく車両を見ていると、他の断罪者に出遅れた。

 スレインがまたこちらを見上げる。


「騎士よ、名残惜しくとも行くぞ。乱暴者であろうと、奴らが戦士であることを信じよう。目的なく戦えぬのが、戦士というものだからな」


 そうあって、くれればいいが。


 憎悪に駆られた、あの将軍の姿が、思い浮かんだ。


 まさに、そのときだった。


 俺達の背中で、轟音と共に爆発が起こった。すぐに銃声も続く。


 俺の足元のスレインが最初。

 ドラゴンピープルたちが次々と反転する。


 ゲーツタウンの中心付近で、火柱が上がっている。


 考えたくない何事かが、起こってしまったのだ。

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