5刺客
俺達の銃撃で、向かいの小隊は大幅に戦力を削がれた。
俺とユエとギニョルの銃弾で、自衛軍の兵士は四人が致命傷を負い死亡している。部屋の中には一個小隊、十人しかいなかったので、戦闘能力は大幅に喪失した。
だが、連中はひるまない。階下の自衛軍から、俺達に標的を移し、89式を向けてくる。
本来5.56ミリを吐き出すはずの銃口には、流線型の黒い塊。
こいつはてき弾。爆発、炸裂して周囲を殺傷するグレネード弾だ。
発射と同時に、全員が飛びのく。
反撃は考えず、可能な限り着弾点から逃げると、煙突を回り込み、屋根に伏せてコートやポンチョで体をかばう。
黒煙と共に、屋根が粉砕、破片が辺りに散った。
続けて89式の発射音、本来の5.56ミリ弾が、煙突を襲う。
M2重機関銃の12.7ミリも交じって、爆風で半壊した煙突を崩していく。
「くっそ、おれたちに的を絞りやがったな」
煙突のがれきをかきわけて、頭を振ったガドゥ。AKのリロードは済ませているが、射撃が集中して下手に顔を出せない。
俺も撃ったぶんの散弾をガンベルトから補充しつつ答えた。
「じり貧だな。M2じゃ、こんな煙突すぐ崩される」
12.7ミリ弾頭は、車両を紙くずのように貫く。人間なら、かすっただけで手足が吹っ飛び、直撃でミンチだ。
四人まとめて、以前スレインにやられた桐嶋みたいになっちまうのか。だが、ユエは悠然とリロード作業をこなしている。
エジェクターでチャンバーの空薬莢を一個ずつ落とし、ハンマーをハーフコック。カバーを開いて、ガンベルトから45ACP弾を一つ、二つ、三つ――。
「おい、のんきすぎねえか。せっかく子供もできるのに、俺達こんなところで」
自分のお腹に触れながら、言いかけた俺の唇を、人差し指で塞ぐユエ。
「……そうだけどさ、騎士くん。後は、任せていい感じだよ。ギニョル?」
お嬢さんの右目が紫色に光る。使い魔でなにを見ているんだ。
「ユエの言う通りじゃ。中央即応集団とやらの実力、堪能させてもらおうではないか」
ここ以外の場所、戦っているのは俺達だけじゃない。
連中は、奇襲とはいえ、日ノ本随一の実力を持つ、中央即応集団に攻撃を加えてしまったのだ。
閃光と大音響が向かいの部屋で炸裂した。これはフラッシュグレネードだ。流煌にやられた、忘れられない武器。
続く銃声は、俺達を攻撃する向かいの部屋。89式でも74式でもM2でもない。
接近戦で使うオートマチックの9ミリ拳銃。このタイミングで追い詰めた俺達に向かって使う銃じゃない。
ギニョルが感嘆の声を上げた。
「ほう! 見事に制圧したぞ。わしらに注意を向けた連中の不意を突いて、小隊が突入した。一人を残して射殺しておる」
使い魔を送って、見ていたのか。
俺達は、他の兵士の攻撃を補助するために、陽動も兼ねていたのだ。
「まじかよ、日ノ本の、アグロスの同じ人間、しかも同じ自衛軍だろ……こんな一瞬で、やっちまったってのか」
ガドゥが複雑な表情をしている。俺も、自分が眉を潜めるのが分かった。
ギニョルが俺達を見つめて、たしなめる。
「命令を受けた軍人とはそういうものじゃ。仲間相手に命令をきっちりこなすとは、さすがは、虎の子の中央即応集団だけある」
東の首都に待機し、その守りを担う自衛軍の中央即応集団。最も充実した装備と、高い士気に練度の三拍子が揃った自衛軍最強の部隊。日ノ本は紛争の幕引きを意識して、派兵してこなかったが、恐ろしい奴らだ。
足元、俺達の居る屋根の下でも、フラッシュグレネードが破裂。
数発の9ミリ拳銃の銃声の跡は、沈黙が支配する。
こちら側の部屋も、突入部隊が制圧したのだろう。
過激化したとはいえ、日ノ本のためを思って、戦って来た自衛軍の兵士を、同じ日ノ本の自衛軍が制圧したのだ。
銃声はそれきりだった。ユエはSAAをホルスターに収め、9ミリ拳銃にはセイフティを噛ませた。
「……私でも、ディレさんは、なかなか撃てなかったんだけどね。根っからの軍人さんってことなのかな」
「そういうことであろうな。軍人というのは、強く、哀しいものじゃよ」
また、ギニョルは何か知ってるような口ぶりか。キジュウって男のことだろうか。
遠く、ゲーツタウンの町の外で、爆発音がした。黒い煙がもうもうと上がっている。
ギニョルの手元に、カブトムシが二匹飛んできた。紫色に目が光っている、使い魔だ。
エアウェイトをホルスターに収めると、白い指先に二匹を止まらせる。
「……ララの部下のエルフからじゃな。さっきの爆発は、スレイン達ドラゴンピープルが敵の迫撃砲を破壊した。両建物の敵は沈黙、現在自衛軍は進軍を停止し、爆弾と、残った敵の捜索を行っておる、と」
つまり、とりあえず危険は去ったということか。もちろんこれで完全に解決したわけじゃないのだろうが。
「む、わしらにも協力せい、とな。ララのやつ、人使いの荒いことじゃな」
最初は、バンギア大陸での警備には責任を持ちたかったらしいが。爆発物に伏兵という、アグロス仕込みの手段を使われると、対処が困難だということだろうか。
ユエがため息をつき、立ち上がった。
「ララ姉様だからね。私はいけるよ、ギニョル」
ガドゥもAKにセイフティをかけ直した。
「おれもだぜ。怪我はしてねえ」
俺も立たないわけにはいかない。幸運にも、がれきのすり傷だけだ。
「協力しようぜ。ゲーツタウンは、狭くねえだろ」
今は壊滅したバルゴ・ブルヌスのゴブリン達に追われ、ニヴィアノと共にこの町を駆け抜けたことを思い出す。
「うむ。クレールとフリスベルも呼び戻そう。断罪者はこれより、要請通り敵の捜索と安全の確保に協力する……以上じゃ」
魔力の線が途切れると、カブトムシは再び飛び去った。こちらの回答をララの勢力、エルフロック銃士団に伝えに行くのだ。
ほどなく了承の使い魔が戻り、断罪者はスレインを除いて、残存した敵やトラップの捜索と安全確保に尽力した。
念には念を入れ、夕刻まで、町中と街道まで捜索したが、結局爆弾やそれ以上の兵士は居なかった。
ただ、軽装甲機動車に乗っていた兵士と、銃撃戦を行った兵士の合計四人が戦闘で亡くなってしまった。
司令官である、統合幕僚長の御厨は、ポート・ノゾミを経由し、日ノ本本国と通信を行い事態を報告。山本首相を説得し、今日の進軍を止めて、町のすぐ外で野営することになった。
軽装甲機動車や、96式装輪装甲車が停車した脇には、兵士達が張ったテントがある。
ソーラーライトに照らされた街道脇の森。
あちこちで、たき火が赤々と燃えている。
緊張した面持ちで、銃を放さず食事をとる兵士達。将官用の大きなテントの前には、迷彩服姿の御厨と、中央即応集団の中隊長らしい二人の兵士がたたずむ。
対するは、森の木々にも迫るスレインの巨体を背にした、俺達断罪者の六人。それに、銃士隊の隊長らしいハイエルフだ。
例外的に引き延ばしたが、俺達が警備を担当できるのはここまで。断罪者として島に戻らなければならない。即席の引継ぎ式だ。
図らずも協力して事態の収拾にあたった以上、やらないというわけにもいかない。
御厨が恭しく一礼し、まずハイエルフに右手を差し出した。
「感謝申し上げる。あなた方が居なければ、昼の襲撃でさらに多くの兵士を失う所だった」
「我らの力が及ばなかった。あなた方の奮闘あってこそ、昼の事態は制圧できた」
固く握手を交わしたのは、お互い部下を失った軍人同士ということもあるのだろう。バンギアとアグロスという違いはあるが、種族の差などあってない、か。
御厨はギニョルにも手を差し出す。
「断罪者にも感謝を。日ノ本を代表して、派遣に応じた、テーブルズの勇気を称賛しよう」
断罪者の長とテーブルズの議員。毅然とした二つの顔で、ギニョルが握手に応じた。
「ありがたく頂戴する。流れた血を、あがなうほどの成果を得られんことを」
御厨は、細い手を両手でしっかりと握った。
「分かっている。アグロスの害は、アグロスの手で必ず取り除こう。改めて、覚悟は決まった」
光るような目に、死地という言葉が思い浮かぶ。
なんの覚悟か。
日ノ本の命令を無視し、紛争後バンギアに巣食ってきた将軍たち自衛軍の過激派を、必ず無力化する覚悟。武装解除のための説得、聞き入れなければ交戦も辞さぬ覚悟だろう。
89式を携え、影のように動かない二人の中隊長にも、動じた様子はない。
御厨と中央即応集団は、本気でバンギアのために将軍たちとことを構える気概がある。
ギニョルが満足そうに微笑んだ。
「アグロスの人間よ。そなたらを、誤解しておったようじゃ。必ず、生きて帰るがよい」
御厨は答えない。少しだけ唇を釣り上げると、ギニョルの手を放した。
背を向けてテントに入っていこうとしたそのときだ。
「御厨幕僚長!」
男の声だった。見れば、奥のたき火の中から、一人の兵士が立ち上がってこっちへ来る。薄暗がりで顔がよく分からない。
「どうしたんだ」
気さくにも振り向く御厨。
瞬間、銃声が二発。
御厨の額と心臓が赤く染まる。
ほぼ同時に、クレールの体が軽く沈み、レイピアが炎に閃いた。
男の腕から9ミリ拳銃を握っていた右手が飛び、暗闇に消える。
ユエが、兵士達が銃を構える。
「撃つな! 吸血鬼として、こいつを制圧する」
クレールの放った、魔力の光が向かっていく。御厨は即死だろうが、この兵士の記憶を蝕心魔法で探れば、まだ事態の裏が、把握できる。
だがクレールの魔力は、兵士の赤い瞳の前で弾き飛ばされた。
蝕心魔法を防げるのか。こいつは、まさか――。
兵士が残された左手に、折り畳み式のナイフを握っている。ぎらつくような刃に、焚き火の明かりが反射する。
ナイフが振り下ろされる。ユエの、兵士達の銃弾が兵士の全身を貫く。
刃は、クレールをめがけてはいなかった。全身に弾丸を浴びながら、ナイフを振り下ろした先は自らの胸元。この輝きは銀だ。
俺は確かに、満ち足りた凄絶な笑みを浮かべる男の顔を見た。
人間のものじゃない。こんな狂気は、人間の寿命では再現できない。
まぎれもなく、吸血鬼のもの。
血みどろの男が、煙を上げる。傷も肉片も、血も髪の毛も、なにもかもがさらさらとした、灰になっていく。
「こんな、馬鹿な……なぜだ、なぜ、なぜ吸血鬼がこんな!」
クレールの叫びに答えられる者は居なかった。
「御厨さんは即死しています。もう、魔法でも手の施しようがありません……」
フリスベルの、やるせない声が小さく響く。銃声を聞きつけた兵士達が色めき立つ。
将軍達と戦闘になって戦死、なんてものじゃない。
自衛軍、統合幕僚長の御厨は、最悪の形でバンギアの毒牙に倒れてしまった。
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