16混迷
再び銃声がした。
怪物と怪物の口は、俺達の目の前で悲鳴を上げてもだえ苦しんでいる。
女の声をとびきり低くして、水につけて溺れさせたようなおぞましい悲鳴だった。
体の方も、白い皮膚がぼこぼこと泡立ち、黒い液体を噴きながら腕や脚をばたつかせている。
「くそっ、悪魔ども!」
悪魔であるはずのドマが悪態をついて、路上に銃を向ける。立て続けに銃声がして、弾丸が風を切り、壁や手すりで弾けて次々と音を立てている。
銃撃戦か。相手はいったい誰だ。
怪物越しに金網の向こうをうかがう。スーツ姿の男たちが確認できる限り五人。屋上のドマや怪物に向けて銃撃を繰り返しているのが見えた。
そのうちの二人の額と、こめかみからは、悪魔の証である角がつき出ている。
まさか、マロホシの部下の悪魔と、下僕どもなのだろうか。
それならドマを追う理由はあるが、状況が分からない。
なぜ怪物を撃ったんだ。
俺達を置いて、事態が進行していく。ドマは相手の射撃に耐えきれず、手すりから後ろへ下がった。
下僕たちはハンドガンからマガジンを取り出すと、懐からやけに光る弾丸を取り出した。
あの輝き、恐らく銀だ。バンギアに存在せず、悪魔や吸血鬼は触れもしない金属。
下僕たちは元々人間だから、触れても平気なのだろう。
マガジンのてっぺんに銀の弾丸を込め、怪物に向かって銃を構える。
やばい、巻き込まれる。俺は梨亜を引きずりながら、路地を出て建物の脇へと入り込んだ。
一斉射撃が行われ、怪物が黒い体液を一面に飛び散らかした。
かなり効果があったらしく、うめき声が弱まり、足や手が地面に付して、動きも鈍っていた。
その様子を見たドマが、屋上から叫ぶ。
「陽美! 更紗! くそっ……」
元の二人を知ってる。いや、知っている以上に、大切に思っているのか。
何かを取り出したのだろうか。手すりのはしまで駆け寄ると、怪物に向かって放り投げた。
「これを食え! 逃げるんだ!」
投げ落としたのは、人間の手足だった。
怪物は顔のない胸で頭上を見上げると、大人の頭ほどの口を出して人間のパーツを飲み込んだ。
その途端、怪物の姿が変化した。融合したときとは逆。骨や身がずるずると分かれて変形していき、最初に見たときのような虚ろな目の二人の女性の姿に変わった。
二人は銃撃を続ける悪魔と下僕に向かい、右手と左手をかざす。
手のひらから体液の噴流が巻き起こり、三人の胸元を打って路面に倒した。血を吐いたまま動かない奴もいる。大きな石を高速で叩きつけたような威力だ。
二人は手をつないだまま、こちらに向かって走ってくる。
俺と梨亜は身を縮めたが、更紗と陽美は俺達のことなど見もせずに、街灯の闇へと消えて行った。金網を舐めまわしていたときと同じ存在とは思えなかった。
パトカーのサイレンが聞こえてくる。さすがに事件が通報されたらしい。
ドマの姿は消えていた。あの二人が下僕たちを攻撃した隙に逃げたのだろう。
「う、うぅ……」
梨亜が震えながらうずくまっている。多少戦闘に慣れてるくらいでは、どうにもならない恐怖の経験だったのだろう。俺だって背筋が凍った。手を差し出してやる。
「しっかりしろ。俺も怖かった」
その手を払い、梨亜が立ち上がる。
「違えよ! あれは、陽美とおばさんだったんだ……私には分かった。もう戻れないんだろ、あんな人喰いのバケモノになっちまって、どうすりゃいいんだ……」
ベスト・ポケットをしまい、顔を覆ってうつむく梨亜。俺にはかける言葉が見つからなかった。
途方に暮れて状況を確認する。ここまで来たバイクは燃えちまった。携帯電話を確認したが、ギニョル達からまだ連絡はない。
夜中で人通りが減ってるとはいえ、銃も目立つし、どうしたものか。
暗がりから様子をうかがっていると、とうとう金網の向こうにパトカーが現れた。倒れている悪魔と下僕から銃を押収し、救急車への通報もし始める。
一人の警官がこちらを見た。俺達に気づいた様子はないが、バイクが燃えた痕跡に気づいたらしい。
ほかの警官が、金網まで走り寄ってくる。俺達は銃を持ったままだ。ここでつかまるとかなり厄介なことになる。
逃げようにもバイクはやられて足もない。しかもこの辺り一帯はじきに封鎖される。
隣り合う車道に、乗用車が現れた。俺達の前で停車すると、パワーウィンドウを下ろす。
「乗れ。早く」
クレールだ。運転席には紅村、助手席にギニョルが居る。捜索組が来てくれたのだ。
俺と梨亜はトランクを開けて銃を放り込んだ。
後部座席の扉を開けると、クレールの隣に滑り込む。すし詰めだが仕方ない。
「今さら登場かよ。ギニョルも」
「梨亜。話は帰ってからだ」
紅村が冷静に言って、車を発進させる。
無事、繁華街を抜けると、トンネルに入った。
パトカーが追ってくることはなかった。
だがあの怪物と、ドマの姿をした何者かは、三呂の闇に解き放たれたまま。
謎と恐怖は深まるばかりだ。
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