17解明
俺達は紅村の家に帰り着いた。
ガレージに車を停めると、紅村とギニョルは食堂に向かう。梨亜も続いた。
俺も行こうとすると、クレールが肩を叩いた。
「騎士。お前にはちょっと手伝って欲しいことがある」
そう言って、トランクの扉に触れるクレール。
「なんだよ……うわ」
出てきたのは、角のある黒髪の女。悪魔だった。
「別の現場に居たんだ。恐らくマロホシの部下だろう。逃げようとしていたので、僕が蝕心魔法をかけてやった」
かけてやったと軽く言うが、こいつはポート・ノゾミで何かしたわけじゃない。断罪法的にはぎりぎりだ。よくギニョルが許したものだ。
「こいつの罪状は?」
「緊急のことだ。記憶を読んだら、奴らの元へ返す。運ぶのを手伝ってくれ」
なんでもないことみたいに言われては、断ることもできなかった。情報だって欲しい。ただ、こうも簡単に蝕心魔法を使えるクレールは、やはり吸血鬼だと思い知らされる。
二人で女性を家の中に運びこむ。地下室に入れると、パイプ椅子に座らせて、手錠で拘束し、身体を椅子に縛った。梨亜が力加減も手慣れた様子で、的確に拘束していた。
数時間前に後にした、紅村家の地下室。
俺とギニョル、紅村、そして梨亜はガドゥが扱っていたのと同型のプロジェクタ型の魔道具を囲んでいた。クレールがその上に手をかざし、目から走る銀色の魔力で、悪魔の女から記憶を引き出している。
プロジェクタにはまだ像が出ない。ガドゥがいないから、魔力の波長の調整に手間取っているのだろう。
机に座った梨亜が、ライダースーツの脚を組み換える。
「こうして魔道具使ってるとさー。昔、特警やってたときみたいだね。ギニョル、父さん」
特警。その言葉に、ギニョルが苦笑で応えた。俺達に言いたくない過去というのに、何か関係しているのかも知れない。
紅村も疲れた顔で頭を振る。
「……梨亜。もうあのときとは違う。特殊急襲部隊とはいえ、私も今は一警察官だ。日ノ本の法に従う」
「ふん。腰抜けになったね。どうせ今度の事件、上で話がついてたんでしょ。GSUMって相当でかいもんね。日ノ本と取引できるくらい。三呂の警察の鼻っ面を引きまわして平気な顔できるくらいには」
梨亜の言い方は悪い。だが、GSUMらしい奴らが三呂の繁華街で銀の弾丸をぶっ放したことといい、今度の事件には裏があるとしか思えない。
あの遊佐が居なくなったとはいえ、三呂の警察なのだから。
「梨亜。あまり、月雄を責めるな。組織というのは、大きくなるほど複雑で厄介な事態も招く」
梨亜がギニョルにまで食ってかかりそうになったところで、クレールの調整がついた。
「元気のいいレディ、画面に集中するんだ。面白い記憶が見られるよ」
「……その言い方、かゆくなる」
そうは言っても、まんざらでもない様子の梨亜。やはりクレールの方がいいのか。馬鹿な嫉妬をしている場合じゃない。俺も映し出される記憶に集中した。
松明の薄明りの中、浮かび上がる石壁を水滴がしたたっていく。廊下から鉄格子越しに女が見つめているのは、手術着のままこちらに背を向ける悪魔の姿だった。
その手元には、同じく石製の台のようなものがあり、そこから人の手と足がだらりと飛び出している。その指先に血がしたたっていた。
きりきり、みしみしと音がする。ぶし、と何かが飛び散る音が響いた。おぞましい作業に没頭しながら、振り向きもせずにたずねる悪魔。
『……ドマが見つかったの?』
声で分かった。こいつはマロホシだ。お得意の医学実験の最中に、部下からの報告を受けているのだろう。
部下は手元のファイルをめくりながら、続けた。
『正確には分かりません。ただ、瀬名勝機の元妻と娘が行方不明となり、三呂市では惨殺事件が二日連続で発生しました。警察は、日ノ本向けにはドマの死体を確認したと言っていますが、あちらの同志が探ったところによると、死体は操身魔法でこねまわした腐った魚の肉片だったそうです』
山本のやつ、まんまと騙されてやがったか。しかし、日ノ本にもエルフや吸血鬼、悪魔が雇われているはずだ。操身魔法のダミーくらい、見抜けそうなものなのだが。
ことり、とそばのバットに骨片が落とされる。続いて、べちゃ、と音がして、手の平大の赤黒い腫瘍が続く。
一段落したのか、マロホシが部下を振り返る。髪の毛を手術帽でまとめ、エプロンには血がべったりとついていた。ちらりとだが、石の解剖台の上に、胸を切り開かれたハイエルフらしい死体が見える。
部屋の影には、下僕たちが控えていた。暗がりから音もなく現れると、マロホシから汚れた手術着を預かる。二人が死体を袋に収納している。ホルマリンかなにかが入った瓶に、骨と腫瘍を入れ、ラベルを張ってる奴も居た。
下僕を利用した、解剖実験か。
部下は、普段の白衣に戻ったマロホシに伴い、石畳の廊下を歩く。
『ハイエルフは思った以上に魔力の汚染に弱いわね。鉄線実験で腫瘍を確認したのは50例目よ。このバンギアで、アグロスの産業革命のようなものが起きれば、まず絶滅するか、大きく種族の特徴を変化させるでしょうね』
どういう実験だったのだろうか。フリスベルが本能的に金属を避けるのにはマロホシの医学的に、合理的な理由があるらしい。
エレベーターに乗り込んだ二人。扉が閉まった後、マロホシは部下に向けて言った。
『とりあえず、三呂の警察の捜査を可能な限り遅らせましょう。それからあなたは実情を探って。私としては、瀬名勝機の人格が記憶から蘇って、ドマの精神を侵食している仮説を支持するわ』
『そんなことが本当にあるのでしょうか』
『さあ。とにかく、ここ数日が山よ。面白いことになっていたら、私もアグロスへ向かうわ。今から予定を開けなくちゃ。楽しみね』
機嫌よく微笑むマロホシを最後に、映像は消えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます