十三章~鉄と火と、闇の地と~

1新しい始まり


 島の存在が日ノ本国民に明らかになり、巨海樹がはびこって二か月。


 断罪事件と報告書の作成、様々なトラブルの調停なども、ようやく落ち着いたころ。工事の音は、まだ、小うるさいが、ポート・ノゾミは日常を取り戻しつつあった。


 俺とユエはそろって休暇を取り、コンテナの部屋の片づけを行っていた。


 禍神との戦いとの前夜に、色々とやらかしてから、俺とユエはくっついたコンテナハウスで同棲を続けている。


 ゲームから、からかい合いに発展、しがみ付いてたら、むらむら来て、盛り上がって、居間で一緒に寝ちまうこともあるが、基本はお互い個室。掃除は別々だ。


「っと、こんなもんか」


 部屋を片付け、洗剤入りの雑巾であちこちふいて、型落ちの掃除機をかけ終わった。忙しさにかまけて、散らかり放題だったのが、嘘みたいに片付いた。


 俺の部屋はそう広くない。一人で暮らしていた頃と同じ、コンテナ一個のワンルーム。法律や統計の本など、資料の整理に少しかかったが、どうにかなった。


 ドアがノックされる。まあ、ユエしか居ないな。


「開いてるぜ」


「うん……」


 そっと入ってきたユエ。金色の髪に、青い目、白い肌。極上のヒップを押し込めたジーンズと、豊かなバストを包んだ白のブラウス。


 メリゴン人みたいだが、こちらの世界バンギアの人間としての外見だ。


 やれやれと腕を組んで、部屋を見回していた俺に、すすっと近寄ってくるユエ。


 もうすぐ二十歳になるらしいユエは、いまだに十六歳のままの俺と違って、ちょっとだけ背が高い。しがみつかれると、しっかり女だってのは分かるんだが、明らかに体力も俺よりあるし、射撃の腕も優れる。


 だが、こういうしおらしい態度のときは、ほぼ確実に厄介ごとを持ってくる。


「あの、騎士くん、すっごい言いづらいんだけどね」


「……いや、待て。当ててやるよ。片付けだな」


 指を指してやると、ユエは黙ってうなずいた。


 味気のない俺の部屋はともかく、こいつの私室の乱雑さはひどい。


 俺と同じコンテナ一間のくせに、アニメだ、ゲームだ、漫画だ、映画だと、ユエの趣味であるアグロスのあらゆるものが流れ込んでいる。


 元特務騎士団らしく、自分の銃を管理するため、ガンパウダーやパーツ、薬莢に弾頭の素、リロードツールや簡単な工具まであるのはいいが、全部混ざって相当カオスだ。


 仕事の資料なんかどうしてるのかと思うが、反動なのか、警察署の机周りだけは綺麗に片付いているし、仕事の完成度も高く、速い。オンオフの切り替えがいいというかなんというか。


「しょうがねえなあ。手伝ってやるよ。今日の晩飯はザベルの所になるからな」


 今、午後二時過ぎ。恐らく買い出しと調理の時間はなくなっちまう。

 コウモリの冷凍肉があるし、トマト煮でも作ろうと思ったんだがな。


 さっさと出て行こうとする俺だが、カッターシャツのすそをつかむユエ。


「……あ、あのね。それは、いいんだけどね」


 まだもじもじやっている。女子かと突っ込もうとかと思ったが、その通りだ。


 そういや元はお姫様だし、俺より四つも下なのだ。


「どうしたんだよ。いつものことだろ、断罪者が火薬の扱いで火事なんてシャレにならねえんだから。それに、俺も慣れちまったぜ、お前の趣味には大体」


 BLには、やたら詳しくなっちまった。

 そっちの世界じゃ、クレールの奴が、極上の餌に等しいということも。


 今さら、なにかえぐいものが出てきても驚きはしない。


 そう思って胸を張ったつもりが、事態は想像を超えていた。


 ユエが身を縮めて、意を決して俺に向かって言った。


「騎士くん、私……赤ちゃん、できちゃったみたい」


 お腹を押さえて、頬を赤らめている。


 俺は、目が点になっていただろう。

 ユエがちろりと舌を出した。


「……あのマロホシが、信用できるなら、なんだけどね」


 あいつだからこそ、信用できる。


 吸血鬼、キズアトと並ぶGSUMの首魁の一人、女悪魔、マロホシ。俺達断罪者の最大の敵の狂気と残虐さは、医学に関して、偏執的なまでの執着と真摯さになっている。


 たとえ俺達断罪者をはめるためでも、自らの診断に、嘘だけは絶対につけない奴だ。橋頭保で重傷を負ったスレインを、治療したことからもそれは明らか。


 嘘という線は薄い。


「それでね、急だったから。私、ど、どうしようって……」


 嬉しそうだが、戸惑いもあるらしいユエ。当然だ、俺だって驚いた。

 肩を抱いてやると、震えている。


「よく、言ってくれたな」


「で、でも、仲良くするとき、盛り上がってたのは、主に私の方なんだよ。どっちかっていうと私の責任とか……」


 まあ、否定はしないが。だからって、俺が逃げるなんてのは、なしだ。


「俺だって流されたところもあった。そうか……まあ、考えてたことではあるな。金はあるし……ただ、まずギニョルに言わねえとな」


「だよね。腕、鈍った気はしないけど」


 そう言いながら、脇のホルスターからピースメーカを取り出し、狙いを付けて見せるユエ。


 目覚まし時計、パソコン、鉛筆立て、鍵穴に洗面所の蛇口。


 どれも距離はそれほどないが、コンマ何秒で撃ち抜かれたことだろうか。

 相変わらず見えないほどの速さと正確さだ。俺より明らかに優れる。


 トリガーに指を入れ、くるくると回しながら、かしゅ、と銃を収める。


 断罪者で最も優れた射手であることに、疑いはない。


「……親父に、面会してやれよ。喜ぶかどうかはともかく、な」


「そっか。そう、だよね……」


 ユエの父は、かつて存在した、崖の上の王国の王、アキノ十二世こと、ガラム・アキノだ。俺達への暗殺を命令した罪により断罪され、監獄で施錠刑を受けている。


 終身刑も同然の懲役期間だが、とにかく生きてはいるのだ。

 自らが王たることを示すために、バンギア大陸の命を、多く食らいはしたが。


 しかし、子供か。俺に子供なんて、不思議なことだ。


 紛争開始から、七年。地獄かと思えた混沌を、ただ必死にかき分けてきた。


 最初の五年間は、とにかく生き残ることに。断罪者になってからの二年は、悪人との戦いに。


 流煌を目の前で失った俺が、子供を授かるか。


 考えたこともなかった。胸の奥から、喉をたどって、なにか熱いものがこみ上げてきそうになる。


 思わず、ユエを抱き締めた。強く、強く、背が足りないことは問題じゃない。


「わわっ、騎士くん、どうしたの急に……え、妊婦さんでコーフンしちゃう、とか」


「……馬鹿っ。嬉しいのさ、それだけだよ」


 だめだ、勝手に涙があふれてきやがる。掃除もまだ途中なのに。

 流煌とは違う、か細く豊満な、このお姫様のことを、絶対に放したくない。


 両腕が俺の背中に回る。豊かな胸の谷間の奥底、心臓の鼓動が聞こえるほど、ユエが俺を強く抱きしめている。


「騎士くんが、先に泣いちゃだめじゃない。四つ年上じゃ、なかったの?」


「ほっとけよ」


 ユエのこぼした喜びの涙が、俺の頬を伝う滴と合わさった。


 あまりに多くを失った俺が、再び、家族を始めることができる。


 混沌の中にでも、希望は再び、生まれるのだ。


「あ、でも片づけは手伝ってね。それから、まだ最低ひと月は、仕事するから」


「そりゃそうだよな。じゃあ、とっとと片付けちまおう。後、夕方にはギニョルが来るし、報告に行った方がいいだろ」


「だよね。あー、職場恋愛とかいろいろ気を使うって漫画で描いてあったけど、そんな感じになるのかなあ」


 もはや恋愛じゃなくて、夫婦になろうってんだから、その次元じゃねえな。


 急に現実に戻った俺達は、ユエの部屋の整理に移った。

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