十二章~海鳴に咲く花~

1懐かしい支援者

 食事のときに聞いたユエの見立てでは、自衛軍は警察の特殊急襲部隊とも協力し、この基地を包囲するようにして周囲の工場や建物に秘密裡に砲台を設置、見張っているそうだ。空挺団ばりに射撃の腕に優れた連中が、逃げる俺達を撃ち抜くべく控えている。


 この基地には一言も口を利かない兵士と食事係、日ノ本が対魔法用に雇ったエルフや悪魔や吸血鬼だけ。部屋にはベッドがあるだけで、テレビも、ネットにつながる端末もなく、図書室の新聞もないため、情報は完全遮断されている。


 クレールとギニョル、フリスベルにはきっちりと魔錠がはめられていて、兵士達や使い魔を使っての情報の収集も到底不可能だった。


 訴追もされずただただ外部との交信を断たれている。こんな状態になった原因は、スレインの咆哮に紛れて、誰かが飛ばしたドローンや、逃げ出した記者たちだろう。日ノ本は元坂の言うようにはあの事件を収拾できなかったのだ。


 基地の外、日ノ本の国ではいよいよ事態が紛糾しているらしい。


 毎日やってくる役人の憔悴しきった様子と、基地を取り巻く群衆のおかげで、それは分かった。刑事事件の犯人として俺達を裁くことが、簡単にはできなくなったのだ。


 似合わない白のスニーカーで、グラウンドの土をじゃりじゃりと言わせ、クレールが木の枝を振り回している。


 同族の吸血鬼をも倒す立派な型なのだが。


 白の半そでに黒のハーフパンツ、おまけに似合わないスニーカーでは、なんかもう中坊がふざけているように見えてしまう。服は支給するっつっても限度がある。


 目の前に想定した人型の的を切り裂き、じゃり、と足を止める。


「……騎士、僕たちはどうなると思う?」


 拾った枝を置き、何度目かになる質問を重ねてくる。


 俺はベンチに座ったまま答える。武器と一緒に取り上げられた服の代わりに、リクルートスーツから上着だけ奪ったような格好だ。すなわち黒のズボンとノータイのカッターシャツ。いつもとあまり変わらねえな。


「分からねえよ。外の情報が全然ない。ガドゥ?」


 隣のベンチでハードカバーの本に夢中になっているガドゥに呼びかける。

 こいつはずっと、図書館から支給された技術書を読んでいる。


 こっちも俺と同じカッターシャツにズボン。sサイズよりさらに小さいから、計測にきたスーツ屋が驚いていた。


「……警察が動いてねえらしいから、しばらくは安心なんじゃねえか。裁判にするなら、検察官の所に送られるんだろ」


 なかなか法律の理解が進んでいる。法律の本は支給されていないから、ここに来る前、非番の日にでもノイキンドゥの図書館に通って勉強していたのだろう。ガドゥを見てると、ゴブリンが頭の悪い種族だなんて絶対に思えない。


「分からぬぞ。それがしのような者を、入れられる檻がないだけかも知れぬ」


 頭上から聞こえたスレインの声。あぐらをかいた姿勢のまま、こちらを見下ろしている。兵士達は相変わらずM2を向けているが、来たときと違って深刻な顔はしていない。


「それもそうだな。はー……あっちはどうなってんのかね」


 なんべん言ったか分からないつぶやきは、自衛軍はおろか、クレールやガドゥやスレインにも黙殺されてしまった。


 断罪者が居なくなって五日。警察署に助手や職員は居るし、テーブルズの議員代表だってギニョルを抜いては全員居る。事務手続きはある程度回るだろうが。荒事があればどうにもならん。島はどう機能しているのだろう。


 シクル・クナイブの動きが気になる。あいつらはなんのためにロットゥン・スカッシュとつるんでいたのだろうか。


 島から断罪者を追い払うというのが狙いだとすれば、そのものずばり大当たり。ロットゥン・スカッシュを追って派手に戦っちまった俺達は、見事に足止めを食っている。日ノ本に始末してもらうところまで望んでいたというのなら、あてが外れたかも知れないが。


 クレールは枝を拾い、再び剣術の型に戻る。ガドゥも本に目を落とす。スレインは目を閉じた。撃たれた傷はほとんど内側から塞がっている。ときどき、中の肉に押し出された弾頭が勝手に落ちてきて、見張りの兵士が驚いていた。俺はそれより、腕の傷口に小さな手が再生しつつあることの方が驚きだが。


 俺はポケットをさぐったが、立派な火器であるライターも、し好品の煙草も取り上げられてしまっていた。


 ヘリの音が聞こえる。見上げると、自衛軍のUH-1Jに囲まれながら、一台、二台、三台、四台。報道各社が飛ばしたやつだろう。スレインや俺達の遠景ぐらいは撮影できているだろうか。


 ああいうのが飛んでいることから考えても、俺達をただ裁くわけにもいかないのだ。


 プロペラで聞こえにくかったが、軽装甲機動車が三台、こちらへやって来た。


 スレインを警戒しているのと同じ数だ。もしかしたらと思ったら、出てきた中隊長らしいのが、警戒している奴らと言葉を交わして、敬礼を行った。


 無線を取り出し、報告する。


『こちら中隊長、狭山一尉です。午後二時零分ひとよんまるまる、竜人監視任務を交代します』


 もしかしたらと思ったら、空挺部隊の狭山だった。フリスベルに助けられた兵士だ。


 スレインに向かって銃を構えていた兵士が、機動車に乗り込んで離れていく。グラウンドの端々で俺達を監視していた奴らも、空挺団と交代したらしい。


 狭山達は俺達に便宜を図るわけでもなく、無言のままスレインの監視を継続している。俺には目もくれなければ、スレインを見る目も任務に徹した兵士そのものだ。


 何か情報を分けてもらえるかも知れないと思ったが、そう甘くはないのだ。


「あいつ、助かってたのか……」


 警戒に来た空挺団は、イェリサに向かって壮絶な戦闘を仕掛けた果てに、壊滅したと思ってたんだが。


「知ってる兵士なのか?」


「あの中隊長、自衛軍の空挺団のやつなんだよ。イェリサの炎で死にかけたのを、フリスベルが助けたんだ。少しだけ、俺達と一緒に戦ってくれた」


 海から現れたイェリサの猛攻にさらされたとき、スレインが立ち上がるまでを引き受けてくれなかったら。犠牲がどれほど増えていたか想像もつかない。


 クレールが話に入ってくる。


「……僕らを拘束に来たのも奴らだったな。紛争には出てこなかった自衛軍のエリートというところか。女性に、腹ばかりひどく殴られたよ。嬉しそうにしてた」


 女と見まごう吸血鬼の美貌は、ときどきいらん災厄を引き寄せる。

 サディストでショタコンの女兵士がいたのだろう。最悪だ。


「ところで、空挺団ってのは、狙撃兵のコウモリ共とは違うのか?」


 ガドゥが言うのは、ユエの兄貴のジンを撃ち殺した奴らだったか。確かに連中は恐ろしかった。あんなにらみ合い、二度とやりたくない。


「ありゃあ、レンジャー訓練は受けてるが、また別の部隊らしいぜ。軍隊ってのは、やることを部隊によって分けるんだ」


「へー。ま、その方が効率もいいよな。断罪者だってなんとなく分かれる感じだし」


 スレインを見上げるガドゥ。銃器を相手にするときは、この巨体で俺達の盾になってくれる。間違ってもほかの六人にそんな真似はできない。


 今はぴくりとも動かず、大人しく狭山達の銃口の前に身をさらしている。


 不意に、その狭山が後ろに向かって何かを投げた。小さい塊はグラウンドとの斜面を転がり、俺達のベンチの目の前に来た。


 俺は立ち上がって拾った。メモ帳か何かを丸めたものだ。ぱっと見つまらないただのゴミに見えるが、ポイ捨てなんてしそうにないのに。


「おい、落としたぜ……うぐ」


 クレールに後ろから組み付かれ、口をふさがれた。


「……馬鹿。黙っていろ、ガドゥに渡して、僕と一勝負だ。ここ数日と違う動きは、絶対にするな。怪しまれる」


「え? え」


「大人しく応じろよ、騎士。おれは分かったぜ」


 ガドゥが本を広げ直した。その手元には、さっきのゴミ。俺達を見張る兵士は、気付いていない様だが。


「さあ騎士、枝を拾え! 断罪者の試験以来どれほど格闘が進歩したか試してやろう!」


 わざわざそう言って枝を構えたクレール。俺も応じることにした。


 運動時間ギリギリまで、クレールにしごかれて、汗とあざまみれになった俺は、よろけながらシャワールームに入った。


 戦ってみると分かるが、クレールはやっぱり人間じゃない。


 まるで人の姿の豹だ。


 小回りに体のバネ、体幹の強さに反応、腕力、スピード、全てにおいて優れている。あれで狙撃の腕と、蝕心魔法まで使い、人間の十倍の寿命まで持つのだから、手が付けられん。


「まだ、子供かよ……」


 親父と同じほど成長したら、どうなるのか。

 吸血鬼は何度か断罪したが、その誰よりも強かった。


 こんなんで、キズアトの奴を断罪できるのだろうか。

 そもそも、島に帰れるのか。


 弱気をシャワーで洗い流し、蛇口を止めたそのときだ。


 外からドアがノックされる。なんだと思ったそのときだ。


午前三時二十分まるさんにいまるより午前五時零分まるごおまるまるまで、第三会議室へ』


「誰だ!」


 ドアを開けたが誰も居ない。気配すらない。


 一体、何が始まるのだろうか。あのメモといいかなり妙だ。


 罠かも知れないとは思うが、クレールやガドゥの態度が気になり、結局夜中に目を覚ました。


 いつもは外から施錠される個室のドアが開いている。廊下にも監視の目がない。

 

 官舎から夜中の渡り廊下を抜けた先。本部棟の二階にある第三会議室のドアを開けると。


「よく来た騎士よ、お前で最後じゃ」


 暗幕で覆った部屋には、スレイン以外の断罪者が全員。

 それに加えて、迷彩柄のシャツの兵士が二人。中隊長の狭山と、小隊長を引き継いだ駒野が居る。


 会議室中央にはスクリーンが設置され、プロジェクタにはタブレットPCがつながっていた。


「何をしておる、早く扉を締めろ」


「ああ……」


 俺が着席すると、ガドゥがPCを操作し始めた。

 無線LANでネットにつながっているらしく、SNSが立ち上がる。


 スクリーンにはハードカバーの本で囲まれた図書室の一角が写る。


 いや、この部屋は見覚えがある。というか、インカムを身に着けているのは。


『おー、つながったつながった。見えるか、騎士、ユエ、ギニョルさん。後、初対面だが断罪者のみなさん』


 この小憎らしい不敵なツラ。ブレザーの胸元に相変わらずのピースマークのバッジ。


『俺は、遊佐裕也だ。及ばずながら、協力させてもらうぜ』


 かつての県警本部長の義理の息子がそこに居た。

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