23真昼の空を赤く染めて
人工島アイランド・サンロ。ポート・ノゾミが造成される十年前に、主に宅地用として埋め立てられた島だ。
広さはポート・ノゾミの約半分。あっちと同じように、港湾施設や倉庫、工場などもあるのだが、大きいのは、より上等な住宅街やショッピングモールなどを備えていることだ。
画家の名がついた美術館と、ファッション関係の美術館があり、観光もできる。
交通手段は本土とつながる橋が二本。こちらには高速、県道、それにサンロライナーと呼ばれるモノレールもある。
元の人口は約一万九千。賑わいでいえば紛争前はポート・ノゾミの圧倒的な敗北だろう。雰囲気もどことなく明るく、歩いてみると、洗練された印象を受ける。
日ノ本政府はそんな島の南側中心部を接収。隔離病棟とマンションを建設して、バンギアから戻った日ノ本の人間を住まわせている。
彼らは基本的に、このアイランド・サンロから出ることができない。が、金銭面は充実している。家賃はタダでネット等は使えるし、島を出られないとはいえ、ネットを通じての仕事やアイランド・サンロの中の工場での作業は可能で、補助金が政府から入ってくる。
ともあれ、島に隔離されるのはつまらんのだろう。
ポート・ノゾミのノイキンドゥでの検診のときは、ついでとばかりに、ホープ・ストリートなんかで羽目を外す姿が目撃されたりする。金を溜めてマーケット・ノゾミで下僕を買った奴も居るらしい。
そういう生活は、日ノ本の国民の一部からやっかみの対象となり、ネットでは紛争が終わって二年経った今も、『避難民』なんて蔑称も飛び交う。
ただ、やっかんでいる連中に知って欲しいのは。
島に居たアグロス人というだけで、敵視して攻撃されることの辛さだ。
そして、恐怖。
イェリサを追い、スレインと共に地上に降り立った俺達の目の前には、惨状が広がっていた。
自衛軍御用達の120ミリ迫撃砲RTによって打ち出された榴弾は、マンションを直撃、破片とガレキを周囲に撒き散らしていた。
警戒に当たっていた自衛軍の兵士が負傷し、マンション前を歩いていた者も破片を食らってうずくまっていた。
テレビクルーらしい者達がカメラや音声機材を抱えたままあたふたとしている。戦場の取材の経験もないのか。
というか、なぜここまで近くに寄せた。レンジャー部隊の活躍でも撮らせる気だったのか。ポート・ノゾミで会った、元坂の奴の方針か。
部屋そのものもベランダが崩落、窓ガラスの奥までぐちゃぐちゃだ。もし部屋に人間が居たら、無事で済まないだろう。
検診は明日であり、マンション前にハーフ達の両親が集まってなかっただけ、被害は軽減できているとも言えるか。
イェリサに続いて、スレインが降り立つと、たちまち周囲はパニックになった。
迫撃砲弾に、4メートルと6メートルの竜が降り立ったのだ。ここに暮らす者達はドラゴンピープルを見たこともあるのだろうが、紛争で関わったならその恐怖の面しか知らないだろう。
俺も、警官隊が紙きれのように吹き飛ばされ、吐き出す炎で骨まで灰にされるのを見たときは、この世の終わりだと思ったものだ。
「検診前でしたね。まだ集まっていませんか。巣を壊してなるたけ殺しましょう」
「よせ、一歩でも近づけば、それがしの斧は貴様の首を跳ね飛ばしてくれる」
灰喰らいを振りかざし、イェリサをけん制するスレイン。
俺もユエもフリスベルも背中から降り、足元に置かれた木箱から、銃火器を取り出しにかかる。ダンプカーでこちらへ来るのは、ロットゥン・スカッシュのメンバーだろう。連中が突っ込んでくる前に、迎撃態勢を整えなければ。
そう思ったときだ。
けたたましいローター音と共に、茶褐色の迷彩に塗装されたヘリコプターが上空に現れた。
ヘリの分隊はロープを下ろし、ラペリング降下で現れたのは、自衛軍の兵士らしい奴らだった。
おまけに駐車場の車からも、普段着のはずの男や女がスレインと俺達とイェリサを囲んで銃を向ける。
変装して、紛れてやがったのか。
てき弾銃の発射機付きの89式自動小銃。対物ライフル、バレットM1882は五つほど向けられているが、これは一度スレインの腕を引きちぎった、M2重機関銃と同じ12.7ミリNATO弾が撃てる。通称9ミリ拳銃、シグザウアーP220も群れをなしていた。
ヘリ降下組が30人、変装して紛れていたのが20人ほどか。
さすがにRPGはないが、ドラゴンピープルにとっても脅威になりうる火器を向けられた。
降下した兵士の一部は、周囲の市民の誘導に当たっている。砲火の向きを察知し、山から見てマンションの裏側に向かって避難させている。何人かはマンションに入り込んで救出と避難にかかっているらしい。
さすがにこれでは動けない。イェリサとて同じだ。
「銃器を捨て、抵抗をやめなさい! 二十秒で射撃を行います!」
降下してきた兵士の一人が、有事のマニュアルに則ったらしい、機械的な警告を叫ぶ。
銃口は30以上。スレインとイェリサは死ぬことはないだろうが確実に負傷。俺とユエとフリスベルは蜂の巣か肉塊だ。
あの迫撃砲火が、誰の仕業か確かめることもしないのか。
「……十四、十三、十二、十一」
当たり前だな。こいつらは自衛軍だ。国土と国民を守るためにいる。事態の真相を明らかにするのは目的じゃない。
まずいことになったぞ。ギニョルが俺達を先行させたおかげで、確かに連中の襲撃前に到着できたが。それはそれで、自衛軍からにらまれる事態になるのは明らかだった。
制圧が出来たと思ったのか、三組ほどのテレビクルーが、中継車の側から中継を始めているらしい。肝の据わった奴らだ。
自衛軍の周囲には、背広姿の日ノ本の役人が居やがる。これだけの銃口によって、俺達が制圧できたと認識したか。今日の段取りを警護に来た自衛軍に伝えることをしていないのか。俺達の出番は境界線の先だったから、どうでもいいと思われちまったのだろうか。それにしたって、報連相が疎かすぎやしないか。
銃は手放せないが、なんとか叫んでみる。
「俺達は襲撃犯じゃねえ! 連絡はまだだが、バンギア側で戦う断罪者で」
「八、七、六、五」
聞く耳を持ってくれない。役人が口を利く気配もない。
まずいぞ。カウントと同時に蜂の巣だ。助けに来たのに、テロリスト扱いで殺されちまうなんて。
「安心なさって。息子が、来るわ」
イェリサが呟いた。そのときだった。
今度はマンションと病院の正面に、建設用のダンプカーが二台連なって現れた。
ダンプカーはスピードを少しも落とすことなく、マンションの正門に向かって突っ込んでくる。
「こ、こっちに来るぞ!」
正門近くで兵士を隔てて俺達を見つめていた役人が叫ぶ。
うろたえて逃げ出したまさにその方角、正門を逸れたフェンスの側から、ダンプカーの巨体が突っ込んだ。
鋼鉄のフェンスが枯草のように倒され、役人はタイヤに巻き込まれて即死。
二台目は正門を破り、入り口近くのレクサスを踏みつぶして止まった。
操縦席から飛び出したのは、スレインを負傷させた、赤い髪のドラゴンハーフ。
「始めるぜ! 親株と腐るんだ!」
牙の剣を振り上げると、俺達に銃を向けていた兵士の一人にかかっていく。
兵士は89式で受け止めたが、尾で首元を締めあげられ、力が緩んだ瞬間を狙い、腹に剣を突き立てられた。
苔が全身を侵食し、ミイラ状になって倒れ伏す。
龍喰いじゃない。吸血苔の胞子が仕込んである。こんなもんまでシクル・クナイブからもらってやがるのか。
ダンプカーの荷台からは、自衛軍と同じ89式を持ったハーフ達が顔を出す。
アグロスの人間とバンギアの人間のハーフ、ハイエルフと、ローエルフと、ダークエルフ、吸血鬼に悪魔、人種博覧会のごとく、バンギアのあらゆる種族との混血者が現れた。
銃撃が始まる。現象魔法で作られた炎や氷の塊が、次々に降り注ぐ。油断しきっていた役人やテレビクルー、自衛軍の兵士、一瞬で8人は死んだ。
「来たわね、子供たち。私も共に戦うわ……」
イェリサがゆらりと首を回す。向かう先は自衛軍の兵士達だ。
「いかん、それがしの後ろに」
言われるまでもない。俺もユエもフリスベルも、しゃがみこんだスレインの下に入り込んだ。
「撃て!」
やはり敵と思われたのだろう。自衛軍は俺達とイェリサめがけて一斉に射撃を行った。
9ミリ弾、小銃弾、12.7ミリNATO弾、てき弾。砲火がスレインの背中とイェリサを襲う。
赤鱗を誇るスレインはほとんど無傷、だがそれはイェリサも同様だ。
スレインの脇からうかがうと、降り注ぐ銃弾の中、息を吸い込み、その胸元を大きく膨らませている。
橋頭保の倉庫での出来事を思い出した次の瞬間。
口から放たれた炎が兵士達をなめ尽くした。火炎の放射は容赦なく5人の兵士を焼死体に変え、二台の車を爆発させた。
轟く炎の中、狂気の白竜は叫び声をあげた。
「私はイェリサ。我が天秤にかけて、この異世界を正して見せよう!」
爆炎から生じた黒い煙が、抜けるような青空に上がっていく。
ギニョルの決断にもかかわらず。初手は、見事、連中にしてやられた。
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