24最悪をかわせば
日ノ本という国が、世界に認められる戦争をしたのは70年以上前だ。
以来この国は、ほんの一部の例外を除いて一切の戦争を行っていない。
相当高齢の者しか、銃声など聞いたことがないのだ。
それだけじゃない。バンギアの存在が正しい形で伝わっていないために、そこに住む種族も、その能力もほとんどの者は全く知らない。
「ちくちくとうるさいものですね」
イェリサが、がれきの破片を掴みあげた。振り向いた先は、対物ライフルを撃ってくる兵士だ。
「くそっ、くそおおおっ!」
マンション五階のベランダから、次々に撃ちかけるが、針で刺した程度の穴しか開かない。
「よせイェリサ!」
「天秤を正しましょう!」
スレインの呼びかけを無視し、投げつけられたガレキが直撃。兵士は銃架ごと押しつぶされた。
「どれ……」
次は軽自動車に近づき、親指でガソリンタンクに穴を開け、持ち上げていく。
「させるものか」
「くたばれ化け物がッ!」
スレインが斧を振り上げようとしたが、その頭部にてき弾が降り注いだ。89式のライフル弾や、9ミリ拳銃の乱射もだ。
広い背と胴体で俺達をかばっているせいもあり、砲火が集中している。兵士達には、イェリサもスレインも同じ異世界の危険な生物にしか見えないのだ。
「身動きが取れない、制圧してでも」
ホルスターに手を近づけるユエ。兵士を撃つ気か。
「よせユエ。発砲したら、殺し合いになるぞ」
「でも、このままじゃ!」
痛いほど分かる。だが降下してきた兵士の半分は、ロットゥン・スカッシュやイェリサと交戦。もう半分の二十近い銃口が俺達を向いている。スレインへの攻撃が止む気配はない。
「そう、れっ!」
イェリサがとうとう、軽自動車を炎上する車に投げつけた。
ガソリンタンクは破壊されている。あっというまに炎が合わさり、さらに爆発。巻き込まれた兵士に火が燃え移る。
「うぐあああぁぁぁあっ!」
「狭山分隊長!」
狭山と呼ばれた分隊長は、炎の中で踊るようにもがき苦しむ。
暴れながら俺達の方に近づいてきた。無意識だろう。
フリスベルが杖をかかげる。俺が止める間もなかった。
『コーム・トリィ!』
シンプルな呪文と共に、兵士の足元から大人の腕で二抱えもある大木が現れる。狭山はたちまち木の幹に飲まれてしまった。
何をしているのかと思ったが、あれはガソリン火災を消すために、樹の幹で包んで酸素の供給を断ったのだ。
『ヘイブ・ヴィーゼル!』
続いて杖から放たれた魔力は、あっという間に樹を取り巻いて枯らしてしまった。崩れた木くずの中、すっかり火の消えた狭山が呻いている。俺の予想は当たったのだ。
俺達を囲む兵士さえ、何をしたのかと戸惑い、射撃を中断している。
交戦中の連中以外が見つめる中、フリスベルはスレインから飛び出した。
火傷に苦しむ狭山に駆け寄ると、杖の先に魔力をためる。
『ムース・クーレ!』
回復の操身魔法だ。あれだけの火傷を完全に治癒するのは、簡単なことではない。しかもバンギアと比べて魔力のつかみにくいアグロスで。
「う……お、前は……!」
意識を戻した狭山が、腰から9ミリ拳銃を抜く。
ユエが反応するが、フリスベルは俺達に右手をかかげて射撃を止めた。
銃声。狙いが定まらなかったか、弾丸はフリスベルの肩をかすっていた。
それでも魔法は止まらない。フリスベルは治癒を続ける。
「治りますから。ぜったい、絶対大丈夫ですから……」
狭山は銃を下ろした。自分の傷が治っていくのが分かるのだろう。
フリスベルは魔法を使い続ける。肩には血がにじみ、頬に冷や汗が浮かび、顔色が冷え込んでいく。かなりの無理をしているに違いない。恐らく、イスマで俺をかばったときみたいに意識を失うだろう。
必死に助ければ、味方として認識してもらえるだろうか。
いや、フリスベルには打算なんぞない。目の前で苦しむ人間を見逃せなかっただけなのだ。
「なんで、あそこまで」
「ああいう奴だよ。そうだろスレイン」
「ああ……」
狭山が銃を納めた。自分にふりそそぐ魔力の光をぼんやりと見つめている。
アグロス人は魔法を知らない。それはレンジャー訓練を受け、あらゆる事態に対応できる自衛軍の兵士とて同じだ。
フリスベルが何をしているのか、俺達が敵か味方かは、目にしたことを自分で判断して決めるしかない。
兵士が最も苦手なことだ。
だが、雰囲気が少し緩んだ。スレインへの砲火が下火になっている。
「もういい。痛みもなくなってきた、あなたは苦しそうに見える」
「だめです。いいから動かないで。傷跡が、残ります……」
銃口に身をさらしながらも、フリスベルは魔法をかけ終えた。戦闘服こそ燃えているが、狭山の肌には傷ひとつない。つい先ほど、火に包まれていたのが嘘に思えるほどだった。
光が途切れる。小さな体が前のめりに崩れるのを、狭山が受け止めた。
「大丈夫です……よくなりましたね……」
「なぜだ」
尋ねられても、フリスベルは微笑むだけだった。声を出すのも辛いのだろう。あれほどの重傷を魔力で強引にねじまげるのは、相当にきついのだ。
「異世界人を助けて、天秤を歪めるのはどなたでしょうねえ!」
イェリサがフリスベル達を振り向く。息を吸い込んでいる。まずいぞ、あれ以上は現象魔法が使えない。
「いい加減にしろ!」
スレインが振り向き、灰喰らいを振り下ろした。俊敏に飛びあがり、一撃を回避したイェリサ。
「おやおや、赤鱗の英雄殿、蛮行をはたらいたアグロスの人間を守るのですか」
「黙れ、これ以上関係のない者を、巻き込ませてなるか!」
同じく飛び上がり、猛然とイェリサにかかっていくスレイン。
兵士達が顔を見合わせる。あの凄まじい炎から、スレインが狭山を守ろうとしたことが伝わったのだ。
俺とユエは顔を見合わせると、持っていた銃を地面に落とした。この状況での丸腰は賭けだが、今を置いて説得のチャンスはない。
「頼む、話を聞いてくれ! 俺達は味方だ! 無駄な殺し合いはやらない!」
両手を上げて叫ぶと、フリスベルを抱えた狭山が兵士達を振りむいた。
「赤い竜及び、黒い外套の三人への攻撃を中止!」
鶴の一声だった。中隊長の号令一下、レンジャー徽章の兵士達は、まとまりを取り戻した。
中隊長の判断をいっぺんも疑わず、未確認の存在である俺達には完全に背を向け、ダンプカーで突っ込んできたロットゥン・スカッシュへの迎撃を行い始めた。
まだ完全な犠牲は十人ほど。射撃制度と練度は日ノ本で一、二を争う空挺団は、着実に勢いを盛り返し始めた。
そのうち数人は負傷者の救護と、避難の誘導に当たり始めたほどだ。俺達が銃を手放しても、ハーフ達がここまで突破してくる気配がない。
「うーん。さすがに空挺団ともなると、結構やるねー。私も銃でしか勝てないかも」
「……お前にそこまで言わせるのか」
あの紛争を戦い抜いたユエが、この評価ぶり。大したものだ。
銃火をくぐって、身を縮めた一人のドラゴンハーフが近づく。あの牙の剣、イェリサが息子と呼んだラゴウだ。
射撃姿勢の兵士を目指し、距離を詰める。
やばいと思ったそのとき、この場で最も古い銃が火を吹いた。
ファニングショットで叩き込まれた銃弾、胸と腹は尾、頭は剣でかばったラゴウは、ダンプの方へ戻っていく。
「ちぇっ、また防いじゃった。斬りかかりながら、私のこと見てたか」
ユエだった。俺の隣から消えたかと思うと、落としたSAAを拾いざま、ラゴウにファニングショットを叩き込んだのだ。
兵士達は振り返らなかったが、あの瞬間、明らかに場が凍っていた。背を向けて撃たれてはたまらないだろう。
狭山も息を呑んでいたが、俺達に向けて叫んだ。
「何をしている。銃を拾っていい、早くこちらへ来い!」
えらい剣幕で呼んでいる。P220を拾ったユエを見て、俺も慌ててショットガンを拾いに戻った。
スレインがイェリサを止めてくれている。ロットゥン・スカッシュの第一波もなんとか防げた。二手目は、こちらの勝ちになりそうだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます