25握り合う手
スレインとイェリサの雄叫びが空を埋める中、俺とユエは狭山の方へ駆け寄った。
「お前達、この……少女は平気なのだろうな」
自己紹介もなく、俺とユエを問い詰める狭山。年のころは三十前か。三白眼だが、鼻筋の通ったなかなかの男前だ。空挺団の中隊長として、任務中に感情を出すなんてことはご法度のはずだが、フリスベルがよほど心配なのだろう。
「あんたを助けるために、無理して魔法を使ったんだよ。しばらく休めば大丈夫だ。まだこっちの魔力の分布とか、全然分からんだろうに」
「本当か。君たちは何者だ。異界から来たのだろう」
「『断罪者』って言っても、分からないよねえ」
「異界派遣のために、編成された部隊なのか。現地の人間も特別に徴用していると聞くが」
まいったな。話が通じない。そもそもあっちの実像がどうなってるかから説明しなきゃいけないのか。したところで信じてもらえるだろうか。
というか、自衛軍の中で一、二を争う練度を誇る空挺団の中隊長がこれでは、日ノ本の情報遮断は本当に徹底している。
どうするか迷っていると、なんとも都合のいいやつががれきの間から現れた。
「おい、これは一体どういうことだ! なぜハーフ共がこちらで襲ってくる!」
爆風ですすけた顔に、ところどころ焼け焦げたスーツ。眼鏡にもひびが入っているが、この四十絡みの嫌味な面は忘れない。
日ノ本が作ったポート・ノゾミ復興庁の大臣政務官、元坂設楽だ。
「ええい、そんなことはもうどうでもいい! 狭山、政府の車両が攻撃を受けたぞ! 早くハーフ共を殺せ。防衛予算は紛争前の十倍だ。こんなときのための自衛軍だろうが!」
「元坂政務官、お言葉ですが、彼らと敵について何かご存知なのですか」
恐る恐る尋ねた狭山に対して、元坂は腕組みをして見下ろした。
「知らんのか! こいつらは断罪者だ。いまいましくも議会と法を作って、あの島の秩序を保っている。今襲ってきているのは、紛争の中で異世界とこちらの人間の間に生まれたハーフ達。断罪者に追われる島の犯罪者共だ。自分を産んだ親を恨んで殺しに来たのだ」
空挺団で精神肉体共に十分鍛えられたはずの狭山が、ぽかんとした顔をする。さすがに理解の彼方だったか。
元坂が構わずまくしたてた。
「ああ、省の方針で、現場指揮官には隠していたのか。面倒だな、いいか、お前の仲間は異界の敵との戦闘の恐怖で狂った。紛争以来、ポート・ノゾミの橋頭保に巣食い、武器密輸や誘拐、人身売買、紛争の介入をやって食いつないでいる。断罪者とは敵対関係にある。はっきり言って、こちらに来させることなど毛頭考えられん。残らず死んでくれれば、日ノ本としては名誉の戦死で楽なんだが、軍事的なプレゼンスもあるしなかなか手が切れん」
日ノ本政府になったような物言いだが、あの複雑な自衛軍について、日ノ本政府の見解は大体代弁しているだろう。
心配なのは、訓練には励み、自衛軍の兵士であることに誇りを持ってきた狭山の方だった。
「……そん、な……」
フリスベルを抱いたまま、膝を落としてしまう。鍛え抜かれた逞しい体が崩れる様といい、端正な顔立ちといい、見ていて痛ましい。
「中隊長、絶望している場合ではないだろう! 敵が来ている。指揮を執って我々を守れ! 魔法については断罪者に聞け、軍事の常識を無視することも必要になるぞ」
その通りなのだが、お前が言うなとしか思えない。
実際、ユエは銃を向けた。
「騎士くん、この人撃っていい?」
「やめろ。話がこじれるから。そのへんにしといてくれよ、元坂さん」
元坂は大きくため息を吐き、ネクタイを整えた。
「大臣政務官を付けろ。連中の攻撃は分かっているのか」
「市街地と山に別動隊が居て迫撃砲を撃ってきた。ギニョル達はそっちだ。後は、今のところダンプカーで来てるのと、スレインが止めてる竜が全部だ。連中、他の勢力と協力して、俺達を出し抜きやがったんだ」
考えてみたら、今回は俺達の油断もあった。まさかシクル・クナイブと結んで仕掛けてくるとは思わなかったのだ。ザベルが居なけりゃ、俺も子供たちも殺され、断罪者が出し抜かれてイェリサ達の思うつぼという最悪の結末もありえたのだ。
「言い訳だな。この責任はしっかり追及してやるから覚悟しておけ」
「お互い、生きてたらだろ。あんたも恨まれてるぜ」
悔し紛れの一言に、元坂はしたり顔で応じる。
「必要な犠牲だ。私は生き残りの役人をまとめて逃がす。自衛軍にはろくな伝達がされていないのだ。そもそもイメージ戦略で、マスコミの前に並べるために呼んだだけだからな」
最低最悪の警護対象は、マンションの裏手の方に回り込んでしまった。保身のために、生き残りの役人はうまいこと逃がすだろう。自衛軍の兵士に必要な情報も与えるはずだ。
警護対象についてはなんとかなりそうだ。問題は狭山だ。
「……士気に響く、どう伝えればいい」
敵の戦力も作戦目的も明確になっている。後は部隊を展開、状況に対応するだけだ。しかし、あの将軍が率いる橋頭保の自衛軍や、ヤスハラの奴が率いる報国の防人を名乗る連中とはモノが違う。国からの扱いがあまりにひどいのは納得できる。
「なんならここでフリスベル守って、敵を引き付けてもらってくれたらいいけど。私達は勝手に戦うし」
ユエはやる気だ。そういえば、あのラゴウには一度殺されかかっている。俺も遅れを取るわけにはいかないだろう。狭山達と協力関係が築けなくとも、敵対しないだけで十分だ。
「そうはいかない。日ノ本の国土と国民が攻撃されている以上、退けない。我々は、日ノ本の国民と国土のために存在する自衛軍だ。断罪者よ、協力してくれるか」
結論が出たか。俺は差し出された手を取った。
「いいぜ。いや、こっちが頼みたいくらいだ。俺は騎士。あんたと同じ日ノ本の人間だった」
「あたしはユエ・アキノ。バンギアの人間だよ。飛んでるのがスレイン、ドラゴンピープル。9ミリも7.76ミリもてき弾も効かないんだ。寝てるのはフリスベル。それでも300歳超えたローエルフの大人だからね」
ユエが一気に説明したが、狭山の主な関心は、すうすうと息を吐き出す金色の髪の少女に囚われているらしい。
「フリスベルか……」
「ぼーっとすんなよ。どうするんだ、中隊長さん」
狭山から感情が消える。全体を見渡すと、俺達に向かって命令した。
「迫撃砲は止むんだったな。ユエ、騎士、展開中の一小隊に一人ずつ付いてくれ。部下に知識を授けろ。私が保証すれば疑わない。敵の不意討ちを防いでくれ」
「まかせてよ」
「ああ」
俺もユエもダンプカーと撃ち合っている兵士の所に向かって急いだ。
銃撃も炎も止んでいないが、わずかに望みが見えるようだった。
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