26狡猾と苛烈

 狭山に従い、俺は交戦中の小隊に合流した。二隊は左右の斜め側からハーフたちのダンプカーを包囲し、互いの射線が重ならないよう撃ち掛けている。


 島の自衛軍から武器を奪ったとはいえ、ハーフたちはそれほどの錬度でもない。というか、空挺団の連中がおかしい。89式のリロードや扱いも的確、お互い、残弾の数がわかるのか、切れ目が全くない正確な射撃だ。一声も掛け合っていないというのに。どれだけ小隊訓練を重ねたらこうなるのやら。


 距離は30メートルほどで、俺がたどりつくころには、ダンプカーの荷台から攻撃してきたハーフたちは軒並み負傷して荷台に引っ込んでいた。応える銃声も散発的になっている。


 こいつら、訓練だけでこの対応力を養ったのか。

 断罪者になって二年。それなりに実戦を経験した自信はあったが、それが吹っ飛びそうだ。


「おい、状況はどうなんだ。あ、俺は丹沢騎士ってんだが」


 声をかけると、射撃を指揮していた兵士が振り向いた。


「新川陸士長です。敵があれだけなら後二分ほどで制圧できます。今、荷台にてき弾を投射する準備中です。戦闘不能に追い込めば、あなたの仲間と戦っている白い竜を残すのみでしょう」


 新川と名乗った大柄な陸士長の言うとおり、かたわらで、二人の兵士が89式にてき弾の投射装置を準備していた。敵の射撃を沈黙させ、余裕が出たのだ。


「あのダンプ、装甲が施してあるんだな」


「5.56ミリを弾き返します。重機関銃と、対物ライフルは沈黙させられ、決定打がありませんでしたが、用意はあります」


 イェリサが暴れまわったせいか。新川は少し言葉を詰まらせた。


「……妻子のある私の同期が、二人殺されました。戦術上も、やつらを生存させる意義はありません」


 まあそうだろうが、俺は断罪者だ。ハーフの連中は、イェリサの教育にたぶらかされてる部分が大きい。何より、外見の成長こそ早いが、まだ十年生きていない子供ではある。


「待ってくれよ……」


 そう俺が言いかけたとき、ダンプカーの運転席が開いた。


 少女が転がり出てきた。あの長い耳に金色の髪は、ハイエルフのハーフか。


 現象魔法を使っていたのか、銃の類は身に着けていない、バンギアで一般的な薄手のローブだけだ。

 しかも、杖を足元に投げ出している。


「助けてください、抵抗はしません!」


 両手を上げてこっちへ走ってくる。ダンプの荷台から悪魔のハーフの少年が声をかけた。


「おい、サルファ、どうしたんだ!」


「もういやだよ。こっちの自衛軍強いじゃない。まだ一人も親を取れてない。みんな殺されるだけだよ、先生もあの竜と戦ってるばっかりで守ってくれない」


 恐怖で裏切ったか。シクル・クナイブと違ってしょせん子供だ。だから殺しづらいのだが。


「ふざけるな、あいつからやれ!」


 声の主が、運転席から9ミリ拳銃を乱射する。悲鳴とともに、サルファは左足を撃たれた。

 荷台からも四人が銃を構える。


「制圧射撃!」


 新川の号令とともに、小隊が89式を乱射する。たまらず声の主も、荷台のやつらも引っ込んだ。


 息を合わせて、新川が障害物を飛び出し、サルファに駆け寄る。

 武器を捨て、負傷したサルファは、新川の大きな体にしがみついた。


 新川は軽々と少女を抱き上げると、こちらへ駆け戻る。


「それでいいぞ!」


「やったな、新川!」


「降伏した子供まで撃たなくていい!」


 制圧射撃を繰り返しながら、兵士たちが口々に新川をほめる。

 戦闘行為を貫けば敵だが、降伏したなら救出対象。


 同期を殺された恨みを呑んでも、弾丸の雨の中、身をさらして助ける。

 錬度といい、自衛軍のまともさを、集めて固めたような連中だ。


「ごめんなさい、ごめんなさい……」


 よほど恐ろしかったのか、サルファは新川の首元にすがりついて震えている。

フリスベルといい、エルフは兵士と何かある法則でもあるんだろうか。


 和んだ俺は次の瞬間、自分を呪うことになった。


 ダンプカーの窓ガラスに頭蓋骨の杖がちらつく。現れた紫色の魔力の帯がサルファを取り巻いている。


 操身魔法で姿を変えていたのか。そして、首筋にすがりつくサルファの姿勢。まさか――。


「ずいぶん熱烈だな新川。ロリコン趣味でもあるのか?」


 冷やかしながら89式を下げた兵士に向かい、新川が腰の9ミリ拳銃を抜く。


 銃声が連続する。俺のM97の散弾と、ユエのロングコルト弾は、新川とサルファをめちゃくちゃに貫いていた。


 血と弾丸にまみれた二人の死体が転がる。俺はてき弾の準備をしていた兵士二人から9ミリ拳銃を向けられた。


 残りのやつらは、ダンプカーのハーフたちに応戦している。


 見ればユエも銃を向けられていた。


「なぜ新川を撃った、異世界人!」


 鬼気迫る怒声に、俺はM97を背中に回し、手を上げて答えた。


「……あの子は、姿を変える魔法で吸血鬼がばけてたんだ。新川は首を噛まれて蝕心魔法で下僕にされたんだ。あんたらのことは忘れて敵になってた」


「ふざけるな、そんなことが」


 引き金を引こうとした男の肩を、隣の兵士が叩く。振り向いた兵士は、土嚢の影に横たわる同僚を助け起こした。


 額に穴。胸の防弾ベストに、9ミリ弾が食い込んで事切れていた。制圧されていたハーフの仕業ではない。レンジャー徽章を持つ優秀な空挺団員の新川を元にした下僕は、俺とユエの射撃と同時に主の命令を遂行してしまったのだ。


「友崎、新川の9ミリか……嘘だ、こんな……」


 誰もが逃げ出すほどの訓練で精神を鍛え上げた空挺団員が、言葉を失ってうずくまっている。確固たる絆でつながれた、部隊員の同士討ちは、それほどの衝撃だったのだ。


「俺達の油断だ。吸血鬼は人間を下僕にできるし、悪魔は姿を変える魔法を使える。フリスベルが無事なら、魔力を探知して正体が分かったんだが」


 魔力不能者のユエと、下僕半の俺では、多少魔力が見える程度。これほど狡猾な不意討ちには対応しようがない。


 犠牲が一人で済んだのが幸いか。


「信じられん。信じない。新川は、新川はどれだけ追い詰められても、敵に屈するやつじゃないんだ」


「……関係ねえんだよ。人間が精神を鍛えてどうこうじゃない。吸血鬼はそういうやつらだから」


「分かったような口を利くな!」


 乱暴に振り回した銃床を、俺はM97の腹で受けた。


「分かってもらうぜ……俺も、彼女を下僕にされちまったんだ」


「どうなったんだ」


「戦ったよ。断罪者の職務でな。殺されそうになった。ユエが、あっちの西部劇気取りが代わりに殺してくれなかったら、俺が死んでた」


 思い出すと、涙がにじみそうになる。そんな場合じゃないのに。

 外見はまだ少年の俺が、痛みをにじませたのが分かったのだろう。兵士の顔から動揺が消える。無線を取り出した。


『一小隊駒野より、中隊長』


『中隊長狭山だ』


『一小隊、二小隊に、てき弾による殲滅許可を』


『……許可する』


『了解』


 制圧射撃が続く中、駒野と名乗った自衛軍の兵士は、投射器のついた89式を拾った。が、もうひとつが空いている。友崎がやられて、制圧射撃に人手がとられたせいだ。


 駒野に目でうながされるまま、俺は89式を拾った。

 発射準備を整え、仰角を整えていると、声をかけられる。


「てき弾を使えるのか、断罪者は軍隊か何かか」


「近いのは警察だ。ああいう連中専門だけどな。使えなくてどうするってな」


 あっちではユエも射撃手になっている。制圧射撃が続く中、駒野の合図で俺達はてき弾を投射した。


 斜めに飛び上がったてき弾は、ダンプの荷台に転がり込み、爆炎とともに炸裂した。


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