27情炎

 てき弾の炸裂はすさまじいものだった。ダンプカーの荷台には武器弾薬の類もあったらしく、引火して黒煙を上げた。


 5.56ミリをはじき返すほどに強化されたダンプの荷台だ。

 頑丈な外壁は、横に広がる爆風を閉じ込める効果が表れ、中にいたハーフたちは充満する爆炎に巻き込まれてしまった。


 ユエ達の側がてき弾を放り込んだもう一台の方も、同じだ。炎の塊を背負うかのように大きく燃え盛っている。


 銃撃戦に耐えられるようカスタムしたダンプカーを用意したまではよかったが。てき弾を斜めに撃ち込まれることまでは想定していなかったのだろう。


 イェリサを筆頭に、戦闘に慣れない者達が結集したデメリットが如実に表れていた。


 一台目、二台目とも、操縦席のハーフも、空挺団の射撃の前に沈黙している。それなりにうまく立ち回っていたが、空挺団やユエの射撃精度の前には敵わなかった。


 しょせん、大人と子供の喧嘩。


 あの厄介なラゴウの気配もないらしい


 そういえば、さっきから迫撃砲が一発も着弾していない。ギニョルたち別働隊が制圧したのだろう。


 ロットゥン・スカッシュを名乗り襲撃に来たハーフ達は、もはや戦力を残していないかに思えた。


 迫撃砲による死傷者は出たかも知れないが、本隊がターゲットの下にたどりつくことはなかったのだ。


 ひるがえってみると、さっきの命を捨てた計略は、ほんとうにぎりぎりだからこそ行われたのだろう。


 新川から代わった駒野が、再び狭山に無線を送る。


『敵、沈黙しました。これより制圧に』


「待ってくれ」


 俺がさえぎると、新川は驚いて振り向いた。


「俺と、ユエに行かせてくれ。連中の仕掛けはまだあるかも知れない。これ以上島から来た奴らのせいで、日ノ本のあんたらに血を流させたくない」


 上空ではスレインとイェリサが炎を吐きながら相変わらず切り結んでいる。あのくらいには命をはるべきだろう。


 新川は答えないが、無線の先の中隊長が話を進める。


『狭山より、一小隊、二小隊、援護姿勢で待機。断罪者の二人を先行させろ』


『……一小隊、了解』


 新川のハンドサインで、残りの小隊員が再び射撃姿勢を作る。援護は信頼していいだろう。ユエの方も話がまとまったらしい。


 俺とユエはお互いに銃を構えて、二台のダンプカーに少しずつ接近していった。


 車体はひどくすすけている。てき弾の爆風と射撃された弾丸のせいだろう。


 ガソリンタンクはぎりぎり無事らしいが、こちらも焦げていつ爆発してもおかしくない。生存者が居るならはやく救出しなければ。


 とりあえずステップをたどって操縦席を覗き込む。


「うげ……」


 中では、額や胸元を貫かれたローエルフのハーフと、吸血鬼のハーフがこときれていた。見た目は子供の惨殺体だ。息があるはずもない。


 次は荷台か。まだ熱くてつかみどころがない。


 炎も破片も、ものともしないスレインがいれば頼もしいが、見上げれば相変わらずイェリサと戦っていた。


 互いに火炎を吐きかけ、切り結び、つかみあっては、建物やがれきに向かってたたきつける。ドラゴンピープルの戦いは壮絶だ。スレインが止めてくれなかったら、俺たちはとっくのとうにイェリサにつぶされるか焼き殺されている。


 俺は改めて荷台を覗き込んだ。


 八人ほどの焼け焦げた遺体が転がっていた。破片と爆風にやられたのか、髪も服も燃え尽き、一部が損壊――体格が似てるせいで、どの種族のハーフだったかも分からない。


 生存者はゼロだろうか。そのつもりで叩き込んだのだが。

 黒焦げの塊がごそと動いた。M97を構えると、炭の塊に見えたそれが、頭をもたげて立ち上がる。


「俺ら5歳にも行かねえガキだぜ……容赦ねえなあんたら」


「ラゴウ」


 尻尾をうろこのない部分に巻きつけ、しゃがみ込んで爆風をなるべく避けた。軽いやけどだけで済んだらしい。

 すすけた体だが、牙の剣を抜いた。両手足も自在に動くのか。ダメージが全くない。


 ラゴウがきっさきを俺に向ける。


「見逃せよおっさん。同胞のクソ親の顔はみんな覚えてる。切り刻んだら日ノ本のサムライみたいに腹開いて死んでやるから」


 狂気だ。俺は荷台に飛び降りた。M97に散弾を送り込む。生身の部分に当てられれば、チャンスはまだある。


「やろうってんだな。人間の力が、母ちゃんの血に勝てると思うな!」


 距離5メートル、ひと飛びに近づいてくる。顔面めがけてM97を放つ。

 黒鱗の生えた尾が、散弾を防いだ。衝撃で後ろに回る。


「学習しねえなあああああっ!」


 牙の剣が迫る。だが厄介な尾は散弾で叩き落とした。俺にだって刃はある。

 M97に備え付けられた銃剣が。


 頭に浮かぶのはクレールの動きだ。スナイパーには無駄にさえ思える流麗な剣術、あんなもの一朝一夕にはまねできない。が、しょっちゅう見てるおかげか、素早いが直線的なラゴウの動きが分かる。


 踏み込み、銃剣を突き出す。剣を突き出す相手の動作が、一瞬俺に遅れるのが分かった。


 俺たちは荷台の前後に入れ替わった。


 ぶし、と散ったのは俺の腕から噴き出た血。牙の剣は先端こそスレインの鱗を貫くほどに鋭いが、でかいアイスピックみたいなもんで、深くはえぐれなかった。


 対するラゴウは、俺のふるった銃剣の刃を脇腹に受けていた。

 鱗のない部分だった。塹壕での白兵戦用に鍛造された、肉厚でぎざぎざの銃剣でえぐられ、赤黒い血が噴き出している。


「うぐ……」


 動きも鈍かった。もしかしたらと思ったら、銃剣を受けていないはずの右脚からも血が流れている。尾でかばったのは頭や胸など大事な部分にすぎなかった。

 尾が俺の首を狙おうとして、途中で止まった。びくびくと震えて、途中から動かない。よく見れば、てき弾の破片らしいのが突き刺さり、千切れかかっているらしい。散弾を防いだのも、最後の力だったのだ。


 ありがたいのはまともな自衛軍の加勢か。


 再び距離5メートル。M97のスライドを引く。


「積みだ。断罪者、丹沢騎士の名において。ドラゴンハーフ、ラゴウ。断罪法1条殺人によりお前を断罪する。同法補足より、刑の内容は禁固刑。武器を捨てて投降しろ。さもなければ殺傷権の行使だ!」


 頼みの尾は封じられている。鱗の隙間も見える。いくら身が軽かろうと、散弾を認識してかわすことなど無理だ。それに、俺には警察署前の戦いで、ドラゴンハーフを撃ち殺した経験もある。


 ラゴウは黙ったままうつむき、歯噛みをして俺をにらみつけている。だがいい方法も思い浮かばないらしい。


 じりじりとした時間が流れる。完全にイェリサに洗脳されているなら、玉砕にかかるかもしれないが。


「スレイン、なぜ、なぜ私を……ああああああぁぁぁっ!!」


 上空から悲鳴が聞こえた。右の翼と腕を切り落とされたイェリサだった。傷口から血をまき散らし、きりもみ状に回転しながら、人工島沖に広がる海面にたたきつけられる。


 巨大なしぶきと、あぶく。上がってはこない。灰喰らいをかついだスレインが、荷台のダンプカーの中心に降り立った。


「騎士、ユエ、アグロスの人間たちよ、手間を取らせた」


 決着か。イェリサとスレイン、両方とも規格外の身体能力と頑強さをほこるドラゴンピープルだった。が、ただの女と歴戦の戦士ではこの結果は明らかだった。


「……くそがっ。命だけは、保障してくれんだろうな」


 ラゴウが足元に剣を落とした。俺はショットガンを構えながら近づき、剣を遠くへ弾き飛ばした。吸血苔は燃えちまって効果がないらしいが、直接触るのは恐ろしい。


 距離を取り、銃口を上げる。


「剣を捨てた奴に殺傷権の行使はしねえ。大人しくしてろ。スレイン、拘束を頼むぜ」


「ああ……」


 スレインは自衛軍の車両の残骸から、けん引用のワイヤーロープを引きずり出した。むごいようだが、ただの手錠や鎖じゃドラゴンハーフは拘束できない。


 両腕ごとラゴウの胴体に巻きつけていくスレイン。ラゴウは海の方を見つめてつぶやいた。


「母ちゃんも死んじまったか。復讐もできねえ腰ぬけのくせに強いんだから始末が悪い。俺やゼイラムを産ませた罪を問うのが、赤鱗の天秤じゃねえのかよ」


 母ちゃんってのは、やっぱりイェリサのことか。こいつはあのゼイラムの兄弟なのだろう。イェリサは実の息子の片割れをまともに、もう片方を復讐の鬼に育てたのだ。


 スレインは黙っていた。朱里やドロテアのことを考えているのだろうか。

 それがラゴウの癪に障ったらしい。


「おい何とか言えよ! てめえやてめえの汚え家族の首だって、俺は引きちぎってやるつもりだったのを母ちゃんが止めたんだ!」


 ワイヤーから抜け、剣も拾わず飛びかかっていくラゴウ。

 だがスレインの口には火球が溜まっている。ラゴウは吐き出された業火に突っ込む形になった。


「うぐあああああっ、ち、ちくしょう、う……」


 鱗のない肌にひどいやけどを負い、ラゴウの抵抗は完全に封じられた。


「……すまぬ、すまぬ。それがしは、法を守ることしかできない」


 ワイヤーを握り直すスレインの手が、わずかに震えていた。


 俺には何も言えなかった。


「終わったんだね、騎士くん、スレイン」


 ユエがダンプカーを降りてこちらに来る。スレインを伝って覗き込んだ。


「そっちはどうだったんだ」


 眉をひそめるユエ。紛争の経験で俺より慣れているとはいえ、むごいものを見たのだろう。


「あれだけのてき弾を受けたんだ。撃たれただけの子も操縦席に居たけど、血を流し過ぎてもう死んでた」


『こちらもじゃ。誰も生きようとせんかった。9ミリ弾でお互いを撃ち抜いてこと切れおったわ』


 スレインの肩に停まったカラスからだった。


「ギニョルか」


『状況は見ておる。死に物狂いでかかってはきたが、やはり未熟、わしらに敵いはせんかった』


 たとえシクル・クナイブと協調したとしても。当初の予定通り、訓練を受けた大人たちには敵わなかったのだ。関係ない人間を巻き込んで殺したとはいえ、5歳そこそこでこんな悲惨な死を迎えるとは。


「ギニョル、せめて、イェリサを引き上げてやりたい。ハーフたちも、亡骸はバンギアに、われらの故郷に」


「そんな感傷が通ると思うな」


 スレインの言葉をさえぎったのは、元坂の冷たい声だった。


 囲んでいるのは、さっき一緒に戦った空挺部隊員たちだ。全員表情からためらいを消して銃を向けている。


 9ミリ拳銃、89式自動小銃、対物ライフル、そしててき弾銃。

 俺たちに対抗できる術などなかった。


「中隊長さん、あんたそれでいいのか?」


 呼びかけてはみたが、駄目だろうなとは思った。

 優れた兵士は命令を遂行するために居る。説得なんて概念はない。


「中隊長、名残惜しいだろうが、そのローエルフは返せ。欲しければ後でくれてやる」


 気絶したフリスベルを、兵士がたんかに乗せてこちらに運んでくる。陸士長の新川だった。


 サイレンの音が聞こえる。消防車と、今頃になってきた警察だな。


「我が国をコケにして、どうなるか見ていろ、異世界の野蛮人どもが」


 元坂の顔は憎悪に歪んでいた。


 俺にもユエにも、スレインにも抵抗の術はなかった。


 いくらグレーな手段で越境はできても。断罪者は基本的にこちらでの活動を許されない。


 俺たちは、バンギアの全てと比べて圧倒的な超大国、日ノ本との暗黙の取り決めを破ってしまったのだ。

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