28海を割る白竜

 消防車は六台。救急車は八台。パトカーは七台に、特殊急襲部隊を乗っけた、箱みたいな青と白の車両も居た。


 つまり俺達に向けられる銃口も増えるということだ。自衛軍が使う89式と対物ライフルと9ミリ拳銃の三種から、警察の使う38ACPを発射するリボルバーS&WM37と、9ミリルガーを連射するMP5A5が加わった五種類となる。


 絵面的には、陸戦自衛軍の陸士および空挺団、一般の警察官、警察の身分である特殊急襲部隊という、日ノ本に合法的に存在するあらゆる武装した権力から銃を突きつけられていることになる。


 一応守りに来たというのに、よくまあ、ここまで嫌われたものだ。


「警官隊、自衛軍、こいつらを制圧確保しろ!」


 元坂の叫びに、警官隊を率いる背広の警察官と、空挺団の中隊長が命令を下す。


「確保!」


 俺は警官隊に押さえ込まれ、あっという間にショットガンを奪われ、組み伏せられた。両手に手錠、足はどうやら結束バンドか何かでくくられちまった。


「日ノ本の裏切り者、お前など犠牲者でもなんでもない!」


 抵抗の意思もないのに、5発ほど殴りつけられる。憂さ晴らしはよそでやりやがれ。


 ガンベルトがはずされ、コートも剥がれる。断罪者の誇りが剥奪されていくようで、自然と歯を食いしばる。


「制圧!」


 寒気のする銃の腕を持つユエに向かったのは、自衛軍のやつらだった。こちらは女性の兵士がボディチェックし、銃と弾薬を取り上げると、ワイヤーで厳重に拘束しちまった。


「こんな痛みじゃ、あなたが殺した同胞にも届かないでしょう!」


 女の兵士は、地面に抑えたユエめがけて、89式の銃床をひどく振り下ろす。


「よせ、やめろっ! うげっ」


 叫んだ瞬間、警棒が降ってきやがる。確かに紛争で日ノ本には犠牲が出た。駆けつけた警察官も消防士も、出撃した自衛軍も散々犠牲になった。


 だがこいつら、島の奴なら誰でもいいのか。


 頼みのスレインは、いぜんとして銃を突きつけられている。


 ドラゴンピープルとて、12.7ミリもの口径を誇る対物ライフルの連射を頭部に食らえば、命を脅かされるだろう。


「……騎士、ユエ、すまぬ。もう、それがしは」


 いや、銃口なしでも、スレイン自身に覇気がない。灰喰らいも取り落としていた。


 ちらりと視線をくれた先は、てき弾と俺の銃剣による負傷、それにスレインの火で気絶したラゴウ。そして、イェリサが沈んだ海の方角。


 朱里を通じて人を愛することを知ったスレインは、その辛さに苛まれている。


 スレインがそばに居れば、イェリサはラゴウやハーフたちを扇動することもなかったのかも知れない。天秤を守り、頼ってきた朱里を愛してしまったことの報いか。


 俺もユエも散々に痛めつけられたところで、ようやく引きずりあげられた。


 目元が腫れ、ぼやけた視界の中に、スレインを拘束するためのトレーラーとクレーンがやってくるのが分かった。


「竜人、そのトレーラーに仰向けに寝転がれ。頭を吹っ飛ばされたくなかったらな」


 中隊長にうながされるまま、スレインはトレーラーの荷台に寝そべる。クレーンが鉄骨をその上に乗せ、さらに両手足と胴体を、俺の胴ほどもある強そうなワイヤーが何重にも取り巻いた。


 あれだけの重量に加えて、ここまでの激しい拘束、魔法がないとはいえスレインの力でも身動きは取れないに違いない。押しつぶされて死んでも構わないのか。あいつを入れておく監獄も日ノ本にはないだろうな。


 俺もユエも一言も口を利くことなく、べつべつの護送車に引きずられる。ラゴウも鎖で拘束され、べつの護送車に引きずられていた。


 唯一フリスベルだけが、担架のままバンタイプのパトカーに乗せられるらしい。


 そういえば、さっきから警官隊が俺たち以外にも、たかっている。


「ちょっとなにをするんですか! それはうちのスタッフが命がけで……」


 ディレクターらしい男の声は、警棒の一撃で終わった。


 痛む頬に手を当てながら、信じられないような顔で、カメラと録音機材を一方的に奪われているカメラマン。警察に捕まっているのは、生き残った報道関係者だ。車も押収、乱暴に身体検査をされてあらゆる機材を奪い取られていた。反抗したものの手には、容赦なく手錠がかけられていく。


 あれほどの事態に怯まず、命を張って記録しようとしていた奴らだというのに。報道の自由もクソもないな。


 元坂は満足げにそのさまを見守りながら、ほくそ笑んでいる。


「異世界の蛮人どもが。今日の事態を引き起こしたのはお前たちだ。わが国はわが国の力で事態を収拾した。わが政府はテロと勇敢に戦ったのだ。首相もほめてくださるだろう。復興庁などという、閑職もおさらばだな……」


 ロットゥン・スカッシュの襲撃にかかる、今回の事態を、生き残った断罪者のせいにするつもりか。それでてめえは出世しようってのか。


 俺は改めてあたりを見回す。炎上した車は十数台、弾痕だらけ、遺体やその残骸もぱっと見て二十近い。事件現場というより戦場だ。


 どれほどの殺人、どれほどの傷害、どれほどの器物損壊。こんなもんの罪を着せられちまったら、俺たち全員死刑は免れない。


 島にはまだ、GSUMがある。シクル・クナイブの連中もいる。将軍と血煙が混ざったおぞましい自衛軍だって――。


 断罪者が居なくなっちまったら、誰がテーブルズの法を守らせるってんだ。


「お前らそれで」


「黙れ!」


 元坂に叫ぼうとした俺は再び警官に殴られた。今度はさるぐつわもはめられる。こんな逮捕も日ノ本じゃ認められなかったはずだが。


 日ノ本の死刑は、絞首刑。裁判は長いのが通例だが、国が死刑と決めた以上は、どんな弁護士がつこうと、数ヶ月で全員終わりだろう。


 なりそこないになったドマを送り込み、大量殺人を犯そうとしたマロホシが島に帰されて。日ノ本を守りにきた俺たちが、死刑か。


 ぞろぞろとこちらに出てくるのは、マンションに住まわされていた日ノ本の人間たちらしい。負傷して担架の者、額や足に包帯を巻いた者、すすけながらも無傷の者が老若男女、バランスよく二十人ほど。


 三十過ぎや二十台半ばくらいのが、ハーフたちの親だろうな。女だけじゃなく男も居る。比率は半々くらいか。


 心配そうな表情をして、口々に話し合いながら、拘束された俺たちや、乱暴に片付けられるハーフたちの遺体を見守っていた。


 不安を感じ取ったのだろうか。元坂がその前に歩み出た。


「避難民の皆さん、もう安心です。私たちを脅かすおぞましい連中は、異世界人とつぶしあいをして、死にました。そこらに転がってる穴とやけどだらけの骸をごらんください。わが国があの島を制圧すれば、あなたがたの病気も治るでしょう。われら政府は全力でその日を目指します」


 病気が治るってのは、でっち上げを止めるって意味だな。未知の伝染病ってのは日ノ本のねつ造だ。


「どうかご安心なさってください。異世界人のテロリストを、わが国の勇敢な自衛軍や警察官が制圧した。先ほど起こった事態は、それだけですね?」


 最後をどすの利いた声で付け加え、勝ち誇ったように微笑む元坂。


 避難民たちはお互いを見つめあい、やがてそれぞれ微妙な表情でうなずき合う。事態を見ていた者も居るだろうに。


 くさいものにはふたって奴だ。それに、殴られるのも、警官に取り囲まれるのも普通の人間は嫌がる。誰も彼も、巻き込まれただけの普通の人間なのだ。


 いつか、三呂を出るとき感じたのと同じ。


 ハーフがテロを起こそうとも、断罪者が命がけで戦おうとも。


 一億二千万の人口を抱える、この国の日常は揺るがない。


 俺達には、どうすることもできないのだろうか。


「……おい、早く乗れよ」


 一緒に元坂の演説と両親たちを見守っていた警官が、背中を小突いた。俺もこれ以上殴られたくない。大人しく歩き出そうとしたそのときだ。


 話し声や、機械の駆動音に混じって、ぼこぼこと泡立つ音が聞こえた。ふいと気づいて顔を上げると、どうやら俺を殴った警官も聞いたらしい。


 ごぼ、ごぼ、音は大きくなっている。警官隊も自衛軍も銃の方向は変えないが、意識はしているようだ。マンションの連中は露骨にざわついている。一体なんの音だろう。水が湧き上がるような音、このへんの水といえば、海――。


 ざあん、とマンション前の水面が破砕された。


 海水が流れとなって巨体を洗う。人語を話すことが信じられぬような巨大な腕が、全身を引きずり上げる。真っ赤な目をらんらんと輝かせた竜の怪物、スレインにやられたはずのイェリサが海を割って現れた。


「天秤を正します、正すのです……わが子たちのために」


 俺達にもスレインにも、目もくれない。

 ひっとうめいた元坂と、動揺する群集に向かって、狂気の白竜が一歩を歩みだそうとしていた。

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