22揺れ動く天秤


 スレインがバスの側面トランクをこじ開けた。中から木箱をつかみ出すと、路上に置く。断罪者に議員たち、日ノ本の特殊急襲部隊も殺到し、中身を次々に取り出していった。


 AK47、M1ガーランド、M1897、シグザウアーP220、コルベスト・ポケット、MP5A、グロック17、SPAS12。この日ノ本で存在が許されないはずの小銃にピストル、ショットガン。


 事態がヤバすぎて、もはや携帯電話で撮影することすらできていない一般市民たちの眼前に次々と銃器が現れる。引き裂かれたパッケージからは、実弾が滞りなく供給されていく。


 スレインがさらにもう一つ箱を取り出した、蓋を外すとボディアーマーにバンギア人用の剣、魔術師用の杖も出て来る。


 もちろん、俺達断罪者のマントやコートもだ。真っ先にポンチョをはおったユエが、つかみ出したコートを俺に向かって投げ渡してくれた。


「騎士くん!」


「持ってきてくれたのか、俺のコート」


「シクル・クナイブが相手でも、必ず戻ると思ってたもん。恐かったけど……」


「……ありがとよ」 


 テンガロンハットを押し込むように、乱暴に頭をなでる。


「えへへ。良かった本当に、後悔するところだったよ」


 帽子を上げて、にこにことするユエ。愛らしいが、今は急ぐべきだ。


「いや、今は」


 注意しようかと思ったが、ホルスターには回転弾倉がロングコルト弾で一杯になったシングル・アクション・アーミーと、シグザウアーが収まっている。ガンベルトにも弾薬は満タン、シグザウアーの替えマガジンも装備していた。


「はい、M97のガンベルト。スラッグ弾も込めといたよ。何?」


「……ああ」


 俺の方が遅い。そりゃそうか、ユエは十代を紛争の最中に過ごしている。

 黙って装備を受け取った。


「騎士さん、早く!」


 もうスレインの背中に乗っているフリスベルにうながされ、俺とユエも尻尾を駆け上った。鱗のおかげで登りやすい。


 スレインは右肩に戦斧の”灰喰らい”をかつぎ、左手で銃器と弾薬入りの木箱を抱えている。一トンを超えようという重量にもかかわらず、強く羽ばたくと俺達ごと空中に浮かび上がる。


 強烈な羽ばたきが路面の砂を弾き飛ばし、ドライバーたちからは悲鳴が上がった。


 姿勢を回してアイランド・サンロを目指そうかというまさにそのとき、つんざくようなサイレンに続いて、バスの前方と後方にパトカーの群れが現れた。


 覆面と白黒、両方だ。県警本部まで十キロも離れていない。俺が事前連絡もなく検閲所を破ったせいでもある。


 ドライバーたちがパニックを起こしながら、警官隊の方に飛び込んでいく。俺達の登場は前代未聞のテロ行為なのだから当然だ。


「ギニョル」


 振り向くスレインに向かい、お嬢さんはサイレンにも負けない声で叫んだ。


「構うでない! お前達は行け!」


 スレインの翼が羽ばたき、俺達は高架下を抜け、くすんだ青空の下へと飛び出した。背後では銃声が聞こえる。素人の警官隊が、恐怖から発砲しやがったのか。


「ギニョルさんたちは、大丈夫ですよね」


 俺もユエもスレインも無言で返した。フリスベルもひとりでうなずき、持ってきた種の袋を確認している。言ってみただけだったらしい。



 高架下を抜けると、倉庫の建ち並ぶふ頭を抜け、巨大な三呂港の海上へ出る。


 東へ向かうと、数百メートル先の上空。同じように空を行く白い巨体が見えた。

 まだアイランド・サンロに何かできる状態じゃないが。


「イェリサ、本当に……」


 スレインの声には、複雑なものがにじんでいる。

 俺にとってのフィクスこと流煌、ユエにとってのヴィレ、あるいはガドゥにとってのギーマ。


 身内の断罪は辛いものだが、今までひとつの断罪事件も確認していなかったドラゴンピープルだからこそ、格別なものがあるのだろう。


「スレイン。らしくないぜ。おまえじゃなきゃ止められねえぞ」


「分かっている……ユエ、それがしの左腕に、RPGがある。使えるか」


「ちょっと待って……」


 ユエはスレインの腕を伝って、火器を満載した木箱の中に手を突っ込んだ。引き出したのは、RPGと弾頭部分だ。


 俺とフリスベルの乗る背中に戻ると、弾頭のセットと発射準備を行う。バックファイアを警戒して、俺もフリスベルもぎりぎりまで離れた。


 安定しているとは言い難い背中。ユエは片膝をついて、前方を行くイェリサに狙いを定めた。


「……断罪文言を拒んだ瞬間、撃ち落とせる。スレイン、容赦しなくていいんだね?」


「ああ……」


 こちらを振り向かず、スピードを上げるスレイン。他人の苦しみを傍で見守るのも、なかなか辛いものだ。

 イェリサは女のドラゴンピープル、対してスレインは男であり、歴戦の勇士でもある。体長もでかいうえに、体力もあるらしい。距離は見る見る近づいていく。


 数百メートル開いた距離が、いよいよ百メートル近くに縮まる。真下に人工島、アイランド・サンロを見下ろす所で、とうとうスレインがイェリサに向かって叫んだ。


「人間達に何をするつもりだ! それ以上行くことは許さん!」


 聞こえたらしい。時間が惜しいこの状況で、イェリサは空中で静止、なんとこちらを振り返った。


「……おや、スレイン様。断罪者はさすがですわね、自分たちの立場がどうなろうと、こんな異界の者達を守りに現れるのだから」


 距離は百メートル足らず。警察署に来たのと同じ鷹揚な態度で、こちらを見つめている。


 スレインには劣るが、4メートルを超える巨体。真っ白い鱗に、なだらかな身体、気持ち膨らんだ胸元が、女であることを主張している気もする。今から人工島に降り立ち、ハーフの親達を殺戮しようとしているとは思えない。


 そういう凶悪な竜はどちらかと問われれば、聞かれた者は真っ赤な鱗に荒々しい形相をしたスレインの方を選ぶはずなのだが。


「イェリサ、なぜだ」


「なぜとおっしゃいますか」


 くすくすと微笑み、イェリサは牙の生えそろった口を開けた。


「なぜ、とおっしゃいますか! 正当な婚約者であった私を捨てて、あんな異界の弱い人間に惑わされたあなたが! 私を辱めた者達を八つ裂きにもせず、あまつさえ、天秤の歪んだ島で法などという不確かな天秤のために生きているあなたが!」


 フリスベルがひっと呻いた。ユエが眉間にしわを寄せる。俺も腹の底が冷えた。

 女だとか男だとか関係ない、竜の怒りは、あらゆる生物にとっての脅威だ。


「おかげで、私を辱めた者達は、自分で見つけて殺さなければなりませんでしたわ。手足の骨をへし折り、頭を潰してこの腹に飲み込んでやりましたとも。こちらへ来るとき、あの子たちと襲撃した軍地基地でね」


 滑らかな腹をさするイェリサ。紛争中、辱められた相手とはいえ、ドラゴンピープルが人間を食らったのか。というか、自衛軍からの火器強奪に、こいつも絡んでたってのか。


「ハーフも、歪んだその根元も、全て消えればいいのです。それが幸福、あるべき姿が本当の天秤ですわ。スレイン様、赤鱗の英雄として、私の願いを叶えてくださいませんか。私を捨てた罪滅ぼしをなさってください」


 協力しろだと、正気で言ってるのか。

 スレインが目を閉じた。背中を通じて、その巨体が静かに震えているのが分かる。


「警察署前で、自衛軍を襲撃したのはお前の差し金か?」


「腐ったカボチャに、命の正しい使い方を教えた。それだけのことですわ」


 自白、か。少なくない死傷者を出したあの事件で、イェリサはハーフ達を主導した。


 スレインがかっと目を見開く。


「断罪者、スレインの名において! ドラゴンピープル、イェリサ。断罪法1条殺人によりお前を断罪する! 罪状は禁固刑だ、こちらに投降しろ!」


「あはははっ、誰がそんな!」


 悪びれもせず拒絶したイェリサ。ユエがRPGを構えた、その瞬間。


 どう、という音が北の方角から聞こえた。

 数百メートル下方、アイランド・サンロの中心部で爆炎が上がる。

 悲鳴がここまで聞こえた。


「山の上だ。迫撃砲だよ」


 ユエに言われ、三呂の北に広がる山を望む。どこから撃ってきたか分からなかったが、すぐに中腹で砲火が上がった。


 ギニョルの読みが当たったのだ。ロットゥン・スカッシュの襲撃が始まった。


「ついていらっしゃい。この異界で私達の天秤を試してみましょう!」


 真下に降下していくイェリサ。にくいことに旋回をかけている。


 ユエがRPGを向けたが、とらえきれなかったらしい。銃とは扱いが違うのだろうか。


「……だめだ、かわされたら下の島に当たるよ」


 ぶっ放した銃火器で日ノ本の人間に死傷者が出たら、いよいよただのテロリストになっちまう。そういうわけか。イェリサは、下の人間を盾に取ったともいえる。


 人工島の北部、三呂市の本土と人工島を結ぶ道路に、ダンプカーが疾走している。銃声も聞こえ始めた。


「降りるぞ、やるしかない」


 迫撃砲火の下、ロットゥン・スカッシュと決着をつけることになりそうだ。


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