8嵐の牙
冷たい銃口を突き付けられる感触ってのは、どうも慣れない。
AKが吐き出すのは7.62ミリの弾頭だったか。たった一発で俺の腹を貫通し内臓と肉を引き裂いて地獄の苦しみを与えた後に、死まで突き落とすだろう。
ゴブリンはにやにやと笑いながら、俺を見上げる。
「丸腰で来たなあ、断罪者さん。自衛軍が消えて油断したってか?」
「そういうわけでもないんだがな」
ゴブリンはスーツ姿。あのギーマと同じで左の耳が欠けている。左ほほにもえぐれたような傷跡がある凄惨な容貌だ。
ギーマが死んだときの抗争で、バルゴ・ブルヌスで暴れるゴブリンはほとんど断罪したはずだったんだが。
「ほいよっ!」
掛け声とともに、胸元に鋭い痛みが走る。カッターシャツがぱっくりと切れ、見る見るうちに胸元が血に染まった。
ゴブリンは左手にバタフライナイフを握っていた。いつの間に取り出した。ガドゥと同じナイフが得意な奴だ。頸動脈を切り裂くこともできたか。
鼻先に砕けるような痛み。血が口の中に入ってきやがる。ナイフの柄で殴られたらしい。まったく見えないくらい早い。
痛みに思わずうずくまる。腹の銃口は引いたが、代わりに背中に二つ銃が突き付けられている。横目で見つめると、もう一人ゴブリンと、ローエルフらしいのが俺の背中で店の扉を閉めた。
頭を踏んづけられる。床が目の前に迫り、折れた鼻を圧迫する。
うめき声がもれると、ゴブリンの機嫌は良くなる。
「ひっははは! まずは小手調べだ、断罪者さん。ギーマのあにいと、兄弟たちをぶっ殺してくれた礼だよ。天国みたいなあの通りを、くっだらなくしてくれやがって!」
二度、三度と踏まれる。唇が切れ、歯が欠けたらしい。こいつバルゴ・ブルヌスの残党らしいな。ホープレス・ストリートが断罪者の巡回を受け入れたことなら泣きついたのはそっちなんだが。
「心配すんな、お前は生かして連れて帰ってやるよ。それからあのSAAの女も気絶させて、お前の前でブチ犯してやる。ぶっ裂いて腹の中の赤ん坊も見せてやるぜ。ああ、楽しみだなぁ、ええ、はははっ!」
罵倒と共に踏まれ、蹴られる。
あちこち切った俺の顔は、きっと赤いボールみたいだろう。
元バルゴ・ブルヌス。じゃあ、それらしく命を散らせてやろう。
部屋の敵は三人。全員魔力感知に引っかかっていないのだろう。どうすり抜けたかは後で考えるとして、恐らく工房にも敵は居るはずだ。
「おい、やったぜ! 丸腰の断罪者を捕まえたぞ!」
カウンター越しに工房の方へ叫ぶゴブリン。やはり朱里とドロテアを拘束した奴らが工房に居る。
俺がまだ抵抗しないと踏んでいるのか。さらに腹と胸を蹴り上げてきた。
痛みでうずくまるふりをしながら、懐の手鏡を取り出す。店の電灯はちょうど真上。反射させるのは奥の窓だ。
合図を送れば工房に奇襲がかかり、それでゴブリンは動揺して倒せる。
問題は背中の二つの銃口。一言もしゃべってないローエルフとゴブリンだ。
おそらく下僕にされている。命令に従って淡々と俺を撃ち殺す。背中の感触からしてグロックあたりだろうか。
こいつらを封じるには協力が要る。
「や、やめてください、乱暴なことは……」
ゼイラムが俺の脇から覗き込む。こいつだってドラゴンハーフ。あのイェリサの息子で、凶悪なラゴウとは血を分けた兄弟だ。
信頼するしかない。覗き込んでくる虫も殺せないような顔に声を潜めて一言。
「後ろの二人はお前がやれ」
目を見開いたゼイラム。青い瞳の真ん中は縦にわれたトカゲのもの。ドラゴンピープルの血を引く者の証。
体をよけて手鏡で電灯を反射する。奥の窓の向こうへ確かに光が向かう。
瞬間、工房のガラスが割れる。続けて銃声。
「な、なんだ……!」
ゴブリンが思わず振り向く。立ち上がってAKをつかんだ。
「て、てめえ放せ……」
奪われまいと引っ張ってくる。そこで逆らわずに押し付ける。銃床が鼻面を打つ。二人分の力が働いた重い打撃だ。
鼻と歯を砕いた感触。力が抜けたのを見計らい、手首を打ってバタフライナイフをはじき落とす。
AKを引き抜くように奪うと横に振りかぶる。側頭部を銃床で打ち抜いた。小さな体がショウケースに突っ込み、ガラスで血まみれになる。
呆然とこちらを見つめる顔めがけて、装填済みのAKを突き付ける。
「おい饗宴やるか? 火薬が多いからいい感じに吹っ飛べるぜ」
はとわの中間の音を口から漏らして、必死に首を振るゴブリン。涙まで浮かべてやがる。
裂けたスーツの下にも、血の饗宴の入れ墨は見当たらない。
しょせん三流の悪党、死んでいったギーマとその部下には遠く及ばなかった。
俺は一発も撃たれていなかった。振り向くとゼイラムの奮闘具合が確認できた。
四つんばいになり、ローエルフの首元に噛みついている。青い鱗で覆われた尾はゴブリンの首に巻き付き、締め上げて吊るし上げていた。
二人の銃は床に転がっている。俺を撃てという命令に集中したせいで、ゼイラムの動きに気付かなかったのだろう。
血でぬれた唇をローエルフの首からはなし、ゼイラムがこっちを見上げる。
「ドロテアさんたちは、大丈夫でしょうか?」
「平気だろ。ほら」
工房から戻ってきたのはドロテアと朱里だった。二人とも服も乱れていないし、怪我をした様子も見えない。
ドロテアはゼイラムを見るなり駆け寄ってしゃがみこむ。ワイヤーを取り出すと、ぐったりしたローエルフの手足を拘束した。手慣れてるな。
「これでよし。ゼイラム、お前無茶しやがったな」
「無事だったんですね。騎士さんのおかげですよ。隙を作ってくれました」
「二人倒したのはお前だ。大したもんだったぜ」
いくら気が弱いといっても、ドラゴンハーフなのだ。同じ種族のドロテアは、あの“灰喰らい”を持ち上げて振るう。大人の男でも赤子の手をひねるように倒せるのだから、ローエルフやゴブリンのような小柄な種族が格闘で勝てるはずがない。
ギニョルとユエも戻ってくる。両手を撃たれたハイエルフと吸血鬼が、魔錠とハイエースに積んだ拘束用のひもで拘束されている。
「終わったな。騎士、どうしたその顔は」
「ああ、ちょっとな。そこのゴブリンにやられたぜ」
ショウケースで血まみれになってるやつだ。鼻は折れたし、歯も欠けている。ユエが俺を見て気づかわしげに頬を触る。
「ひどいよ……ギニョル、早く治してあげて」
「いいだろう。騎士、動くでないぞ」
回復の操身魔法で、鼻と口と胸元の傷はあっという間にふさがってしまった。切り裂かれて血にまみれたカッターシャツはがそのままだから、見た目はあまり治った気がしない。
「助かったわ。レモラとギグズは得意先だったから、まさか下僕にされていたとは思わなくて」
朱里が見つめるのは、ゼイラムにやられたローエルフとゴブリンだ。GSUMはここを襲うためだけに、二人を下僕にしやがったらしい。
「お前たち三人がキズアトかマロホシの部下というわけじゃな。そこのゴブリンもか。GSUMは相当焦っているらしいな」
ハイエルフの男と吸血鬼の女は一言も口を利かない。目に生気がないわけでもないから正気でここを襲ったのだ。
「ギニョル、今聞いてもしゃべるわけねえよ。クレールが戻ってくるまで留置場に放り込んどこうぜ。どうせ不正発砲と魔法の不正行使だ」
マロホシとキズアトが焦っているなら、記憶の中に思わぬ手掛かりを残していないとも限らない。今回連中は攻勢に出ているようで、実のところ断罪を防ぐ守勢になっている。
「それもそっか、じゃとっととやっちゃおう」
「うぐっ」
ショウケースから引きずり出され、ユエに縄を打たれるゴブリン。俺をぼこぼこにしたせいで撃たれた方がましな状態になった。ユエを辱めるうんぬんのことは黙っておいてやるか。この場で撃ち殺されかねない。
全員を捕らえてハイエースに放り込み、朱里達には後日事情聴取を行うことにして、ガンショップを出発しようとしたところで、俺の背中に何かが這い上がってきた。
ぺたぺたとした感触とぬるついた冷たい体。拳ほどもあるアマガエルがじっと見つめている。
「おうわぁっ!」
悲鳴を上げて振り払う。蛇やカエルはどうも苦手だ。これ以上でかいムカデとかトンボは平気なんだがな。
「騎士、どうした? これはトロックの使い魔じゃな」
トロックはテーブルズにおける悪魔の副代表だ。ギニョルに代わってテーブルズの議決に参加することが多い。
「ぴょんぴょんしながら来たんだね。かわいい……」
ユエがしゃがんで見つめている。相変わらず降り続ける雨の中、かえるは水かき
のある手をついて水たまりにうずくまっている。
その眼が光り、長い口が開かれた。
『ギニョル様、ようやく連絡が付きました。雨のせいで鳥やこうもりが使えなくて』
よほど緊急のことなのだろうか。
『ポート・ノゾミとゲーツタウンの航路で大嵐が起きている様なのです。くじら船との連絡が付きません』
俺もギニョルもユエも思わず顔を見合わせた。
雨と風はまだ収まっていない。この島だけかと思ったが、ここから続くゲーツタウンの航路まで続いてやがるのか。
GSUMでなく天候が牙を剥くとは。俺たちはすぐにハイエースを発進させた。
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