7雨音と共に
GSUMのやり口として、俺たち断罪者にとって親しい者を脅かし、断罪を逃れるということが考えられる。
例えばスレインを欠いた朱里のガンショップはよい標的だろうし、俺が懇意にしているザベルの店とその子供たちもそうだ。
フリスベルの恋人である狭山は元空てい部隊員で戦闘能力が高いが、今は一労働者に過ぎない。勘や戦闘能力こそ鈍っていないだろうが、魔力不能者でバンギアに来て日が浅いから、魔法で欺かれることはありうる。
ニヴィアノ達改心したダークエルフが狙われることだって考えられる。クレールがチャームで守ったリナリアもだ。
ほかにもテーブルズの議員代表には弱点が数え切れない。山本なんかが典型で、あいつは自分の性的奔放が原因で作った愛人や血のつながった子供たちをどういうわけだか心の底から愛している。そのうち数人をさらうことなどGSUMにかかれば朝飯前だろう。
マヤが面倒を見ている旧崖の上の王国の民は。
ギニョルやクレールのよく知る悪魔や吸血鬼の貴族たちは。
ワジグルが守ろうとしているエルフ達は。
断罪に挑むテーブルズと断罪者の大切な存在について、考えると際限がない。
GSUMは不気味なほど静かだが、あちこちに触手を伸ばしているのは確実なのだ。マロホシとキズアトはその根元で全てを操っている。自分たちの身を守るためには、なんだってやる。
すでに議員代表の部下たちが警告に回り、戦闘経験のある者は警護にもついている。俺たち断罪者も被害を受けそうな者達の下を巡回しなければならない。
今夜もそうで、くじら船がバンギアの大陸側、ゲーツタウンに着くまでは五時間ほどある。そこから先は、旧崖の上の王国の者達が護衛を引き受け、フリスベルもクレールもギニョルもドラゴンピープルと共にこちらに戻ってくるが、いくら早くても到着は明朝。相手はそれまでに動く可能性が高い。
合流して準備を整えたら仕掛けることになる。まずは病院から動かないマロホシから断罪することになるだろう。
マーケット・ノゾミを出たあたりで、小さな雨粒がハイエースのフロントガラスに当たった。
水滴の数はみるみる増えて、やがてワイパーが必要なほどの雨になった。
「珍しいね、こんなに降ってくるの」
ポート・ノゾミが転移してきた辺りは、地球でいうと地中海性気候のような乾燥した晴れ間が多いはずなのに。
風も出ている。車内は雨粒の当たる音に包まれ、信号で停車するとわずかに車体がかしぐほどだ。
「面倒じゃな。使い魔が動かぬ」
魔力で目を紫に光らせながら、ギニョルがつぶやいた。
「カエルや小さい虫とか居ねえのかよ」
「おるが動きが遅いし視界も狭い。一番便利なねずみやふくろうあたりは、通信にしか使えん。一応、ほかの巡回の者達に異常はないのじゃが、これではノイキンドゥの動きも探れないな」
嫌な雨だ。まるでGSUMの有利を作っているかのような。
「なんか、向こうに都合がいい天気だよね。魔法とかで雨を操ってるんじゃないの。あ、これ不正使用でいける?」
嬉しそうに顔を上げるユエだが、ギニョルの反応は渋い。
「……ユエよ。確かにお前には関係ない世界じゃが、少しは魔法の基礎も覚えろ。この島たった一つとて、天候は現象魔法で操れる規模の現象ではない。日照りや洪水、大嵐にはエルフとて立ち向かいようがないと習ったであろう」
「まあバンギアの歴史上そうだったよね……」
疲れのにじむため息。ユエはつまらなそうにホルスターのハンドガンP220と、シングルアクションアーミーをいじる。
「アグロスの銃は雨で撃てなくなったりしないから、それはいいんだろうけどさ」
俺のショットガンM97、ギニョルのエアウェイトも、弾頭と炸薬は薬きょうでしっかりと密閉されて水の侵入はない。雨の中だろうと撃針が雷管を打てば、爆発的な燃焼と共に弾頭が突き進む。つまり撃てる。
「その通りじゃが。連中にとってもそうじゃろう」
そう、GSUMが携えているアグロスの銃も雨など関係ない。スコーピオンやMP5Aなど俺たちより数段進んだ連中の武器だってその性能を落としはしない。
「となると使い魔が動けなくなるのは、連中の場合も同じだよな。一体なんだってこんな雨を降らせたんだ」
「今のところ偶然と見ていいと思うぞ。騎士、その角じゃ」
そうだった。狭い通りに入ると、見覚えのある建物がある。
雨の中だが朱里のガンショップの明かりが灯っている。店事体は閉まっているが、相変わらず工房の灯りは消えていない。
街灯がうっすらと照らす店の壁。安価なコンクリートブロックが、湿気にぬれてじめじめとしている。
コンクリートのひびに雨水がたまった駐車スペース。バックでつけると、車は後輪が水たまりをはね、がくりと揺れた。朱里の腕がいいから儲かってるとは思うんだが、舗装まで金が回っていないか。
「……お客さん、居るかも知れないね」
ユエがP220をホルスターから抜く。スライドを引いた。ハイエースの隣には、同じくバンタイプの黒塗り車両。しかもマジックミラーで中が見えないタイプだ。
「魔力を感じるな。工房にエルフと悪魔、店にゴブリンが二人じゃ。後は、朱里とドロテアと、ゼイラムもおるな。三人とも工房の中じゃ」
工房で話し込んでいるのか、それともってところだな。悪魔は夜型だし、品物の受け取りに来たと思えなくもないが、それならゴブリンやエルフが居るのが妙だ。それにゼイラムの性格や仕事ぶりからすると、夜中まで働いているようにも思えない。
明かりこそ付いているが、いつか泊めてもらったときのような発電機の猛烈なエンジン音や旋盤の回転音も聞こえない。
「魔力不能者にも気を付けてよ。誰が従わされてるか分からないからね」
ユエの指摘は重要だ。魔力不能者は魔力による感知に引っかからない。
ハイエースをアイドリングさせたままシートベルトを外す。ショットガンを携えて扉に手をかけた。
「この時間、店は開いてなかったよな」
「そのはずだよ」
ユエ、ギニョルもベルトを外して座席を立つ。
「騎士、客のふりで表の店に入れ」
言い置いたギニョルがドアを開けて雨の中へと出ていく。ユエが影のように付き従う。近づく先は工房側だ。
最優先は三人の救出。スレインが助かっても家族が死んだら仕方がない。
今確認できる相手は四人。ユエが突入と同時に撃てば終わる。ただミスが許されない。成功の確率を上げるために俺という陽動は必要なのだ。
ハイエースを出ると雨は想像より強く吹き付けていた。雨粒がコートの表面をなぞって、裾から滴り落ちていく。
今は遠くゲーツタウンに居るであろうガドゥのシールをギニョルが自分の手の甲に張った。魔力感知を防ぐのだろう。相手に悪魔とエルフがいる。
「騎士、突入のタイミングを教えろ。わしとユエで不意を突く」
「でも工房に回るんだろ。そのシール張ったら使い魔もだめだ」
「旦那さん。頭使ってよね」
ユエから渡された小さな手鏡。これで店内の灯りを反射しろってことか。
「応対に出るとき電灯が付くってか。奥の窓に通せばいいな」
「うん。お願いね」
テンガロンハットの下から美しい金髪をひるがえし、工房へと進むユエ。赤い髪をなびかせるギニョルも一緒だ。
俺は店の入り口へと回り込んだ。手鏡は胸ポケットにしまいこむ。
ひさしの下に潜り込むと、コートから水滴を払い一息ついてベルを鳴らす。
出ない。扉は閉まったままだ。応対できない状態なのか、だが相手も俺たちに不審がられたくないはず。粘ってみるか。
扉をノックし、できるだけ大声で呼び掛ける。
「おい、居るんだろ。急ぎなんだ、工房の方へ回ろうか!」
朱里達三人が拘束されているであろう場所。連中にとって近づかれるのが嫌な場所。
しばらく待つと、奥の方で扉を開く音が聞こえた。雨音に建物の中を歩く足音が混じる。店内とひさしの電灯が光った。
俺はショットガンを置くと、手鏡を取り出して雨に濡れた自分の顔と髪をなでる。
ドアのカギとチェーンを外す音。ノブが回った。
「失礼しました……あ、騎士さん」
「ああ、ゼイラムか」
顔を出したのは、イェリサの双子の息子。兄のラゴウは非業の死を遂げたが、こちらは復讐の手伝いをさせられることはなかった。
朱里とドロテアの下で無事に過ごしている青い鱗のドラゴンハーフだ。
あれから少し経つがガンショップでは主に接客を任されている。
「ドロテアか、朱里さんは」
「今工房なんです。鳥撃ちのライフルを朝の便に二十丁も積まないといけなくて」
ガンスミスとしての朱里の腕は大陸にも響き始めている。娘であるドロテアの技術も向上し、朱里一人の頃よりかなり多くの依頼を受けられるようになった。
その意味でゼイラムの答えは正しい。作業中なのに工房から機械の音が全く聞こえないことを除いては。
「……んじゃちょっと見せてくれよ。メリゴンから新しいショットガンがあれば」
ごく自然に扉を開こうとした瞬間、腹に固い金属が当たる。
「困るねえお客さん、いや断罪者の丹沢騎士よう」
ゴブリンが一人、扉のすぐ脇からAKの銃口を俺の腹に突き付けていた。
「騎士さん、申し訳ありません……」
青い瞳と髪の毛を震わせ、ゼイラムがうつむいて歯を食いしばる。
怪しまれないようにあしらうんじゃない。相手は、油断させて俺をも犠牲者に加えようという腹だったのだ。
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