6暗闇を歩く


 マロホシとキズアトの断罪は決定した。


 断罪者は全員で刺し違えてでも二人を仕留める。

 紛争から続くすべての総決算だ。


 ただ問題はある。治療のためと称して身柄を抑えられたスレインとドーリグの二人だ。

 断罪後を考えても、あの二人の救出だけはやっておかなければならない。失えばドラゴンピープルの支持を得られなくなる。


 それも、断罪に役に立つやり方でだ。


 あの事件から五日後、断罪者の六人は全員が丸腰でノイキンドゥを訪れていた。


 事前にマロホシに連絡はしてある。病院のビル内の面会室に通された。


 時刻は夕刻。夜型の悪魔や吸血鬼にとっては、少し早起きをしたくらい。


 もっとも、主に昼間活動する日ノ本の権力者と懇意にしているであろうこの女は、眠そうな様子も見せない。


 ハイヒールにストッキング、タイトスカートにブラウスの上から白衣。長い黒髪のこめかみから角が突き出している。切れ長の目にかけられた眼鏡は、知的で怜悧な印象を与えるが、底の知れなさも深めている。


 通称マロホシ、本名ゾズ・オーロ。


 GSUMの首魁の一人である女悪魔は、部下も連れずに俺たち全員とやすやすと面会に応じた。


 元あった大学の理事長室を改装した院長室。来客用であろう黒皮のソファに座る俺たちに対して、マロホシも机に向かって書類に目を走らせる。


「……エルフの森からの正式な申し出ね。長老会の押印があるわ」


 エルフの森を動かした。スレインとドーリグの二人を森で療養させる申し出を送らせた。


 まんざら理由のないことではない。長老会は島に恩を売りたいようで、議員の代表であるドーリグを治療するのは役立つと考えている。それにスレインはバンギア側にとって紛争を戦った英雄でありその身を助けることは栄誉になる。


 ララと協調するふりをして、水面下で足元を蹴り合っている長老会としては、ひとつの手柄としたい所だろう。


 レグリムとシクル・クナイブが消えて、ただでさえ島のエルフの中では森の存在感が薄れているのだ。


 マロホシが書類を置いた。長老会の書面は修辞やらなにやら複雑な文章なのだが、かなり早い目の通し方だ。


「確認いただけたか。ではあの二人の引き取りに同意いただきたい」


 淡々としたギニョルの口調。有無を言わさぬ雰囲気も付け加わっている。


「まさか、治療に失敗したとは言うまいな。本来ならエルフであるフリスベルやワジグル達に任せる所を、そなたの傘下のエルフが竜食いの知識を持っていると言ったから、預けたまでじゃぞ」


 ついでに言うなら、マロホシはしらじらしくも爆発の現場で断罪者への無償の協力を申し出て、負傷したスレインを連れ帰ったのだ。


「何かしていたら、どうするつもりだというのかしら」


「断罪の理由が増えるだけじゃ。お前も知っての通り、声を掛けられる限りの者達は集めてある」


 元崖の上の王国の魔術師たちに、ドラゴンピープルの議員団。ワジグルが集めたハイ・ロー・ダークのエルフ三種類、クレールとギニョルが集めた悪魔と吸血鬼達。


 俺たち断罪者は丸腰だが、今並べた者達はノイキンドゥのすぐ近くに潜み、踏み込む隙を狙っている。


 マロホシのブラウス、胸元の谷間がぼんやりと紫色に光る。ねずみの使い魔が顔を出し、抑揚のない声でしゃべる。


『敷地内外に敵を確認しています。ご指示を』


 いつもの部下だろうな。しかし敵と来たか。一応、それぞれノイキンドゥに仮の用事を作って訪問しているはずだが相当断罪を恐れて警戒している。将軍の奴が失敗したことは分かっているんだし。


 マロホシは数秒黙っていたが、すぐに言った。


「ではしばらくお待ちください。十分あれば病院の外へ運び出せます。お二人とも竜食いの進行は止めましたが、まだ治りきっていませんわ。あなた方のおっしゃる通り、エルフの森で療養された方がよいでしょう」


 いやに素直だな。引き渡しに応じなかったり、俺たちを攻撃したりすれば集結した味方と一緒にここを焦土にするまで暴れ回るつもりだったのだが。


 今戦っても、俺たちに勝てる見込みがないのだろうか。操身魔法の腕こそ大したものだが、純粋な戦闘能力でいえば部下を含めても高くないやつだ。あの雌山羊の姿以上の怪物に変身できるのかもしれないが、伝説の怪物では銃火器に勝てないことはダークランドでさんざん見た。


 禍神くらいになるなら別だが、あれは人間にしかできない現象魔法だ。


 スレイン達のことがなければ、容赦しないんだがな。


 ギニョルに書類を渡しながら、マロホシがたずねる。


「ところで、輸送はどうされるので。やはり船を使われるのでしょうか?」


「それを聞いてどうする」


「……たとえば、チヌークなどはスピードこそ速いですが、振動や騒音が悪影響になるかもしれないと思いましてね」


 医者としての意見か。それとも、何か仕掛けてくる気なのか。

 ギニョルはしばらく警戒の目でマロホシを見つめていたが、やがてため息をつく。


「くじら船じゃ。お前もつかんでおるであろうが、バンギアは全てのチヌークを日ノ本に返した。しかる後、必要なものは格安で借り受けておる」


 つまり空を行く手段は今のポート・ノゾミにはドラゴンピープル達以外にない。ダークランドは復興に使うために持っているのだが。あれは自衛軍が暴れ回ったことへの非公式の賠償みたいなものだ。


「やはりそうなのですね。くじら船なら大丈夫でしょう。いつもの航路なら海も穏やかですし彼らの体にも負担はかけないでしょう」


 また当たり前のことを言っている。少し満足そうなのはなんなのだろうか。


 結局、マロホシは特に何の動きも見せることなくスレインとドーリグを俺たちに引き渡した。


 巨体の二人は薬によってよく眠っており、ギニョルとフリスベル、それにクレールが調べても怪しい魔法はかかっていないということだ。


 ドラゴンピープル達の協力で、二人の巨体をトレーラーに積み込み、マーケット・ノゾミへと向かう。


 先日の爆発事件の跡も痛々しいが、すでに適当なバラックやテントが立ち並び、コンテナの破片や使える建材などは片付けついでに解体され、売られていた。


 独立前よりは訪問しやすくなったとはいえ、三呂への通行料は安くない。しかも島に対して経済的に優位な日ノ本は物価が高く、島の住民は、まだまだこの市場に頼ることになるのだ。


 もっと言うなら、日ノ本では奴隷も銃も薬も買えないし、非合法な楽しみもない。


 群衆をかき分け、港に到着すると、夜間便のくじら船が待機していた。


 ジグン達ゴブリンもクレーン車に控えている。スレインとドーリグの腹の下には頑丈な布がしかれ、その四隅は担架のように鉄骨で支えられ、その鉄骨にワイヤーが結び付けられていた。フックで引っかけて吊り上げるのだ。


 くじら船の上甲板は海面から軽く四メートルもある。一トンを超える二人の巨体をそこまで引っ張り上げるにはクレーンしかない。


 さすがというべきか、ゴブリンたちは互いに声を掛け合いながら、クレーンを操作してドーリグとスレインの巨体を見事に吊り上げ、くじら船の甲板に積み込んでしまった。


 素人目には、アグロスから声がかかっても適応できそうだ。そういえばこいつらは俺とユエが住むコンテナハウスをほんの一日で改築したことがある。本の類から覚えた付け焼刃とはいえ、十分に実用の範囲なのだろう。


 ノイキンドゥを出てたった十分。スレイン達の乗船以外が完了していたくじら船は、汽笛を上げて出港する。


 すでに夜になっているが、船長その他の乗組員は夜に強い吸血鬼や悪魔が受け持つため、操船に支障はない。


 港で仲間を見送ったのは、俺とユエとギニョルの三人だ。


 フリスベルとガドゥは船内警護を行う。ドラゴンピープルの議員に協力してもらい、夜目の利くクレールが空から狙撃を警戒する。


 わざわざくじら船の航路をたずねたことこそ不審だが、マロホシが襲撃をかける可能性は捨てきれない。断罪を生き残り、その後の島で権力を取るために、大戦力であるスレインと天秤を守る覚悟をもつドーリグは邪魔ものに違いないからだ。


 だったらこの数日、病院で事故にでも見せかけて殺せばよかったのだが、それはあいつ特融の自分の腕前への誇りが許さないのだろう。わざわざ出張ってきた分際で、治療に失敗しましたなんて島の住民に言えないのかも知れない。


 パイロットシップに押されて、港内からくじら船が出ていく。埠頭の角を曲がって見えなくなるのを確かめると、ユエはつぶやいた。


「スレインとドーリグ、大丈夫なのかな」


「マロホシがかかわったのが心配じゃが、あやつらを弱らせる手段はバンギアの現象魔法を置いてほかにない。森で看護すれば一命は取り留めよう」


 一度やられた竜食いにしても、フリスベルが知っていたおかげでスレインは生き延びた。長老会が威信に賭けて見守る以上、予後については信じるしかないのだ。


 こちらに残った俺たちは、クレール達が無事に戻ってくるまで、島の警戒を続けなければならない。


 再び集結したときこそが、連中の断罪のときだ。


「行こうぜ、まだやることがあるだろ」


「騎士の言う通りじゃ。決着はこの一月の間に着けよう」


 俺とギニョルが声をかけると、ユエは夜の海から振り返った


「……断罪者初めての産休前に、最大の事件ってわけだね」


 愚痴か冗談か。扱いかねるがそういうことになるな。


「スレインを欠いた以上、お主の銃はわしらに欠かせぬ。まだ政治が主じゃが、最後は荒事になるであろう」


「けど、戦争でもないってことだよね。撃ちまくったらそれでいい相手でもないでしょ」


 その通りだ。いつ、どこでユエの腕前が求められるか、それは分からない。


 くじら船が行くのは、夜の海の向こう。マロホシによって悪魔の下僕になり損なった俺には、やはり暗闇に見える。果たして何が待ち受けているのか。


 マロホシの狙いは。キズアトはどう動くのか。そして俺たちの断罪はどうなるか。なにひとつ判然としない。


「撃たれなくても、撃たなくても、GSUMと俺たちはもうやり合ってるんだ」


 ハイエースに乗り込んだ二人は答えない。多分俺の言葉は真実をとらえているのだろう。隠然と存在するGSUMと戦うというのはそういうことなのだ。


 最初はスレインの家族である朱里のガンショップ。ドラゴンピープル達が見守る中、ハイエースは夜の通りを進んだ。

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