5研ぎ澄ました牙

 死者、行方不明者二十一人。

 一命をとりとめた重軽傷者六十三人。


 人的被害を含めない損害額六千万イェン。

 それがマーケット・ノゾミ爆破事件の民間への被害だった。


 報国ノ防人や、フェイロンドの率いるシクル・クナイブによる被害も甚大だったが、あれは島の住人も首謀者を把握している。


 それに対して今回のものは真相が分からず、首謀者の予測すらつかない。


 フリスベルが生き埋めにした車の後部座席の者はすでに殺されていた。ゴブリンの男だったが、現象魔法で伸びた樹の根が、地中でそいつをずたずたに貫いていたのだ。


 おそらく救護中のどさくさに紛れて、マロホシの部下がやったのだろうが、これで事件は迷宮入りとなった。


 生き埋めにして捕らえたのはフリスベルの判断ミスと言えるかもしれないが、あの現場で捕り物を演じて救護の手を減らすわけにもいかなかった。それに、普通に拘束していても口を割らせる前にGSUMの連中が殺しに来たに違いない。


 断罪事件としては、一応そのゴブリンに対する殺人の線で追うことになったが、実行犯もすでに行方不明となっている可能性が高い。


 仮にマロホシが、お得意の魔力まで変化させる操身魔法を使って、部下をエルフに変えてやらせたのならば生きていても追いすがることはできない。本人の記憶もキズアトによって改ざんされている可能性が高い。


 この事件に関しては、断罪者は完全に出し抜かれたと言って過言ではない。


 ここまでしてやられるのは久々の経験だったが、よく考えればGSUMは保持している武器と構成員、魔法や技術などで今まで戦ってきた連中と全くそん色ない存在なのだ。


 表の世界で政治や経済的な力を持っていることや、バンギアに自らの国を築いたりするとかの物騒な目的がないだけに、事件を起こさなかっただけのことなのだ。


 事件から三日。ポート・ノゾミ水上警察署の会議室は重苦しい雰囲気だった。


 断罪者は俺とギニョル、ユエ、クレール、ガドゥ、フリスベルのいつものメンバー。そしてドーリグを除いた各種族の議員代表。ゴブリンのジグンにバンギア人のマヤ、アグロスの人間山本と、ハイエルフのワジグル、吸血鬼のヤタガゥンにギニョルの代わりである悪魔の副代表だ。


 普段は外の止まり木にたたずみ、窓から長い首を覗かせるスレインの姿はない。ガソリンの爆発で弱った皮膚に対して、どさくさの中、竜食いの胞子が突き刺されてしまった。俺たちの誰もが一般の人間の救護を優先したため、発見が遅れてしまった。


 おそらく事態を引き起こしたであろうマロホシの病院に、ドーリグと共に収容されている。その命は連中の手の中と言って過言ではない。


 被害や現状を分析したギニョルが、ホワイトボードから席に戻った。事件の被害と敵のやり方を語る声は悔しさににじんでいた。


 山本は憔悴し切っている。


「なんてことだ……まさか奴らが、こんな事件を起こすとは」


 公会で言っていた、断罪者がGSUMの裏側を制御するなんてことは夢物語に過ぎない。そのことが骨身にしみたのだろう。俺も淡い期待を持ったが、今更だった。


「関係者は射殺か他殺されたのだな、クレール」


「はい。万一捕らえても、僕ではキズアトの蝕心魔法から真の記憶を引き出すことは不可能だと思われます……」


 吸血鬼のヤタガゥンに問われて、うつむくクレール。少女と見まごう秀麗で可憐な横顔がくもっている。優秀な父親の血を受け継ぎ、若干百八歳にして、吸血鬼を率いるニュミエの蝕心魔法を打ち破る素質を持つが、キズアトには蝕心魔法で敗れ、恐怖の記憶に叩き込まれてしまった。


 流煌に仕掛けられた蝕心魔法も、読み切ることはできなかったな。


「奴らの狙いはなんだ、ギニョル。マーケット・ノゾミで奴らのルールに逆らう動きでもあったのか」


 アグロスのギャングがやるように、行方不明や殺人事件という形でGSUMは邪魔ものを排除する。今回のこともその一旦ではないかというワジグルの質問に、ギニョルは目を細めて手元の資料をめくった。


「……我々も目下確認中ですが、被害者の中に連中や部下と対立していた者は居ませんでした」


 事件からたった三日しか過ぎていないが、とりあえずそこまでは調べがついていた。公然の秘密であるGSUMへのみかじめ料は支払われているし、GSUMの加入者を脅かすような商売は行われていない。


「やはり断罪の妨害でしょうね。仮にもテーブルズの議員代表を襲撃したのですから断罪者に捕まるわけにはいかなかったのでしょう」


「姉様待ってよ。ドーリグさんを刺した人達は、私達に向かって来たんだよ」


 確かにユエの言う通りで、爆発事件にかけつけた俺たちに対して、逃げようとした連中が戻ってきた。ジープには危険なてき弾銃が備え付けてあり、事態を悪化させないためにも射殺するしかなかった。


 わざわざ断罪されに来たことになる。ドーリグを狙った件をごまかすというのは的が外れているだろう。


「じゃあお姫さん、一体あいつらの狙いはなんなんだよ、目的もねえのにマーケット・ノゾミの店を壊して何人も焼き殺したってのか! しかも生きてるやつは収容して病院でただで見てるってんだろ。何がしたいんだよ」


 珍しくジグンが感情的になっている。社員の一人でホープレス・ストリートから足を洗おうとしていたゴブリンが殺されたらしい。


 ユエが口をつぐんだ。俺たちにも見当が付かない。確かにGSUMは俺たちに断罪できない形で事件を起こすことはできる。だからこそ将軍を断罪してその記憶から証拠を引き出したのだ。


 そして断罪を防ぐために議員の求心力だったドーリグと、断罪者で最大の戦力であるスレインを封じたことは分かる。実際爆発事件の被害を防ぐため、スレインがガソリンの爆発を浴びて弱った所を刺すというのは有効だった。


 ただ、そこまでできるのに、俺たち六人を確実に殺しに来なかった理由もまた不明なのだが。


 ヤタガゥンが立ち上がり、全員を見回した。三百七歳だったか。吸血鬼特有の青白い肌に赤い瞳。男性ながら美貌と呼ぶにふさわしいその顔が、怒りに染まっている。


「ドーリグまで襲撃を受けてはこれ以上断罪を先延ばしにするわけにはいかない。爆発事件との関連は分からないが、奴らが気まぐれで命を奪うような、同族の面汚しだということは確実に理解した。私は断罪に賛成しよう。吸血鬼の代表として断罪者に一切の譲歩はさせん。全員、どうだ?」


「賛成いたしましょう。やはりGSUMは、あの二人はここで倒さねばならないということでしょう。クリフトップで同じ事件を引き起こさないとも限らない」


 ララが続くか。ジグンも立ち上がる。


「おれも賛成するぜ。重機も大事だが、それでうちの社員が命取られちゃ本末転倒だからな」


 ワジグルも負けじと立ち上がった。


「私はまだ未熟だったな。利益の飴をしゃぶらされたとて、あんな奴らをこの島にのさばらせておくことを、我らエルフの正義と美に照らして許されん」


 悪魔の副代表も続く。最後に、山本が俺たち全員を見上げる。


 利害や政治的な理由はあれど、ここに居る全員は島のための一点で一致している。日ノ本からの独立を勝ち取った決議だって、テーブルズ議員の全員一致だった。


 ドーリグは居ないが、うながすような視線に、山本がいつもの頼りない口調になる。


「こんな馬鹿なことがあるか、理由もなく落ち度もない者をごみの様に殺すというなら、なぜ我が国と交渉する、怪我をした者を助けるのだ。奴らは一体、何を考えているというんだ」


 計算が崩れて弱気が出てきたか。親父の山本善兵衛の血を受け継いでいるとは思うのだが、どうにも頼りない。


 というか、こいつが俺のかつての祖国の代表ってのが気に食わないな。思わず立ち上がってしまう。


「分からねえから断罪しなきゃいけないんだろうが。それに、まんざらアグロスに関係ない存在でもないだろ。こんなちっぽけな島じゃ、あいつらの欲望は収まらない。日ノ本でもそれ以外の国でも、金や人間ならアグロスの方が数が多いんだぜ」


 すがるような目に、とどめを刺す理論を叩きつける。はるかに年上のはずなんだが、情けねえことだな。適材適所、政治家としてあちこちと話し合うことは苦手でもないし島の人間をまとめる役には立っているんだが。


「アグロスの人間も狙われるということか、この事件のように、理由もなく気まぐれにこんな惨事を起こすというのか。たとえ約束事や利害があっても奴らは」


「その約束を反故にしたところで、誰があいつらを制裁できるんだよ。自衛軍も、メリゴン軍でも無理だぞ。あいつらを殺すためだけに日ノ本に侵攻した所で、潜り抜けるに違いない。焼け跡から喜んでまた始めるだろうよ」


 後できる方法といえば、空爆や核ミサイルで爆殺することだろうが、たかが二人殺すためだけに日ノ本に戦争を仕掛けるなんてどこの国にも政治的に不可能だ。もちろん、同盟国として基地を置いているメリゴン軍にだって無理だろう。


「では絶望ではないか! やつらはこれからも殺したいときに殺し、稼ぎたいときに稼ぎ、貪りたいときに貪り、島を拠点に好きなように二つの世界を弄ぶというのか!」


 しかも、その対象である両世界を破壊するような真似はしない。吸血鬼と悪魔として、あくびがでるほど長い数百年という寿命をじっくりと費やし、両世界の人間にまとわりつくのだろう。


 キズアトとマロホシ。

 吸血鬼以上の吸血鬼と、悪魔以上の悪魔。

 紛争から生まれた最悪の怪物だ。


「そんなものに、そんなものにどうしろというんだ。怪我で済んだが、あの爆発事件には、私の娘も巻き込まれた……」


 バンギアとアグロス、全種族を網羅する十数人の愛人との間に生まれた三十数人のうちの一人、か。もっとも山本はそんなふうには考えていないな。


「人の親になって分かってきたんだ、二十数人の死は軽くない。目的も利害もなく、ただの気まぐれでことを起こす連中になんて考えられん。奴らに交渉は通じないなら、政治家など無力ではないか」


 おびえ切ってうつむく山本。ギニョルが立ち上がり、細い手をそっと肩に置いた。


「だから、わしらがおるのであろうが」


「ギニョル」


 すがるような目で俺たちの長を見上げる山本。


「協力してくれ山本よ。指揮権の発動さえなければ、刺し違えようとも、わしら全員であの二人を断罪して見せよう」


 俺はスレインを除いた断罪者全員と顔を見合わせた。フリスベル、ガドゥ、クレール、そして俺の子を宿しているユエ。


 全員が全員、法のために戦うことにためらいはない。島の平均をはるかに上回る平均給与は安楽に暮らすためでなく、断罪者という法の牙を研ぐためにあるのだ。


 スレインが抜け落ちても、俺たちという牙はマロホシとキズアトの喉元に食らいつく。


「……分かった」


 最も臆病で慎重な山本が、とうとう断罪の覚悟を決めた瞬間だった。


 俺たち全員の命と引き換えになるかもしれない。


 紛争から生まれた悪に挑む断罪が、いよいよ始まるのだ。

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