4汚れた救いの手
マーケット・ノゾミまで、車なら五分もかからない。
回転灯の光るハイエースは緊急車両扱いだ。交差点を強引に右折し、二車線の内側に突っ込んで前の車両を煽ってどかし、市場目指して駆け抜ける。
『ギニョル、急いでくれ。こんな被害は……久方ぶりだ!』
スレインが言葉に詰まるほどなのか。紛争直後、まだ断罪者が動き始めたくらいの頃は人込みを狙った爆破事件は結構あったが。
ハイエースが現場に近づくと、ひどい有様だった。
爆弾は市場の中央付近で爆発したらしく、屋台のいくつかが吹き飛び、食料品や衣服の類が燃えカス同然になって散らばっていた。その周囲に爆風を浴びた様々な種族の男女が倒れている。
爆心地の近くにあった、四段に重ねられたコンテナが二段目で裂けて飛び散り、焼け焦げた残骸が買い物客たちの上に落下したらしい。
悲鳴がここまで聞こえてくる。
少し視界を散らしただけでも、爆心地から半径百メートルほどの間に被害者が点々とうずくまる。腕を吹っ飛ばされてうめいている、ハイエルフの男性。足を失って呆然としているローエルフの女性、頭から血を流して何か叫んでいるゴブリンの男性。
子供が下敷きになったらしく、人間の女性が自らのやけども構わず、焼けたがれきをどかそうとしている。
二、三十人は死んでいる。重傷者がこのままなら、犠牲者はさらに二倍以上に膨れ上がるだろう。
これほどの被害は、自衛軍が盗難された銃火器の奪還を名目にしてポート・キャンプに殴り込んだとき以来だ。
ハイエースがドリフトしながら現場に入り込む。ハンドルを切り、衝撃に耐えながらギニョルが使い魔に叫んだ。
『スレイン、今すぐ助けに入れ! ガソリンの類を皆から離せ!』
言われるまでもなく、スレインは屋台に降り立って燃料の入ったポリタンクを丸太のような両腕で抱え上げている。日ノ本じゃほとんどやるやつが居ないが、GSUMが残ったスタンドを牛耳っているこの島では、いまだにガソリンの売買がポリタンクで行われていた。
救助や避難も優先したいが、今はとにかくこれ以上の誘爆を防ぐしかない。
ハイエースが停止する。現場に向かってドアを蹴り開けようとしたそのとき、ぱしゅ、という軽い音が確かに背後から聞こえた。
振り向く間もなく、両手いっぱいに数十ものガソリンタンクを抱えたスレインの顔面が燃え上がる。これ自体は大したことはない。火炎を吐き出すドラゴンピープルは爆発に強い。
だが大量のガソリンがある。
スレインはためらわなかった。いちはやく自分の状況に気が付くと、長い首を曲げ、翼で自分の胴体をくるみ、地面に向かってふせった。
ずずぅん、と地面が揺らぎ、スレインの体から炎があふれる。呆然とする数人の眼前に炎がちらつき、消えた。六メートルの巨体で抑え込んだ。
メリゴンと日ノ本が戦争をした七十年以上前、手りゅう弾は威力が弱く、人ひとりが上に覆いかぶさればそいつは死ぬが部隊の全員を守れた。そうやって仲間を救って死んだ兵士は数え切れないというが、まるでその再現だった。
身動きもとれず崩れ落ちたスレイン、うめきながらも必死で巨体を操り、群衆を避けてどどう、とあおむけに倒れる。
腹、喉、胸が痛々しく焼けている。いくら熱に強いドラゴンピープルとはいえ、あの量のガソリンが一斉に引火爆発したのを、鱗のない腹側で抑え込んだのだ。死にはしなくとも身動きは取れまい。
「後ろか!」
クレールがM1ガーランドを構え、ユエも無言でSAAを取り出す。俺もM97に散弾を送り込みつつサイドウィンドウから確認する。
さっきのジープだ、俺たちが追っていたジープがこっちに向かってくる。運転席のフロントガラスは割られ、突き出しているのはてき弾の発射機構がついた89式。あれでやりやがったのか。スレインがガソリンを抱え上げたところを狙って。
爆発の実行犯とこいつらは示し合わせていた。爆発が起これば俺たちが追跡を止めることが分かっていた。スレインが被害を防ぐために真っ先にガソリンをつかむことを予想に入れていた。
距離は三十メートル。俺がショットガンを構えたとき、すでにこちらの射手二人が射撃している。
M1ガーランドのライフル弾が運転席の悪魔の頭部を貫通。
腰だめに構えられたユエのSAAが、持ち主の指先に答えて銀色の銃身からロングコルト弾を一気に吐き出す。てき弾銃を握っていた吸血鬼は胸と頭に四発食らって即死していった。
運転手を失ったジープがコントロールを失い横転。群衆の方に突っ込んでいくが、フリスベルが杖をかざす。
『コーム・イグ・オレイ!』
壁を作るかと思ったら、地面の石畳が大きく陥没する。深さは二メートル近い。ジープは穴に飲み込まれ、土と石に埋もれた。
後部座席に生きた断罪法違反者が居たら、気絶した後掘り起こせばいい。これほどの被害だ。死におびえながら生き埋めになってもらっても罰は当たらないだろう。
俺はハイエースを飛び出した。次の攻撃があるかもしれない。ガドゥと背中合わせになってコンテナの上や歩道、車道で怪しい動きをする奴が居ないか銃を構えて見張った。
「騎士、これだけのわけねえよな」
「ああ……どこから、何でくるか」
GSUMは吸血鬼と悪魔が主な構成員だが、マロホシは魔力まで完全に他種族になりきる操身魔法を使い、キズアトの蝕心魔法はクレールの精神を一度破壊しかかるほどだ。
手を汚さずに本気で俺たちを潰しにかかるとなれば、体と心を完全な走狗にした何者だって用意できる。
いよいよ断罪の瀬戸際になって、直接仕掛けてきたのだ。
ドーリグを不意打ちし、さらに爆発で島の住人を大幅に巻き込めば、救護活動に気を取られ、スレインの様に術中にはまると踏んだのだろう。実際、ここまでは連中の狙いが当たっている。
「しっかりしろ!」
「気を確かにもってください。必ず助かりますからね」
ギニョルとフリスベルが負傷者たちの救護に移るかたわらで、クレールが狙撃手を警戒する。ライフルの射程ならあいつに任せておけばいい。
俺とガドゥも二人に近づき、気絶したスレインに現象魔法でもかける奴がいないか、注視した。ショットガンの散弾、AKのライフル弾。いずれにしろ、拳銃の射程なら俺たちが即死させてやる。
「どこから来ても、私の方が早いんだから……」
ユエもさっき撃ったSAAのリロード作業だ。カバーを開けると、撃鉄をハーフコックにしてリボルバーから空薬きょうを落とす。よどみない手つきでロングコルト弾を込めるとカバーを閉めて再び撃鉄を上げた。
黒いテンガロンを銃身で軽く上げ、俺たちと一緒に周囲を警戒する。自衛軍にさえ、ユエの早撃ちに敵うやつは居ない。GSUMが操り人形にしたのが何者でも、これで盤石だ。
ギニョルとフリスベルは操身魔法を使い、止血を優先して次々に負傷者を救護していく。とにかく死なないことが優先だから、吹っ飛んだ腕や足の再生まではできていないが見事な手並みだ。
日の光を巨体がさえぎる。青、黒、緑、黄色、さまざまな色のドラゴンピープル達が十体事件現場に降り立った。
「皆、急げ。がれきをどけろ、危険なものをどかせ! 助かる者は一人とて見離すな!」
議員の一人が指示を出し、ドラゴンピープル達が動き始めた。
作業の途中で痛ましい姿のスレインに目を留める者もあるが、今は黙って救助活動に励んでいる。
けたたましいサイレンの音が響いた。
島では見かけたことのない救急車が四台、俺たちのやってきた車道をこっちに向かって走ってくる。
「マロホシだ、マロホシの奴が乗ってるぜ!」
ガドゥの言う通り、戦闘の助手席には白衣姿の悪魔の女。まぎれもない、あのマロホシだ。
ユエとクレール、俺とガドゥも銃を向けるが、俺の肩口にふくろうが留まる。ギニョルの声で叫んだ。
『待て撃つな、様子が違う!』
どいうことだ。俺たちに対して、直々にとどめを刺しに来たんじゃないのか。
救急車は急停車し、中からはマロホシを含めた十数人の看護師や医者が出てくる。全員が防護服とヘルメット、防塵用のマスクと滅菌済みの手袋を身に着けていた。
リンゲル液に点滴用具、外科手術の道具、消毒薬、エルフの使う薬草袋、魔法の使えない人間は消火器まで携えている。まるで爆発事件を予測していたかのような装備だ。
「救護を始めなさい! まずは負傷者の把握を!」
マロホシの指示に、看護師と医者は救護活動に加わる。
どういうことだ。こいつらがやったんじゃないのか。
戸惑う俺の隣を、マロホシはさっそうと駆け抜けていく。ぼそりと言った。
「心配しないで騎士くん、これ以上の攻撃はないわ」
振り向いた俺と、三人の断罪者の視界の中。
マロホシはがれきから引き出されたローエルフに、骨折の治療を施し始めている。
すでにマロホシの部下も爆発現場で救護活動に入った。
味方を巻き込む攻撃はできないということだろう。してやられたということか。
使い魔が絞り出すようなギニョルの声を伝える。
『……お前たちも、手伝え。今は、一人でも命が惜しい』
もう銃は要らない。俺たちは断罪の道具を収め、それぞれに救出や救護の仲間に加わった。
一枚かんでいると思われる、マロホシとその部下たちの隣でだ。
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