3刃と爆炎

 秘密公会は厳重な警戒の下で行われていた。普通の公会では、各種族の守衛が参加者と武器を奪い、魔錠をはめて戦闘能力を封じる。秘密公会の場合は、断罪者と議員の代表以外を議場内に侵入させない。


 ただ、朝全員が集まったときは、特に注目する者は居なかった。事は断罪法の改正でも、断罪者の活動に関する動議でもない。そもそも広報もしていないのだ。


 そのはずだったが、議場裏手のドラゴンピープル専用の出口から外に出た俺たち全員を待っていたのは、目の前を埋め尽くす群衆だった。


 驚いたことに島の全種族が揃っている。


 黒い髪のアグロスの人間、同じ容姿だが赤、青、緑、金など髪の色の鮮やかなバンギアの人間。金髪に青い目と尖った耳ながら、子供と変わらぬ姿のローエルフ、同じ容姿で大人の姿のハイエルフ、褐色のダークエルフに、青白い肌の吸血鬼達と、角の生えた悪魔、緑色の皮膚のゴブリン、さらに巨体のドラゴンピープルも居た。


 群衆は俺たちに目を留めるなり、一気に走り寄ってくる。


「おい、出てきたぞ!」


「ノイキンドゥが業務を停止するんですか?」


「あの二人を断罪したら、この島はどうなるんだ!?」


「黙れ、必ずやるんだ、キズアトの涼しいツラに小便を引っかけてやる!」


「天秤を揺るがせにはしないんでしょう、スレイン殿が居てマロホシの奴が今生きているなんてありえない!」


 議員代表と断罪者の両方を包囲して、口々に騒ぎ立てる群衆たち。


「おい、落ち着けって! まだ保留だ保留、何も決まってないんだよ」


 つい反応して俺が叫ぶと、一人のゴブリンが俺につかみかかってきた。


「保留だと。結局、断罪しないってことか。あいつらが何をやってるかみんな知ってる。俺の甥は麻薬を売る馬鹿な子悪党だったが、ギーマが死んだ後、あんたらに撃ち殺されたんだ、あいつらほど悪い奴らじゃなかったのに殺されちまったんだぜ! 法の下の平等ってやつはどうなるんだよ!」


 バルゴ・ブルヌスの後継をめぐる騒動のときか。銃撃戦が多すぎて覚えていない。


 というか、ずいぶん理路整然とした批判をしてくる奴だ。法律は相手が誰でも平等に適用されなければならないってのが、法の下の平等。事件の証拠をつかまれたキズアトとマロホシの二人が断罪を留保され、甥だけが撃ち殺されるのは確かに不平等だろう。


 やっぱりゴブリンはかなり頭がいい。どうなろうが断罪に動いた方がいいのだろうか。

 そう思ったとき、もう一人の若いゴブリンが、そのゴブリンの肩をつかんだ。


「おい、おっさん勝手なこと言うなよ。うちの工場は今ノイキンドゥを通じて日ノ本の機械を買おうとしてるところなんだ。キズアトが倒れて話が消えたら、あんたうちの仕事を保障してくれんのかよ! 大体、麻薬なんぞでいかれたやつは撃ち殺されて当然だ。いつまでも紛争のときの頭でいるからだろ!」


「なんだとッ! この野郎、調子に乗りやがって!」


「おい、よせって!」


 やばい、ゴブリンがナイフを出しやがった。


「まあ、少し待て」


 火のため息を吐いて、二人のゴブリンが襟首をつかまれる。ねずみでもつかむように、二人のゴブリンをつるし上げているのは、議員の長のドーリグだった。


 他の断罪者や議員たちにつかみかかっていた者も、手を止める。さすがに銃を出す奴は居なかった。ボディアーマーの着用もない状態で、数百人もの群衆が相手。もし撃たれたら、たまったものじゃない。


 群衆の興奮が留まった。口々に勝手なことを言ってた連中が、収まっている。


 視線の先は二人のゴブリンを高々と持ち上げたドーリグに注いでいる。でかいってことは、いいことなのか。バンギアでは度の種族も畏敬するドラゴンピープルの挙動は、注意を引き付けるのだ。


「落ち着いて聞け。GSUMの断罪について、我々は今可否を話し合った。だが結論は出なかった。お前たちの種々の事情を考慮した結果だ」


 どの議員も、口角泡を飛ばすいきおいで、自らの種族のことを考えていた。あの山本でさえ、本音はどうだろうと政治家らしく見えたくらいだからな。


 低く沈んだドーリグの声は、興奮した群衆を相手にしても、明確にそのことをにじませている。


「訴えたいことがある者は、おのおのの種族の議員たちの下へ訪れるがいい。話を聞いたうえで、我らが再び考えよう。断罪者は法を執行する者、その断罪は本来お前たちの暮らしに関することで煩わされてはならないのだ。この二年という期間、そうであったはずだぞ」


 正論の説得に、群衆たちの勢いが削がれた。最初から無茶を言う気はなかったのだろうか。潮が引くように、俺たちから離れていく。ようやく、駐車場の車までの道ができた。


 ドーリグは二人のゴブリンを下すと、率先してその中に分け入っていく。


「さあ、我らを通してくれ。これから事務所を開けるから、深刻な問題なら改めて訴え出てほしい。結論はしかる後に出そう。皆こっちだ。道が開いたぞ」


 お言葉に甘えて巨体の後ろにつく。スレインがやっているように、こんな群衆軽く飛び越せるのだろうが、わざわざ俺たちのために体で道を作ってくれる。


 さすがというか、弱いものをいつくしむドラゴンピープルの代表者だな。


 黒いフードを目深に被った奴が、そんなドーリグの足元に近づいた。軽くぶつかると、群衆の間から植え込みの向こうに小走りに逃げていく。


 ドーリグが突然立ち止まった。膝をついたかと思うと、両手も突き、さらに横向けに崩れ落ちる。巨体の体重で足元のレンガが砕けた。


「ドーリグさん!」


 フリスベルが駆け寄る。


「さっきのフードの奴だな!」


 俺は駆け出した。ゴブリンや悪魔をかき分けながら、公会の場を囲む車道まで出る。信号待ちのジープに向かって黒いフードがひらりと飛び乗った。


「おい、待て」


 言いかけて驚く。後部座席の悪魔が取り出したのは機関拳銃、いわゆるサブマシンガンだ。


 曲がった棒状のストック部分が銃身の上を通って折りたたまれ、先端の一部が銃口を取り巻いているあの特徴的なフォルム、ギーマが使っていたVz61、通称スコーピオンだ。


 距離は二十メートルくらい。銃と外套は駐車場のハイエースの中。文字通り蜂の巣にされちまう。


 たまらず隣の茂みの中へと飛び込んだ直後、銃声と弾丸のはねる音が辺りを包み込む。フルオートで撃ってやがる。


 ギーマほどの射撃精度はない奴だったのか。おれには一発も命中しなかった。弾丸でへし折れた植え込みの枝や、割れたりえぐられた歩道のタイルが生々しい。とっさに姿を隠したのが良かったか。


 マガジン内の銃弾を撃ち尽くしたのか、ジープは急発進すると、信号を無視して車をよけながら交差点を右折、追い越しを繰り返しながら逃げ去っていく。


 ため息と共に体を起こした俺の頭上に影が差す。真っ赤な鱗をきらめかせて、戦斧の灰喰らいをかついだスレインがジープを追って空を進んでいく。


 歩道に降りた俺の隣に、急ブレーキと共に黒い車体が滑り込んできた。


 ユエが俺に向かって中からサイドドアを開く。奥にはガドゥとフリスベルもいる。助手席にクレール、運転はギニョルか。


 他の断罪者はすぐに追わずに、武器と車を取りに戻ったのだ。


 乗り込んでドアを閉めると、サイレンを鳴らして出発する。ユエから渡されたコートに袖を通し、M97に散弾銃を込めた。


「もう騎士くん、丸腰で追うなんて無茶だよ。赤ちゃんにお父さんの顔見せられないなんて嫌だからね」


「すまねえ……」


 謝る以外に選択肢がない。断罪者は命がけとはいっても、不用意な追跡で撃ち殺されてちゃ世話がない。俺一人の体ではないのだ。


 だがいたたまれない。俺は話題を変えた。


「ところで、あいつはドーリグに何をしたんだ。俺を撃ったのは確実に断罪法違反だろうが」


「竜の牙の刃物でした。かなり強力な竜食いの胞子がついていたみたいです」


 フリスベルに言われて、俺は改めて相手のいかれっぷりを思う。テーブルズの代表者を群衆に紛れて刺すとは。


 しかも竜食いといえば、堅い鱗と強靭な体で銃火器をしのぐドラゴンピープルの体を食い尽くすように広がる胞子植物だ。イェリサの部下が使っていた。一度はスレインをも死の淵に突き落とした。それを、同族の鱗を貫く竜の牙でもって突き刺してきた。確実に命を取りにきている。


「ドーリグの旦那は助かるのかね」


 ガドゥの言い方は、個人的な感情に加えて、断罪についても懸念しているふうだった。それは俺たち全員の意見でもあったらしい。ドーリグの賛成がなければ、テーブルズを断罪賛成に動かすのは難しいか。


 ギアを切り替え、ハンドルをさばきながらギニョルがつぶやく。


「最悪の場合は、マロホシの力を借りねばならぬかもしれん。その場合は、断罪を見合わせることも考えねばならぬか」


「馬鹿な! 襲撃してきたのは、十中八九あいつの手の奴らだろう。ドーリグを負傷させて、治してやるかわりに僕らを操ろうとしているんだよ」


 クレールの考えはありうることだ。今までもマロホシは、自らが利用したいときに俺たちを治療してきた。あいつは紛争中にドラゴンピープルを次々と解剖してアグロスに売り払っているが、それゆえにドラゴンピープルの医学的な知識について詳しい。


 再生や回復が追いつかないほどの重傷を負ったドラゴンピープルは、あいつ以外に治療するのが難しいのだ。


「クレールの言う通りなら、狡猾って言葉はあの女のためにあるみたいだな」


 ガドゥの口調は、本当に断罪できるのか疑っているふうにも思える。打ち消すように、ギニョルが言った。


「そうなるとしても、せめてあの者達は断罪せねばならぬ。ノイキンドゥに逃げ込む前に、スレインが空から先回りしてくれるはずじゃ。使い魔から連絡が」


 そう言って、ドリンクホルダーのとかげに目を落としたときだ。


 どぉん、という音が遠くで響いた。次いでびりびりと車体ごと体が震える。

 ユエが窓を全開にして、音の方へ身を乗り出す。俺も続く。ガドゥとフリスベルも逆側の窓から見つめる。


 ビルの間を、黒い煙と火の塊が青空に向かって吹きあがっていく。あれは、マーケット・ノゾミの位置か。


 今日、市場が閉鎖しているという情報はない。いつも通り買い物の客でごった返しているはずだ。爆発はそこで起こったのだ。


 ギーマが居た頃のバルゴ・ブルヌスに匹敵する爆破事件だ。

 ギニョルがハイエースをUターンさせる。俺たちは車体にしがみついた。


「スレイン、見たであろう! すぐにマーケット・ノゾミへ向かえ!」


 使い魔を通じて叫ぶと、ギアを切り替えて加速する。


 連中は、少なくとも自分たちの評判が悪くなるほどの大規模な事件は起こしていなかった。なぜこれほどのことをやるのか。


 一体、GSUMの狙いはなんだっていうんだ。

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