四章~赤鱗の隣に~

1テーブルズの動議

 ポート・ノゾミ記念ホール。

 

 だ円形を、上向きに膨らませた様な形のそのホールは、人工島、ポート・ノゾミが造成された数十年前の目玉だった。


 島の南西、ノイキンドゥやポート・ノゾミの東隣にある、赤茶けた色のホールで、アリーナに臨時の席をしつらえれば、収容キャパは8000人。三呂市内では最も大きく、知名度のあるアイドルなんかが、全国ツアーで訪れる。

 中学の頃など、応援していたバンドがメジャーになったら、小遣いを貯めて見に行ったのだが。

 アグロスとバンギアと混ざった今、彼らが来る事はもう、二度とないだろう。


 今のホールは、テーブルズの議員たちが、アグロスの暦で1か月に一度開く議会、いわゆる公会の開催場所だ。


 公会の普段の活動は、特に注目されることはない。断罪法に関する細かい規則を定め、断罪者の活動を審議し、予算を承認したりするなど。がらんとしたアリーナで書類をやり取りし、淡々と必要事項を伝え合うだけ。


 しかし、断罪法の改正や、断罪者の不適切な行動を調べて裁く、弾劾動議などはべつだ。断罪者の活動が大きく変わる可能性があり、注目される。


 平等を示す円卓に座り、お互いを見つめる代表者は7人。その後ろにしつらえた席には、質問等の対応をする議員団が9人ずつ。


 合計70人のテーブルズ議員を見つめるのは、二階席の観覧席を埋め尽くした観衆たち。

 一応各国の警護役が、武器の携帯をチェックし、吸血鬼やエルフなどには、簡易の魔錠をかけてくれている。議会では非暴力が守られなければならない。


 これから、断罪者の弾劾動議の審議が行われる。


 俺とギニョル、それにユエは、7人の議員が見守る、中央の席に立たされていた。裁判の被告人になった気分だ。


 起立して動議文を読み上げているのは、アグロスの議員、山本やまもとつとむだ。


 すらりと背が高く、燕尾服が良く似合う。三十代にしては、かなり若々しく、黒々とした髪を得意げになびかせ、凛々しい目で俺達を見据えている。

 ハニートラップにかかるまで、日ノ本本土で女性票を取りまくっていたエース政治家の面目躍如。この生き生きした様子、議員であることを嫌いでなかったらしい。


「……以上に述べました様に、断罪者ユエ・アキノ及び、同丹沢騎士、同ギニョル・オグ・ゴドウィは、我が国の警察官が適法な逮捕活動に及んだにもかかわらず、断罪を名目にこれに抵抗し、残酷な手段で4人もの警官を殺害しました。断罪法はこの島を維持するために重要な法律であり、疎かにすることは許されませんが、かように根拠のない断罪行為を助長し、無辜むこの者を傷つける結果を招いては、本末転倒です。よって、我々日ノ本の議員一同、ここに断罪者の解散動議を提出いたします」


 よく通る声が、アリーナ中のマイクを通して響き渡ると、歓声が割れんばかりに広がっていった。


 エルフ、ゴブリン、悪魔、吸血鬼、人間。ドラゴンピープルを除いた、大方の観衆が大喜びだ。招待されるのは、大体がこの島の有力者。断罪者がへこめば、それだけ助かる奴らばかりなのだから、この反応も分かる。店がそこそこ儲かっているザベルも、この場に呼ばれているはずだが、数千人の中では確認しようがない。


 甲高い槌の音が、観衆の騒ぎを打ち消す。

 振るったのは、今回の議長を任された、ドラゴンピープル達の代表。緑の鱗の片翼の男、ドーリグだった。


 同じ緑や、青、黒、灰色の鱗をした、背後のドラゴンピープル達もにらみを利かせている。こいつらは体がでかすぎて普通の入り口から入れないので、いつも資材搬入用のシャッターを開けて会場に入ってくる。


「静粛に! 議長ドーリグの権限において、アグロス代表、山本努氏による、断罪者の解散動議の提出を認める。これより審議に入ろう、質問がある者は挙手したまえ」


 素早く手を上げたのは、ハイエルフの男、ワジグル。エルフの森を統べる長老会が派遣した、言わば代弁者。確か220歳ぐらいらしいから、フリスベルやギニョルより若造だが、なかなか、したたかな奴だ。

 ちなみにハイエルフ、ローエルフ、ダークエルフの三種類のエルフの内、テーブルズに議員を派遣できるのはハイエルフのみだ。


「ワジグル、質問を許そう」


 ドーリグに問われて、ワジグルが立ち上がる。

 こいつもまた、ハイエルフの例に漏れず、美しい外見をしている。流れる様な金髪に、抜ける様な白い肌が良く映える。アグロス風の背広姿も決まってやがる。こいつに比べれば、しょせん山本も日ノ本の人間、若作りのおっさんに過ぎない。


「光栄だ、鱗の人よ。質問の前に一言。我々エルフは普段なら断罪者の解散動議に、諸手を上げて賛成する。ゴブリンや悪魔、吸血鬼どもが混ざった組織に、正しい秩序など作れるはずがない。我々が断罪者を認めたのは、紛争を終わらせるための方便だと心得てほしい」


 観覧席のエルフ達から、はやし立てる声が飛ぶ。


 ギニョルを始め、悪魔や吸血鬼の代表たちが、厳しい目つきでワジグルをにらんだ。ゴブリンの代表はやれやれと肩をすくめた。こういう扱いに慣れているらしい。


 ハイエルフは、自然の美や秩序を尊び、魔法で心や体を狂わせる悪魔や吸血鬼を嫌う。奴らの基準で、醜く、知性が低く、魔道具などというわけのわからないものを好むゴブリンもだ。


 個人的には、いけ好かん。ザベル達ダークエルフのことも、寿命を無駄にする愚か者と言ってはばからないし。子供のまま成長しないフリスベルの様なローエルフは、不完全で哀れな同胞と平気で言う。


 とまれ、腐っても議員。それだけの奴じゃ、2年も務まらない。山本に向かい、鋭い目を向けると、ワジグルは質問に入った。


「ただ、今回の断罪事件には、麻薬が関わっている。恥ずべき身分の者とはいえ、犠牲になったのは黒き同胞だ。手元の資料にあるように、あなたがたアグロスの人は麻薬の製造を行ったのか。断罪者が麻薬を追い、その結果あなた方の警官を殺したのならば、それは我々を利することだ。解散させるには及ばん。いかがか」


 バンギア、アグロスのあらゆる種族で、麻薬を最も憎んでいるのは、間違いなくハイエルフだろう。特にワジグルの様な若いハイエルフが、島に惹きつけられて酒と共に覚えて森に帰り、数千年続いた文化を破壊するのが深刻な問題になっている。

 断罪者は信用ならないが、種族の利益になるなら残す。分かりやすく、冷静な判断だ。

 一瞬、唇を噛み締めた山本に、議長のドーリグが呼びかける。


「山本議員、答えてもらおう」


「……麻薬の件は根も葉もないことです。我が国こそ、麻薬の摘発に力を入れています。それに断罪者が主犯と主張する2名の者は、何者かに殺害されました。本当に麻薬の事件が2名と関係があるのか、すなわち断罪者が麻薬事件の断罪のために我が国の警官を殺害したといえるのか、確かめることは不可能です」


 俺は拳を握りしめた。フィクスの、流煌の仕業。群衆にGSUMのメンバーが紛れ込んでいれば、ほくそ笑んでることだろう。


 連中の狙い通り、麻薬の売人が死んでいる以上、俺達の言い分を証明できない。死者の心はクレールでも読めないし、ギニョルの操身魔法は魔力を注いで死体を動かすだけだ。

 まあ、できたとしても、あの二人をこれ以上冒涜するような真似、本当にやったら俺とユエが全力でブチ切れるまでだが。


「ワジグル、どうかね」


「答えになっていないな。本当に麻薬の件が無いというなら、なぜ2人は日ノ本で厳しく禁止されている銃で殺された。しかも下手人はたった一人で、硝煙の末姫の追跡すらかわしたという。明らかに並の者ではない、この島に蔓延する、悪徳の力が働いているに違いない。やはり私は、動議の否決に票を投じる。断罪者への好悪はさておき、彼らは今回なすべきことをした。以上だ」


 明らかなブーイングに、エルフ達の歓声が交じって響く。観客席が険悪になってきた。

 ワジグルはエルフとしての立場を示し、うまいこと意見を述べた。

 俺達にとっては思わぬ援護射撃だ。事が麻薬で良かったというべきか、ドラゴンピープルと悪魔、ゴブリン、吸血鬼も反対に回るだろうし、今回も何とかなりそうだ。


「なんとまさか、ハイエルフ共に助けられるとはのう」


「あの人たち偉そうだけど、悪い事は大っ嫌いだからねー」


 実の所、大きな事件の後には、嫌がらせの様な解散動議が出るのは珍しくない。が、そのたびに否決されている。

 ある種族の利益を損なう断罪は、他の種族を大きく利することも少なくない。断罪者と同じく、テーブルズの票が7つあって良かったと言うべきか。


 ざわつく観衆を、再びドーリグの木槌が鎮めた。


「ほかに質問がない様なら、決議に入る」


「いいえ、お待ちください」


 立ち上がったのは、マヤ・アキノ。強面の騎士達と、サーコートをはおった重臣たちを背にした、バンギアの人間代表だ。


「マヤ・アキノ議員の発言を許可する」


 ドーリグの声に応じて、マヤはマイクの前に歩み出た。テーブルズの公会にのぞむマヤは、アグロス側の正装、女性用のスーツをしっかりと着こなす。気品の中に凛々しさもある。実態は、あのヴィレを送り込んだ崖の上の王国の傀儡かいらいなのだが。


「提案がありますわ。このままでは、解散動議はまた否決されるでしょう。ワジグル様のおっしゃるように、麻薬は重大な事案ですし、今断罪者を解散すべきだとは、私も考えておりません。しかしながら、断りなく橋を越え、断罪のためとはいえ、我が国でいえば、治安を担う兵士や騎士にも近しい警察官の方々を殺害したのは事実なのです。何らの裁きもないというのでは、同じ人間の国家を背負う者同士、決して認められません」


「提案は何だ?」


「断罪者そのものは解散いたしません。そのかわり、しばらくの間、捜査と断罪活動の縮小を行うのはいかがでしょう。ちょうど、持ち込まれる民事の仲裁も溜まっていることですし。捜査と断罪活動を行う者たちを絞って、他の者は別の仕事を行いつつ、民の声に触れ、ふるまいを正すことが、今後の彼らの素行の改善にもつながります」


 冗談じゃない。7人がそろってこそ、自衛軍でもびびらせる断罪者だ。

 俺、ギニョル、クレール、ユエ、フリスベル、スレイン、ガドゥ。

 誰が抜けたって、ノゾミの断罪者は成立しない。


 山本が、すかさずマヤに微笑みかける。個人的な感情も入っているのかも知れない。


「いい提案です、マヤ姫様。ドーリグ議長、我々日ノ本の議員団は、解散動議を修正します。断罪者の活動縮小の動議を提出することといたします」


 今までにないやり方だ。群衆は盛り上がっている上に、今度はワジグルまで深くうなずいている。ゴブリンの代表、吸血鬼の代表も考えるところがあるらしい。

 この流れはまずい。頼みの綱は、スレインと親しく、俺達の活動に理解のあるドーリグだが。動議の修正そのものには、なんの問題もないうえに、活動の縮小もまた、解散と同じく法で定められたペナルティのひとつ。却下するわけにいかない。


「……静粛に。動議の修正を受理する。では改めて、提案や質問のある者は居るか」


「少し待ってはくれぬか議長、その案は」


「ギニョル議員、君は断罪者だ。断罪者の弾劾動議に、断罪者たる君自身の参加は認められない」


 ワジグルの厳しい指摘。唇を噛み締め、うつむくギニョル。

 代わりに議員の席に座っている悪魔も、いい手が思いつかないらしい。ドーリグは少し間をあけてくれたが、観衆が一致して、採決の声を叫び始めた。

 数千人の叫びは、ホール中を反響し、まるで割れんばかりだ。この勢い。バンギア人にとって、自分の意志で政治が決まるのは、最高の娯楽なのかも知れない。

 とうとう、ドーリグが声を張り上げた。


「静粛に! 質問が無ければ、採決だ。活動縮小の動議に賛成の者は、起立したまえ」


 立ったのは、4人。

 アグロスの人間代表の山本、エルフ代表のワジグル、バンギアの人間代表のマヤ、そして、ゴブリン達の代表。

 一方、座っていたのは、議長であるドーリグ自身に悪魔の代表、吸血鬼の代表の3人。


 ドーリグが一瞬、いらだたしげに牙を剥いた。

 山本がひっとうめき、マヤも険しい顔つきになったが、それ以上何が起こる事もない。

 ここは公会の場、暴力は絶対に許されない。この島に限っては、バンギアで民主制が受け入れられていることを喜ぶべきか。


「賛成4、反対3。賛成多数により、テーブルズは活動縮小の動議を可決した。期間、規模等の詳細は、追って決定し、島内に通知後、断罪者は活動を縮小する。動議の審議は以上とする、10分間の休憩を挟んで、特別予算の承認を行う、一旦休会」


 群衆は歓声を上げながら、颯爽とホールを出ていく。欲しい結果は得たのだろう。ホープレス・ストリートやポート・キャンプの居酒屋は昼間から繁盛するに違いない。ホープ・ストリートの風俗街も、だろうか。


 苦虫をかみつぶしたような表情で、ギニョルが悪魔の代表席へ戻っていく。

 

 俺はマヤをにらみつけたが、相変わらず涼しげな面だ。

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