2竜の咆哮

 うす曇りの空の下。

 スレインの巨体が引く、山の様な大八車に、真黒なコンテナが、でんと居座る。

 両脇をガドゥとフリスベル、後ろを俺が固めて歩く。


 断罪活動ではないが、全員断罪者としての黒いマントやコート、ジャケットを羽織っている。もちろん、それぞれの銃と弾薬、ガドゥは背のうに、いくつかの魔道具を背負っていた。


 それだけ、危険なのだ。


 ここはマーケット・ノゾミの南部。露店がまばらに並び、コンテナハウスが連なる通り。本来なら昼過ぎのこの時間、人でごった返しているはずなのだが、銃を持った俺達の存在ゆえか、人の気配は絶えて久しい。


「火器輸送にたった4人か……勘弁して欲しいぜ」


「ぐちるなガドゥ。致し方あるまい。フリスベル、状況は?」


「……周囲500メートルに、不穏な魔力の変動はありません。でも私、ギニョルさんやクレールさんほど完璧じゃないから、用心してください」


 フリスベルはかなりの広範囲にわたって、魔法の気配を感知できる。だがギニョルの使い魔の様に映像を見たり、クレールの様にこちらを攻撃する意志そのものを感じる事が出来ない。

 たとえば、魔法でなく銃で目の届かぬ所から狙ってくる狙撃者には即応できない。特に、魔力を一切感じさせず銃撃してくる、ヴィレみたいな魔力不能者との相性は最悪だ。


「まったく、よりによって今銃火器の点検かよ」


 火器輸送任務。俺達断罪者が使用する銃器を専用のガンショップまで持ち込み、点検を受ける活動。本来だと7人全員で行うが、先日の活動縮小のせいで俺達4人だけになった。それでも断罪法で時期が定めてある以上、やらなきゃならない。


 公会から後に続く会議で、ギニョルは相当頑張ったが、制限の結果は重大だった。


 ギニョル、ユエ、クレールの3人に一週間、警察署内での活動が命じられた。実質上の謹慎に近い。ギニョルに至っては、使い魔の使用まで禁止だ。断罪事件に関しても、残りのメンバーで受けなければならない。破ればテーブルズの統制に従わないとみなされ、今度こそ断罪者の存在事体が危うい。


 くそったれ。上手い事、やられちまった。

 いらだちをつい、言葉にしてしまう。


「俺が悪党なら、今日を逃す手は無いな。これだけの武器がタダなんだ。おまけに断罪者を倒したって名誉つきだぜ」


「勘弁してくれよ、騎士。ああ、どっから来るんだ……!」


 ガドゥの声が震えている。

 こいつは、ユエでもクレールでもない。

 バーナーの様なため息を吐き、スレインが俺達をたしなめる。


「よせ騎士、ガドゥも落ち着かぬか。フリスベルを見習え」


 さっきの忠告きり、一言も口を利いていない。普段を考えれば意外にも見えるが。


「……す、すいません、こわ、こわくて言葉が、出ない、だけです」


 蚊の鳴くような声で、それだけ口にすると、懐のコルト・ベストポケットとトネリコの杖を必死に握っている。

 こいつはまいった、捜査能力はともかく、ドンパチが苦手な連中ばかり残されている。このメンツで襲われたら、いよいよ危険だ。


「ああもう、なんで島の南の端っこに店なんか作ったんだよ。アグロス人の女なんだろ、そのガンスミスっての、日ノ本から近いんだから、警察署の横でいいじゃねえか」


「そういやそうか。でも元自衛軍らしいし、色々考える事があるんだろ」


 最近店を開いて、腕前が評判になった店主。日ノ本の人間なのに、海外で銃器を学んだ変わった経歴の持ち主だと聞く。ガンスミスって肩書も、伊達や酔狂じゃない。かの銃器大国、メリゴン州合国のカリッジで学び、取得した国家資格だという。この島始まって以来の、本物のガンスミスということになる。


「すべてを裸一貫から始めるというのが、珠里しゅりなりの矜持の様なものだ。理解してやってくれ」


 しみじみと呟きながら、歩みを進めるスレイン。フリスベルが、その太い首からあごにかけて、眩しそうに見上げた。


「スレインさん、お知り合いなのですか?」


 が、と大あごを開けたスレイン。ドラゴンのしまったという表情は初めて見た。


「あ、いや……違うが、違わないというか、詳しくはギニョルに聞いてもらえるとありがたいが、そんな事より、警戒を怠るんじゃないぞ」


 死ぬほど珍しい。焦るスレインなんて初めて見た。戦車と対峙しようが、決してびびらないタフさと勇敢さがウリのはずなのだが。


 珠里と言ったのか、女の名前だ。

 スレインの様な堅物が、名前で呼ぶ女といえば――。


 俺の思考を中断したのは、突然駆け出したフリスベル。

 スレインの前に出ると、トネリコの杖を掲げ、地面に突き刺した。


「シル・バルド!」


 呪文を叫ぶと、足元のアスファルトが裂け、むき出しの土砂が吹き上がる。

 集中を要する長い呪文から、一言で発動する簡単なものまで。多種多様な現象魔法を自在に操れるのが、フリスベルの強みだ。


 土の壁に、無数の氷柱がぶちあたっている。


 方向は右斜め前方。コンテナハウスの屋上に、杖を構えたダークエルフが居た。

 M97にショットシェルを装填し、銃口を向ける。

 距離15メートル程度、まずまずだろう。


 があん、ショットシェルが炸裂する。

 散弾で血まみれになり、コンテナから地上に落下したダークエルフ。玉砕覚悟で、この近距離から現象魔法。スレインを取れればよしか。寿命の無駄使いをしやがる。


 散発的な銃声。右、左、コンテナハウスから次々と出て来るゴブリンにダークエルフ。


 ゴブリン達は上半身裸で、弾帯を巻き、呪術めいた真っ赤な入れ墨を全身に施している。手には自動小銃のAK74、腰にはいつか俺がホープレス・ストリートで奪った鉈。一方のダークエルフは、マントに皮鎧、魔法用の杖、銃は持っていないのだが、のど元には赤い入れ墨。


 間違いない。こいつらは、ホープレス・ストリートに巣食う最大のギャング、バルゴ・ブルヌス。主な構成員は、島の無秩序が何より大好きな、ゴブリンとダークエルフだ。


 そしてこの入れ墨は、血の饗宴の正装。


 血の饗宴とは、こいつらなりの栄誉の儀式で、死に近づき、死の前に命を派手に散らせるゴブリン達の古い信仰が、紛争の中で復活したもの。たくさん巻き込み、派手に勇敢にやり切れるほどいいという。


 こいつら、数の減ったのをチャンスと見て、俺達に死を覚悟で挑んで来やがった。


 足元を小銃弾がえぐる。フリスベルはスレインの陰、俺とガドゥは重火器のコンテナに隠れた。スレインの真っ赤な鱗も、銃火器を保管する頑丈なコンテナも、並の銃器じゃ傷ひとつつかない。


 両脇と少し高い場所を取られているのは不利だが、敵はほぼ前面。

 とりあえず、隠れながら撃ち返すか。


 そんな見通しを打ち砕く様に、背後でけたたましいブレーキの音。


 激しく車体を傾けながら、港の名残の直線道路に顔を出したのは、なんと旧式の軽トラだ。これ見よがしに真っ赤に塗装され、バンパーには黒いペンキで牙と顎が描かれた禍々しいデザイン。車体の上部に無理やりくっつけてあるのは、AK74と同じ、7.62ミリの小銃弾を使う、74式機関銃。自衛軍が流しやがったな。


 運転席には、目の釣りあがったゴブリン。荷台からは機関銃の射手を残して、4人のゴブリンとダークエルフが1人とび降りた。


「挟撃されるぞ! 脇に隠れろ!」


 スレインが言うまでもない。背後からの機関銃の乱射を避け、フリスベルは左、俺とガドゥは右側の露店に飛び込む。

 軽トラのエンジンが凶暴なうなりを上げる。給弾ベルトを跳ね上げ、小銃弾を乱射する機関銃。弾をばらまき、蛇行しながら、軽トラはスレインに突っ込んでいく。


 隠れた俺達に見切りをつけたか、前の連中の銃撃もスレインに集中した。


 前は複数のAK74。後ろからは74式機関銃。雨のごとく撃ち込まれる小銃弾は、鱗に弾かれているが、狙いは頭部だ。いくらスレインでも、鱗の無い部分に当たれば、ただでは済まない。

 はずなのだが、スレインは銃弾の雨の中、ゆうゆうとかがみこみ、大八車の下、コンテナを支える箱の底部に腕を突っ込んだ。

 

 金属のこすれる音と共に、引きずり出したもの。

 柄が3メートル弱、刃渡りは1メートル。強大な膂力りょりょくと、規格外の体格を誇るドラゴンピープルの中でも、扱えるのはスレインのみという、長大な戦斧、その名も“灰喰らい”。戦いに負け、燃え尽きた者の灰すらも喰らい尽くす、恐るべき武器だ。


 軽トラはスピードを緩めない。運転するゴブリンは、耳障りな叫び声を上げ、車体と一つになったかのように、恐ろしい形相で歯と舌を剥きだす。完全なトランス状態、死ぬことを楽しんでやがる。


 だがスレインには、すべて無意味だった。

 突っ込んで来る車体に向かい、振り向くと、戦斧を振りかぶる。

 丸太の様な腕、真っ赤な鱗の下に、たくましい筋肉が隆々と浮かぶ。


「むうんッ!」


 軽トラックが、叩き切られた。

 灰食らいの長大な柄の先端についた、肉厚な刃。

 屋根を割り、ガラスを砕いて、バンパーだけでなく、その奥の最も硬いエンジンまで豪快に断ち切った。

 吹っ飛んだ部品が、呆然と見守る俺の隣に着地しやがった。


 真っ二つになった車輪とバンパーが、コンテナに激突して停止する。二つに切られた車なんて、漫画以外で初めて見たぞ。

 

 まさかこの世に、斧で車を破壊する生物が居るとは。

 衝突の勢いと、あの斧の常軌を逸した頑強さ、そして圧倒的なスレインの力がそろって成せる驚異的な仕業。


 悪魔や吸血鬼、エルフ達の容姿や寿命、魔法は大したものだが。


 そのどの種族とて、ここまで圧倒的な身体能力は持たない。

 こいつらドラゴンピープルは、まさに戦うために生まれた存在なのだ。


 射撃が止んでいる、あまりの迫力のせいだ。


 集中する視線の中、3メートルの巨体を揺すぶり。

 戦斧を地面に突き立てると、大きく翼を広げ、スレインが叫んだ。


「それがしはノゾミの断罪者スレイン! この赤き鱗にかけて、貴様らに我が斧を逃れる術はないと知れ!」


 びりびり、と空気が震えた。

 獲物を屠る竜のあぎと。響き渡る戦士の咆哮。

 死の覚悟を決め、死を望むはずのバルゴ・ブルヌスの悪党どもに、確かに浮かぶ怯えの表情。竜の叫びは、厳しい訓練を積み、戦場を生き残ってきた自衛軍の兵士ですらも、竦ませる。


 こいつの鱗と同じ、赤い竜が断罪者の象徴とされた意味を、改めて呼び起こされる。


 アスファルトを踏み割り、スレインが突進する。銃撃もものともせず、コンテナごと叩き潰すかのような勢いで、戦斧を振るう。ゴブリンが三体、いっぺんに吹っ飛んだ。


 しびれた様に動けなくなっている中でも、俺の心は鼓舞されていた。

 あのスレインが、俺達の味方。

 湧き上がってくるのは、恐怖より勇気の感情だ。


 そうだ、3人ばかり、封じられたからってどうした。

 バンギアの正義の象徴。苛烈で勇敢な赤い竜は、俺達と共にある。

 恐れなど、必要ない。


「ガドゥ、フリスベル! 俺達は断罪者だ! こんな奴らになめられてんじゃねえぞ!」


 俺のげきは、スレインの雄たけびに方向性を与えた。


 ガドゥが鼻の頭をこすって、AKのセイフティを外す。

 フリスベルが唇を結び、杖と銃を握りしめた。


 数が減ろうが、解散は免れたのだ。この一週間、乗り切ればいいだけのこと。


 俺達は、ノゾミの断罪者。

 くだらねえちょっかいをかけやがったこと、後悔させてやる。

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