3撃退

 ゴブリン達が勇ましいときの声を上げる。スレインにビビったことを隠したか。


 2人がスレインの目を狙って銃撃を続け、残りはコンテナや露店の間に飛び降りた。視界から消えたが、足音はする。白兵戦狙いだろう。


 AKとなたで、ショットガン相手にか。いい度胸をしてやがる。


「ガドゥ、2、3人やっつけてくるぜ!」


 通りを避けて、コンテナの間を進む。住人が作ったであろう、小さな花壇を避けながら進んでいると、足音が近づいた。


 出会い頭にぶっ飛ばす。フォアエンドを引き、排莢と装填を済ませた直後だった。


「フリス・ニード」


 遠くで呪文を聞いた。フリスベルの声じゃない。

 目の前の空中に、氷柱が5本。先端が俺の頭を狙っている。現象魔法だ。


 位置が分かったのか。いや、ここはコンテナの狭間だ。正面と後ろ以外からは姿を見ることなどできないはず。まずい、やられちまう。


「かがめっ、騎士!」


 ガドゥの声に、頭を下げる。小石の様な何かが頭上を通り過ぎたかと思うと。

 目の前で火柱が吹き上がった。

 炎に溶かされていく氷柱。ホープレス・ストリートで使っていたやつだろう。


 助かったと油断しかけたとき、頭上を影が覆った。

 見上げれば、鉈をふりかざし、ゴブリンが飛び降りて来る。


 すかさず銃身を上げ、引き金を引く。

 がぁん。銃声が響き、ゴブリンは散弾に全身を貫かれる。血みどろの死体になってコンテナの屋根に崩れ落ちた。


 ガドゥが駆け寄って来た。

 AKを構えると、俺と背中合わせになって周囲を警戒する。


 俺の腹くらいの小柄な体に、緊張をみなぎらせ、まるで敏感な動物の様に、長い耳をぴんと立てる。

 コンテナの上を叩く金属音。コンクリートの道を歩く、同族の足音。

 囲まれてる。俺が先走ったせいだ。


「騎士、スレインの旦那の影響は分かるが、熱くなり過ぎだぜ。ダークエルフも、魔力の感知ができるんだ。お前、操身魔法がかかってるだろ。魔力で居場所をたどられてるぞ」


 フリスベルには及ばないにしろ、エルフはみんな魔力の感知が得意だ。

 だから日ノ本も、境界の管理にエルフ達を雇っている。

 悪魔の操身魔法や、吸血鬼の蝕心魔法には、独特の嫌な波長があり、非常に目立つという。

 知っての通り、俺はマロホシに操身魔法をかけられ、クレールいわく下僕半の身。

連中からすれば、煙を上げながら動くたき火の様なものだろう。


「すまねえ、俺が馬鹿だったぜ。だがどうすりゃいいんだよ、狙い撃ちじゃねえか」


「任せろって。こういうときのために、俺っちのコレクションが……」


「アジド・グロウス」


 また呪文だ。

 視界が紫色に染まり、顔や手など、露出した肌に焼ける様な痛みが走る。


 酸の雲か。囲まれてやがる。


 口と鼻を塞いだが、目からも入ってくる。少し吸い込みかけたのか、ガドゥが激しくせき込んでいる。このままじゃ、溶かされちまう。


「アエリア・フロウ!」


 透き通った声。通りを挟んで、向かいのコンテナの間で、杖を掲げたフリスベル。

 雲に囲まれた俺達の足元から、体が浮き上がるほどの風。酸の雲が一瞬で吹き飛んだ。


 足音が近づく、正面にゴブリンが来る。


「ちっ……くしょう、がっ!」


 AKを撃たれる前に、M97を連射。目が痛いままの乱射だったが、ゴブリンは無数の弾痕の中に倒れ伏した。

 俺の復帰の一方、散々えづいていたガドゥも、ようやく顔を上げる。


「……うっげぇ、死ぬかと思った。あ、フリスベル危ねえ!」


 振り向けば、俺達を助けたその背後に、ゴブリンが忍び寄っている。

 あえて鉈で殺すことにこだわったか、さび付いた刃を振り上げ、襲い掛かるが。


 連続する乾いた銃声。


 フリスベルの銃、コルト・ベストポケットから放たれた、小口径の.25ACP弾。襲ってきたゴブリンのむき出しの胸元に、次々と穴が空いていく。


 ゴブリンはへたり込むように崩れ落ち、血だまりを作ってぴくりとも動かない。

 心臓をやったのだろう。いくら威力が小さいとはいえ、拳銃だ。

 フリスベルの奴、なかなか侮れん腕だ。


「やっぱ断罪者だな、おっかねえ……」


「おい、魔法の対策は」


「すまん。これ体に張れ。フリスベルが居るんで、大丈夫だと思って配るの忘れてた」


 聞き過ごせない発言と共に、ガドゥに渡されたもの。3センチくらいの、透明な丸いシールの様なものだった。

 言われた通り、手の甲に張ってみる、張り付けたという感覚も無く、奇妙な感じだ。ルーン文字みたいなものが、淡く光っているが、どういう理屈だろうか。


「これでどうなるんだよ」


「まあ待ってろ……来た!」


 また火の玉が空中に現れる。

 が、今度は様子がおかしい。うなりを上げて突っ込む先は、コンテナハウスの軒先にある植木鉢。

 俺の位置が分からないのだろうか。ガドゥが得意げに、鼻の頭をぬぐう。


「へっへっ、ざまあみろってな。その魔道具は、しばらく魔力の放出を抑えるんだ。いくらエルフでも、現象魔法を当てるにゃ、もうお前を目視するしかねえぞ」


「便利なもんだな、これも古代の遺産ってやつか」


「オリジナルはな。でもそいつは、お前らの世界のシールを元にして作った使い捨ての廉価版だよ。蝕心魔法や、操身魔法の痕跡を消すのに便利だぜ」


 ゴブリンは唯一、バンギアの他種族が、扱いにさじを投げる魔道具を、自在に扱える。

 ガドゥの一族は、その中でも優秀だ。独自に研究を進め、既存の魔道具の廉価版や、一部オリジナルのものを制作している。

 悪魔や吸血鬼どもに有効な魔錠も、実はこいつの先祖の発明だという。

 ガドゥを見る限り、ゴブリンの頭が悪いなんて口が裂けても言えない。


「行くか、ダークエルフどもまで突破しちまおう」


「ああ。後ろは頼むぜ」


 答えた俺の背で、ガドゥがAKを掃射した。

 ゴブリンが一人、ぼろくずの様になって弾痕の中に崩れ落ちた。


「……任せといてくれ、同族には、思う所がある」


 少し暗い顔で、マガジンを入れ替えるガドゥ。

 島に来たゴブリンの多くは、大抵がバルゴ・ブルヌスと深いかかわりを持つ。

大陸のゴブリンの間でも、バルゴ・ブルヌスこそ一族の代表とする考えが優勢だ。

 良識のあるガドゥには、耐え難いのだろう。


 そのままゴブリンの包囲を突破し、俺とガドゥはダークエルフの魔術師どもに挑んだ。

 こちらの姿が目に入るなり、連中は現象魔法を放とうとしたが。

 見える距離なら銃の方が早い。

 AKとショットガンの前に、あっという間に無力化した。


 結局、襲われて数十分と経たない内に、俺達はゴブリンとダークエルフを撃退。

 10人を殺害し、ダークエルフを2人、ゴブリンを3人捕まえた。


 数人取り逃がしたが、復讐の可能性は低い。勝利以外の方法で血の饗宴を生き残ることは恥ずべきことだ。仲間からも爪はじきにされ、しばらくしょんぼりしている事だろう。案外、数年で堅気に戻ってくれるかも知れない。


 俺もガドゥも、負傷はなかったが。


「……これで、大丈夫です。現象魔法には気を付けてくださいね」


「ああ。少し肝が冷えた。やはり、バンギア人には私の弱点が知れているな」


 治療は済んだものの、スレインの腕からは鱗がはがれ、皮膚に凍傷ができていた。

 俺達をかばい、一人で敵をひきつけて戦ったときに食らったのだろう。


 銃弾を弾き返す鱗と、灰喰らいを振り回す強大な力。

 最強の種族に見えるドラゴンピープルだが、現象魔法への耐性は高くない。


 魔錠や手錠につながれ、捕縄をかけられた5人。

 白と黒のペイントがなされた、パトカーと似た軽装甲機動車に連行されていく。

 護送するのは、白いヘルメットに、警察の服装と似た形状の迷彩服。腕章には、『警務』と『MP』の文字がある自衛軍の兵士達。


 こいつらは、自衛軍の警務隊。いわば軍の警察にあたる奴ら。

 本来の任務は、自衛軍の兵士が起こした事件を裁くことだが。

 日ノ本は断罪者を警察とは認めていないため、治安維持の名目で断罪事件の捜査に介入してくることがある。

 4人に減らされた俺達は、しばらくの間、こいつらの手を借りざるを得ない。


 証拠品のまとめに、破壊された物品のメモ、現場の検証も手慣れたものだ。

 書類がまとまり、軽装甲機動車で去る前に、指揮官らしいのが顔を出した。


「5人検挙、10人殺害か。マフィアの抗争でもあるまいに、我々ならもっと穏便にやるぞ」


 ムカついたが、役には立ったのだ。俺は軽口で返した。


「まともに相手してみろよ、バルゴ・ブルヌスは死ぬことを喜ぶ連中だぜ」


「知っている。ゴブリンやダークエルフは、秩序というものを理解しない狂暴で低俗な種族だからな。そこの竜人といい、バンギア人は、どいつもこいつも似たり寄ったりだが」


 ガドゥが、むっとしたくらいじゃびびらなかった指揮官だが。

 スレインが、ぎろりとにらむと、慌てて車に引っ込んだ。


 あいつの徽章きしょう、一尉だった。紛争で昇進したクチだろう。


「ちくしょう、嫌な奴だったな。確かに大人しくはしてねえけど、頭から俺達を馬鹿にしやがって」


「ガドゥ」


「……分かってるよ、旦那。あんなのでも、一週間は俺達と協力するんだから、よろしくやらなきゃな」


「それはそうだが、間違っていない。あいつの名は真壁まかべ九朗くろう。元は特車隊で、バンギアを攻めたくだらぬ男だ。よりにもよって、警務隊に居たとは」


 スレインの眼に、憎悪に近いものが宿っている。

 個人的な感情より、武勇や名誉を優先するドラゴンピープルにしては珍しい。

 それにしても、クレールの奴じゃなく、スレインが覚えている自衛軍の兵士か。


「スレインさん、もう紛争は……」


「分かっている。それがしは断罪者。奴は断罪法を犯したわけではない」


 今日のスレインは、どうも歯切れが悪い。

 気にはなったが、それ以上は話を聞かず、ガンショップに向かった。

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