4剛腕の半竜人
人工島ポート・ノゾミの南東部には、元々更地が目立っていた。
ぽつぽつと企業の進出はあったが、基礎を掘り始めたとか、交渉中だとかいう状態で紛争が始まり、例によってバンギア人達が押し寄せた。
紛争が落ち着いてからは、マーケット・ノゾミやホープ・ストリートで働く者たちが住んでいる。
中には、金や日ノ本とのコネが無いせいで、自衛軍の橋頭保や、ノイキンドゥ近くの日ノ本の官製マンションに住めなかったアグロス人も相当居る。
当然ながら、あまり治安の良い地区ではない。
見た目も汚い。元々あった産業用道路から、勝手に延長したコンクリートの道が伸び。その先にコンテナハウスや、コンクリを積んで波板で覆ったバラック、いびつな形のアパートなどがごちゃごちゃと建っている。家々のわずかな隙間には雑草がはびこり、闇市で売り買いされた、日ノ本の食品の包装や、日用品の残骸なども散らばって、汚い印象だ。
これでも、ホープレス・ストリートやら、ポートキャンプと比べればずいぶんマシな部類なのだ。単発の犯罪はぽつぽつあっても、根城にするマフィアやらなにやらの勢力がない。
ガンショップ“パール”は、そういう地区の、道路から少し奥まった場所にある。
盛り土を敷いた射撃場に、プレハブの工房。そしてバンギアの石材をコンクリで固めた店舗。なかなかの広さを備えている。実物を見たことは無いが、狩猟用の銃を備えた日ノ本の銃砲店より、本格的な店構えだった。
俺達が着くと、大柄と小柄、2人の少女が出迎えてくれた。
いや、少女と言ったものか、奇妙な取り合わせだった。
大柄な方は、少し釣り目ぎみだが、黒と赤の瞳が映える、キツめの美人だ。
恐らく、ドラゴンハーフだろう。スカートからは真っ赤な鱗で覆われた尻尾が覗いている。同じ色の足も大きく、皮膚が分厚いため、靴は履いていない。
そして混血だとすると、年そのものはまだ子供だから、もう一人の小柄な方が保護者ということになるのだが。
こっちも信じられない。アグロス人だろうが、フリスベルより少し年上にしか見えないのだ。黒髪のサイドテールに、少し眠たげな丸い目、抑揚のあまりない細い体だが、ツナギに分厚い皮のエプロンと、皮手袋。どう見てもガンスミスの恰好だ。
2人はどういう関係なのだろう。
ガドゥやフリスベルも事態をつかみかねているらしい。
小柄な少女はスレインに駆け寄り、その足元にすがりついた。
「……良かった、無事で。遅れたから、どうしたかと」
「すまぬ。バルゴ・ブルヌスに襲われ、戦っていた」
戦場から帰って来た兵士が、妻と抱き合っている様だ。心なしか、スレインの声が優しい。
どう見ても、男女の雰囲気だ。ドラゴンハーフの少女が、苛だたしげに腕を組み、2人をにらんでいる。ちょっと待て、するとまさか。
「公会で、活動縮小の動議を見た。4人だけで火器輸送って聞いたから、心配で……現象魔法も?」
凍傷は治ったものの、鱗のはがれた右腕。少女が手袋を外し、精一杯に背を伸ばしてなでている。
「なに、この程度。紛争前に、長老会のハイエルフから受けたものと比べれば。それよりいつまでも、こうしているわけには行かぬだろう」
ガラス細工でも扱う様に、スレインの手がそっと少女を引き離す。
いや、少女でなく女性だろう。してみると、恐らく珠里というのは、この人か。
名残惜しげな女性の胴体を、スレインと同じ赤い鱗が覆う。
大柄な少女の尾だった。まるで子猫を捕まえるみたいに、ぐい、と引き寄せ、そのまま腕の中に収めた。
「……おふくろ、もう良いだろ。ゴブリンのAKでそいつがくたばるタマかよ。ドラゴンピープルの英雄様だぜ」
皮肉というより、明らかな敵意に満ちた物言いだ。言葉遣いといい、典型的な不良。こういう子は大抵、根は悪いやつじゃない。
というか、おふくろ呼びってことは、やっぱりスレインとこの女性の娘だ。
2年一緒にやってきて知らなかった。スレインに、娘が居たとは。しかも、日ノ本の女性との間に生まれた、ドラゴンハーフ。
「あんたら、とっとと運びなよ。任務なんだろ」
「あ、ああ」
迫力に気押されでもしたのか。ガドゥが慌てて大八車を引っ張ろうとして、力を込める。
が、大八車には、自衛用を除いた、断罪者のすべての武器弾薬がつまっている。おまけに底にはスレインしか震えない長大な戦斧、“灰喰らい”がくっついている。
「ぐっ……! うぅ……」
体格のわりに力のあるゴブリンだが、持ち上げることすらできない。
武器弾薬だけで数百キロ。灰喰らいを合わせれば1トンに達するのだ。スレインが活動から外されていれば、トラックを借りることになっただろう。
膝を着き、息を荒げて額をぬぐうガドゥ。情けない姿にも見えるが、適材適所。スレイン以外の誰がやっても、結果は全く同じだろう。
「ガドゥ、ありがたいが、それがしに任せて」
「もういい、あたしがやる」
剣呑な言葉と共に、突き刺すような視線でスレインを黙らせた少女。
力を誇示するかのように、大八車のハンドルを片手でつかむ。
驚いたことに、車体が持ち上がっていく。
ごく自然に動かしているスレインと違い、かなり力が入っている様だが。それでもこんなものを持ち上げる力は、ドラゴンハーフと思えない。スレインほどではないかも知れないが、一般のドラゴンピープルと遜色ない。
少女は、へたりこむガドゥを見下ろした。
「あんた、名前は?」
「……ガドゥ、だけどよ」
格好悪い所を見せたと思ったのか、ガドゥは視線を外した。
少女の片眼、スレインと同じ真っ赤な瞳孔が、縦に細くなる。唇をなぞる小さな舌が、妙な色気を帯びた。
「ガドゥか、頑張り屋だな。そういう奴は好きだぜ」
「へ?」
優しい声に、間の抜けた声を重ねたガドゥ。小さな体を尻尾が包み、大八車の脇へのける。
「え……あ、すまねえ」
「いい。無茶はすんなよ、断罪者さん」
尻尾の先端が、ガドゥの額をなでる。また子供でもあやしている様な動きだ。母親への扱いといい、小さいものが好きなのかも知れない。
少女がリヤカーの取っ手に戻り、今度は両手で力を込める。少し土にめり込んだ車輪が、草を踏みつぶしながら進む。やはり動かすことまでできるらしい。
ザベルの所に、ドラゴンハーフの子供達は居るが、ここまでの力はない。
「おふくろ、裏の工房でいいんだな」
「……ありがとう。お願いする」
女性の許可を受けて、少しだけ歩いた少女。
不意に振り向く。これ見よがしにスレインと、女性を見た。
「おふくろ、そいつには気を付けろよ。あたしに言わせりゃ、体面を気にする奴はクズばっかりだ」
「ドロテア……!」
「珠里、いい。事実だ」
顔色を変えた珠里を、苦々しい声で制したスレイン。
何らかの覚悟があるのか、それがまた、ドロテアには気に食わないらしい。
「正しい答えだな。優秀な英雄さん、せいぜい種族の誇りを失くさない様にしな」
痛烈な皮肉を残し、ドロテアと呼ばれた少女は、工房へ去って行った。
俺達は珠里によって、店舗の方へ通された。
火器点検だけじゃなく。
色々と、聞くべきことがありそうだった。
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