5天秤を合わせる

  店舗から続く工房で、金属音が響いている。


 ドロテアが、コンテナの中身を分けているのだろう。2年前にテーブルズの予算で購入したものに始まって。不正発砲や殺人など、断罪事件で押収した銃器、弾薬、マガジン、パーツなどが乱雑に詰め込まれている。

 銃から弾は抜いてあるから、発射される危険は無いだろうが。弾薬の火薬は、衝撃で燃焼を始めるものが多いし、あまりやりたい作業じゃない。

 平然とできるドロテアは、大した肝っ玉だ。


 ガドゥと俺、それにフリスベルは、入り口前の来客用のソファに腰を下ろし、珠里の入れてくれた紅茶をすすっていた。

 スレインはというと、体格のせいもあって、やはり店に入れず、外に座り込み、窓越しにこちらを見つめている。

 一時間ほど前の、勇ましい戦士の形相から、苦労した大人の表情に変わっている。


 紅茶を置いた俺達の関心は、任務よりもまず、スレインと珠里だった。

 無言ながら、雰囲気を感じ取ったのか。スレインが窓を開け、頭を突っ込んで来る。


「ギニョルにしか、言っておらんかったのだがな。珠里は、それがしの。ドラゴンピープル以外の種族の言葉で、妻、というものになる」


 やっぱり。だがドラゴンピープル以外というのは、どういうことだろう。


 俺はガドゥを見たが、どうも分からないらしい。

 ドラゴンピープルは、バンギアの他の種族にとっても謎が多い存在だ。ゴブリンも住まない高山や、エルフも近寄らぬ深い森などに小さな集落を作り、争いのたびに現れて修羅のごとく戦う、幻の様な存在だという。

 ポート・ノゾミにこれだけの数が居るのは、バンギア始まって以来だとも聞く。

 フリスベルが、思い出した様につぶやく。


「聞いたことがあります。ドラゴンピープルは、氏族を持たず、種族として生活しているって」


 ガドゥはぴんと来たらしい。俺にはとんと分からない。

 もしかして、この中で最も頭が悪いのは俺なのか。紛争のせいで、学歴は中卒だ。

 嫌な考えを打ち消すように、言ってみる。


「そりゃあ、どういうことだよ」


「家族というものを、持たぬのだ。それがし達にとっては、ドラゴンピープルとして生まれたことが、何よりも重要だからな。種族として恥じぬ力と、誇り高き行動、ただそれだけが重要で、誰から生まれたかは問わぬ」


 ということは、子作りは適当に済まして、生まれた子は一か所に集めるか何かして、大人になるまで育てるということだろうか。

 赤ん坊のときから、親の顔を知らず、学校に行っている様なものか。それは、ものすごいディストピアに聞こえるが。


「奇異に思えるかも知れぬが、それがし達は、このバンギアに暮らす種族が、勝ちすぎることの無いための、天秤なのだ。この強い体、みなぎる力は、滅びゆく力無き者のために。自らの子や妻、夫、血の流れというのは、天秤の重みを狂わせてしまう」


 何となく、言いたいことが分かって来た。つまり結婚して家族を作っちまうと、家族を守るという考えになる。すると、ドラゴンピープルとしての役割にそぐわない場合が出るということか。


「この島に来て、あの紛争を経て、生き方を変えた者も確かに居るが。それがしは、そういうわけには行かぬ。それがしたちドラゴンピープルも、断罪者も、己の命をかけて、法という天秤を守るもの。家族によって、揺るがせにすることはできぬ」


 ドラゴンピープル達が、そこまで潔癖な種族だったとは。

 いや、でもハイエルフとは微妙に違う気がする。なんというか、あらゆるものに対する慈しみみたいな感情が、こいつらの根源にあるのだろう。

 要は、すべてのものを守るために、家族を、自分たちだけを守ってはならないということだろうか。

 スレインは、珠里を、ドロテアを、正式な家族にすることが出来ないのだ。


 だが、スレイン自身が、二人をどうとも思っていないかといえば。

 そんなことは、無いのだろう。珠里が立ち上がり、スレインの首にすがりついた。


「気に病まないでください。私の事は、構いません。その覚悟をもって、私は、あの子を産んだのだから。島に来ることも、私と、あの子で決めました。あなたの迷惑になっていないか……」


「いや。辛い思いをさせている。そばに居られず、本当に、すまない」


 ドロテアが叩き付けた言葉を思い出す。

 体面、そう、スレインが守ろうとしているのは、確かに体面だが。

 俺がもし、16歳のままであれば、そう言ってしまったかも知れないが。


「あんま気にすんなよ、スレイン」


「騎士……」


「あのお転婆の事なら、息子だと思えばいいさ。息子と親父ってすぐ喧嘩になるんだ。でも、大事なことは、結局ちゃんと分かる。これからだろお前ら」


 むしろ、子供の方が、親を信じすぎちまうくらいだからな。

 ザベルの所の混血児たちと比べると、まともに当たり散らせるぶん、ドロテアは幸運というものだろう。


 自分の悩みを、他人からとやかく言われたのは、初めてだったのだろうか。スレインはしばらく黙ったが、牙を見せて笑った。


「……生意気な、口を利く」


「ガキ扱いはよせよ。こんななりだけど、もう二十三なんだ。生意気も言うぜ」


「そうかも知れん。とにかく、そういうわけだから、それがしは、長くここには居られない。断罪者としての任あればこそ、この島に暮らすことができる。テーブルズのドーリグや、ほかのものに、天秤としての役割を全うしていないと思われては、種族の結束も揺らいでしまう。そうなれば、断罪者にとっても、迷惑であろう」


 なるほど、テーブルズで強力な後ろ盾になってくれる、こいつらドラゴンピープルは。天秤の模範である、スレインの存在でまとまっていたのか。


 だがもしかしたら、天秤としての役割以上に。

 スレインは家族を守るために、断罪者となることを選んだのかも知れない。


 そのへんもあって、ギニョルは珠里の居るパールに、火器の点検を頼んだのか。

 もしそうなら、えらく人情にあつい悪魔だ。


「あ、あの。分かりましたけど、火器の点検はどうなっています。できれば、暗くなる前に終えて戻らないと、出動がかかるかも知れませんし」


 しんみりした空気が、フリスベルの一言で現実に引き戻った。

 言われてみればその通りだ。火器点検に出してある今、警察署を守っているのは、3人の断罪者と、わずかな銃器のみ。可能性は少ないと思うが、霧島の様な自衛軍のレンジャー部隊とか、GSUMのハーレムズあたりに大挙して襲撃されたらひとたまりも無い。


「そうだな、ぱぱっと済ましちまってくれよ。いつもそんなに時間はかからないんだ」


 ガドゥの言う通り。せっかく家族と会えたスレインには気の毒だが、とっとと終えて戻らなければ。

 俺達の雰囲気に、珠里がうつむいてしまった。

 ちと可哀想だが、仕方のないことだ。


 いや、何かつぶやいてる。これはまずい、まさかヒステリー的な。

 そう思ったときだ。


「おふくろ、ちょっと来てくれ! ひでえ有様だぜ」


 ドロテアの声は、店の奥から聞こえた。

 珠里が突然走り出した。釣られる様に、俺達も工房へ向かう。


 ひでえ有様と聞こえたけれど。一体何がだ。まさか俺達の銃器か。定期点検は、3か月に一回、日ノ本の銃砲店に依頼していたのだが。


 奥の工房は、本格的なものだった。作業台は5つもあり、それぞれにハンドローダーや電子秤、様々なラベルを張ったグリスや洗浄剤、ピンバイスにドライバー、電動ドリルや金屑入れを備えている。後は、金属を切り出す旋盤、削って形を整えるグラインダ、木材用の大型ノコギリまである。

 素人目に見ても、かなり設備が充実している。


 ドロテアは作業台に向かっていたが、俺達が入っていくと振り向いた。


「あ、来た来た。おふくろちょっと見てくれよ、この9ミリ、重さがばらばらだぜ」


 珠里は作業台上のパーツを取った。

 あれはバレル、つまり銃身の部分だ。


 ドロテアが分解して調べていたのだろう。俺のM1897より、さらに古いショットガン、レバーアクション式のM1887だ。マーケット・ノゾミで強盗をはたらいた悪魔から取り上げた。


「……ひどい、歪みがある、ショットガンでもあり得ない。ストックも割れてる、ニスが剥げて、水が入って、腐りかけてる」


「ひでえだろ。こっちのは、薬室にひびだぜ。撃鉄が欠けてるのもあったよ。そっちの弾薬もだ」


 言われるまでもなく、珠里はゴム手袋をはめ、ピンセットで弾薬を電子秤に乗せて重さを調べている。


「この9ミリ、火薬が入ってないダミーだ。こっちは入れ過ぎで危ない。薬莢も使い過ぎて薄くなってるし、この焦げ、リロードのときにワックスがけをしてない」


「それだけじゃねえよ。でかい弾頭を、無理やり薬莢に突っ込んでるのもあるし。このへんの銃器も、バレルは傾いてる、ライフリングが欠けてたり、銃口がすすけてたり、ジャムるのもあるぜ。ひでえのになると、バリも取ってないんだよ。どっかで在庫になってたのを、とりあえず持ってきたんだ」


 用語の意味は良く分からないが。相当に、トラブルがあるということだろうか。

 珠里が振り向いた。スレインに抱き着いていたときとは、全く違う。

 

 クソど素人を見下す、職人の眼だ。

 少なくとも、夫と娘の仲を心配する、大人しい人妻のものでは決してない。


 ずい、と俺の懐に近寄り、見上げて来る。珠里は小柄なのに、完全に見下されてる気分になっちまう。


「……あなたたち、2年もこんな銃で戦ってたの。この島では、こんな銃器が普通なの」


「て、点検は受けてる。3か月に一回。それでだめそうな銃は、回収して鉄くずにするらしいんだけど」


 自衛軍の官給品と違って、断罪者の使う中古の銃器は、新品と比べて危険だからということで、火器点検が定められている。


「私だったら、これ全部ばらして調べて、危険そうなパーツはすぐに交換する。試射や、少し戦ったぐらいじゃ分からないかも知れないけど、がたが来てるのが沢山ある。すぐに預けて欲しい。私だって、そこまで大した腕じゃないけど、ガンスミスとして、見過ごせない」


 背中が冷たくなった。

 俺達は顔を見合わせた。ギニョルからは、詳しい指示を受けていないが。

 餅は餅屋。ガンスミスの言う事には、従っておいた方がいい。


 簡易の点検だけでも、陽はとっぷりと暮れてしまった。その間、出動が無かったのが幸いだが。

 俺達の銃も点検に取り上げられてしまった。丸腰で夜中に出歩くことは危険すぎるため、スレインに代車ならぬ代銃を持たせ、警察署に報告してもらうことにした。


 俺とガドゥとフリスベルの三人は、工房の2階に無料で泊めてもらうことになった。経費が関わる事なので、渋ったのだが、有無を言わさず押し切られた。


 一件大人しそうに見えて。珠里という人は、仕事に全く妥協できないらしい。

 もしも家族になったなら。あのスレインが、妻と娘の尻に敷かれるのかも知れない。ちょっと、想像できないが。

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