6銃器こもごも

 俺には、大抵の環境で、寝付ける自信があった。


 断罪者にとって、休暇は珍しい。断罪事件は不定期に起こるため、ちょっとした暇に体を休めることが不可欠なのだ。

 しかも場合によっては、ポート・ノゾミよりもっと不便なバンギアの大陸側まで捜査するのだ。野宿だって珍しくはない。日ノ本でぬくぬくと暮らしている奴らと比べれば、よほど鍛えられている。


 そんな自信はあったが、パールの環境には閉口した。


 なぜって、寝具も清潔さも悪く無いが。店舗の2階にベッドがあるのだ。


 工房から聞こえて来る、発電機の猛烈な回転音に、金属を叩く音、パーツを削る音。古いグラインダが叫ぶ様に回り、火花と共にパーツから金屑を削りとる。

 防音なんて気の利く設備はない。一晩中、隣の部屋で電気工事をやられてるようで、とても眠れたものじゃない。


 珠里とドロテアには、職人の誇りみたいなものがあるのか。

 今晩の内に俺達の分だけでも済めば、朝になったら断罪者として活動できる。

 それはありがたいのだが。


 3つ連なった2段ベッド。歯を食いしばって目を閉じる俺の頭の上で、ガドゥが体を起こした。


「……あー、ダメだ、眠れるわきゃねえ。ちきしょう、まるで不眠の拷問だぜ」


「おい黙ってくれよ。人がせっかく」


「寝てください! お願いですから!」


 窓側にひとつ進んだ先のベッドで、声を荒げたのはフリスベル。

 俺もガドゥも驚いた。こいつがこんなに怒るのは、2年一緒に居て初めてだ。


 ぼさぼさの金髪に痩せた体。俺達2人に眠たげな眼を向けながら、一方的にまくしたてる。


「私だって努力してるんですよう。でもうるさいし、大体、こんな金属だらけの場所で、エルフが眠れるわけないんです。いつもの銃だけでも気持ちが悪いのに。ああ、おうちが恋しい……泉の音は、鳥のさえずりは、木の葉のざわめきは、一体どこに……?」


 頭を抱えて、泣きそうな声になっている様は、いたたまれなくなってくる。

 病気の子供を見ているみたいで、気の毒でしょうがない。


 寿命も長く、容姿が衰えないエルフだが、魔力の分布には敏感で、わりと神経質だったりする。金属、特にアグロスから来た製品では、種類によって、触れていると気分が悪くなることもある。

 ザベルみたいに、あちこち旅するダークエルフなんかはともかく。長年清浄な森を出ていないハイエルフやローエルフは特に厳しいらしい。


 フリスベルの家は確か、ポート・ノゾミの周囲にある清浄な離れ島だったか。


「……今からでも、送ってもらうか? イェンを積めば、深夜便で島まで」


「いいです。私達だけで、一週間戦うんだから、休んでるわけにも行きません」


 どう考えてもいいようには思えないが。結構頑固なところがあるな。というか、こいつ確かギニョルより年上だった様な気がするんだが。普段色々と我慢してるのだろうか。


 どうしようかと思ったが、ガドゥは案外大人だった。軽かいにベッドを降りると、中央のテーブルに座る。


「……じゃあ、ちょっと話してようぜ。なにもずっと削ってるわけでもねえだろ」


「だなあ。どうしてもなら、ちょっと言ってもいいし、しばらくすりゃ、うとうとするだろうし」


「でも……えっと、じゃあ、すいません」


 とうとう、3人ともテーブルについた。


 カーテンを開けると、小さな窓からは、元三呂空港へ続く橋の灯り。悪魔や吸血鬼が元気になるせいか、暗い海の上にも、船の灯火が見える。あれは島と一緒にバンギアに来た、タンカーやコンテナ船用のパイロットシップだ。漁船に流用されていたりする。


 にしても、少女そのものの外見のフリスベルに、小柄なゴブリンのガドゥ、そして見た目は16のガキの俺で夜中に雑談とは。修学旅行でもあるまいし。


 煙草を一服やりたくなったが。毒ガスに弱いゴブリンや、清浄な森が好きなローエルフの手前、やめておくことにする。


 話すと言っても、何を話題にするか。責任を感じてるのか、フリスベルが言った。


「……そんなに、酷かったんですかね、私たちの銃」


「全部中古品だからなあ。騎士、どうなんだよ、あれみんなアグロスのもんだろ」


 どうっていうのは、品質のことか。


「無茶いうなよ。日ノ本じゃ銃持ってる人間なんて、自衛軍か警察かハンターぐらいだ。紛争が無かったら、俺も死ぬまで触らなかったと思うぜ」


「ああ? そうなのか。そういや、俺達の銃、メリゴンって国から来たんだっけか」


「アグロスには、日ノ本以外に、人間の暮らす国が、100以上あると聞いてますけど。全部別々の言葉で、決まり事も違うって」


「そうだよ。人口は、俺が中学で習った時点で、70億人ちょっとらしい。気が遠くなっちまう」


「人間って、そんなに繁栄できるんですね」

 

 フリスベルの言葉に悪意はない。


 バンギアでも、アグロスでもだが。人間が頼む国や血筋ですら、800年続くものは数えるほどしかないのだ。対して、エルフや悪魔、吸血鬼たちは、生まれ落ちれば同じだけの寿命が保障されている。しかもそれぞれに人間より魔法の適性が高い。

 上から目線にもなる。

 それでも、気に入らなかったのか、人間並みの寿命のガドゥが言った。


「でも、魔法も使わずに、誰だって殺しちまう銃があるぜ。バンギアだと、たくさん戦争して、武器や技術を発達させて来たんだろ」


「まあな。毎年、世界のどっかでやってるよ。俺のひい爺さんくらいの頃の戦争じゃ、日ノ本の首都だって爆弾で丸焼けになって、何十万人も死んだんだ」


「それでも、70億からすれば、それほどのこともないのでしょうか。戦争で技術が進めば、100年ほどで人の数が増えますから」


 フリスベルの考えは、バンギアを知らなければ奇異なものに思えるだろうが。

 800年生きる連中からすれば、せいぜい100年の人間の命なんてそんなものなのだろうか。

 それにしちゃ、ギニョルとかクレールとか、熱い奴が多すぎる気がするが。


「……あ、いえ、その決して人間の人達をそんな風には」


「別にいいよ。そうだとして、そんな人間の銃で、エルフや悪魔や吸血鬼が、たくさん死んでるんだ。もう誰が悪いとか、そういう話じゃねえだろ」


 俺にしてみれば、マロホシとキズアトはぶち殺したいが。バンギア人そのものが、とかアグロス人そのものが、とかいう考えはしたくない。断罪してきたやばい奴らは、大体そんな考えだった気がするし。クレールを殴ったときの俺は、さすがに忘れてしまいたい。


 そう、そのクレールの奴ですら、自衛軍を皆殺しにするとかは思ってないだろう。

 親の仇だし、色々思う所はあるのだろうが。

 というか、そんな奴ならギニョルから断罪者とは認められない。案外、俺達はバランスが取れているのだろうか。


 紛争の責任、という話におよんで、会話が止まってしまった。本当に誰が悪いのか。誰も分からないのだろう。それぞれに、深い傷を負った。話題を変えるか。


「……そういや、その戦争の相手がメリゴンだったな。あの国は平和だけど、銃を持っててもいいらしいんだ。この島ほどじゃねえけど、ガンショップも大量にあるし、中古の銃がわりと余ってて、紛争のとき日ノ本に売ったのが、この島に来たんだ」


 俺のM1897とか、フリスベルのベストポケットとか、昔メリゴンで作られて、たくさん売れた銃が、回収された後、高値で売りつけられたそうだ。


「確か、自衛軍の装備として、入って来たんですよね。でも、89式とか、てき弾銃とか、もっと強いし、便利な銃がたくさんあるのに、わざわざ古い銃なんて」


「事情があってな。自衛軍も長く戦える装備が無いんだよ。ま、それでも使わないやつってのが、GSUMやバルゴ・ブルヌスを通って、マーケット・ノゾミに出てきてる。俺達はそれを回収して、使ってるわけだ」


 俺がそう言うと、ガドゥがぽんと手を打った。


「ああ、なるほどなあ。俺達が使ってたの、作られた国で古くなって、売りつけられた先でも使えねえって判断された銃と弾薬か。そりゃ、あちこちがたが来てるわけだよ」


「珠里さんみたいな職人の方も、バンギアには居ませんでしたし。発射さえできれば、銃が良いのか悪いのか、そんなに気にしませんし」


 日ノ本の銃砲店といっても、メリゴンの古い銃器は分からないかも知れない。

 禁制品が強化されることは、ちょっと複雑だが、この先珠里がガンショップをやってくれるなら、非常に助かる。


 メリゴンで銃器の扱いを学んだ奴など、自衛軍にもどれほど居るか分からないし、島で暴れる各組織も、欲しがるかも知れない。


 会話していると、階下の音が一段落ついた。

 休憩のタイミングだろうか。これほど早く仕事を終えたということも無いだろうし、今の内に全力で寝た方がいいか。


 3人で顔を見合わせ、ベッドに潜り込もうとしたところで、窓の下にヘッドライトの灯りが見えた。カーテンを開けると、自衛軍の軽装甲機動車が停まっていた。


 扉が空き、兵士たちが出て来た。かと思うと、店舗の方から、何かが倒れたり、金属がぶつかる音が響く。


 3人とも、物も言わずに上着をはおった。

 俺は手近に立ててあった、ライフルのバレルを取る。フリスベルはトネリコの杖を握り、ガドゥはナイフと、なにやら魔道具。無言のまま、転がる様に駆け降りる。眠気は吹っ飛んでいた。


 階段を下りると、そこには。


 銃剣付きの89式自動小銃を構えた、警務隊の兵士達が5人。

 しかもそのうち1人は、あのスレインが嫌悪した、真壁まかべだった。

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