7竜の血


 対峙するのはドロテア1人。よく見れば、珠里は兵士達の側に立っている。

 いや、違う、これは連れていかれようとしているってのが正しい。


「おや、お前達居たのか。なんだそのかっこうは、泥棒でも捕まえに来たか」


 くっく、と笑った真壁。他の奴らも笑ってやがる。

 俺達のかっこうといえば、修学旅行中にたたき起こされた中学生にも等しい。


 俺はズボンに、カッターシャツ一枚、手には鉄パイプの様なライフルバレル。ガドゥはズボンとジャケットで、ポケットに魔道具、ナイフ。フリスベルに至っては、髪はとかしていないし、薄ピンクのネグリジェの上から、カーディガン一枚はおって、杖を握っているばかり。

 なんというか、寝起きの情けなさ全開だった。


 まあ、敵意が無いなら、状況の把握からだ。ドロテアが暴れ出すかどうか、見極めなければならないし。

 昼間やったように、できるだけ、砕けた調子で話しかけてみる。


「なんだはねえんじゃねえのか、真壁さん。そいつは何の真似だ。どういう理由でガンスミスをしょっ引く」


「理由も何もない。この女は、七夕紛争で自衛軍の特車隊をトカゲ共に売った脱走兵。軍の規則に従い、裁きを受けてもらうまでだ。まだ5年前のこと、時効もない。これは自衛軍警務隊としての正当な捜査だ。珠里、違うか?」


 粘つくような目で、珠里のあごをつかむ真壁。珠里は抵抗もできない、何も言わず、されるがままだ。


「待てッ、このクソやろう! おふくろは連れていかせ」


 乾いた銃声。左端の兵士の89式だ。

 ドロテアの右肩、ブラウスの布地が真っ赤に染まっている。


 膝を折ってしゃがみこみ、流れ出た血を右手に受けたドロテア。呆然と、濡れた手のひらを見つめている。


「ドロテア! ひどい、真壁さんどうして」


「捜査に関して、必要な有形力の行使をしたまで。カジモドの数を減らしておくのも、島の治安の安定につながる」


 悪びれもしない真壁に対して、フリスベルが声を上げた。


「発砲する必要は無いでしょう! 不正発砲であなたがたを断罪しますよ」


 どすの利かない、可愛らしい声だった。

 数人の兵士が、唇を歪めて、フリスベルを見つめる。

どうやら、そういうケのある奴ららしい。ホテルノゾミが、はやるわけだな。


「困ったものだな。正当な捜査の妨害には、発砲も許可されているが、弱い者いじめはどうしたものか」


 頭から馬鹿にしてやがる。スレインが腹を立てるのも分かり過ぎるクソ野郎だ。

が、この余裕には理由がある。室内は明るいし、連中の居る入口から俺達の居る階段まで、たった8メートルほど。

 相手の銃は銃剣付きの89式小銃が4丁。悪いことにどれもマガジンが箱型、装弾数30発に増やしてある。ドロテアに的確に命中させたことからも、腕は悪く無いだろう。というか単純にあれ全部フルオートでぶっ放されたら、合計120発弱の5.56ミリ小銃弾でこっちはハチの巣確定だ。


 そんな状況で怒れる、フリスベルの勇気は大したものだが。いつもあんなに大人しいのに、寝起きで気が立っているせいか。

 杖をかかげようとしたフリスベルに、真壁はシグザウアーP220を突き付ける。


「ローエルフよ、私に魔力は見えないが、君が声を出した瞬間、我々は射撃に移る。ガドゥ、騎士、君たちが一歩でも動いた場合もだ」


 隙をついて格闘になだれ込むことはできない、か。

 できたとしても、格闘訓練を受けた自衛軍の兵士を逮捕するのが目的の警務隊だ。体格で劣る俺達が戦うのは無謀といえる。


 何か方法は無いのか。どうして、スレインを行かせてしまったのだろうか。


 真壁の言っている事が本当なら、自衛軍としての正当な捜査といえる。だが俺達断罪者は事実を確認していない。基地内ならともかく、この場所で優先するのは自衛軍の内規よりポート・ノゾミ断罪法だ。本来なら警察署に赴き、クレールかギニョルが魔法で裏を取り、それから身柄をどうするか相談しなければならない。


 だがこいつらは、押し切るつもりだろう。

 強引にことを進める裏には、たいてい、そうせざるを得ない事情があるはずだが。


「やめてください、私は抵抗しません……銃を下ろして」


「君になくても、彼らにはある様だ。自衛しなければな」


 真壁以外の4人が、89式のセレクターを切り替える。トリガーの上に書かれた、カタカナのレは、連射のレ。フルオートだ。


 やる気だな。断罪者も巻き込むということは、恐らく、自衛軍の上の方の息がかかっているのだろう。バルゴ・ブルヌスといい、断罪者が減った機会をよく見てやがる。もしかしたら、スレインが出払うのをうかがっていたのかも知れない。


「どうする騎士、大人しくするか」


「正直、それしかないか……真相調べて、後で助けることになるか」


 動かずに呟いた俺とガドゥ。声の出せないフリスベルは、無言で俺とガドゥの手を握っている。可憐な顔に、怒りと悔しさがにじむ。


 分かってる。それじゃあ手遅れだ。拷問か、辱めに遭っちまってからじゃ遅い。


 隙。飛び込める隙さえあれば。フリスベルが一言でも、呪文を唱える隙さえあれば。


 願いを叶えたのは、スレインのお転婆娘だった。

 俺達に注意が向いたのを見計らったか、突然顔を上げたのだ。

 かっと開いた眼、細長い瞳孔はスレインと全く同じ、ブチ切れた竜そのもの。口にも、竜の牙に近い犬歯がのぞく。怒りの迫力は、スレインにも差し迫る。


「だめっ、ドロテア!」


「そのトカゲを殺せ!」


 無慈悲な命令の下、89式小銃が、5.56ミリのライフル弾を吐き出す。

 弾の雨の中、ドロテアは飛び上がり、なんと天井に張り付いた。

 スレインから受け継いだ、あの両足、それにハーフながらドラゴンピープルとそん色ない怪力があって成せる仕業。


「うっ……撃て、殺せ!」


 天井に張り付く怪物を撃つ訓練など、どこの軍がやるのだろうか。

 狙いが乱れている。かすったくらいでは、ドロテアには効かない。

 蛇の様な叫び声を上げ、天井から兵士に飛びかかるドロテア。

 大きく開いた口で、大柄な兵士の肩口に噛みついた。


「う、ぎゃああっ、がああ!」


 みしみし、という音と共に、肉が裂け、骨が砕けていく。痛いなんてもんじゃないだろう。同僚たちが銃剣を振りかざすが、ドロテアは兵士の肩を噛んだまま、鱗に覆われた強靭な尾を振り回し、近づかせない。


 ならばとP220を取り出し、スライドを引いた兵士。

 まさに引き金にかかろうとした手のひらを、素早く近づくガドゥのナイフが貫く。

 馬鹿やってる間に、俺達も間合いに入った。


「こ、こいつら」


「ログ・バズゥ!」


 フリスベルの呪文が命令を遮る。

 周囲を囲む石壁から、無数の石が降り注ぐ。


 動きが止まった。手足を打たれて、ふらついた兵士に近づき、顎を狙ってライフルバレルを思いっきり振り抜く。


 意識が揺らぎ、力が抜けたのを見計らい、回し蹴りで89式を叩き落とし、そのまま後ろに弾き飛ばす。


 転がっていく銃に注意が向いた瞬間を狙い、俺は兵士と密着した。腰のP220を抜くと、スライドを引き、左足を撃ち抜いた。

 そのままタックルで吹っ飛ばすと、悲鳴を上げて、のたうちまわっている。まともな取っ組み合いなら、俺の負けだったろうが。


「貴様……がっ……あ!」


 フリスベルを撃とうとした真壁の首に、怒れるドロテアの尾が巻き付く。

 取り付いた兵士の肩をかみ砕きながら、尻尾で真壁の体を宙づりにするドロテア。


「くぁっ、し、ね……化け、もの」


 背中に当たったP220の9ミリ弾が、甲高い音を立てて弾かれた。

 引き裂かれたブラウスの背、スポーツブラの下には、人間の肌に交じって、スレインと同じ真っ赤な鱗が生えそろう。あれには9ミリ弾なんぞ効かない。


 遠心力と共に、真壁の体が吹っ飛ばされ、テーブルでバウンドして、ソファで止まった。


 残りの二人が銃を構える前に、フリスベルが現象魔法を発動させる。


「イ・コーム・イビイ・バイン・ミッヒ・レリィ!」


 突き立てた杖から、青い魔力が床の木材を走る。

 魔力の塊から飛び出したのは、真っ赤な棘をずらりと生やした、強靭な茨だった。

 5人の兵士は抵抗する間もなく、茨に縛られ、床に固定されてしまった。


 ただ動けないだけじゃない。ジャケットや軍服まで貫通して、鋭い棘が体を突きさし、全身血まみれだ。

 苦痛のあまり、全員武器を落としている。

 訓練された軍人の戦意を喪失させるとは。フリスベルの強い怒りが感じられる。


 とりあえず、武装を解除し、奪ったのと合わせて、手錠をかけることにする。

 しかし、活動一日目で協力相手を断罪する事になるとは。ギニョルの大目玉だけで済めばいいが。


「……おい、ドロテアそいつを放してやれ、もう戦えない」


 声をかけたガドゥに、振り向いたドロテア。

 その形相は、兵士を襲ったときと変わりない。


「う、うわっ、何すんだ、やめろ……!」


 案の定、兵士を放してガドゥの方へ飛びかかる。ナイフを使うわけにもいかず、押されるガドゥ。使えたってドロテアは刺せないだろうが。


「おいどうした、もう大丈夫だ、聞けよ!」


 俺の呼びかけにも答えない。このままだとガドゥが噛まれる。

 そう思ったとき、珠里が動いた。

 89式を拾い上げると、手慣れた動作でセーフティをかける。銃床を振り上げて、ドロテアの側頭部めがけて叩き付ける。


 鈍い音と共に、吹っ飛ばされたドロテアに、フリスベルが杖を向けた。


「ごめんなさい。フリス・オグ・ライン!」


 放たれた青い魔力が吹雪に変わり、ドロテアに向かい吹き付ける。

 積もった雪に、動きがにぶり、しゃがみ込むと、ゆっくりと目を閉じる。

 横になって、尻尾を丸めて、まるで冬眠だ。


 小銃を投げ捨て、ドロテアの雪を払った珠里。いたわしげに娘の頭をなでながら、フリスベルを見つめる。


「大丈夫なの?」


「眠っているだけです。ドラゴンピープルの血が濃いなら、氷の現象魔法が効くと思ったんですけど」


 確かに、連中の唯一の弱点が現象魔法だ。それにしたって、ここまで極端に効くのは珍しい。普通のドラゴンハーフと違い、スレインの血が強く出ているのかも知れない。


「……あ、危なかった。すまねえ、フリスベル、珠里さん」


 ガドゥが起き上がり、ため息をついている。俺もひやりとした。しかし、こんなに凶暴な一面があるとは。


「おのれ、貴様ら、こんな形で、我々の邪魔をして……野蛮人どもが……!」


「そんなに大事なら、ギニョルに言ってからやれ。俺達が言うのもなんだけど、不正発砲と殺人の未遂だからな」


 とはいえ、もし本当に正当な捜査なら、その邪魔をしたことにもなる。

 茨でやられた自衛軍の兵士は、とりあえず放置だが。

 俺が足を撃ち抜いた奴と、ドロテアにめちゃくちゃに噛まれた奴には、フリスベルが回復魔法をかけていた。


 俺達の行為は断罪に付随した殺傷権の行使だが、ドロテアはやり過ぎになるかも知れない。いずれにしろ、この一件は持って帰って自衛軍と俺達で話を付けなければならない。


 この一週間、平穏には終わりそうにないらしい。

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