8将軍

 警察署の会議室。

 時刻は明け方だが、暗幕を締め切った部屋に、太陽の位置は関係が無い。


 備え付けのスクリーンには、プロジェクタの様な魔道具から、映像が投影されている。

 使っているのは、蝕心魔法で珠里の記憶を読み取ったクレールだ。


 映像は全体的に暗く、見づらい。恐らく夜だったのだろう。森の中に築かれた、荒っぽいわだちの周囲で、鉄の塊が燃えている。砲塔の残骸から確認する限り、戦車だ。

 種別までは分からないが、確か日ノ本の資料では、大陸を攻撃するために、74式戦車というのが、14台ほど派遣されていた。紛争中に行方不明になったとされているが、やはり破壊されたらしい。


 ハイエルフや人間の騎士、そしてドラゴンピープルによって縄をかけられ、捕らえられているのは、6人の自衛軍の兵士。燃えている戦車8台を動かすには、10人ちょっと足りない。随伴の歩兵が展開していたなら、さらに人員は多かったはずだ。

彼らがどこに行ったか――闇の中に転がってる遺体がそれだというなら、悲惨な敗戦に違いない。


 すすけた顔でカメラ、つまり珠里をにらみつけているのは、恐らく真壁。今より少し頬につやがある。まだ若かったのだろう。


 クレールが魔道具から手を離し、映像は途切れた。


 コの字型の机の右側に座っているのは、俺達断罪者が7人。スレインは新しく付けた外の扉から入ってもらった。天井が低いせいでかがんでいる。


 逆側に座っているのは、包帯の跡が痛々しい真壁と、数人の自衛軍の兵士。それに、上等な軍服で、どっしりした物腰の男は、自衛軍の幹部。日ノ本から橋頭保の指揮を任されているのだろう。


 モニター正面には、テーブルズから、人間のマヤと護衛、ハイエルフのワジグルが居る。この話し合いの見届け人であり、最終的な判断を下す。


 ここまで約一時間。バンギアの大陸で野営していた自衛軍の特車隊が、スレインの率いるドラゴンピープルに一方的に蹂躙される様がこれでもかと流れた。


 通常弾を弾き返し、格闘能力にも優れたドラゴンピープルが数十体。いくら戦車でも、夜間に待ち伏せを食らい、主砲の使えない至近距離で接敵されては、ひとたまりも無かった。2、3体、RPGなんかで葬ったものの。砲塔をへし折られ、備え付けの機銃は銃座ごと引きちぎられ、戦車は散々に破壊された。ダクトから炎を送り込まれ、中で丸焼けになった奴らも居る。

 だが、珠里自身はドラゴンピープルの攻撃を受けていない。それは裏切り、特車隊の進路を、スレインにリークした証拠となる。


「……ははは、いやー、まいったなあ。我が国の記者がこの映像を入手したら、シクル・クナイブにでも、処分を頼まなければならなくなりますね」


 軽い口調で頭をかき、ほほ笑んでいる小柄な男。

 目の笑ってない笑顔、というのがここまでうまい奴は、バンギアとアグロスのどこを探しても居ない。

 橋頭保の入り口を守ってる兵士と同じ、飾り気のない迷彩服。襟元の徽章きしょうは、陸戦自衛軍の最下級である、二等陸士のもの。


 無礼な態度を、真壁はおろか、幹部ですらとがめない。

 そもそも、現場で粛々と活動するはずの、二等陸士がこの場に居るのが異常事態なのだ。


 しかしこれでいい。この眼鏡の優男こそが、ポート・ノゾミの自衛軍を実質的に率いる、通称“将軍”だからだ。


 本名はつるぎ侠志きょうじ。階級は二等陸士。自衛軍では最下級の兵士にあたるが。紛争を通じて、自衛軍内に張り巡らせた政治的な権力と、GSUMやバルゴ・ブルヌスとの強力なパイプ。そして日ノ本政府の報道規制。少なくとも、島に暮らす日ノ本の人間で、この男に逆らえる者は居ない。


 紛争開始から七年たった今も。テーブルズを黙殺し、俺達断罪者の存在を認めない日ノ本政府。連中は国内的にも、国際的にも、バンギアに駐留する自衛軍が、ポート・ノゾミを守っていると主張している。

 将軍の機嫌を損ねれば、その主張は根こそぎ崩れることになる。


「ドラゴンピープル、怖いなあ。鱗も分厚くて気持ち悪いし、精神が丈夫でなかなか屈服しないんだよなあ。吸血鬼や悪魔は、痛めつけたら結構可愛くなるのに。ねえ、ギニョルさん?」


 俺とクレールが同時に立ち、粘つくような視線を遮る。

 ギニョルは歯を食いしばって、机の上の書類を見つめている。青ざめているのは、このクソ野郎の所業を知っているからだ。


 紛争の間も、終結後も。防衛活動の名の下に、この男がどれだけバンギアの女性をもてあそび、殺し、売り払ったか。もはや数える気も失せる。あのカルシドを吸血鬼と呼ぶのが、あほらしくなって来るくらいだ。


 元はまじめで真摯しんしな男だったという話だが、紛争初期にバンギア人の所業を目の当たりにし、狂気に落ちたという。


 無論、個人的な性犯罪だけではない。防衛活動の名目で自衛軍が行う、バンギアの村や町の破壊、領地の略奪、船舶の検査や撃沈。その度、GSUMやバルゴ・ブルヌス、崖の上の王国等から、莫大な報酬が入っている。バンギア最強の兵器を使った、恐ろしい傭兵行為の概略を整えたのも、この男の手腕なのだ。


 それらは断罪事件なので、俺達も出動するが、捕らえた奴らの記憶の端にこいつの姿はあっても、直接的な証拠が無い。汚れ仕事を実行するのは、自衛軍で知識を得た、二等陸士よりはるかに階級が上の連中。命令を聞いているはずがないのだ。


 また仮に、断罪の条件が整っても。橋頭保には戦車に自走砲、迫撃砲、地雷にプラスチック爆弾と、ポート・ノゾミの人間を殺戮できる兵器がたんまりある。

 全面戦争にでもなったら、俺達七人を殺すためだけに、自衛軍を動かして、何人巻き込むか分かったものじゃない。そこにGSUMやバルゴ・ブルヌスが出てくれば、いよいよ島は焦土と化すだろう。


 もっとも。たとえそうなってでも、今ここでこいつを葬っておいた方が、島のためには良い気がする。


 そう考えた自衛軍以外の全員が、敵意の視線を向けた。


 まずは俺達、断罪者。

 歯を食いしばり、気丈に前髪を振り払ったギニョル。きっとにらみつけるフリスベルとガドゥ。そして、牙を剥くスレインに、懐の銃を握ったユエ。

 俺は拳を固めて、クレールは瞳に魔力を貯めている。


 自衛軍に泣かされまくっている、バンギア人も同じだった。

 ハイエルフのワジグルが、腰の短剣を握り締め。珍しいことに、マヤまで現象魔法用の杖を取り、護衛達は、懐の銃に手をかけた。


 いずれ劣らぬ、実力者達全員の敵意。

 将軍は、やれやれと肩をすくめ、椅子に座り直す。


「……まあ、待ってよ。そう構えないで。今日はそういう話の場じゃ無いから。どうぞ、真壁一尉。あなたの任務に必要な事を、主張されたらいかがでしょうか」


 いきなり慇懃無礼になって、深々と頭を下げた侠志。

 だがそれがこいつの平常。この面で、キズアトやマロホシにも劣らぬ所業を平気でやれるのがこいつなのだ。

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