9縄張り

 立ち上がった真壁は、マフィアでいえばドンの前ということもあってか、顔つきが固い。

 こいつもしょせんは、とかげの尻尾。いやになる層の厚さだ。


「映像を見て分かっただろうが、我々の敗北は、当時特車隊に同行した、整備中隊の高崎たかさき珠里しゅりが、そこに居るスレイン達ドラゴンピープルに対して進軍路を漏らし、攻撃を呼び込んだ事にある。しかも珠里はその後出頭の命令に従わず、醜悪なトカゲ共と戦場から逃走を決め込み、カジモドを身ごもった」


 感情が高ぶって来たのか、真壁はテーブルを叩いた。身を乗り出して、その場の全員に訴えかける。


「あの女は、身勝手な感情で敵と情を通じ、自衛軍を裏切り、守るべき祖国に重大な損害を与えた! 私の同僚は、武装を破壊された戦車の中で、トカゲ共の火に焼かれて死んだのだ。命令に背き、国家に損害を与えた者を、絶対に許すわけにはいかん。逮捕し、厳重に処罰せねば、自衛軍の秩序が維持できない。決して譲れぬ、これが事実だ! 分かったか野蛮人ども!」


 椅子を引き、ふんぞり返って着席した真壁。

 なるほど、理屈は良く分かった。そして、筋も通ってる。


 それだけに、今度はクレールがブチ切れる番だった。

 普段の余裕を押しやる様に、椅子を蹴って立ち上がる。


「ならば言わせてもらうぞ人間! この場の女性達への配慮で、再生はしなかったが、僕が読んだあの女性の記憶には、貴様らが何をしたか克明に刻まれていた。スレイン達に止められるまで、いくつの村を焼き、何人の男を殺し、何度女性達をもてあそんだ! お前達の戦車砲と迫撃砲、埋めた地雷で、どれほど街が破壊され、どれだけの戦えぬ者が巻き込まれて死んだか、分かっているのか!」


 大陸侵攻。専守防衛のモットーは、バンギア人の脅威の前に、はかなく崩れ去った。

 魔法の脅威に触れた自衛軍は、大いに動揺した。

 ポート・ノゾミの人間を守るためには、大陸のバンギア人を、徹底的に屈服させる必要がある。

 そんな論理を振りかざし、独断で先行して、戦果をあげていったのが、目の前の“将軍”であり、真壁の様にそれに追随していった奴らだ。


 防衛の名の下に行われた、ごく普通の戦争。それに耐えられず、珠里は味方を売ってしまった。

 バンギア側も、紛争初期は同じことをしたとはいえ、傷跡は深い。

 真壁は悪びれなかった。将軍も同じく、肩をすくめただけ。幹部もまた、石の様に黙りこくっている。

 しばらく黙っていたが、座ったまま答える。


「……それがどうしたというのだ。魔法で姿を変えるのが、お前達の戦術だろう。非戦闘員であれ、交戦中の敵国民。すなわち我が国に対する脅威の一部だろう。その排除こそ、我々自衛軍の防衛活動の目的。糾弾するなら、日ノ本の国土から、バンギア人を全員引き揚げさせてから言うのだな」


「……ッ、この!」


「よせっ、クレール!」


 慌てて、羽交い絞めにした。

 腕がもげそうだ。きゃしゃな体のどこにこれほど、と思うほどの力。

 噛み締めた唇に、血がにじんでいる。横顔に浮かぶ悔しさが、痛いほど分かる。


 俺とて、日ノ本の人間だ。何も知らず平和に暮らしていたなら、真壁の言う事を正論と受け取ったに違いない。だが紛争が始まった瞬間、そんな常識は全て狂ったのだ。


 国が、人が、戦争がと言い訳すれば、何をしても許されるとでも思っているのか。

 

 きっとにらんでやると、真壁はいらだたしげに視線を伏せた。少しは何か感じるところがあったのだろう。国の軍学校じゃ、専守防衛をいまだに教えている。島に来てない自衛軍の連中も、そう信じているらしい。

 戦いに染まったこの島の自衛軍は、理想を捨て去ったに等しい。


「そちらの主張は、分かった。だがそれは、自衛軍の事情、日ノ本の事情じゃな。この島においては、日ノ本からも代表を出し、テーブルズを作った。お主らの中で理屈が通っておっても、断罪法には通ぜぬ。それで紛争は終わったのじゃ。認めぬとは、言わせぬぞ」


 クレールと違い、ギニョルは冷静だった。因縁の相手を目の前にして、大したものだ。

 さすがに、ポート・ノゾミに暮らす自衛軍。向こうでぬくぬくと暮らしていた遊佐とは事情が違うらしく、真壁は不服そうにうなずいた。将軍もため息で応じる。

 あの逮捕がいくら自衛軍の中で合法でも、断罪法にいう不正発砲、強制略取に当たる以上、俺達断罪者が優先する。


 双方の主張は出尽くした。ギニョルと、将軍がテーブルズの二人を見つめる。

俺達に活動縮小の動議を成立させた、マヤとワジグルの2人。しばらく話し合うと、マヤが口を開いた。


「……真壁様、そちらの事情は、分かりました。しかし、この島では、テーブルズの法に従って頂きますわ。断罪法に触れる恐れがあるなら、その事情と侵害の内容を判断し、私達テーブルズが許可を出します。勇み足は慎んでいただきましょう。我々、崖の上の王国だけではありません。テーブルズに参加したあらゆる国と種族が、そうしております。アグロスの方だけ特別扱いはできません」


 そう、表立っての理屈は、断罪者にある。断罪法に触れる、自分の国や種族のための行動は、裏の奴らとやらなきゃならない。


「まあ、そりゃあそうか。どうせ無駄でも、そう決めちゃったからね。けど、警務隊の活動が妨害されるんじゃあ、自衛軍として、断罪者に協力はしたくないなー。真壁一尉、お手伝い、もうしなくていいですよね」


 案の定、そう来たか。4人での活動は、あと6日間もある。断罪事件の護送すらまともにこなせないとなれば、治安維持は厳しい。どうしたものか。

 ユエがじっとマヤを見つめる。唇を噛み、護衛の騎士を振り向いたマヤ。まさかこいつらを出してくれるのか。この間の事件の後ろめたさもあるのか。


 そう思ったが、立ち上がったのは、ハイエルフのワジグルだった。


「いいだろう。我々が、協力しよう」


「ワジグルさん」


 フリスベルが驚いている。ということは、これはワジグル自身の意思か。


「この島に来ている、若木の衆を動かそう。我々エルフは、活動縮小の動議に賛成を投じたのだ。それゆえに島の治安が乱れるとなれば、責任は取らねばなるまい」


 若木の衆とは、200歳前後の若いエルフで結成された団体だ。現象魔法と、エルフ達のタブーである、回復以外の操身魔法を自在に使いこなし、格闘術の訓練も積んでいる。エルフ同志のトラブルの相談に応じたり、ときにはその解決に腕っぷしを振るったり。種族限定の自警団に近い。

 掟による制裁なんかで、自衛軍ほどじゃないが、たまに断罪事件を起こしたりする。ポート・ノゾミに潜り込み、情勢を長老会に伝える役割もこなすというが、真相は分からない。ローエルフであるフリスベルが、それほど多くを知らない様だし。


「待ってください、長老会はそんな勝手」


「フリスベル。この件、我々エルフの手落ちにはしたくないのだ。ギニョル、それで構わないか」


「願ってもない。ついでに我らの傘下に入って、断罪法を丁寧に守ってくれれば言う事が無いな」


「冗談を言うな。不完全なものには、従えん。あくまで責任を果たすのみだ」


 この固さが、扱いにくい原因だ。トラブルの多くは、断罪事件の犯人をめぐって起こってくる。エルフが被害者になった殺人などで、俺達に先がけて、独自に犯人を処罰しようとしたりする。

 が、味方に付くとなればありがたい。


「短い間だが、我らの若芽は、お前達と共に。断罪者よ、心して、法と正義と、美の下にあれ」


 ゴブリンであるガドゥや、吸血鬼のクレール、悪魔のギニョルにも、視線をくれた。

 断罪者の候補を出さなかったハイエルフだが。筋の通った種族ではある。


「……話し合いが終わったなら、我々は失礼しましょう」


 将軍が席を立った。幹部と真壁も続く。

 当てが外れたのだろうか、それとも、このくらいのことは予想済みか。


 昨夜の警務隊。スレインの離れた隙を突き、俺達やドロテアを殺そうとしたものだったことは間違いない。


 去り際、真壁はスレインをにらみつけて出て行った。

 まだ確実に、何かやる気だ。

 恐らく、俺達の数が減っている間に。


 自衛軍に続いて、テーブルの代表たちを見送った後。ギニョルが俺達全員を集めた。


 ローブのすそから、無数の使い魔を放つと、警察署内をくまなく探る。

 あくまで敷地内だけだが、くも、ねずみなんかが、嗅ぎまわった。


「……聞いておる者はおらん様じゃ。クレール?」


「分かってるよ。今日来てる奴の中に、蝕心魔法を使われてるのは居ない。中の職員もだ」


「魔力の変化も感じません。使い魔や、操身魔法で潜り込んでいる人も居ないでしょう」


 なるほど、つまり。今この部屋は、俺達だけか。


「何かは、確実に起こるに違いない。そのときどう動くかを、伝えておく。寄れ」


 いびつな円陣の中で、俺達は何かのための保険をかけた。

 ギニョルの悪知恵は、大したものだったが。

 使われないことを、祈るしかない。

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