10最後の夜の波乱
それから5日。どうにかこうにか、俺達は3度の断罪を乗り切った。
幸いなこと、自衛軍は動かなかったが。バルゴ・ブルヌスによる爆発事件が一件、GSUMとつるんだ奴らによる、嫌がらせの様な強盗が一件、それから、ポート・キャンプでの騒乱事件が一件あった。
最初の日にバルゴ・ブルヌスの集団をぶちのめしたのが効いたのか、どれも俺達を直接狙う事件じゃなかった。
ギニョル達も、持ち込まれるもめごとの仲裁にはだいぶ慣れたらしい。
ドタバタしたが、今晩12時ちょうど、すなわちあと5時間ほどで、ギニョル達の活動制限が解ける。
火器点検もようやく完了、何十丁もの銃と、弾薬類の点検は済んだ。案の定、4分の1ほどは廃棄となってしまったが、パーツを補ったり、弾薬の点検を行ったことで戦力は確実に向上している。
ガンショップ、パールの射撃場。仕切りの隣では、ヘッドフォンの様なイヤーマフをしたフリスベルが、両手で構えたコルト・ベストポケットをがんがん撃っている。
30メートルの距離に吊るされた、紙製の的。黒で描かれた人間の頭部と右胸に、次々と穴が空いていく。これほど、いい腕をしていたとは。
込められた.25ACPを使い切ったのか、セイフティをかけると、イヤーマフを外し、見守っていた珠里を振り向いた。
「本当にすごいです、バランスが良くなって、狙いやすいし。気持ち悪くもなりません」
「重心を整えて、ウッドグリップに換えたの。材質はトネリコで、エルフの森で取れた琥珀を溶かして、亜麻丹の油を混ぜたニスを塗ってある」
エルフの好む森の木に、ニスまでバンギアの物とは。フリスベルの性質を知り尽くしたうえで、うまいこと補強する改造だ。
「ああ、道理で……とっても懐かしい匂い、これならずっと持っていられますよ」
マタタビを見つけた猫みたいに、銃のグリップに頬をすりつける。あの長い耳がなかったら、メリゴンのガンマニアに育てられた金髪幼女に見える。
その右隣では、煙を上げるAKを掲げたガドゥが、イヤーマフとバイザー型のサングラスを外す。意外と、サングラス似合うな、こいつ。
こっちには、ドロテアがついていた。腕前は珠里ほどじゃないのか、もっぱら、ガドゥのAKばかり調整していたのだ。
作品の出来が気になるのか、大型犬みたいに純粋な目で、ガドゥにまとわりつく。
「なあ、AKどうだ?」
「いいなあ。ずいぶん楽に撃てるぜ。弾の出方が全然違う」
「リコイルスプリングが錆びてたんだよ。マガジンの弾撃ちきる前に止まっちまってた」
「なるほどなあ。途中で光ったのは何だ」
「
「へえ。そりゃ便利だな」
銃撃戦の最中、リロードのタイミングは非常に重要だ。そういや、小隊単位で銃撃戦をやるときは、マガジンの中に曳光弾を仕込むって聞いた気がする。30発もあると、どこまで撃ったか分からなくなるからな。
2人の射撃が終わると、俺はM1897を携えて、射撃場の中央に出た。薄暗く、ひんやりとした空間、腰のガンベルトと、グリップの変わったM97を確かめるように握った。
紙の的は避けてある。俺の目の前、10メートル少しの所に、板の的が現れた。
すかさずM97を構え、射撃する。ショットガンは通常の銃と違って、銃身にライフリングがない。標的は銃口で指し示す様に狙う。
木製の四角い的、中心近くがえぐれて吹っ飛んだ。若干、狙いが良くなってるか。動かしやすい。
ぱたん、ぱたんと両脇にも現れる。今度は腰だめに構え、フォアエンドを引いて、1発、2発。やっぱり取り回しがしやすい。重量自体はあまり変わっていないが、重心のバランスの様なものが、大幅に改善している。
目の前に紙の的が降りて来る。描かれた人影の心臓に向かい、銃口の先を突き立てる。胸元から腰にかけて、おおきく切り下ろした。
M97用の銃剣も、つけてもらっている。両手で支え、刃を使えば、まるで小さな槍。銃床も変えてあるせいか、よく手になじんでくれる。
仕切りまで戻ると、珠里がたずねてきた。
「どうだった」
「いいな。同じ銃とは思えない」
「銃剣をつけて、リロードのパーツ周りをいじった。後は、銃身の歪みも、少し整えてある」
言った通りの使い勝手の良さだ。しかし、ガンスミスってやつは侮れない。見た目にはそれほど変わったふうも無いのに、ここまで違ってくるとは。
「本当に、腕がいいんだな。でもよくメリゴンで学ぼうなんて思ったよな」
「傭兵の家系だったから。小さい頃から、銃には慣れてた。家族に一人、ガンスミスが居た方が良いんじゃないかって話になって。その後自衛軍に入ったのは、私の意思だけど、戦争は向いてなかったみたい。味方を裏切った傭兵なんて、居ちゃいけないって、追い出された」
かげりの見える表情の珠里を、ドロテアが抱きとめる。
「……おふくろは、立派にやってるぜ。そんな顔すんなよ、ここでまた、頑張ったらいいんだから」
傭兵の家系か。今の所、自衛軍での処分は保留されているが。いくら残酷な行為を見たといって、入った軍隊を裏切る様なことは、許されないに違いない。
珠里は多分、祐樹先輩の少し上くらいだろうが。恐らく日ノ本には居場所が無いのだろう。自衛軍を抜けたことでも、ドロテアを産んだことでも。
大きな影が、月の明かりを遮る。警察署に銃器を護送したスレインが、空を飛んで戻って来たのだ。
ヘリほどとまでは、いかないが。雑草や砂ぼこりを弾いて、着地する。このなりで空を飛べるのも、ドラゴンピープルの優れた所だ。
「試射は、終わった様だな。後5時間、活動禁止が解けるまで、ここで過ごすとしよう」
ギニョルは自衛軍をもっとも警戒している。真壁が珠里を諦めるはずはないし、将軍とてこのまま引き下がるはずがない。断罪者の数が少ないうちに、必ず行動に出ると踏んでいる。
仮に、何事も無く、最終日を迎えたのなら。最後の夜は、断罪者が全員動けるようになるまで、珠里たちを最大限警戒しろ、というのが命令だ。
思いがけぬことだったのか、珠里が潤んだ眼で、スレインを見上げる。
「あなた、本当にいいの」
「それがしは、断罪者として命令を受けたまで。天秤は釣り合っている。無事12時が来れば、クレールやギニョルが、魔法で安全を確保してくれよう」
そういいながらも、スレインの口調は優しい。灰喰らいを振り回す剛腕の先端。鋭い爪が、優しく珠里の髪をなでる。
「ドラゴンピープルには、あんなに、優しい所もあるんですね……」
フリスベルがため息をついて、その様を見つめている。ああいうのが好みなのか。乙女というか、なんというか。
ただ一人、面白くなさそうなのは。
「……優等生ぶりやがって」
気心が知れたせいか、ガドゥがたしなめた。
「ドロテア、そんな言い方すんなよ。旦那が居りゃ、百人力だぜ。これで奴らも、手の出しようがねえ」
スレインの存在が引き金になったのか。ドロテアが声を張り上げた。
「っせえな、今さらなんだよ、何が天秤だ! ここに来るまで、おふくろがどんだけ苦労したか知らねえんだろうが!」
牙を剥き、竜の気迫でスレインをにらみつける。
何も言わず、ただ目を伏せたスレインに、次々と言葉を浴びせるドロテア。
「あんたは、何でおふくろにあたしを生ませた! アグロス人だって、カジモドを生んだ奴らを気味悪がるんだ。あたしとあんたのせいで、この2年、おふくろがどれだけ辛かったか分かってて、天秤がどうとか言ってんのか! 命令がなきゃ、そばにいることもできないのかよ!」
「ドロテア!」
怒声と共に、頬を打ったのは、珠里の細い手だった。
ドロテアの皮膚では、何の苦痛も感じないのだろうが。
母に殴られたのは、初めてだったのかも知れない。
信じられない様子で、自分の頬に触れる。
2人の眼に、涙が浮かんだ。
「スレインを苦しめないで。あなたも、苦しまないで。私は今を望んだ。お願いだから、それを分かって……」
何も答えず、ドロテアが駆け出す。
その脚は、早い。あっという間にパールのフェンスを乗り越え、南の橋へと向かっていく。
「ドロテア、待って!」
「だめだ、珠里。今飛び出すのは、危険かも知れん」
フリスベルは魔力しか感知できない。たとえば、自衛軍の奴らが、どこかから俺達をうかがっていたとして、珠里が飛び出せばかっさらうチャンスだ。
「あなた、でもあの子は……」
スレインが渋い顔で腕を組んだ。だからといって、ドロテアが狙われる可能性も考えられる。悩ましい所だ。
「俺が行ってくる、旦那達はここを頼む」
「ガドゥ、待てよ」
「止めんなよ騎士。あの子は、ああ見えても」
「そうじゃねえって。足が要るだろ」
俺はバイクを指し示した。幸い、ドロテアは道の太い方へ逃げた。バイクが通じる方向だ。乗り込むと、エンジンをかける。この5日間は、いつにもましてお世話になってる。
「いたし方あるまい。騎士、ガドゥ、あの子を頼む。それがし達は、珠里についていよう」
12時まで、まだ4時間以上ある。戦力の分割は避けたいが、そうも言っていられない。
ガドゥがバイクのタンデムシートに乗り込んだ。
「騎士、早くしてくれ」
「焦んなって、ほら!」
ガドゥに、断罪者のジャケットを投げ渡すと、俺もコートをはおった。
フリスベルが戸惑っている。
「騎士さん、どうして」
「急ぐんだよ。こいつを着てりゃ、まっすぐ行くだろ。スレイン、いいか?」
「……目をつぶろう。どうか、無事にあの子を連れ帰ってくれ」
天秤のことを語るときより、必死に見えるが。
そのことは、指摘しないでおいてやろう。
キーを回して、エンジンをかける。この5日間は、特に世話になっている。
ガドゥがしっかりしがみついたのを確認すると、クラッチをつなぎ、スロットルをふかして出発する。
パールを出て、前の道を右折すると、走っていくドロテアの背中が見えた。
「まったくあのお転婆、いっぺん、ケツを蹴っ飛ばしてやりてえな」
「やめろよ、可哀想じゃねえか!」
思いがけず振り向くと、ガドゥ自身も、怒ったことが不思議だったらしい。
「……へえ」
ドラゴンピープル以外の誰がどう蹴ろうが、平気だと思うんだがなあ。
大体、過剰に心配し過ぎじゃねえのか。
俺の疑念に気づいたのか、ガドゥはあわてて取り繕った。
「あ、いや。いくらいい尻でも、蹴とばすことねえだろ。スレインの旦那に殺されちまうぞ、ほら前見ろ、急げ」
俺は無言でうなずいた。
ドラゴンピープルは、成熟が早い種族だ。その血を色濃く受け継ぐドロテアも、恐らく5歳程度だろうが、あれだけの成長っぷり。
少々変わっているが、女として見られない事は無い。ガドゥだってひっつかれて悪い気はしないんだろう。
ま、このことも言わないで置いてやるか。急がなくちゃな。
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