11協力

 さすがに、バイクならぐんぐん追いつく。

 しかも歩いている奴らや、通ってくる車、他のバイクなんかも、断罪者である俺達を避けてくれる。


 すぐに連れ戻せるかと思ったら、ドロテアがこっちを振り向いた。


「おい、戻って」


 ガドゥの叫びを無視して、ドロテアは歩道の植え込みを飛び越してしまう。

 慌ててバイクを止めたが、ビルの間を抜けて、通り一本向こう側に出てしまった。

 感情丸出しでも結構冷静だ。バイクの巻き方が分かってやがる。


「回り込むか、騎士」


「だめだ。また同じ逃げ方するに違いねえ。降りて追うぞ」


 スタンドを立てると、バイクからキーを抜いて駆け出す。

 ドロテアと同じように、植え込みを飛び越え、ビルの隙間に入り込む。


 ぶつかったのは、まばゆい光と雑踏。

 ここはもう、ホープ・ストリートの中。ネオンや街頭の色がいかがわしさを帯び、歩いてる奴らの雰囲気も良くない。銃を持ってるとはいえ、麻薬の摘発に来たときと違い、びびって逃げるのもそう居ない。

 むしろ、奇異な目で、断罪者の俺達を見つめている。


「まいったな、こう人が多くちゃドロテアなんか見つからねえよ」


「落ち着いて探すんだ、目立たない女でもねえだろ」


 ドラゴンピープルの間でも、赤い鱗は珍しい。ましてや、ドラゴンハーフでその色の鱗を持つのは、ドロテアしかいない。

 2人して、雑踏に入り込むと、手わけをして聞き込むが、解答は要領を得ない。

 どいつもこいつも、にやにやとはぐらかしたり、見てないと言い張ったり。

 クレールが居れば、一発なのだが。


「……なんだ、おい、やめろ、何なんだおまえら」


 ガドゥの悲鳴で振り向くと、2メートル近い体格の、山羊顔の悪魔が2人、腕と足をつかんで引きずっている。

 雑踏の中で、不意を突かれたのか。

 行く先は路地裏か。さすがに今、ここでショットガンは撃てない。誰を巻き込むか分かったもんじゃねえ。


「待て、お前ら!」


 俺の声に、2人の悪魔は慌てた様に駆け出す。足を取られたり、肩がぶつかってにらまれながらも、連れ去られた先へ入った。


 路地は続いている。看板の向こうに、まだ曲がり角。駆けて駆けて、曲がった先。雑居ビルの合間の、くぼ地の様な場所に誘い込まれてしまった。


 ここは、元はマンション着きの公園らしい。大きな木が頭上を覆い、街灯がぼんやりとあたりを照らしている。

 ガドゥは銃を奪われて、手を上げさせられていた。

 1人の悪魔は、ガドゥから奪ったAKを構え、もう1人の脇には、2匹の怪物。

火の息を吐き出す、子牛ほどの狼だ。操身魔法で、こちらの犬の体を変えたのだろう。使い魔はなにも、ギニョルが使う小さいやつばかりじゃない。


「おいお前ら、ガドゥを離しやがれ! 断罪者に手を出す意味が分かってるのかっ!」


 ショットシェルを装填し、M97を構える。音は聞こえたはずなのに、2人の悪魔は顔を見合わせて笑った。


「弱い犬ほど良く吠えるなあ。知ってるぜ、お前ら数が減ってるんだろ」


「スレインの奴が居りゃあともかく、下僕半とちびのゴブリンなんざ、目じゃねえよ。良い儲け話だ」


 2人の会話を合図にしたのか、公園を囲む雑居ビルの裏窓が空いた。ボウガンを手にした、ダークエルフに、人間姿の悪魔が2人ずつ。悪魔の方は、銃身を切り詰めたショットガンを持ってる。水平2連とは、また型通りの悪人ぽい。

 さておいて、銃とボウガンは合計5丁か。全部俺に向いてやがる。

 興奮している悪魔の目を盗み、ガドゥが目配せをした。

 なるほど、一旦俺が囮になるか。それで行こう。


「儲け話ってのは、誰かに頼まれたのかよ」


 距離は、ボウガンとショットガンが大体10メートル。障害物は、近くに古いドームの様の遊具か。潜り込めば、一、二発は耐えられる。少なくとも、矢は防げる。


「どうでもいいだろうが! オーグルの親分を、ひでえ目に遭わせやがって。お前らがカエルに変えたり、頭をいじったせいで、向こう200年はまともに強盗ひとつできねえ!」


 懐かしい名前が出て来た。オーグル、スレインがM2を引っ張りだしてきた断罪で、生きていただけ幸運だったと思うのだが。

 なるほど、こいつらはその子飼いだったのか。


「GSUMだなんだって、家柄の低い小娘に好き勝手されてるのは我慢ならねえ。島で成り上がるつもりだったんだ、どうしてくれる!」


 こいつらも、その口だったか。悪魔も吸血鬼に劣らず、家柄の格が相当に厳しい。しかも連中は連中で美学の様なものがあるらしく、それに劣るやり方を決して認めない。

 吸血鬼のカルシドは、家の再興を図ったが。悪魔達はむしろ、家を超えた手柄を立て、島で立身出世を望む。卑しい家の出で、女の身でありながら、その全てを叶えたのが、GSUMの首魁まで上り詰めたあのマロホシだ。目標でもあり、嫉妬の対象でもあるのだろう。


 だがまあ。分相応って言葉もある。俺はため息を吐いた。


「なら、俺達を狙う様な、やばいヤマには首突っ込むな。手が震えてるぜ、坊や達」


「なめやがっ……」


 悪魔が俺に、AKを向けた瞬間だった。

 ガドゥがふっと消えたかと思うと、悪魔の背中に張り付き、のど元にナイフを突き入れた。

 

 引き抜いた瞬間、鮮血が吹き出し、黒い毛皮が濡れて固まる。膝を着いた悪魔の眼に、もう光は残っていない。気の毒ながら、寿命の残りは費えてしまった。


 せっかく銃を奪っておいて、身体検査もしないとは。寿命が短く、魔法も大したことの無いゴブリンと人間は、バンギアの常識では下等な種族と思うのも分かるが。

 断罪者相手には、笑えるほどの浅慮というもの。だからオーグルの部下どまりなのだろう。


 ガドゥは死体からAKを奪い返し、狼の一匹に弾幕を叩きこむ。火を吐こうが、巨大だろうが、7.62ミリを20発も叩き込まれりゃ、動かなくなっちまう。


 ショットガンと矢の雨をかわして、木の陰に逃げ込んだガドゥ。もう一人の悪魔が、犬をけしかける。


「く、くそ、このちびを殺せ」


「……アホか」


 があん、とM97を吠えさせる。散弾は地面と悪魔の足をえぐった。


「あ、あぐあああっ!」


 叫び声をあげ、転げまわる悪魔。素人を痛めつけてるようで気分が悪い。

 遮蔽物もない状態で、俺に背を向けるとは。いくら魔法が使えるとはいえ、近代兵器の訓練を受けた自衛軍が、あれだけ暴れまわれた理由も分かる気がする。


 2人の悪魔を倒し、楽勝ムードかと思ったら、そうもいかなくなった。


 窓の連中が厄介なのだ。

 連中は地の利がある。基本的に射撃戦は、上を取った方が圧倒的に有利だ。

 2人の仇を討つつもりか、顔を出す窓を変えながら、次々に矢を射かけ、散弾を撃ちかけてくる。こうなると簡単には遊具を出られない。


 それでもガドゥが反撃し、ダークエルフが手を撃ち抜かれて下がった。ドロテアの調整のせいか、狙いが向上しているのはいい。

 だが銃口から飛び出したのは、曳光弾。弾切れの合図だ。


「……げっ、マガジンがねえ」


 呆然と腰のあたりを探るが、AKの特徴的なバナナ型の弾倉がない。

 それも当然で、もともと断罪に来るつもりじゃなかった。何かあっても、パールに立てこもって持久戦をやる予定だった。


 犬の主人は、のたうちまわりながらも、弾切れに気づいたらしい。


「くい殺せ、そのちびを!」


 指示を受けて、炎を吐きながら駆け出す犬。突進を受けきれず、ガドゥは一気に押し倒された。

 火の息を吹きながら、降りて来る牙を、かろうじてAKの銃身でおしとどめるものの。隆々とした、たくましい前脚に、抵抗の術もない。


「しね、死ねえ、ちびが」


「野郎……っ!」


 撃ち殺すべく顔を出した瞬間、ショットガンとボウガンが周囲をえぐった。

 だめだ、上の奴ら、俺に標的を絞りやがった。


 侮り過ぎたか。たった2人で飛び出して、こんな奴らに負けるのか。

 ドロテアだって心配だ、こいつらのいう儲け話が何なのか。この事態の裏で動いているものが何か――。


「うおらあっ! 調子こいてんじゃねえぞ!」


 叫び声に、ガラスの割れる音、犬の悲鳴が重なった。

 ドロテアだった。ガドゥの目の前で、犬を持ち上げている。

 上を見れば窓が割れ、ぐったりした悪魔が枠にぶら下がっている。銃声を聞いて、俺達のために来てくれたのか。


「う、りゃああっ!」


 牛の様な巨体を投げつけた先は、足を撃たれた悪魔だ。自ら作った犬の巨体に押しつぶされ、あわれにも気絶してしまった。手当てを急いでやらなければ。


 さらに窓を割る音が重なる。周囲から顔を出していた悪魔やダークエルフが、血を流して倒れ伏し、茨で縛られている奴も居た。


 背後には同じダークエルフや、悪魔達。

 いや、その姿は紫の魔力に覆われて変化していく。

 現れたのは、いつかのザベルと似た格好。ブーツに皮鎧、小手の上から、唐草模様の刺繍ししゅうがなされた白と緑のフード付きマントを羽織った集団。エルフの森の長老会側近、若木の衆だ。


 合計3人は、窓から飛び降りると、壁から突き出たくぼみや、エアコンのダクト、張られた電線を伝って、地上に降りて来た。


「……この様な者達に構うな、断罪者よ」


 フードの下で、真っ白い肌についた唇が動く。高い様な低い様な、男か女かも分からん声だ。不気味なんだよな、こいつら。

 操身魔法で悪魔やダークエルフに化けて、俺達を見ていたらしい。こいつらの魔法は、魔力的に精巧で、そこらへんのダークエルフじゃ、簡単には見抜けないという。

 本来エルフ達は回復以外の、邪悪な操身魔法は好まない。だがこいつらはそれをあえて行使し、様々な場所に紛れて、独自の情報網を作り上げている。5日間、俺達の行く先々に現れては、断罪された奴らの護送や、ときにはこうした援護もやってくれた。


 ドロテアの遁走は、突然だったから、あてにしてなかったが。これだけあちこちに居るとなれば、協力期間が終わった後が怖いが、そうも言ってられないか。


「どういうことだよ、チンピラに構うなってことか」


「いや。ガンスミスが自衛軍の警務隊とやらに連行された」


「おいふざけんな! なんで止めなかったんだよ!」


 今にも牙を剥こうとするドロテアの尻尾を、ガドゥが必死につかんでいる。

 若木の衆の一人は、何でも無いことの様に続けた。


「熱くなるな、竜の娘よ。我々に下された命は、断罪者の職務遂行を補助すること。警務隊は正規の手続きを経て、捜査への協力を要請した。断罪者の2人も同行し、取り調べに行き過ぎが無いか見守ることになっている。断罪事案ではない」


 スレインとフリスベルが動いていないのか。しかし、基地の中というのは、日ノ本でも警察の権力が及ばない場所だ。ましてこの島においては、自衛軍の基地へ行くというのは、ホープレス・ストリートへ手ぶらで行くのにも等しい。

 さらにいうなら、あの悪魔どもをけしかけて、俺達を足止めしたとも取れる。


「騎士、まずいぞこいつは。ギニョル達が出て来られるまで、あと4時間はありやがる」


 仮に出られる時間になっても、自衛軍の基地に突っ込む準備をしていれば、3人が危険な目に遭いかねない。


「こりゃあ、行くしかねえか。基地に」


「……だな、それ以外、しょうがねえ」


 話し合った最悪の想定にほぼ近い事態。自衛軍基地への珠里の連行。

 スレインやフリスベルが一緒なのは、想定外だが。

 ギニョルが言った通りになった。となれば、その策を実行しよう。


「少し手伝ってもらうぞ、あんたら。約束の時間だけでいい」


 俺が手を出すと、背の高いハイエルフが、フードをめくる。生真面目そうな緑の眼に、真っ白い肌、プラチナブロンドの髪が現れる。こいつも性別が分からんレベルの美形だが、精悍な青年の声からすると、男だな。


「私の名はフェイロンド。”生真面目な枝”だ。法と正義と、美の下に。規定の時間は協力しよう」


 ここはひとつ、賭けてみるか。

 俺はハイエルフの手を握った。鍛錬しまくった、頼もしい軍人の手だった。

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