27涙と共に
時間が止まった様だった。フェイロンドの肌が樹に近づいていく。
フリスベルは裏切っていなかった。俺の狙撃を防ぐことで、フェイロンドを信用させ致命傷を与える隙をうかがっていたのだ。
「なんで、なの、お姉ちゃん、僕を、愛してくれた、のに……」
痛々しい声で、呆然とするフェイロンド。
だがチャンスだ。フリスベルは断罪者の機敏さで呼びかける。
「レグリム様!」
「ヘイ、ブ・ヴィーゼル」
飛び散った右手をそのままに、レグリムが呪文を絞り出す。
何度も聞いた、植物を枯死させる魔法だ。
食い込んだ首元の鉛から、毒にも等しい魔力が広がる。フェイロンドは立ち上がれないらしい。皮膚と樹皮の混じったものが体の表面からはがれていく。
「おのれ貴様!」
うろに入らぬハイエルフ、メレクサの方が背中から銃を抜く。目指す先は人質になったニヴィアノ達だ。
だがフェイロンドがダメージを負ったことで、巨海樹を操る魔力も不安定になった。俺の拘束は緩んでいる。動きを止められても負傷はなかった。ショットガンに飛びつく。
ターゲットが俺に切り替わった。メレクサのグロックから9ミリ弾が飛びだし、転がりながら体を起こす俺の脇で弾ける。
俺はスライドを引いて、立ち上がりざまスラムファイアを繰り出す。
手、胸、腹。距離十八メートル。
樹化を防ぐため、確実に殺すべく放った散弾は、三発とも命中。肉と骨をかき交ぜて吹き飛ばし、美しいハイエルフは、惨殺体になって倒れた。
巨海樹の胎動が弱まる。うろの方向で、魔力の光が弾けていく。
巨海樹に取り込まれつつあったトゥガナの体が、少しずつ生身に戻っていく。
「やってくれたな……」
魔力を集めている。現象魔法が飛ぶかと思ったところで、銃声が響く。
シグザウアーの9ミリ弾が、生身になったトゥガナの心臓と額を正確に貫いていた。
肘で体を支え、銃を構えているのは、気絶していた兵士達の一人。狭山だった。
あちこち傷だらけで、息を荒げながらも、あまりに正確な射撃だった。
「これで……いいのだろう。生贄になる、エルフは、殺したぞ」
がくりとうなだれた狭山。気力だけで体を起こしていたのか。
フリスベルはフェイロンドの前に、崩れるようにしゃがみ込んでいる。俺が魔錠を持って近づくと、こっちを見上げた。
「騎士さん、貸して下さい。このままだと、フェイロンドさんは枯死の魔力で死んでしまいます。魔錠で樹化の魔力をさえぎらないと」
痛ましい表情だった。時忘れの効果は続いているのだろう。それにもかかわらず、フリスベルは心の奥の願望を、自分の手で打ち消したのだ。
「お前が、かけるんだな」
「……はい」
確かに、年端もいかぬ少女の造形をしているはずなのに。さびしく、厳しい表情で、フリスベルは魔錠を受け取った。
「うそだ、ぜんぶ、全部、僕は、なんのために……」
うつろな目でつぶやき続けるフェイロンドの両手首で、魔錠がかちりと音を立てた。
「ごめんなさい、もう森は戻りません。純粋な正義と美もありません。でも、これでいいんです。断罪者、フリスベルの名において、シクル・クナイブ首領、”生真面目な枝”フェイロンド、ポート・ノゾミ断罪法第……」
泣き出しそうに、フェイロンドの手を握るフリスベル。
俺は黙って、その細い肩を叩く。
心の底の全てを閉ざして、フリスベルは法を選んだ。
これで、仲間を断罪する必要はない。
誰も変化からは逃れられない。
エルフ達もまた、培ってきた完全な正義と美を、不完全な法に変えるのだろう。
だが、この寂しさは、どこにぶつければいいのだろうか。
俺もユエも、クレールもガドゥもギニョルもスレインも。
戻れるものなら、紛争前に戻りたいと思うことだって、ある。
「おい、浸っていないで、とっとと私を助けないか……!」
「レグリム様。そのお傷は……散弾の鉛玉ですか。どうしましょう」
弾丸を摘出しなきゃ、回復の魔法ができないか。しかし、手当がないと危険なレベルだ。
「フリスベルさん、先に私達の手を解放してくれませんか」
「ニヴィアノさん。分かりました」
フリスベルが杖を拾って、ニヴィアノともう一人のダークエルフの手にまきついたいばらと、貫いたばらを枯らした。回復の操身魔法で傷も癒す。
「よし、ちょっと待ってて下さいね」
ニヴィアノともう一人のダークエルフは、狭山達の方に走った。けがの具合を確かめつつ、数分で傷を癒してしまう。
結構な負傷だったらしく、五分ほどかかったが、兵士達は意識を取り戻した。
「うむ……騎士、フリスベルさん、それにエルフのご老人はどうされた」
「手に鉛玉が入ってるの。医療キットで取り出してやってよ」
「いいだろう。お前達、手伝え」
威勢のいい返事と共に、兵士達はリンゲル液や外科道具の準備にかかる。
俺とフリスベルは断罪者の外套とマントで、レグリムの体を包んで体温を保った。
「何をする人間、金属と薬品で私の負傷を悪化させるのか」
「少し黙っていてくれ……麻酔の魔法は」
ダークエルフが種を取り出す。ニヴィアノが魔法をかけた
『グロウ』
一言で根を伸ばし、茎と葉はレグリムの体を取り巻く。
朝顔の様な花が一輪、その眼前に咲いた。
「眠り花、か……」
レグリムが意識を失う。兵士の一人が血液代替のリンゲル液を点滴し始めた。
ハサミを傷口に近づけたものの、狭山は俺達を振り向く。
「ここまではいいが、戦闘の負傷は初めてでな」
確かに、銃創処置の訓練のためには、撃たれた奴を用意しなきゃならない。いくら訓練の鬼でも、お互いに銃創を作り合って応急処置をするなんて狂気の沙汰だ。
「狭山さん、私がやりますよ。騎士さんも手伝ってください」
「まあ、そうだよな……」
断罪者は、動物の肉や骨で散々練習させられたのだ。使い魔やらなにやら、ギニョルは実験動物に事欠かない。
俺とフリスベルは、二十分ほどかけて、レグリムの傷口から散弾を全て摘出した。砕けた骨の欠片も取り除いた。
その後で、ニヴィアノが回復魔法を使って開いた傷口の血を止めてふさぐ。
もっとも、散弾でずたずたになって飛び散った肉や骨の再建は、魔法でも不可能だ。
レグリムは片手を失うことになる。
助かるかどうか。後は体力次第だろう。それと、金属の悪影響がなかったらだが。
さっきから、巨海樹の胎動を感じない。ただ、遠くの枝の実はどうやら成長をやめている。それに、木の実の戦士の落下も止まっているのか、下の騒乱が落ち着く気配がある。
まだ銃声の方が多いから、恐らくこちらの勝利なのだろう。
日は少し高くなった。俺達以外に生き残っているのは、フリスベルにだまされ、魔錠をかけられてぶつぶつとつぶやくフェイロンドばかりだ。
哀れな気もするが、こいつは本当にたくさん人を殺した。イェリサに手を貸して境界の向こうの日ノ本で暴れまわらせたこともある。巨海樹で島をめちゃくちゃにした罪も加わると、いくら寿命が残っていようが終身刑は免れない。
下で戦っている連中が、捕縛なり殺害なりされてしまえば、エルフの過激な暗殺ギルドシクル・クナイブは全滅だろう。
エルフの森の再臨を目指した海鳴のときも、結局は阻止された。
ぎりぎりだったが、断罪者とテーブルズは法を執行できたのだろうか。
「フリスベル、これで終わりなのか?」
「はい。シクル・クナイブは、フェイロンドが目指した森の再臨は止まりました。私達エルフは、二度と過去に戻ることはありません……」
うつろな目をしたフェイロンドに寄り添い、その髪をなでるフリスベル。
可憐な横顔に、朝日が木漏れ日となって降り注ぎ、泣いているように輝いている。
正義と美を望み、狂喜の暴走を重ねたエルフ達、『隠れたる刃』シクル・クナイブは、ここに完全に壊滅した。
ポート・ノゾミは日ノ本に示した断罪法に従って、初めての事件を解決したのだ。
「ごめんね、フェイロンド、私、わたしは、断罪者だから……」
痛ましい、ローエルフの涙とともに。
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