26鉛の牙


 があん、とスラッグ弾が飛び出す。

 ぶち抜いて即死させるか、あるいは留まるのか。

 それとも、俺の腕があまりに悪く、外してしまうのか。


 三つの内いずれでもなかった。成長点に集まった連中の中に、たった一人、俺達の動きに気がついた奴が居た。


 ちょうど、いつかレグリムが作り出した木の壁のように。発射の瞬間、変形した巨海樹が、分厚い樹の壁になって現れたのだ。


 発射されたスラッグ弾は、木の壁を直撃。砕き散らして貫通していくが、何層にも重なった壁は、フェイロンドの眼前で大口径の弾頭を留めてしまった。


 木の壁を作った魔力は、巨海樹をたどって、犠牲の祝福を行っていた三人のハイエルフの奥へと続いている。


 すなわち、杖を手に見守っていたローエルフの手元。

 断罪者のはずのフリスベルのもとだ。


 俺達は確かに、犠牲の祝福に集中している、三人のハイエルフの不意を突いた。


 が、法に疲れ、完全にフェイロンド達に恭順し、儀式を見守っていたフリスベルは欺けなかった。


 こちらを見つめるフェイロンドとハイエルフ達。見つかっちまった。


「くそっ!」


 俺はスライドを引きながら、茂みを飛び出す。フリスベルは完全に連中に下った。ニヴィアノやレグリム達の援護に期待するしかない。


「馬鹿め!」


 フェイロンドが俺に向けて右手をかざす。何かと思ったら、足元の巨海樹を魔力が走って、俺は一気に転んでしまった。


 突然足をつかまれたように感じたが、足首に木が食い込んで巻き付いている。


 転んでいても手は使える。銃を引き寄せようとすると、巨海樹に触れた場所を動かない。


 ストックとスライドの木製部分が芽を出して、巨海樹と癒着している。

 こんな馬鹿な、ニスを塗られてカチカチに干からびて、死んだ木なのに。


 顔を上げると、犠牲となる二人のハイエルフが影のように茂みに消えるところだった。


「きゃぁっ!?」


「うぐっ」


 味方のダークエルフ、ニヴィアノと、もう一人の男が茂みから引きずり出された。


 二人とも、いばらで手足を縛られ、両手の平には、薔薇のつるが通してある。あれじゃあ杖も持てない。


 俺はフリスベルを見たが、目を逸らされてしまった。

 レグリムだけは見つかってないらしいな。

 フェイロンドが、巨海樹にへばりついた俺に向かい、歩いてくる。


 身動きのできない俺を見下しながら、巨海樹に張り付いた銃を拾う。


「M97のスラッグ弾か。もう少しで私を殺せたのにな、下僕半」


「残念だぜ」


「ふん」


 額に冷たい銃口が突き付けられる。次の弾は12ゲージバックショット。撃たれたら脳しょうが飛び散って、マロホシでも助けられないだろう。


 巨海樹で身動きを封じられているうえ、相手はシクル・クナイブをまとめる暗殺者、隙など皆無に等しい。油断なく銃口を突き付けながら、フェイロンドが振り向く。


「フリスベル、礼を言うぞ。私を助けた君は、紛れもなく正義と美を供えている。君が信用できないなどというものは居なくなるだろう。新たな森では、誰もが我々を祝福してくれる。共に歩めるぞ。そうだな? メレクサ、トゥガナ」


 犠牲となるハイエルフ達が答える。メレクサと、トゥガナか。


「私達は、フリスベルが閉じ込めたと言った断罪者の奇襲を警戒しました」


「彼女は呼びこんだ危機を、自らの力で解決しました。正義と美に適うでしょう」


 ニヴィアノ達を捕まえながら、人形のような表情で言葉を返す。新たな森のためとはいえ、犠牲になろうというのだから、人間らしさなんぞ欠片もないのだろうか。


 こうなれば、隠れているレグリムだけが頼りか。今なら信用できる。

 あの弾丸、巨海樹に食い込んだスラッグ弾には魔力が込められている。突破口があるとすればそれしかない。


 だが、低くしゃがれた鳴き声が聞こえた。わしわしと翼を羽ばたかせ、枝をかき分け、成長点に降りて来たのは、ギニョルが使うような巨大なカラス。


 いいや、使い魔と違うのは、魔力を感じないところだ。こいつは魔力でねじ曲げられた存在じゃない。巨海樹の魔力が呼び寄せた、こういう巨大な生物だ。


 その爪の先。ぐったりとした四人の迷彩服の男が胴体をつかまれていた。

 からすが爪を放し、放り出された男たちは、樹の上に転がされる。


 つい数分前、別れた顔だった。


 狭山と、協力した自衛軍の兵士達だ。打撲や切り傷を体中に負って気絶している。


 樹冠に隠れるまでは、俺達の援護を十分に果たしてくれたのだが。

 あれほどの弾薬があっても、死すら恐れず、数で押してくる木の実の戦士たちは防ぎきれなかった。


「こいつらは、自衛軍の兵士か。フリスベル、どうした? なぜ殺さずに拾ってきた」


「まだレグリムが居ます。いぶり出しましょう」


「そうだったな。おい聞け、犯罪者の老いぼれ!」


 高らかに呼びかけるフェイロンド。

 確かに犯罪者だが、お前にだけは言わせたくねえ。


 そう思ったが、M97の銃口が額をなぞると、体が縮こまる。12ゲージショットガンをゼロ距離で撃たれたらと思うと、気が気じゃなくなっちまう。


「この男たちと、断罪者、それにダークエルフの二人が人質だ。我らに恭順しろ。さもなくば、全員が海鳴のときのための養分となるぞ!」


 朗々とした声で、恐喝が響き渡る。レグリムの反応はどうか。喜んで殺せ、と言ってくれれば、いいのだが。


「……いよいよ、悪魔と成り下がったか、若造」


 茂みから、姿を現したレグリム。

 出て来ちまった。おかげで銃口が遠のいたのはありがたいが。


「ふははははっ! 本当に現れた。あれほどに法をののしり、他種族を蔑み、権威にこだわっていた老人が、大した変わりようだ。正義と美はどこに行った? 最初から無かったのだったか」


 何より自分自身に散々ぶつけた言葉だろう。レグリムは絞り出すように、一言答えた。


「正義と美の萌芽を、絶やしてはならない。汚辱の世界、たればこそだ」


 悪魔と吸血鬼、ゴブリン達に抗し、人間を、自らの種族を守ってきたエルフ達。

 天秤を語る、ドラゴンピープル達を思い出す。


 厳しくも、誇り高く。この世界で戦い、生き抜いてきた者だけが持つ気骨。


 だがフェイロンドは、たじろぎもしない。自分を顧みることはない。


「その汚辱を断つために、海鳴のときを呼ぼうというのだ! 貴様とても、そのつもりで、私を見出し、はみ出した者を殺させてきたのだろう。私に、殺して求めることを教え込んだ、その師は貴様だぞ」


 まだ“若木の衆”だった頃のことか。フリスベルへの告白から、フェイロンドが元々凶暴な奴じゃなかったのは分かっているが。


「その娘に教わった。小さくとも、穢れていても、法を育てて」


「世迷いごとを言うな!」


 銃声が憎悪となって響いた。距離十メートル。フェイロンドが俺のM97で発射した12ゲージはレグリムの右腕に命中、手指と手の甲の半分を砕いて吹き飛ばした。


 レグリムは悲鳴を上げない。だが歯を食いしばり、脂汗を流しながらしゃがみ込む。血が巨海樹に垂れていく。失血と激痛のショック、早急に手当てをしなければ。


「いやああっ、おじいちゃん!」


 ニヴィアノの悲鳴。レグリムは、700歳という高齢で、エルフにとっては毒にも近い鉛を撃ち込まれた。


 苦しむレグリムを、フェイロンドは、サディスティックに嘲笑した。


「鉛玉の便利さはどうだ! 殺すためには植物でなくてもいい! フリスベル、こちらに来るんだ。メレクサ、トゥガナ。祝福は終わっただろう、巨海樹に進め!」


 言われた通りレグリムを気にも留めず。スラッグ弾を撃ち込まれた壁の横を通り、フェイロンドへと歩み寄るフリスベル。


 海鳴の犠牲となるメレクサとトゥガナの二人は、魔力の高まる木のうろに向かい、トゥガナの方が入り込んだ。


 俺の頬と体に触れている樹皮の向こう、巨海樹全体に、胎動が広がる。いよいよ海鳴のときが始まる。


 フェイロンドは俺の銃を放り出し、歩いてくるフリスベルを抱き締めた。


 ハイエルフとローエルフ、大人と子供の体格差のまま、へたり込むように膝を付き、薄衣に包まれた細い胸元に顔を埋める。


「やったよ、お姉ちゃん、僕の欲しかった、正義と美が手に入るんだよ。とうとうなんだ、僕に殺させた、レグリムも、みんなみんな、喜んでくれる。お姉ちゃんの言った通りだ。僕にだってできるんだ、正義と美だよ。僕とお姉ちゃんだけの……」


 幼子が、母にしがみつくように。フェイロンドはフリスベルに沈み込んでいく。


 本当にこの男は、いや、この少年は。紛争からこの方、幼い頃に出会ったフリスベルの思い出だけを抱いて、修羅となっていたのだ。


 レグリムが苦痛にまみれた顔を伏せる。ニヴィアノ達は信じられないものを見る目で凍り付いている。


 沈黙の中で、巨海樹の胎動が強くなり、俺の背中、はるかに遠くに広がる巨海樹の枝先で、文字通りポート・ノゾミに破滅をもたらす木の実が大きくなっていくのを感じた。


「僕たち、幸せになれるよ。たくさん、愛し合おうね、お姉ちゃん」


 吸い込まれるような青い瞳、端麗な容姿で凄絶に微笑むフェイロンド。

 答えるフリスベルの微笑に、陰りが現れる。


「……ごめんなさい」


 一瞬だった。


 細く、小さな手に不釣り合いな鉛の塊。俺のスラッグ弾だ。

 何重もの木の壁に激突し、衝撃で先端が鋭く欠けている。

 レグリムの魔力がこもった、必殺の弾丸。


 フリスベルは、フェイロンドの白い首筋に、それを容赦なく突き立てた。

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