25枯死の一射
さっきの様な目に遭わないよう、俺達は警戒しながら進んだ。
ニヴィアノともう一人のダークエルフは、小瓶の中に小さな羽虫をたくさん飼っており、それを放して周囲を探るのだ。
エルフは魔力で他の存在の位置が大体分かる。が、巨海樹自体が強い魔力を持っており、これほど近づくとエルフ達の魔力とこんがらがって位置の感知があまり働かない。
それゆえ、樹の中に紛れ込んだシクル・クナイブの奇襲には対応できなかった。
羽虫は、悪魔の行使する使い魔ほどではないが、簡単なマーカー代わりになる。人を含めた動物や、樹化したエルフも探り当てて飛んでいくという。
「……密輸のときに、私達を殺して積荷を奪おうとする人が居たからね。魔力不能者を使ってたから、銃の射程は、この虫で探るの。悪魔みたいだよね、お爺ちゃん、ごめんなさいね」
苦笑しながら、杖をかざすニヴィアノ。すでに周囲は巨海樹からはびこる枝葉に囲まれている。もう下の狭山達からも、俺達の位置は分からないだろうし、援護も期待できない。
さっきのように仕掛けられたら、今度こそまずい。
「黙って集中しろ。我らの命はお前達にかかっている」
レグリムは渋面を作ったりしなかった。頑なに銃を使わず、エルフ流の正義と美にこだわるやつだが、仕方ないことは受け入れ始めたのか。
「虫は巨海樹の成長点に引き寄せられるばかりだ。確かめた限り、この周囲には動物や人の気配はない。襲撃はあれが最後だったのだろう」
「となると、いよいよか」
俺はM97の弾薬を確かめた。さっきのぶんを補充して、シェルチューブと銃身は満タンで六発。ガンベルトにもバックショットがあと二十発、スラッグ弾は五発だ。
ニヴィアノと、ダークエルフの男は、杖と銃を確かめる。
レグリムは杖だけだが、眼光は鋭い。
準備はできている。気付けば幹はかなりちぢんでいて、先端の成長点が近いことを連想させた。
数分とたたずに幹の階段が途切れた。すっかり夜が明け、太陽と青空がまぶしい。
巨海樹木の先端は若葉や枝がほとんど隙間なく密生して、まるで鳥の巣の様だった。木のてっぺんは、頭頂部をそり上げた坊さんの頭みたいに、平坦になっているらしい。
虫はどうやら、この枝葉の台地に引き寄せられている。ということは、ここに成長点があり、フリスベル達が居る。
俺達四人は階段の終点近くでしゃがんで、上の様子をうかがっていた。
「……壁みたいに木が生えてる。音を立てなきゃ上には行けないよ」
「相手は暗殺者どもだ。あっという間に蜂の巣にされるぜ」
相手の詳しい位置が分からない。さっきの奴らを始末したのは分かっているだろうし、待ち伏せているに決まっている。連中は罠に事欠かない。
レグリムが杖で頭上の茂みをなでると、音もなく引っこんでいく。巨海樹を操作しているな。
「下僕半が行け。一瞬で殺されなければ、私が巨海樹を操作して、命を拾ってやる。多少の負傷はおぞましい回復力で何とかなるのだろう?」
「おぞましいは余計だ。まあ、行くけどよ。ニヴィアノ、こいつを」
「う、うん……」
金属音が鳴らないよう、ニヴィアノにM97を手渡して、俺は巨海樹の幹をつかんだ。茂みに少しずつ入っていく。目の前を覆い尽くす枝葉が引っこみ、少しずつ向こう側が見えてくる。
いろんなもんが絡まって分かりにくいが、巨大な切り株のような成長点の上に、確かに四人の姿が見えた。
ハイエルフが三人、ローエルフが一人。
フェイロンドと、二人の男。ローエルフはどうやら女らしい。フリスベルかどうかは、遠目なせいで分からない。
成長点は切り株のように平らだが、中央にくぼんだ場所がある。魔力が集まって輝きを放ってもいる。あれこそが、恐らく、レグリムの言う“うろ”だろう。
原子炉でいう臨界状態というか、いよいよ『海鳴のとき』に間がないところまで来ているのだろう。実が膨らんだことといい、予測より早まっている。
あそこに男のエルフを捧げることで、巨海樹は森を作るべく繁茂するのだ。
反対に女のエルフならば、花となって樹が散る。
そして生贄を捧げなければ、何百万トンもの質量に達した巨海樹の森が一斉に枯死する。降り注ぐ残骸は、ポート・ノゾミとそこに暮らす全員ごと埋め尽くすだろう。みんなの死骸が栄養になって、何百年後かには、森ができるかも知れない。
言ってる場合じゃない。耳をこらすと会話が聞こえる。
二人の男のハイエルフがひざまずき、手を組んで祈りを捧げている。フェイロンドはその前に立ち、水滴のついた木の枝を振るっている。
『大いなる森よ、ヤドリギの恵みの下に、海鳴をもたらしたまえ。我、“生真面目な枝”フェイロンドの名において、正義と美の下に、力優れ、猛く清き者を汝に贈らん……』
まるで生贄の儀式だ。こんな凄まじい魔力の中に入ったら、命など保っていられないのだから当然か。
「おのれ、三百歳にもならぬのに、犠牲の祝福まで操るか」
俺の脇に上がってきたのは、レグリムだった。話が違うぞ。
「じいさん、気付かれるぜ」
「それはない。魔力は消している」
手の甲に張ってあるのは、警察署から持ち出してきたシールだ。魔道具で本性を歪めるなんて嫌だと言ってたが、とうとう使いやがった。
俺がにやにやとうなずくと、レグリムはぶすっとしたツラになるが、説明を始める。
「ああしてヤドリギを振るい、聖句を唱え、犠牲の祝福を行うことで、巨海樹は自身に捧げられる存在を定める。長老会に属した者にしか教えられないはずなのだが」
「だったら、協力を取り付けたんだろう。詳しいことは分からねえが、フェイロンドは大陸のララの護衛をやってた。あんたの代わりに長老会に取り入ったんだろうぜ」
「おのれ、森の腰抜けども。アキノの娘に鼻毛を抜かれたか……!」
あのララなら考えられないことはない。レグリムの他の長老会は、自ら極端な行動はしないらしいが、フェイロンドの様な若者を駒に使っているのか。
「どうする。撃ち殺すとしたらどいつだ」
「聖句は途中だ。確実に気付かれるが、フェイロンドを撃てば、しばらくの猶予がある」
「……そう言うと思ったよ」
ニヴィアノとダークエルフも登ってきた。俺の銃を持って来てくれている。
金属音が気になったが、ニヴィアノは杖をかざす。
「虫に反応はないよ。このあたり、あそこ以外に誰も居ない」
なら安心だ。俺はガンベルトからスラッグ弾を取り出した。
距離約二十メートル。狙撃にも慣れてきた。あいつは、不意討ちでも半分樹化して防ぎきってしまう化け物だ。三呂大橋じゃ、このスラッグ弾や89式やベストポケットで散々に撃ったが殺せなかった。
ためらう俺の手から、レグリムが弾をひったくる。
「貸せ、騎士。私を捉えたときのようにやる」
「お前……いいのか」
尋ねると、しばらく口をつぐむ。渋い顔ながら、話し始める。
「私は、あのローエルフのお陰で、監獄で抜け殻に等しい平穏を貪っていた。しかし、現れた悪魔の使者は、今一度、自分の目で現実を確かめてみろと言った。そのつもりで見れば、お前のような下僕半までが、法のために私を殺せんと言う」
枝の隙間から、見下ろすレグリム。フェイロンドの聖句の合間に、はるか下から銃声とときの声、巨獣の叫びが折り重なって響いてくる。
「今、ローエルフや人間、悪魔も吸血鬼も、異界の人間までが、島を守ろうとしている。これまでの全てが、法によって崩れ、法の下に定まっていくのだ。我々エルフの掲げた完全なる正義と美は汚辱に埋もれたが、お前達の言う法に、小さな萌芽を感ずる」
日ノ本は日ノ本の法の下に、断罪者は断罪法の下に、海鳴のときは許さない。それゆえの闘争だ。
「……お前達の法が、我々エルフに信じられる美や正義の欠片もない、妥協と混とんの産物であることは確かだ。この私の、七百年の人生の果てに、始原のごとき不完全な正義を見るのは、慚愧の念に耐えない。だが、萌芽とはいえ、一縷の正義は、確かに見えた。正義と美の下にというなら、動かざるをえないだろうが!」
そう言ってしまうと、レグリムはスラッグ弾を握りしめて魔力を込めた。フリスベルがやったときと同じ、光が集まっていく。
「おじいちゃん……」
ニヴィアノが潤んだ目で見つめている。あの偏屈なレグリムが、まさか法を守ろうとするとは。頼もしい軍勢が増えたかのようだ。
魔力は込め終わったらしい。そっぽを向きながら、こっちに弾を差し出す。
「騎士、撃ち込め。それであの若造が死ねばよし、よしんば樹化を始めても、この私が枯らし尽くしてくれる」
頼もしい限りだ。俺は無言で受け取ると、M97の一発目に込め、スライドを引いて銃身へと送り込んだ。
切り株の端に肘をつくと、銃身を骨で固定する。
茂みに囲まれた成長点上は、ターゲットまで、ほぼ無風。
距離約二十メートル。弾薬は鈍重なスラッグ弾、狙撃手が俺でなくクレールだとしても。
外せない。外さない距離。
着弾点を計算すると、聖句を唱えるフェイロンドの真っ白な額に合わせる。
息を吐きながら少しずつ撃鉄に指先を近づけ、後ろに引いた。
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