24頂上まで駆けろ
森でエルフ達が、どんなふうに暮らしているのか。
かなり前にフリスベルに尋ねたことがある。
たとえば家ひとつとっても、樹を伐採せずどうやって建材を確保するのか。
そう聞くと、自然の恵みがあれば、私達なんていくらでも住めますと言って微笑んでいた。
なぜだろうと考えていたが、うなずかされた。
狭山に撃たれ、数百メートルを落下、コンクリートに叩き付けられ、羽を撒き散らした鳥の脇。巨海樹の麓に辿り着くと、ニヴィアノが杖で幹に触れる。
「グロウ・リダム」
呪文と共に、魔力が、広い幹をじぐざぐに上昇。辿った後は急速にへこんで、人一人が通れるほどの階段と通路ができた。
恐らく、頂上の成長点まで続く通路だ。
巨海樹の幹は遠景だとほぼ垂直の柱に見え、実際近寄ってみると捉まる所もなく、登ることはとても無理かと思ったのだが。
魔力に反応する巨海樹は、一部なら操るのが難しくない。エルフ達は、森の木々を切り倒さずとも、こうして操ることで、いくらでも安全に過ごす場所を作ることができる。
「悪くない道だ。どこで魔法を学んだ、娘」
「あちこち行ってるからね。森に居たこともあったの。こう見えて二百歳超えてるもん」
ここらへんは、俺と同い年くらいなんてとても言えないな。
足は止められない。俺達は階段を上り始めた。
高低差約、300メートル。それだけのビルを階段で登るなど、狂気の沙汰だと思うが、エルフ達はレグリムも含めて、すいすいと走っていく。
俺も訓練で長距離走はこなしているが、銃器と弾薬を抱えたまま上るのはきついというのに。
疲れるが、安全は守られている。
敵はというと、上からぱらぱらとグロックあたりで射撃してくるらしいが、数自体が少ない。それに、樹の中に入り込むように階段があるのと、宿舎から狭山達が援護をかけてくれるおかげで、それほどの脅威にならない。
半分ほどの地上200メートルくらいまで進むと、樹から北側の様子が見えた。
「派手に、やってる、な……!」
息が切れているが、見下ろすと、バンギアらしい朝の晴れ間の下、橋のたもとや警察署の近くで、木の実の戦士と自衛軍が入り乱れて戦っている。
目立つのは、装輪装甲車や、戦車がM2重機関銃で周囲を掃討しながら走り回る様だ。それに、ドラゴンピープル達。火を吐き、巨体を振り回して吹っ飛ばしている。
灰喰らいを振り回して、一人だけ周囲に間隙を作っているのはスレインか。
ただ、樹下したエルフらしいのが、現象魔法を繰り出し、苗木ごと車両を焼き払っているのも見えた。それに、灰毛の巨大な猿のような化け物が、軽装甲機動車を捕まえて持ち上げ、叩き付けていた。木の実の戦士は数体が戦車のキャタピラに挟まり、挟まって食い込み、動きを止めていた。
鳥に乗って銃撃を繰り返すエルフも、一人や二人ではない。
「ここまでは、来られそうに、ないね……」
さすがに息を荒げながら、走るニヴィアノ。間違いなく最高齢のレグリムは、息を乱さず、走り続けている。
「当然だろう。森の強さを侮るな。むしろ、海鳴のときが近い巨海樹に、これほど強引に分け入ってきた者を、私は知らんぞ」
そりゃそうだろう。いくらエルフ達の歴史が長かろうと、重火器と特殊車両を使う軍隊とやり合った経験はなかっただろうし。
少々、心配なのが宿舎の方だ。
木の実の戦士が建物を取り巻き、お互いに折り重なって二階や三階まで侵入。建物内を席巻して、屋上まで来そうなのを、狭山の部下となった兵士達が、銃撃で必死に押しとどめている。
弾薬は豊富に持ってきているのだが、いかんせん相手の数が多い。撃っても撃っても、水をかけられた溶岩みたいに、次々に目の前を埋め尽くす感じだろう。
しかも、戦闘は俺達への援護も繰り返しながらだ。
「急がないと、人間さんたち、先にやられちゃう」
「気骨はあるな、生かしておかなければ」
レグリムの言い方は気に食わないが、とっとと進む必要がある。
そのまま登っていくと、いよいよ樹冠が近くなる。幹からは枝や梢が現れ、周囲が葉で埋もれている。さすがに太さ百メートル近い大木だけあって、枝の太さも普通の樹の幹ぐらいあった。
「そろそろ奇襲に警戒するか」
こういう所はシクル・クナイブの連中にとって格好の狩場だろう。
「魔力の感知は続けてるよ。巨海樹だけで……きゃぁっ!?」
いいかけたニヴィアノの胴体を、近づいてきた枝が巻き取った。
『裏切者が、油断したな』
太い枝や梢と見えたのは、樹化したエルフそのものだった。
俺達をここへ近づけないために銃撃していると見せかけて、その実接近戦をすべく待ち伏せていた。
「死ね断罪者!」
葉の中から二人のハイエルフが現れる。二人とも、ハンドガンのグロック17を構えて撃ってきた。隠れる場所がない。
距離二十メートル。かがんだ俺、樹を変形させ壁を作ったレグリム。だが一人のダークエルフは、足と腹を撃たれバランスを崩した。
「うぁっ、あああああああぁぁぁぁ……」
悲鳴が尾を引いて流れ、やがて嫌な音が響く。二百メートルを墜落したのだ。
なす術もない。せっかく、くじら船の密輸から足を洗った奴だったのに。
「くそっ!」
M97を撃ちかける。三発のバックショットが、一人のハイエルフに次々と命中。頭と胸と腕を打たれた男は、悲鳴も出せずにニヴィアノの仲間と同じ運命を辿った。
『そこまでだ断罪者、レグリム』
樹化したエルフだった。自らの枝葉に絡め取ったニヴィアノを、あろうことか空中にかかげた。
『よくも、海鳴のときに刃向かってくれたな。単純な手だが、この裏切者に、炸裂してもらうぞ。長い悲鳴を楽しむか?』
細い枝に絡まった、ニヴィアノの華奢な身体は、二百メートルもの空中で宙づりにされている。恐ろしくて口も利けないのだろう。こいつらに捕まってひどい目に遭わされるのは二度目か。
「望みはなんだ!」
『銃を捨てるのだな。レグリムと、もう一人の黒い同胞もだ。いや、我々に刃向かう者はもう同胞ではないか。三秒やるぞ』
木のうろと化した口が、不気味に笑う。
レグリムが俺の袖を引いた。顔は動かない。何か考えがあるのか。もう一人のダークエルフもうなずく。
グロックを構えたハイエルフが、俺達を油断なく見張っている。やるしかねえか。
樹化したハイエルフが、カウントダウンを始める。
『三、二……ほう、銃を捨てたか。では、巨海樹の糧となれ!』
「コーム・イヴィ!」
シクル・クナイブのハイエルフが杖を振るう。周囲の巨海樹が一気に茨に分かれ、全員を縛り上げた。棘が身体に食い込む。手足も胴体もあっという間に血まみれだ。
俺も、レグリムも、ダークエルフも歯を食いしばって悲鳴はこらえたが、武器はもう、拾えない。
「いやぁっ! 騎士、お爺ちゃん!」
代わりにニヴィアノが悲鳴を上げた。樹化したハイエルフが哄笑する。
『はははははっ! いい格好だな、そのまま血を流し尽くし、森の一部となってしまえ。お前達の様な奴らを、正義と美の糧にしてやろうというのだ、大層な慈悲だろうが』
「……この私をも、か?」
『誰かと思えば、レグリムか。そうだな。惰弱な古き指導者。長老会などもう、あってないようなものだ。フェイロンドが居れば、海鳴のときは来る。お前には指導力が無かった、私達に正義と美をもたらす、新しき力がなかった!』
長老会そのものが、支持を失っているのか。
確かに、紛争この方凄まじい速さで変化する世界。従前の正義と美を守らせるだけじゃ、不十分というのも分かる。
というか、長老会自体は、断罪者の活動に対してわりと好意的だ。エルフの森も捜索させてくれるし、島のエルフ達には、島の秩序に服するよう命令してくれている。
フェイロンドのあまりに過激なやり方とは、相容れない。
レグリムも、フリスベルを苦しめた第一印象は酷かったが、あるいは守ってきたものが重すぎるだけなのか。
「うぬぼれるな、200歳そこらの小僧め。たかが数年の紛争と、人間の力の跋扈がなんだ。我らエルフは完全なる正義と美を守り、数万年を草木のように耐え戦ってきた。禍々しい吸血鬼や悪魔どもでさえ、続いてきた家系を誇るのだ。なぜその秩序の大切さが分からぬ」
『ならばその歴史とやらで、我らを苛む無秩序を打ち払い、平和な森を今すぐ取り戻してみろ! できぬなら、無能な老人に尽くす義理など、我らにない。黙って死ぬがいい!』
怒りに呼応するように、巨海樹からさらに多数の根が飛び出る。
獰猛にうごめく様は、あの処刑樹とそっくりだ。
失血死を待たず、破裂させる気か。
レグリム、挑発しただけじゃねえか。こいつを信じた俺が馬鹿だったのか。
『ウスト・ヴィーゼル』
杖なしで紡がれた呪文。ただ一言だけで、俺達を取り巻いた茨と、処刑樹じみた根っこが一気に枯れ落ちた。
こいつがレグリムの隠し玉、恐らく相手も知らない現象魔法だ。
杖のない状態ながら、接触した茨から巨海樹を支配して枯らした。
『馬鹿な、杖もなく』
驚く木のうろを見てやりたいが、俺はそばのM97に飛びついた。
隣のハイエルフがニヴィアノを殺そうと銃を向けている。
瞬間、響いたのは俺のショットガンの銃声だ。
スラムファイヤで吐き出した、三発の12ゲージバックショット。
着弾は男の右手と銃、左肩、そして足元。血まみれになった男がよろめく。
「ぐああぁぁぁ……」
全身血まみれのまま、200メートルを落下していく。
しなくても助かりはしないだろう。まあ、鉛玉を全身に集めて死ぬよりはマシか。
『よ、よせ、抵抗すればこの女を』
ダークエルフが、ニヴィアノめがけて杖を投げ渡した。
受け取ったニヴィアノは、杖を向け、枝葉の中で呪文を唱える。
『コーム・フィレル・レネード!』
炎が蛇のように伸びあがり、樹化したハイエルフに襲いかかる。
『ぎゃああぁぁぁぁ、ひ、火が、あああぁぁぁ……!』
枝に絡むように、巻きつく炎。葉が焼け焦げ、幹をなめるように火が広がる。
くじら船で、ニヴィアノの友を焼きつくしたときのように、現象魔法の炎は止まらない。
「ニヴィアノ、こちらへ移れ!」
杖を拾ったレグリムが、巨海樹を操り、ニヴィアノの下に足場を作る。
『お、のれええぇぇ……』
巨海樹にしがみついていた枝や根が燃え、火だるまになって落ちていくハイエルフ。
ニヴィアノは支配から抜け出し、対照的に足場の上に飛び降りた。
無事合流し、ニヴィアノとダークエルフが回復の操身魔法でお互いを癒した。
俺はというと、操身魔法は効かない。持ってきた包帯と消毒薬を使った。
茨はそれなりに痛かったが、失血のわりに傷そのものは深くない。
手当てを終え、M97に弾薬を込め直していると、レグリムがさっきのエルフが燃え続けている様を見つめている。
あのエルフの燃える煙だけじゃない。ポート・ノゾミ北部、ホープレス・ストリートや橋の周囲では相変わらず自衛軍と木の実の戦士や巨海樹の獣、エルフ達の死闘が展開されている。
車両の残骸に、巨獣や巨大な虫の死骸。
断罪者も散り散りになっているらしく、確認できるのはスレインの巨体ぐらい。まあ全員生き残っているだろうが。
レグリムは黙って見下ろしていたが、嘆息してつぶやいた。
「醜い死が満ちている。海鳴のときは豊かで実り多い至福のときのはずなのに。正義と美を支える歴史を知らぬ者に、果たして海鳴が無事に迎えられるだろうか……」
エルフの森の増殖を得意げに誇っていたはずが、凄惨な光景に考えるものがあるのか。
パワハラで好色で過激派な保守爺さんだが、その願いは森の復興、正義と美の復活だった。フェイロンドがシクル・クナイブと共に推し進めた現状は、それとかけ離れ過ぎている。
700年の重さを感じる痩せた両肩を、ニヴィアノがつかんだ。
「お爺ちゃん、考えてもしょうがないじゃない! 私達に協力に来てくれたんでしょ。こんなの合ってるはずがないもん。行こうよ、フリスベルさんを助けよう、フェイロンドを止めなきゃ!」
間近で覗きこまれて、レグリムは息を吐いた。
「……分かっている、ニヴィアノ。名前通り騒々しい娘だな。行くぞ下僕半」
「お前が仕切るな。終わったら監獄だからな」
「分かっているさ、断罪者よ。不完全だろうと、法は法、とういことだろう」
えらく殊勝じゃねえか。いや、さすがに、自分の理想と異なる現状を見せられ過ぎたのかもしれない。
頂上、成長点を目指して。
地上の騒乱を背に、俺達は巨海樹を再び昇りはじめた。
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