37ねじれた落とし子


 スレインが炎を吐き、灰喰らいで木々を薙ぎ払って進むと、それを目印に相手の砲撃が集中する。

 主に撃ってくるのは榴弾か。直撃しなければ、破片や爆風は頑丈な赤い鱗でしばらく耐えられる。


 スレインに砲撃が集中している間、俺達は敵の方角を目指した。最初はほとんど分からなかったが、フリスベルが樹木を通じて探ったこともあり、方向と位置がはっきりしてきた。禍神から南方に二キロほどの位置、森が少しだけ盛り上がった丘のような場所から砲撃が行われている。


 俺とガドゥ、それにフリスベルは、スレインからみて大きく右に回り込んで敵を目指す。


 十分ほどでわだちの痕まで到達した。ここは丘の南側、百メートルほどのところにある道端の茂みだ。車が水たまりを跳ね上げた形跡も分かった。こちらから進軍してきたのだろう。斥侯にも出会わなかったから、砲撃に集中しているらしい。


 フリスベルの作った茂みに身を隠し、様子をうかがう。距離はもう100メートルを切っている。丘の上だけに、直接覗き込むことはできない。


 ガドゥがAKのセイフティを外した。備え付けの魔道具も確認している。


「ショットガンとAKと魔法で抑えられる相手ならいいんだけどよ、どう行くかな」


「探ってみます。まだこの辺りは禍神の影響を受けていません。この距離なら……」


 フリスベルが杖を構え、目を閉じて集中する。魔力が森の木々を伝っていく。


「分かります……鉄を身に着けたアグロス人が、十人ほど。そばに大きな塊が二つあります。迫撃砲でしょう。大型ヘリの発進準備もしているようです」


 間違いなく自衛軍だろう。やるだけやって逃げる気だ。スレインと戦う気はなく、禍神にも攻撃していないあたり、アキノ王と禍神のことを知っていた連中に違いない。


「すぐ旦那が連中のところに着くぜ。おれ達で仕掛けよう!」


「ええ。行きましょう騎士さん」


 考えてる暇はない。スレインとて直撃すれば危険なのだ。とっとと攻撃して砲撃を中断してやらなければ。


 作戦はこうだ。まずフリスベルが現象魔法で霧を発生させる。そしてガドゥと俺が軽く掃射をかけ、相手が反撃の姿勢を作った後、フリスベルは道の方角に魔法で囮を作る。材料はそこら中の木の根を使えばいい。


 混乱させたら突入、制圧する。アグロス人の自衛軍である連中は、こちらの現象魔法には反応できないだろう。ただそれでもこちらの人数は相手の三分の一。油断は禁物だ。

 

 俺とガドゥはそれぞれ道を回り込み、陣地の左と右の崖に回った。フリスベルが現象魔法で崖のつたを変形させ、昇りやすくしてくれている。登り切ると、M97を構えて様子をうかがう。


 陣地というより、丘の中のちょっとした広場だ。6人の兵士が二台の迫撃砲を使って、スレインを攻撃している。残りの兵士は、武器や物資をチヌークの中に詰め込んでいる。


 絶好の機会だ。道の端の木の中のフリスベルに向かって、準備完了のハンドサインを送る。ガドゥもサインを送ったらしい。


『イ・コーム・ハーヴィ・マイスト』


 木の中に魔力の光がまたたき、丘が霧で包まれる。

 俺はすかさず迫撃砲に向かってM97を構え、トリガーを引きっ放しにした。スライドを動かすたび、バックショットが銃身を飛び出す。


 久しぶりのスラムファイアだ。

 逆側からはガドゥのAKの銃声が響いた。


 撃ち終わって木の裏に隠れると、散発的だが相手の反撃が開始される。弾が近くを通過する音も聞こえる。意外と狙いがいい。


 木の裏に隠れてガンベルトから散弾を補充する。フリスベルの次の呪文が聞こえた。


『イ・コーム・ディゴー・メニア』


 たちまち、周囲を囲うようにいくつもの木の塊が立ち上がる。どれもこれも銃を構えた人型の人形だ。


 てき弾の爆発、小銃の射撃音がいくつも重なる。迫撃砲の射撃は中断されている。濃霧に閉ざされ、増援に奇襲されたと思い込み、恐らく連中は混乱状態。制圧するなら今だ。


 俺は霧の中に入り込んだ。姿勢を低くして茂みをかわし、陣地を進む。ガドゥに誤射されないことを祈りながら、迫撃砲を目指す。


 霧の中、コンテナから人影が立ち上がる。距離十メートル、すかさずM97を二発撃つ。両肩と胸に散弾を浴び、兵士が倒れ伏した。


 じゃり、と土を踏む音。後ろか。

 振り向くとすぐそばに89式を構えた兵士。銃剣で胸元を狙ってやがる。


 がぎ、と銃身が刃を受け止める。相手の刃を押さえこみながら、グリップをかち上げあごを狙う。銃と銃を合わせて、俺は迷彩服の兵士とにらみ合った。


 年の頃は同じくらいの男。目は黒、ヘルメットからのぞく髪も黒という典型的な日ノ本の人間。バンギアで同郷人と出会えたのは嬉しいが、生憎と殺し合うしかない。


 こう着は長く続かない。どう攻めるか少し考えたところで、相手が突然俺をにらみつけてにやりと唇を歪める。


 ヘルメット越しの背後、霧の向こうにM2重機関銃。しかも兵士が居る。


 こいつら、味方ごと俺を吹き飛ばす気か。目を見開いた。


「俺はいい。同士のため、断罪者から一人一殺がとれれば十分だ」


 撃たれる。ばらばらになる。


 そう思ったまさにそのとき。


 銃架の上空から炎が降り注ぐ。兵士が火に巻かれて倒れ伏す。

 4メートルを誇る巨体が陣地のある床を揺るがした。


 スレインだ。迫撃砲を止めたから、一気に飛んでここまで来てくれた。


 相手の力が抜けた。チャンスだ。俺はそのまま一気に相手を押しやり、M97の銃床で力いっぱいみぞおちをついた。


 内臓が飛び出しそうな苦痛を殺して、相手は銃口を上げようとする。それより先に俺が振りかぶった銃床が兵士の顔面を弾き飛ばした。


 歯と頬の骨を砕いたか。尻もちをつき、うめく兵士に向かって、改めてM97を突きつけ、スライドを引いて散弾を装填する。


「ゲームオーバーだな」


 兵士が悔しげに銃を捨て、殴られた頬に手を当てる。


「ぬうぅんっ!」


 スレインの戦斧、灰喰らいが、木々とともに迫撃砲や重機関銃を一撃で薙ぎ払った。呆然とする兵士達を次々と叩き付け、つかみ上げ、戦闘不能に追い込む。


「イ・コーム・ヴァイン・ミッヒ!」


 近くで聞こえたフリスベルの声に、しゅるしゅると伸び上がる植物の音が重なった。そこらじゅうで兵士の悲鳴が聞こえる。フリスベルが接近していた。木の根やツタを使って、残りの奴らをまとめて拘束してくれたのだ。


「騎士さん、兵士はみんな抑えましたよ」


「フリスベル、ありがとよ。ガドゥ、無事か!」


 霧が晴れてきている。俺の呼びかけに、小さな影が手を振って答えた。


「へへっ、なんとかな。旦那も来てくれて助かったよ」


「お前達が迫撃砲を押さえたからだ」


 スレインが居たとはいえ、迫撃砲陣地を構えた自衛軍を十一人、よくもまあ抑えられたものだ。クリフトップじゃクオンやデオとも協力したが、やはり長く戦ってきた断罪者の仲間との連携はやりやすい。


 兵士達は一か所に固めて、武器を取り上げ、改めて拘束した。深刻な負傷はフリスベルが魔法で手当てを施す。丘から見ると、禍神への砲撃はまだ続いている。


 背の高いスレインが戦場を見下ろした所によると、どうやら禍神から数キロ単位の距離を取って、迫撃砲を使っているらしい。


 自衛軍の使う”120ミリ迫撃砲RT”。その最大射程は約10キロメートルを超えるという。メートルに直すと、一万メートルという驚異的なものだ。数キロを置いての射撃などそれほど難しくないのだろう。


 偵察用とおぼしき、イロコイも飛んでいる。恐らくは着弾観測を行なって、無線で陣地に知らせているのだろう。戦場となっていたこの一帯は、広範囲を森が覆っている。いくら禍神が巨大でも、数キロも離れた陣地からの目視はできないのだ。


 いい作戦だ。禍神は一応、攻撃を受けるとしばらく前進を止めるらしい。


 迫撃砲弾が尽きない限りは、このまま安定するのだろうか。


 そう思ったが、希望的観測に過ぎなかった。武器を奪われ、両手足を拘束された兵士の一人が、俺に向かってうろたえて言った。


「た、頼む。解放してくれ。我々は血煙の同士だ。断罪者は法に則って我々を裁くのだろう。ここで死なせるわけにはいかないのだろう」


 豊田血煙は、くじら船に爆弾を満載して島に突っ込ませやがったテロリスト集団、報国の防人の首領としての、ヤスハラの名。


 うすうす気づいていたが、こいつらやっぱり息がかかっていたか。聞いてもいないのにべらべらしゃべりやがって。俺はM97をかついで、肩をすくめる。


「いや、何言ってんだよ? だからこうして手当てしたじゃねえか。心配しなくてもお前らは島に連れ帰って監獄につないでやるよ。今にギニョルから連絡が来るから」


「待っていられるものか! 禍神が動くとここも危ないんだ! 我々はすぐに撤退する手はずだった。チヌークで空に逃げなければ、禍神の落とし子にやられてしまうんだ」


「おい、そりゃどういうことだ」


「説明している暇はないんだ、お前達の誘導に従う。頼むから我々をヘリに入れてくれ」


 さっぱり話が通じねえ。禍神はこれ以上なにかやらかすっていうのか。


 突然、フリスベルが青ざめてうずくまった。


「う、うそ……いや、気持ちが悪い、こんな、こんな魔力って……」


 俺には分からない何かの変化が起こっているのか。しゃがみ込んで肩を抱くと、冷たく震えている。


「どうしちまったんだよ……ガドゥ。何か情報はあるか」


「分からねえ。おれの見た書物にはあれ以上情報がねえ。旦那、あいつは何かやらかしそうか?」


「なにやら腕を大きく広げたぞ。今までと違う動きのようだが……むっ、煙を吐いたな、体中から」


 そう言われたのと同時だった。俺もぞくぞくと背中のあたりに嫌な感覚が走る。悪魔とまぜられちまったせいだろう。多少魔力を感じ取れる俺でこれだから、フリスベルはきっともっと辛いに違いない。


「騎士さん、私、怖いです。魔力が、魔力がどんどんねじまがっています。こんなの感じたことがありません……」


 フリスベルが杖を握り、小さな手を強張らせている。俺はその肩を抱くが、二人して震えているばかりだ。


 何をしようっていうんだ、あいつ。

 スレインが


「あれは魔力か……いかん! すぐにここを離れなければ。三人ともそれがしに乗れ!」


 そう言うと、スレインは俺とフリスベルを尾で絡め取り背中に導く。ガドゥが飛び乗ったのを確認すると、斧の先端で一人の兵士の拘束を切った。


 周囲の武器はそのままだ。止めようと思ったが、スレインは飛び立ってしまった。兵士は銃に目もくれず、ナイフを拾うと仲間の拘束を次々に断ち切る。

 自由になった兵士達も、荷物そっちのけで我先にチヌークに飛び乗った。


 俺達から少し遅れて、チヌークがローターを回して飛び立つ。


 その頃には、スレインの背中の俺達にも事態が分かった。


 禍神の広げた腕を黒雲が取り巻き、そこに魔力の光がいくつも明滅している。兵士から吸い取ったのと同じ、赤、青、緑、黄色などだ。


 それらの魔力が、クレールの蝕心魔法のように、地上へとゆっくりと降下していく。そして、地面や木、岩などに流れ込んでいくのだ。


 何をしているのか分からない。だが俺には予測が付いた。これは自然の中であってはならない魔力の動きなのだ。


 現象魔法であって、そうではない。一時的に魔力で動かすのとはわけが違う。

 禍神は魔力によって、物質に生命を与えているのだ。


 木の根が土からめくれていく。まるで樹化したエルフだ。目も鼻も口もない幹が、ひとりでに立ち上がって進む。


 石は形を変え、人型になって歩き出す。土くれからは、魔力の輝きを持った無数の人形のようなものが生成されていく。水たまりは泥を浮かべたまま立ち上がり、ばしゃばしゃと行軍に参加する。


『おい、無事か、フリスベル、騎士! 禍神め、とうとう落とし子を作りよった』


「ギニョルか……」


 そういえばこいつ、落とし子がどうとか言ってやがった。あれがそうなのか、聞き逃しちまった。


『その声は騎士じゃな。空に逃げておるな。地上はいかんぞ、あっという間に踏み潰されてしまう。見えるじゃろう』


 フリスベルの髪の中から、使い魔が呼びかける通りだ。


 俺達の気付いていない所で、まだ地上に残存していた兵士や部隊。どういう手段か知らんが禍神が作った土や石、木の落とし子たちは、連中をかぎわけ、一直線に殺到していくのだ。


 だがしょせん、何も武器を持たないただの物。銃や火砲で破壊することも不可能ではない。応戦がなされ、しばらくこうちゃくするのだが、落とし子の数は無数におり、やがて砲火を突破、陣地を蹂躙する。


 石の拳を叩きつけられ、土くれを顔面に詰められ、あるいは木に叩き潰され、兵士達はことごとく物言わぬ死体となっていった。


 落とし子はその死体を抱え上げると、禍神の足元まで運び去る。一直線に来た道をたどる姿は、まるで獲物を巣に運ぶ蟻だ。


 運ばれた兵士達に禍神が手をかざすと、再びあの明滅が起こり、死体から魔力が取り出されていく。無論、死体は灰に還った。


 取り出した魔力は一旦禍神の体に溜まるが、一部はまた周囲の物質に注ぎ込まれ、落とし子が次々と生みだされていく。


 あいつらは、足の遅い禍神に変わって、魔力を持った獲物を狩っている。


 その対象は人間だけじゃない。よく見ると狼や鹿、鳥などの動物まで、文字通り魔力を持つ生きとし生けるものが、落とし子に殺され、禍神の贄となって命と魔力を失っていく。


 スレインですら、凄惨な光景に言葉を失っていた。


 禍神の生み出すねじれた落とし子の行軍は、いつ果てるともなく続く。ひと月もこんなのが暴れ回ったら、大陸から生き物が絶滅するぞ。


 今やっと分かった。禍神は絶対に開放しちゃならない、この世界のタブー中のタブーだったのだ。悪魔や吸血鬼が人間に手を貸すわけだ。


「騎士、さん、こんなの、こんな……私、わたし……」


 俺は震えるフリスベルの小さな手を、握ってやることしかできなかった。

 この世の終わりに立っているかのようだった。

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